第35話【魔法弾当てゲーム-1】

 少しでもアイリの緊張がほぐれるように、極力魔法とは関係のない話で盛り上げつつ校舎に入り、一時限目の選択授業が違うエミリーとはそこで別れた。

 手を振ってくるエミリーの姿が完全に見えなくなったところで、アイリは小さな溜め息をついた。


「……ごめんね。この間から気を使わせちゃって」

「気にしなくていいよ。誰にだって得手不得手はあるもん」

「……リタは優しいね」

「好きな子にはね」


 事実を述べると、何故かアイリに笑われた。


「そんなこと言って、みんなにも優しくしてるから、エミーにも好かれちゃったんじゃない?」

「いや、エミーの場合はタイミングというか……」


 たとえばあの時、アイリと一緒にエミリーを救出していたら、こういうことにはなっていなかった気がする。

 

 そもそも思い返してみると、彼女に対してのリタの行動は「優しさ」とはかけ離れている。

 店に入ろうとしていたエミリーを自分の都合で連れ出した挙句、油断した隙に攫われてしまい、一時的とはいえ怖い思いをさせた。

 その上、スピネルを納得させるために、エミリーが嫌がっていた監視を無断で行わせることで解決してしまった。

 それに加えて、断りにくいからとはいえ、プロポーズの返事も保留したままで気を持たせている状態だし――これはラミオも一緒だが。


「……エミーは本当のこと知ったら、私を嫌いになりそうな気がする」

「そんなに酷いことしたの?」

「んー……内緒」

「ええ……意地悪」

「ブローチの時のお返し」


 拗ねたような顔をするアイリは可愛い。

 ホリエンが大好きなリタは、どのキャラもみんな大好きで、それはこの世界のみんなに対しても変わらないし、本編未登場のエミリーに対しても変わらない。

 ただその中でもやっぱりアイリは特別だなぁと、変なタイミングで再確認したリタだった。

  

 

 その後、適当な話をしながら一時限目の教室の近くまで来たリタは、扉に手をかけた。


「あー、二人ともおはよぉ」


 教室に入ろうとした時、後ろから軽く背中を叩かれると同時に、頭上からのんきな声が聞こえてきた。


「あ、デラン先生……おはようございます」


 アイリの態度が若干ぎこちないのは、まだ初日の出来事を完全には払拭出来ていないからだろう。


「おはよう、アイリ。今日も身だしなみがピチッとしてて、偉いねぇ」

「ありがとうございます」

「今日の実技、楽しみにしてるよぉ」

「が、頑張ります」

「理事長がアイリの魔法を褒めてたから、この目で見るの楽しみだなぁ」

「はい……」


 ああ、またアイリのプレッシャーが高められていく。

 震えるその肩を抱きしめたかったが、先生の前なのでやめておいた——まあ、二人きりでも勇気がなくて出来ないだろうけど。


「リタもね。ついでに君は、もう少しアイリを見習って身だしなみを整えようねぇ」

「はーい」


 軽い返事をしつつ、放置しっぱなしだった寝癖を、手で無理やりなおした。

 

「あ、そうだ、先生。授業で分からないところがあったので、放課後に聞きに行ってもいいですか?」

「いいよぉ。今日は暇してるから、職員室までおいで」


 あまり勉強熱心ではないリタにしては違和感のある行動だったと思うが、頭の中が実技のことでいっぱいらしいアイリは、目の前のやりとりを気している余裕はないらしい。


 放課後の約束を取り付けながら、二人は先生と並んで教室に入った。



◆ ◆ ◆



 三時限目、ついに訪れた(アイリにとって)初の実技の授業。

 デラン先生を先頭に闘技場へ移動している最中、リタの隣を歩くアイリはずっと不安な表情のままで胃の辺りをさすっている。


「……大丈夫?」

「大丈夫ではないけど、頑張る」


 想像していたよりはだいぶ前向きな答えに、リタも安心した。


「万が一の時は私がアイリよりも目立つ魔法使うから、アイリはとんでもない魔法ぶっ放しても大丈夫だよ!」

「けど、それが万が一誰かに当たったりしたら……」

「アイリはコントロール良いし、もしそうなっても、その時は先生がちゃんと対処してくれるよ。アイリだって、デラン先生の実力は分かってるでしょ?」

「それは……確かに」

「リタ様!」

「わっ」


 元気のいい声と共に、いきなり後ろからエミリーが現れて、つい声をあげて驚いてしまった。


「え、エミー……驚かせないでよ」

「ふふ、すみません」


 全く反省してなさそうな笑顔で謝られた。なのに不思議と怒る気になれないのは何故だろうか。


「ついにリタ様の活躍を見られると思うと楽しみで!」

「そっか……じゃぁ張り切って私が一番とっちゃおっかな!」

「頑張って下さい! 私も良いとこ見せられるように頑張ります!」


 まだ授業でなにをするのか、お互い全然知らないけれど。

 

 キャッキャッとはしゃぐリタ達とは正反対で、いまだに不安げな表情を隠しきれていないアイリ。エミリー、ラミオ、デラン先生と立て続けに期待の言葉をかけられて、プレッシャーでつぶれそうなのかもしれない。

 いつもより一回りくらい小さくなった気がする彼女を心配していると、闘技場が見えてきた。



 先生に集合をかけられ、闘技場の中央に集まる生徒たち。


「さて、じゃぁ今日はクラスで行う初めての実技授業だから、まずは遊び感覚で魔法を使ってみよっか」


 全員が集合したのを確認して、先生はパチンと指を鳴らした。

 その音と共に、生徒全員の腕に巻き付くようにリボンが現れる。リタとラミオの決闘の際にも使用された、魔力ダメージを軽減するリボンだ。


「これからみんなには、二チームに分かれて魔法弾当てゲームをしてもらいます」

「魔法弾当て……」


 攻撃魔法を当て合うなんて物騒だなと思ったが、いざ説明を聞いてみると、前世で言うところのドッジボールだった。違いといえば、当たったら顔面だろうがどこだろうが一発アウトで、場に復帰する術は用意されていないことくらい。

 てっきり全力で攻撃魔法を披露することになると思っていたから、ある意味助かった。

 これならアイリも的を破壊する心配をしなくて良さそうだ——と、そこまで考えて、標的が的から人になるということは、アイリが一番嫌がりそうなことだと気が付いた。


「……アイリ、大丈夫そう?」


 小声で尋ねると、アイリは少し顔を俯かせた。


「うん、多分……魔法弾くらいなら、ぶつけても怪我しないだろうし」

「ちなみに魔法弾以外の魔法の使用もオッケーだから、それぞれ考えながらやってみてね」


 先生はあっさり言ったが、それはなかなか危ないのではないだろうか。

 リボンによってダメージが軽減されているとはいえ、魔法をぶつけられるとそれなりの痛みはある。

 たとえば開始の合図と共にリタが上級魔法でもぶっ放せば、全員気絶して終了させることも出来てしまうかもしれない。


「ただし危険行為は禁止だから、誰かを魔法のダメージで失神させた場合は、させた子の方が失格になるから気を付けてね」

「先生質問ー、魔法で拘束したりとかはありですか?」

「ありだよぉ。ダメなのは、相手を気絶させることと、この枠線からはみ出すこと。あ、空中も枠の直線上ならオッケーね」


 その後も他の生徒から質問が飛び交い、それに対して先生が一つ一つのんびりと答えていく。


 

 そうしてあらかたのルール説明を終えた先生は、ポケットからメモを取り出した。


「ちなみにチームはあらかじめ先生が決めておいたからね。まず、リタとアイリでわかれてもらって」

「意義あり! 何故まずアイリとわかれなきゃいけないんですか!?」


 一番敵にしたくない相手と当たり前のようにわかれさせられて、思わず抗議の声を上げる。


「両チームのパワーバランスをよくする為だよぉ。二人をリーダーとして、組み分けを発表していくからね」


 至極まっとうな理由に文句をつけることも出来ず絶望している間に、先生が一人ずつ生徒の名前を読み上げていく。


 その結果、エミリーとニコロはリタと同じチーム、ラミオはアイリと同じチームに選ばれた。

 アイリと別のチームというのは堪らなく嫌だが、どうせ戦うなら誰が相手だろうと勝ちたい。

 先生に配られた赤ハチマキを頭に巻き、リタは気合いを入れた。


「リタ様と同じチームなんて嬉しいです!」

「頑張ろうね、エミー!」

「はい!」


 頷くエミリーの額には赤いハチマキが巻かれており、金色の髪と映えてよく似合っている。

 ちなみにアイリたちの方は青いハチマキだ。

 アイリは何色をつけていても可愛いなとか思いながら眺めていると、青チームはアイリとラミオを中心に集まって、何か話し始めた。


「作戦会議ですかね?」

「私たちもやった方がいいのかな……」


 リタはそう言いながら、なんとなく自分の周囲に集まって来た生徒たちに目を向けるが。


「いくら特待生とはいえ、こんなガキがリーダーとか、先生正気かよ……」

「しかもあいつ、ラミオ様に失礼な対応しまくってる無礼者だし」

「あっちのチームの方が良かったよね……」


 周囲の目がいつも以上に厳しいのは、先生がリーダーなんて言ったからなのか、リタの日頃の行いの問題なのか。

 空気が悪いままなのも嫌だが、今の状況でリタが何か言おうものなら、火に油を注ぐ結果になりそうで怖い。これだけ圧倒的に不信感を抱かれている立場を覆せるほどのコミュ力など、リタは持ち合わせていなかった。


 どうしたものかと困っていると、聞こえてきたのは、やたら爽やかな声。


「みんな、そんなこと言わずに仲良くしようよ。せっかく同じクラスになった仲間なんだから」

「ニコロ……でも庶民がリーダーなんてさ」

「そんなのここでは関係ないよ。彼女の実力はみんなもう分かってるはずだろ」


 にこやかな笑顔を浮かべたニコロは、リタの方に顔を向けた。


「せっかく戦うなら、僕はみんなで勝ちたい。そのためにも頑張ろう。ね、リタ」

「う、うん」


 ニコロという男は本当に、少女漫画の世界から飛び出してきたみたいな好青年だ。ずっとゲームで見てきたから分かっていたつもりだったけど、いざ現実世界で目の当たりにすると、その爽やかさに目と心が浄化されそうになる。


「……ま、ニコロがそう言うならしゃーねえ。気にいらねえけど、魔法の腕だけは確かみたいだし、頼んだぞ」

「やるからには勝ちたいよね!」


 こうしてクラスのみんなの雰囲気が一気に良い方向に変わったのも、ニコロの人徳があってこそだろう。

 成績優秀で真面目な優等生かつ、家柄関係なく誰にでも分け隔てなく親切な子だから、人気があるのも頷ける。


 やっぱりアイリの幸せは、彼と幸せになることなんじゃないだろうか、と考えて――一瞬、ニコロヤンデレバッドエンドが脳裏をよぎり、リタはなんともいえない気持ちになった。



続く

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