第37話【オタクにとっての幸せは推しが愛される事である】
さて、こちらは大勝利したが、向こうはどうかと自陣に目を向けると。
「しまっ……、あー……」
ちょうど足元に魔法弾が直撃したらしいニコロが、ガックリと肩を落としていた。
うわタイミング最悪、と思ってコート内を見回すと、随分と味方の数が少なくなっていた。
今アウトになったニコロを除くと、残りは二人だけ。いつの間にかエミリーもいなくなっていて、コートの外でこちらを応援していた。
一方の相手チームは、アイリを含めて残り六人。
「ごめんリタ……こっちも何人かアウトにしたけど、それ以上にやられた」
「うん……しょうがないよ」
アイリの方を窺うと、随分と活き活きした顔をしている。つい数分前まで不安で倒れそうだった人とは思えない——けど、リタは知っている。
普段は大人しい性格の彼女は、意外と負けず嫌いなところがあり、勝負事には燃えるタイプなのだ。ゲームで見た。
「後は任せたよ」
若干悔しそうな顔をしながらも、いつも通り爽やかにコート外に出ていくニコロ。その背中を、残った二人が不安げに見つめている。
六対三となってしまった戦況に、二人はもう勝負が終わったかのような雰囲気をかもしだしていた。
「ニコロまでいなくなっちまった……もう負けじゃん……」
「私、せめて痛くないように当ててもらお……」
「そんなこの世の終わりみたいな顔しないでよ。まだ私がいるじゃん!」
「「……」」
こっちを見ようともしないまま、溜め息で答える二人。
何なんだろう、この信頼の無さは。自分で言うのもなんだが、結構強いつもりだし、みんなも分かってるはずなのになぁと、リタは首を傾げる。
そんな信用皆無なリタに比べて、アイリはチームメイトに囲まれていた。
「すごいすごい! アイリめっちゃ強いじゃん!」
「俺がニコロに当てられるなんて思わなかった! ナイスサポート!」
「いや、そんな……みんなが協力してくれたからだよ」
「もー、アイリってば若いのに謙虚すぎ!」
とても仲良くなっているようで、何よりだ。
「……」
その光景を見て、ふと思った。
このままリタのそばにいない方が、アイリの学校生活は楽しいものになるんじゃないだろうか。
現状、周囲から明確に浮いているのはリタだけ。アイリはリタと友達だから同類だと勘違いされて敬遠されている。加えてアイリは元々の性格や過去の出来事から、積極的に友達作りを出来るタイプじゃないため、二人ぼっち状態により拍車をかけてしまっている。
「……私に勝とうなんて、百年早いね!」
つまり、アイリが自分からいけないなら、興味を持った相手から来てもらうようにすればいいのだ。
そして今の状況は、アイリの友達作りの大チャンス——そこまで考え終えたリタは、彼女に杖の先端を向けて叫んだ。
「何せこの学年で一番強いの私だから! こっちのチームが勝つに決まってる!」
こうしてイキりまくって周囲の反感を買って、そんな自分をアイリが倒してくれれば、彼女は一躍ヒーローになれるはず。
クラスメイトは貴族ばかりとはいえ、立場を気にする人ばかりじゃない。魔法の実力が確かで、性格の穏やかなアイリを嫌う人は、そうそういないはずだ。
「おい、でかい口叩くのやめろよ! 俺たちまで睨まれるだろ!?」
「問題ないね。私たちが勝つんだから!」
「その自信はどこからくるの……?」
リタのチームメイト二人は心底呆れた顔をしているけど、一方のアイリはやたら楽しそうに微笑んだ。
「リタ、今日はいつもよりテンション高いね。こういう勝負事好きなんだ」
それは完全にこっちの台詞だが、アイリの楽しそうな顔が可愛いのでツッコまないでおこう。
「もう私には私が勝つ未来が見えてるから、今から負けた時の言い訳を考えておくといいよ、アイリ」
「なんでそんな煽るようなこと……」
「もー! あいつムカつくから、さっさと倒しちゃおうよ!」
アイリの隣にいた女子生徒が、彼女の腕を掴んで急かす。
その刺すような視線を見て、思い通りに事が進んでいる気がした。良い感じにリタにヘイトが溜まってきている。
ただ一つ問題なのは、うっかりアイリに勝ってしまう可能性があること。
魔力量でこそ負けているものの、使える属性魔法の差を考慮すると、リタとアイリは大体同じくらいの実力。
かといって露骨に手を抜いたら、先生やアイリにバレて怒られるかもしれないし、加減が難しい。
「よし、援護お願い!」
「へ、ちょっと、作戦も無しに……」
何か言おうとしたチームメイトの言葉も聞かずにリタが駆け出すと、アイリたちは杖を構えた。
そこに魔法弾を何発か撃ち込むが、あえなく散らされてしまう。
「一人で突っ込むなんて無謀もいいとこだろ!」
逆に魔法弾を撃ち返されてしまったが、リタが何かするよりも先に、後ろにいたチームメイトの援護射撃が打ち消してくれた。自分勝手な行動をとるリタに腹を立てつつも、サポートはしてくれる優しい二人だ。
「ありがとう! 『出でよ土の壁』!」
その隙に自分の足元に高い壁を出現させ、高い位置に移動する。ラミオ達の攻撃の仕方が気に入ったので、堂々とパクらせてもらうことにした。
「ラミオ様の真似なんて……あの子、本当に恥を知らないわね」
「何を言う。人の戦術を真似ることにも技術が必要なんだ。そう簡単に出来ることじゃない」
「で、でもラミオ様、パクリで勝つとかズルくないですか?」
やたら声量が大きいラミオとラミオガールズの会話がこの位置にいても聞こえてきたので、丸パクリじゃなくて多少のアレンジを加えることに決めた。
杖を振るい、複数の魔法弾をアイリ達に向かって撃ち込む。
「『雷属性中級魔法:エディエーション』!」
アイリが放射してきた電気で魔法弾は全て相殺されてしまったけど、これは想定内。
相手がこちらに何かを仕掛けてくるより先に、リタは壁からジャンプして宙に飛び出した。
「『出でよ竜巻』」
足元に出現させた竜巻で、さらに上に跳ねる。
「……たっか」
下から誰かの呟き声が聞こえた時、高さ的には大体十メートルくらいだろうか。
リタは、ぽかんと空を見上げている生徒たち目掛けて杖を構え、
「まずい……『雷属性中級」
いち早く気が付いたアイリが詠唱を終えるよりも先に、リタの杖から放たれた複数の魔法弾が、地面にいる生徒たちを襲った。
ほとんどの生徒がアウトになり、想定通りアイリも魔法弾を回避する為に魔法を使うのを諦めてくれた。
その隙に風の力に任せて下に降り、無事着地。
「ふふふ、一気に形勢逆転だね」
残り二人になったアイリのチームを挑発するように声をかけると、案の定アイリの隣にいた女子が噛みついてきた。
「あなたっていちいち喧嘩売らないと気が済まないの!?」
「いやー、勝負事だとテンション上がちゃって、つい」
「あれだけ連発で魔法を使えるなんて、流石リタだね」
アイリが杖を構え直したので、リタもそれに対するように彼女の方に杖を向けた。
「二対三で勝てると思ってる?」
「半々かな。セシリー、援護お願い」
「了解! 『水属性初級魔法:アーキュン』!」
セシリーと呼ばれた女子生徒——クラスメイトだけどリタは初めて名前を知った——の魔法がリタたちに向かって飛んできたので、残りの二人を守るように前に出ながら、魔法弾で相殺。その衝突で発生した爆風で視界が狭くなる。
中央ラインギリギリまで来たからもう少し下がった方がいいかと思ったと同時、何だか妙に嫌な予感がして、考えるよりも先に体を横に移動させた。
その瞬間、さっきまでリタがいた場所を通過していく魔法弾。
さっきの属性魔法は目くらましで、こっちが本命だったということだろうか。
「囮攻撃なんて、随分と単純な作」
単純な作戦だねぇ——と、とりあえず適当に煽っておこうと思ったのだが、すぐに言葉が止まった。
リタの目の前に一瞬電撃が見えたと思ったら、少し離れた場所にいたはずのアイリが、近距離まで詰め寄って来ていたから。
「うわっ!?」
アイリが杖を持ち上げたのが見えて、驚く気持ちと、やられたって気持ちで、思わず声が上がった。
そうか、アイリにはこの肉体強化もあるんだった。でも、まださほど手加減もしていなかったのに、流石アイリだ。下手な小細工なしで負けることが出来てよかった——リタはそう思って安堵していたのだが、いつまでも体に衝撃がやって来ない。
「……アイリ?」
アイリの杖は、リタのお腹辺りに突き付けられている。けど、何秒か待ってもそこから何かが放たれる気配はない。
不思議に思って彼女の方を見ると、微かに顔色が悪くなっていた。その表情を見て、先ほどの彼女とチームメイトとのやり取りを思い出す。
男子生徒は、自分がニコロに当てたと言っていた。アイリは、みんなが協力してくれたおかげだと言っていた。
そして、この間話してくれたアイリの過去。
魔法で人を傷つけてしまったことがあり、そのせいで魔法を使うのを極端に恐れていたこと——これを全て含めて考えると、彼女が今どんな気持ちなのかはすぐに分かった。
だからリタは、他の人に気付かれないようにお腹の辺りに手を当て、魔法弾を自分に向けて撃った。
◆ ◆ ◆
その日の放課後になっても、一部の生徒たちの興奮は冷めやらないらしく、アイリの周りにはたくさんの人が集まって来ていた。
「ほんっと凄かった! アイリってなんであんなに足早いの?」
「なんか走るとき電気出してたよね! あれも魔法?」
「え、えっと、自分でもよく分かってないんだけど……」
回答に困るアイリも可愛いなぁ。
リタは、そんな感想を抱いて満足げな顔をしてしまうほどには、アイリの周囲の会話に聞き耳を立てていた。が、彼女との物理的な距離は離れている。
実技授業の終了直後から、何人かの生徒がアイリの方を見てきていたが、なかなか話しかけてくる人はいなかった。
もしかして自分がそばにいるからではと考えて、あえて次の授業では離れた席に座ってみたのだが、それが大成功。あっという間にアイリはクラスメイトに囲まれた。
ちなみにアイリ自身は周囲の視線に全く気が付いていなかったようで、リタが事情も言わずに席を離れようとした時は、やたら悲しい顔をしてきて胸が痛んだ。
でもその甲斐あって、生徒たちに囲まれてチヤホヤされているアイリが見られたので満足だ。
クラスのみんなに愛される推し——写真に撮って立派な額に入れて飾っておきたい尊い光景である。嗚呼幸せ。
「それにしても、私もそこそこ活躍したはずなのになぁ……」
最後こそアイリにやられて負けたけど、ラミオや他生徒たちを見事に倒したのに。
誰も労いの声をかけてくれないどころか、チームメイトだったはずの人たちまでアイリを囲む側になっているこの現状。
ちなみにニコロにはゲーム後に「ナイスファイト」と言ってもらえた。
……なんてボヤいてみたものの、本当は分かっている。これはチームプレイを大事にしなかった結果だということ。
そもそもクラスメイトの名前を誰一人覚えていなかった時点で論外だし、最後はロクに作戦も立てず私欲のために一人で突っ込んでいくような奴が、好かれるはずもない。
「リタ様の空中戦もお見事でしたね!」
「あ、うん、ありがとう」
すっかり失念していたが、今隣にはエミリーが座っていたのだった。
彼女は実技が終わった後からずっとリタのそばでリタの活躍を褒めてくれている。少し恥ずかしいが、かなり嬉しい。
「……それにしても、アイリってば一気に人気者ですね」
「まぁアイリは元々人に好かれる才能があるからね! 可愛いし、強いし、なんといっても優しいし!」
「ふーん……でも私の目には、リタ様が一番輝いて見えましたよ」
「ほんと? いやぁ、照れちゃうなぁ」
「だから結婚しましょう」
「ハハハ」
とりあえず笑って誤魔化しておこう。
そういえばエミリーと話していて、ふと思い出したことがあった。
「すっごい今更だけど、前に言ってた決闘はどうする?」
「もちろん無効です」
そんなアッサリと。学生同士の決闘なんて、それほど重みのある行為ではないのかもしれないけど。
「だってあの時はラミオを盗られた憎しみでいっぱいでしたけど……今はリタ様と戦うなんて嫌ですから。意味もないですし」
「そっか……うん、まあ良かったよ」
実力差があると分かっているのに全力で挑むのも気まずかったし、かといって手を抜いたらエミリーのプライドを傷つけそうで嫌だった。理由はどうあれ戦わらないでいられるなら、それが一番だ。
「ところで授業はとっくに終わりましたけど、リタ様はアイリが解放されるまで待つ予定ですか?」
「いや、私はちょっとデラン先生に聞きたいことがあるから、職員室に行ってそのまま帰る予定」
「じゃぁ職員室の前まで一緒に行ってもいいですか?」
「エミーも先生になにか用事があるの?」
「ありません! ただリタ様と少しでも一緒にいたくて」
「そう……」
ストレートに好意をぶつけられることに慣れてなさ過ぎて、ものすごく冷めている人みたいな反応をしてしまった。
普通に嬉しいのだが、その好意の先に求められているものが結婚だから、対応にも反応にも困ってしまう。
でもエミリーは特に気にした様子もなく立ち上がったので、リタもそれにつられて席を立った。
続く
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