第34話【初めての実技授業当日】

 帰りのHRの時間で、教卓に立ったデラン先生がにっこり笑顔で告げる。

 

「さーて、明日はみんなお待ちかねのクラスでの実技授業だねぇ」


 リタは、隣にいたアイリの顔色が真っ青になるのを見た。


「とはいっても、もう他の授業で経験した子も多いと思うから今更だけど……念のため、初めての人でもついていけるようにきちんと基礎から始めるから、安心してね」


 実技の基礎ってなんだろう……リタは頑張って考えてみたが、思い浮かばなかった。魔法弾の早撃ちとかだろうか。


「みんなの活躍、期待してるよ」

「……うぅ……」


 笑顔の先生とは正反対で、死にそうな顔で俯いてしまったアイリ。

 リタはちょっと考えた後、彼女の背をポンポンと叩いて励ました。


 

◆ ◆ ◆



 今日のアイリは、起きた時から元気がない。

 まあその理由は明らかに実技授業だから、リタに出来ることは何もなかった。

 慰めたところで、また「でもでもだって」とアイリの返答が返ってくるだけだろうし。事情が事情なだけに、下手な励ましもしにくい。


「的は破壊しない……人に当てなきゃいけない時は極力痛くない場所を狙って、威力は抑えて……」


 揃って学校に向かう最中、隣を歩くアイリはぶつぶつと呟いていた。その手には魔道具が握られていて、杖の先からは雷魔法が弾けては消えている。

 よく分からないけど、恐らく力の加減調整に挑んでいるんだろう。小さな雷が光っては消える様子は、なんだか花火みたいで綺麗に見えた。

 

 リタもアイリを見習って、多少威力の加減をして目立たないようにするべきだろうか。あまり派手な魔法を使って、ガイルスのように目をつけられても困るし。

 

 なんて考えていたら、後ろから元気な声が聞こえてきた。


「リタ様、おはようございます!」

「あ、おはようエミー」


 エミリーは当たり前のようにリタの隣に並び、ニコニコ笑顔でこちらを見上げてくる。

 童顔の影響か、同い年なのに年下のように見えて、なんだか後輩に好かれている感じで可愛いと思う――思うが、今はアイリの方が大切だ。

 リタが無意識にアイリの方に目を向けたからか、エミリーもそちらに目を向けた。


「アイリもおはようございます」

「おはようございます……」

「朝から魔道具なんて取り出して、どうしたんですか?」

「私、今日が初めての実技で……」

「えっ、そうなんですか? 入学してもう結構経ってるのに珍しいですね」

「たまたま実技とぶつかることがなくて……」

 

 そんなわけはなく、アイリの意志で全力回避していた結果なのだが。エミリーにそう言うということは、実技が苦手なことはあまりバラしたくない秘密らしい。


「私、アイリの魔法見たことないから楽しみにしてますね!」

「うっ……うん……」


 エミリーの無邪気な笑顔が、プレッシャーに震えていたアイリの精神に突き刺さった。瞬間、彼女の魔道具から無意識で放ってしまったらしい雷が飛び出してきたので、リタは誰かに被弾する前に魔法弾で相殺しておいた。

 それを見て、エミリーはますます目をキラキラさせる。


「流石アイリ……朝から魔法を披露とは、やる気満々ですね」

「う、うん、頑張るね」


 エミリーに向かってそう言った後、アイリがこっそり「ごめんね」と耳打ちしてきたので、リタは手を振って返しておいた。

 

「あ、そういえばリタ様の実技をちゃんと見るのも初めてなんです! ラミオとの決闘は見損ねましたし!」

「そうなの? 一緒の授業になったことなかったっけ?」

「お恥ずかしながら、私は入学してからずっとラミオと同じ授業をとって、いつもラミオしか見ていなかったもので」

「へえ……」


 思った以上のブラコンぶりだった。

 やっぱりエミリーはこの学校に来たかったというより、ラミオについて行きたかったから入試を受けたんだろう。

 それで受かってしまうのだから、本人が思う以上に彼女には魔法の才能があるのかもしれない。


「……って、あれ? 今ラミオって呼んでた?」

「はい。私、目上の方や必要な場合を除いて、様を付けてお呼びするのは心に決めた相手だけにしたい主義なので」


 心に決めた相手っていうのは、好きな人ってことなのだろうけど。それはつまり、エミリーはブラコンとかそういうレベルじゃなくて、本気でラミオが好きだったってことだが……深く考えるのはやめておくことにした。


「まあ元々、兄と呼ぶことにラミオは良い顔をしていませんでしたし」

「あ、そうなんだ……確かに双子だし、同い年だもんね」

「はい。それに今はライバルですし」


 何を巡るライバルなのかは聞かなくても分かったので、スルーさせてもらおう。


 そんな風にラミオの話をしていたせいなのか、後ろから聞こえてくる黄色い声と、カツカツという自信にあふれた足音。


「おはよう、リタ、アイリ・フォーニ、エミー。お前たちは最近、よく行動を共にしているな」


 バッサァーと、音が出そうな勢いで、手で制服をなびかせるラミオ。

 その表情は分かりやすく嬉しそうで、純粋に妹に友達が出来たことを喜んでいるように見えた。


「おはようございます。僭越ながら仲良くさせてもらってます。ラミオ様たちも……いつも通り、仲が良さそうで」


 言いながらリタが視線を向けると、痛いほど突き刺さるラミオガールズの視線、そして無言の圧力。さっさとどっかに行け、という思いが言葉にしなても伝わってくる。寄って来たのはそちらなのに。


「今日はいよいよクラスでの実技授業だな。あの日から磨きに磨いた俺様の実力を、お前に早く見せたくてワクワクしているぞ」

「そ、そうなんですか」


 みんなが揃いも揃って実技の話ばかりするものだから、さっきからアイリの顔色がずっと悪い。

 

 なのでリタとしては何か適当な話題に切り替えたいところだったが、逆にラミオは相当楽しみにしているのか、実技トークが止まらない。

 彼が努力家なのはリタもよく知っている――ゲームで見た――ので、あの決闘以来、実力が上がっているのも本当なんだろうが、そろそろ口を閉じて欲しい。


「それにリタ、お前の魔法をもう一度見られるのも楽しみにしてるぞ」

「……はい」


 楽しみにされるのも複雑なのだが。

 アイリほどではないが、リタも実技は力を調整すべきなのか悩むのであまり好まない。

 他の攻略対象たちがラミオみたいな理由で好意を寄せてくる可能性が0じゃない限り、学内では慎ましく生きたい。慎ましくアイリを照らすスポットライトになりたい。

 

 リタが何とも言えない気持ちになっていると、ラミオはアイリの方に目を向けた。


「アイリ・フォーニ、お前の魔法を見るのは初めてだな。リタと同じ特待生であるお前にも期待しているぞ」

「は、はい……」

「では、俺様は野暮用があるので先に行く。また教室でな!」


 やたらと尊大な、王族らしい足取りで去っていくラミオ。何故かキャーキャー騒いでその後に続くラミオガールズ。いつ会ってもにぎやかな集団だ。


「……ラミオ様にああ言われると、緊張しちゃう……」

「ま、まあ、深く気にしない方がいいと思う」

「そうですよ。ラミオが期待するなんて珍しいので、すごいです!」


 エミリーの言葉はむしろ追撃になっていたが、事情を知らないので仕方ない。

 

 ただ、本人的には嫌なのだろうが、アイリの場合はいっそのこと他を圧倒する力を披露した方が、他の生徒に尊敬されそうな気はする。

 彼女は、初日に王族を舐めた態度で倒したリタと違って、まだ誰からも悪印象を持たれていないだろうから――ガイルスなんかは恐怖を抱いているだろうけど――むしろ今の立場から一転して人気者になる可能性すらある。


「あ……悪印象といえば……」


 初日のデラン先生のあの態度の理由をいつか本人に聞こうと思って、すっかりタイミングを失っていたことを、唐突に思い出した。

 思い立ったが吉日ということで、今日辺りにでも時間を作って行ってみるのもいいかもしれない。


「リタ様、今なにか言いましたか?」

「あ、いや、なんでも……今日の昼ごはん楽しみだなぁって思って」

「朝からもうお昼の話ですか? リタ様は余裕で羨ましいですね」

「ま、まあね」


 リタもリタで色々考えることはあるが、隣で真っ青な顔して雷をバチバチさせてるアイリ以上に余裕があるのは間違いなかった。


 

続く

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