第36話【魔法弾当てゲーム-2】
というわけで、リタたち赤チームも短い時間ながら作戦を立ててみることになった。
「ラミオ様も強敵だけど、一番厄介なのはアイリだ。肉体的な強化も含めるとね」
「あー……確かに。すっごい素早く避けそうだし、半端ない数の魔法弾撃ってきそう」
ニコロとリタは、無双するアイリを想像して少し震えた。
まあトラウマのあるアイリが、威力の低い魔法弾とはいえ、そんなにホイホイ人に撃てるかは分からないが。
「開始と同時に全員で仕留めにかかった方がいいかもしれないね」
「スタートの合図で、全員で一斉に攻撃するってこと?」
「うん」
二人の話を黙って聞いていた男子生徒が、苦い顔をして声を上げる。
「それはいくらなんでも卑怯だし、可哀想じゃね? 相手、女だし……俺らからしたら年下だし」
「いや、アイリにはそれくらい全力で挑まないとアウトに出来ないと思う」
リタの答えに、ニコロとエミリー以外の生徒はみんな、信じられないという顔でこちらを見てきた。
アイリはまだみんなの前で本気の魔法を披露したことがないらしいし、そんなに目立つ方じゃないし、何よりとても可愛らしい女の子だから(重要)、そこまで強いイメージがわかないんだろう。
「あの子、そんなに強いの? 特待生なのは知ってるけど、全然そんな風に見えないわよ……」
「単純な魔力量だけでいえば、この学年一だと思う」
「マジか……それなら確かに、一斉に仕掛けて確実に仕留めた方が良いかもな」
「それで順当にアイリを倒せたとして、次はラミオ様だけど……彼の魔法もなかなか厄介だな」
土属性を得意とするラミオは、土の類を自在に操れる。そんな彼と、砂が敷き詰められているこの場所は非常に相性が良い。
魔法弾を防ぐための壁や、こちらの動きを妨害する物なんかも彼の魔力量なら簡単に作ることが出来るだろう。
「ラミオ様は私が何とかするよ」
リタならラミオ相手でも対抗出来る。決闘の件を知っているみんなはそれを察してくれたんだろう、特に反論は出なかった。
「リタが場に残ったまま、あの二人を何とか出来れば、僕たちの勝ちは固い。とはいえ相手も対策は取ってくるだろうから、とりあえずリタがアウトになったとしても、それまでにどちらか一人は確実に場から消しておきたい。みんな、頑張っていこう」
ニコロの言葉に、みんなが頷く。
リタたちの話し合いが終わったと同時に、タイミング良くデラン先生の声が響いた。
「じゃぁそろそろ試合を始めるよぉ。みんな、こっちに来て整列して」
いつの間にか地面に白線が引かれ、本当にドッジボールをする時のようなコートが描かれていた。
そのコート内の中央線の前に、アイリたちと向かい合うように並ぶ。
「魔法弾が体のどこかに当たったらアウト、それ以外の魔法が当たるのはセーフね。魔法は何を使ってもいいけど、相手を気絶させるようなことがあれば術者の方がアウトだよ。あと、自分の陣地の外に足が着いてもアウト。それ以外は、危険すぎる行為以外はルール無用」
先生の言葉を聞いている最中、リタはふと正面にいるアイリと目が合った。
先ほどまでの不安そうな表情とは一転、やたら自信にあふれた顔をしていて、視線が合うなり微笑まれる。
……何だろう、よほど良い作戦でも立てられたのだろうか。それとも誰かに何かを言われたのか。
真意は分からないが、彼女が楽しそうなのはリタにとって良いことだから、微笑み返しておく。
「じゃぁそれぞれ自由な位置について」という先生の言葉と共に、コート内の生徒たちが適当な場所に移動する。リタたちのチームは、みんなさりげなくアイリの方に視線や体を向けていた。
先生が右手をあげ、振り下ろしながら「スタート」の掛け声がかかる。
「撃て!」
掛け声を聞き終わるのとほぼ同時、リタたちはニコロの合図の元、全員でアイリに向けて魔法弾を放った。
とても一人に向けるものとは思えない数えきれない量の魔法弾が同じ場所を目指して進み、派手に爆発した。
耳をふさぎたくなるくらいの轟音と共に、派手に舞い上がる砂埃。
「うわーお……容赦ないなぁ」
呆けるような先生の声。
先ほど微笑み合った相手に、この攻撃の仕方はなかなか性格が悪いのでは——という心配がリタの頭をよぎったが、杞憂だった。
「げっ、マジかよ……」
リタの隣に立っていた男子生徒が怪訝そうな声を上げた。
彼の視線の先にあるのは、リタたちの魔法弾を全て受け止め、崩れかかった土の壁。開始の合図と共にアイリたちの前に出現したコレが、彼女への攻撃を完全に防いだのだ。
詠唱のいらない魔法弾よりも素早い属性魔法の行使、多数の魔法弾を完全に防ぎきる耐久力。こんなことが出来るのは、相手チームには一人しかいない。
その当人——ラミオは、リタたちが動揺している間に次の魔法を唱え始めていた。
「『出でよ土の鎖』」
「まずいっ……みんな、足元気を付けて!」
鎖という言葉で察したニコロの忠告は少し遅くて、何人かの生徒の足元の砂が動き、足首と地面を繋ぐ鎖のような形に変形する方が先だった。
「な、なにこれ……取れない!」
「今だ! 全員で叩き込め!」
「『風属性初級魔法:ウィード』!」
リタは急いで唱えて、自分とみんなの鎖を破壊する。しかし鎖だけを狙うのが意外に難しく、対応がワンテンポ遅れた。その間に、何人かが敵チームの撃った魔法弾に当たってしまった。
「一気に四人もアウトとは、この試合、存外早く決着がつきそうだな」
「さすがです! 一瞬で壁を作って鎖まで作っちゃうなんて天才!」
「その上、頭も運動神経も顔も良いなんて、さっすがラミオ様!」
偉そうにふんぞり返るラミオを褒めたたえるラミオガールズと、他の生徒たち。
「最初の一斉攻撃も、ラミオ様の読み通りでしたね。すごいです」
「はっはっはっ、特待生であるアイリ・フォーニをも感心させてしまう、流石俺様!」
彼の後ろに立つアイリも、安心したような表情で小さく拍手を送っていた。
アイリに褒めてもらうなんて……いくらラミオ相手とはいえ、ちょっとイライラしてしまった。
「ラミオ様ごときに読まれるなんて……!」
「ごときって……リタ、相手は王族だよ」
窘めるような台詞を吐きつつも、ニコロの目の奥には明確な闘志が宿っていた。アイリとラミオのやりとりを見て、彼の内心はリタの何百倍もイライラしているんだろう。恋に嫉妬はつきものだから仕方ない。
「ごめん、僕のせいだ……作戦が安直過ぎた」
「いや、私もラミオ様があんなに早く対応してくるのは予想外だったから」
開始と同時の集中砲火を読まれていたとしても、あんな風に防がられるとは思ってもみなかった。
魔法弾で仕留められなかったとしても、アイリ自身が何かしらの対策をとるだろうと思って、その隙を狙ってアウトにするつもりでいたのに、計算違いもいいとこだ。
「アイリと他の生徒は僕たちが引き付けるから、リタはラミオ様の相手を頼むよ」
「うん」
答えながら、リタは目の前に飛んできた魔法弾を魔法弾で打ち消した。続けて足元を狙って放たれた弾を、後ろに飛んでかわす。
そこで一息つきかけたら、さらに追撃として五発ほどがこちら目掛けて飛んできたので、火属性の魔法でまとめて打ち消した。
「なんか集中砲火されてるような気が……」
「その通りだ!」
思わぬ返事に声の方を見ると、複数の生徒の中央に立つラミオの姿。
「……ラミオ様一人でも強敵だっていうのに、こんないたいけな女子相手に多勢は酷くないですか?」
「先ほどアイリ・フォーニを全員で襲撃した者が、吐いていい台詞ではないな」
「うっ……」
正論過ぎて言い返す言葉が見つからない。
「それに俺様は無謀なタイプではないからな。今回はチーム戦、己の見栄の為に勝率の低い戦いはしない! お前は複数人がかりで確実に仕留める、『土属性初級魔法:ティエダ』!」
ラミオが詠唱しながら地面に向かって剣を振るうと、砂が水しぶきのような形で吹き上がり、リタに向かって襲い掛かってきた。
それと同じタイミングで、ラミオガールズを始めとした複数の生徒の魔法弾も放たれる。一つ一つは威力の弱い攻撃だけど、数が多いから全部かき消すためには初級魔法じゃ通用しない。
「『風属性中級魔法:ウィーギラス』!」
一歩後ろに下がり、強風を撃つ。
魔法同士がぶつかった衝撃で爆発が起こり、辺りが砂埃で見えにくくなった。
リタは砂が入らないように手で目元をガードしつつ、追撃に備えて杖をかまえる。
「『出でよ土の壁』!」
まだ砂埃が消え切っていない中、ラミオの詠唱が聞こえてギョッとする。
この状況で一体どこに壁を出現させるのか——思わず自分の足元に目を向けたが、その読みは外れていた。
ラミオが壁を作ったのは、自分のチームメイトの足元。地面から出現した土の塊に運ばれる形で、三メートルほどの高さまで浮上する生徒たち。
「やば……」
リタの視界はまだハッキリしないが、上にいる生徒たちはリタよりも遥かに周囲を見やすい状態になっているはずだ。
このシチュエーションで複数の魔法弾を撃たれたらかわすのは無理だし、視界が定まらないから魔法で相殺するのも難しい。
上級魔法なら全てかき消すことは出来るけど、もしも生徒の誰かに当たったりしたら気を失わせてしまう危険がある。そうなれば別の意味で一発アウトだ。
「でも、このままじゃ他の子にも被害があるかもしれないし……」
リタを狙った魔法弾が上空から降り注いで全員アウトなんてことになれば、チームメイトから恨まれてしまうこと必至。
最悪自分はアウトになってもいいから、あの土の壁を何とかすることを優先しなければならない。
「『出でよ竜巻』!」
リタは自身の足元に竜巻を纏わせ、風の力を使って一気に壁の上の生徒の目の前まで飛び上がった。
「へっ!?」
その対応が予想外だったのか、上空で目が合ったラミオガールズの一人が素っ頓狂な声をあげる。
警戒態勢を取られるよりも先に、リタはもう一度同じ要領でさらに上に飛ぶ。宙で体を回転させ、生徒たちの後ろ側へ移動。
リタの姿を捉えられず、事態を把握できていない生徒たちのガラ空きの背中に向けて、複数の魔法弾を放った。
「いたっ……う、後ろだ! みんな後ろ!」
アウトになった生徒の叫びのせいで、何人かには後ろを振り向くと同時に避けられてしまった。その内の一人であるラミオが、剣を振って複数の魔法弾を撃ってくる。少し遅れて、他の生徒もダメ押しとばかりに魔法弾やら初級魔法を放ってくる。
——ああ、どうしようか。魔法弾を撃ち返しても当たるとは限らないし、今は落下中だから避けられもしないし、かといって上級魔法なんて放ったら人によっては即アウトだ。あーもー……ええい仕方ない、ラミオなら気絶しないことを信じるしかない。
そんなことを頭の中で素早く考えながら、威力を最大限抑えるために、杖ではなく手のひらをラミオの方に向ける。
「『炎属性上級魔法:リ・フラヴァラス』!」
手の平から出現した光る魔法陣。そこから龍のような形をした巨大な炎が飛び出て来て、全員の魔法をかき消し、威力が若干衰えた状態でラミオに直撃した。
「ぐあっ……」
彼が、呻きつつもとりあず気は失っていないのを確認してから、リタは杖を構え直し、
「『風属性中級魔法:ウィーギラス』」
土の壁に向かって、魔法を撃ち込んだ。
ちなみに属性魔法には相性があり、土は雷に強く、雷は水に強く、水は火に強く、火は風に強く、風は土に強い。まあ術者の根本的な魔力量が圧倒的に上なら、相性はあまり気にしなくても良いのだが。
リタの魔法を受け、派手に崩れていく土の壁。当然、その上に乗っていた生徒たちも落下していくことになる。
「う、うわあああああっ!!」
悲鳴を上げながら落ちていく生徒たち。
杖を構え直したリタの視界の端には、生徒たちの安全確保のために、杖を取り出しかけた先生の姿が見えた。
「『出でよ強風』」
だからリタは先生より先に詠唱し、生徒たちが地面に衝突する寸前、強い風を発生された。それで彼らの体を浮き上がらせつつ、風の動きを操り、散り散りだった全員を一カ所に固めて着地させる。
「……あれ、今——うわぁ!?」
落下すると思って目を瞑っていた生徒たちが、呆けた顔で体を起こした瞬間、全員に魔法弾を撃ち込んだ。
「よし!」
これでラミオを始めとした半数以上の生徒がアウトになった。
思わずガッツポーズすると、コートの外で見ていた先生が小さく拍手を送ってくれた。
「多勢で挑んでも負けるとはな……リタ、相変わらず良い女だ」
「ありがとうございます。ラミオ様の魔法も、前よりすごかったですし……上級魔法、当ててすみません」
「フッ……俺様は日々鍛錬を欠かさず、常に成長し続ける男だからな」
負けてもなお格好つけている様は、いかにも王族という感じだ、良い意味で。
続く
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