第32話【慣れない色々】
「リタ様、おはようございます!」
「お、おはよう、エミー……」
昨日あんなことがあったから、話しかけてくるだろうなとは思ってたけど、まさか部屋の前で待ち構えているとは、予想外だった。
「あ。あなたがリタ様のルームメイトの、アイリ・フォーニさんですよね」
「はい、はじめまして、エミリー様」
そういえば二人がこうしてまともな会話を交わすのは初めてだ。
リタは何度かアイリとエミリーの話をすることがあったから、失念していた。
「リタ様のご友人なら、私のことはエミーと読んでください。喋り方ももっとフランクで」
「い、いえ、王族の方にそんな……」
「大丈夫です! 私は将来リタ様の伴侶となる存在ですから!」
それの果たして何が大丈夫なのか、リタにはさっぱり分からない。
「伴侶……に、なるの?」
「エミー様のご厚意に甘え、多大な考慮のお時間を与えて頂き前向きに検討させて頂いている最中であり、結論を出す段階には至っておりません」
ならないよ!!と全力で否定できない自分の立場に、無力さを痛感した。
「へー……」
「……あ、アイリ? 私はほら、あの、あれだからね!?」
以前言った「アイリが一番」というのを伝えるべくウインクを連発したが、意思疎通できたのかは謎だ。
アイリとエミリーが何故かリタをほっぽって並んで歩き出してしまったので、リタは自室の扉を閉めて慌ててその後を追いかけた。
「えっと……じゃぁ、エミー。私のこともアイリって呼んで」
「はい。アイリはリタ様と仲が良いんですね」
「うん。まぁ、ルームメイトだから」
「え、アイリと私はルームメイトじゃなくても仲良しだったよね?」
「同じクラスですもんね。それにしても羨ましいです……リタ様と同じ部屋……いやでもそうなったらそうなったで、緊張して眠れなくなりそうですね」
「アイリと私はクラスメイトじゃなくても仲良しだったよね?」
しつこいリタの問いかけに、アイリは一度リタの方を見て、にこりと笑うだけだった。
「そういえばこの間のリンダ先生の授業、エミーも取ってたよね?」
「はい。あの日の内容、難しかったですよね」
「だよね……私、あの部分がよく分からなくて」
二人は真面目な話をしながらスタスタと進んでいってしまう。
そんな姿を後ろから眺めつつ、リタは小さく溜め息をついた。
今まで、王族と仲良くしたらアイリの嫉妬を買うかもしれないなんて心配していたわけだが、むしろ逆かもしれない。
このままエミリーとアイリが親友になってしまったら、リタはどうすればいいんだろうか。
「……いや、むしろアイリに友達が増えるのは良いことでは?」
どうすればいい、なんて悩むことなんてない。喜ぶしかないんだから。
思い返せば、元々この世界ではアイリと会うつもりもなかった。
それが今じゃすっかり友達の立ち位置に慣れてしまって、うっかり一番の友達でいたいなんて思ってしまった上に、エミリーに嫉妬までしかける始末。
「初心を思い出そう……」
大切なのはアイリの幸せ。エクテッドで多くの人に好かれ愛される、ホリエンⅠの時のような彼女の姿が見たい。
それさえ叶うなら、リタの立場がどうなろうとどうでもいいのだ。たとえ彼女の親友じゃなくても、最悪友達でいられなくなったとしても、彼女の退学さえ回避出来ればそれでいい。
「よし! むしろもっと友達を増やさないと!」
一人意気込むリタを、アイリとエミリーは少し離れた位置から振り返って見た。
「リタ様って、たまによく分からないこと言いますよね。独り言みたいな」
「考えてることが口に出ちゃうタイプなんだって」
「なるほど……そういうところもまた可愛らしいですね」
「……う、うん」
◆ ◆ ◆
「『雷属性中級魔法:エディエーション』」
杖の先から電気が放射され、遠くにある複数の的に当たって消えた。
昼食を食べ終えた後、思ったよりも時間があったので、アイリは訓練所で魔法の練習をすることにしたらしい。もちろん暇だったリタもそれに同行したわけだが、さっきからアイリの放つ魔法は、遠くにある的の中央を的確に撃ち抜いている。初めて会った時も思ったが、彼女は魔法のコントロールが抜群に良い。
「アイリって器用だよね」
「そうかな」
「的に当てるのめっちゃ上手いじゃん」
「んー……それだけは昔から何度も練習してたから」
そう言うアイリの表情はやや暗い。過去の経験から、狙いを外して周囲に被害が及ぶようなことになるのが嫌なのだろう。
「ただよく考えれば、エクテッドに来なかったからこういう風に魔法を使う機会もなかったかもしれないし……無駄なことしてたのかも」
「でも初めて会った時、私はアイリの魔法で助けられたよ」
「……じゃぁ、無駄じゃなかったかも」
「うん。私はコントロールに自信ないから羨ましいな」
「私はむしろ、色んな属性を使えるのが羨ましいなぁ」
確かにそれは、どんな場面でも選択肢が増えて便利だし、使っていて楽しいところだ。
アイリは自身の手のひらに小さな電気の塊を生み出し、手をグーパーさせながら、「私が雷しか使えないのも不思議だけど」と言葉を続けた。
「リタはどうして全属性使えるんだろう。前にニコロが言ってたけど、三属性でも珍しいのに、五属性なんて歴史的に見ても稀だって」
制作陣の贔屓キャラだから――とも言えないので、「突然変異とか」と言って誤魔化しておいた。
リタだけが五属性の魔法を行使出来るこれといった理由は作中でも明かされないので、あながちこの説も間違っていない気はする。
「でもアイリは一点特化な分、雷属性では覇権とれるくらい強いじゃん」
「うーん……」
悩んだような声と共に、キャッチボールのように電気の塊を放り投げるアイリ。見事な女の子投げだったが、気の抜けたような投球もきちんと的に当てているのが、流石というかなんというか。
圧倒的な魔力量、肉体強化、正確なコントロール、どれを見てもアイリは優秀な魔法使いだ。それがクラスのみんなにきちんと伝われば、アイリがラミオやニコロのような人気者になる日も近いはず。
「ふふふ、楽しみだ」
「……本当に、リタってよく独り言言うよね。今朝エミーも言ってたんだけど」
「あー……直したいと思ってるんだけど癖だからかなかなか」
「そういうところも可愛いって」
「そ、そっかぁ」
ブツブツ独り言を言ってる姿のどこに可愛さを見出したのかは謎だが。今のエミリーは恋する乙女状態らしいので、リタのどんな姿も良く見えているのかもしれない。
「嬉しい?」
「? なにが?」
「可愛いって言われて」
「そりゃぁ……可愛くないって言われるよりは嬉しいよ」
「そ」
「……」
なんだ、そのやたらそっけない返事は。
それを訊ねるより先に、アイリは無言で杖を構え、魔法弾を連射して的に当て始めた。リタはその横顔を見て何故か落ち着かない気分になったので、服の裾から自分の魔道具を取り出した。
「せっかくだから私も一緒に練習しよっかな」
「うん」
「えっと……、『火属性中級魔法:フレアムス』!」
杖から放たれた炎の渦が的に当たるが、中心からは若干ズレている。
リタも初級魔法ならある程度コントロール出来るものの、威力の高い魔法ほど狙いを定めるのが難しい。とはいえ、アイリほど正確でなくても十分実戦で通用するレベルだ。
「……」
それにしても、さっきから無言で魔法弾を連射しているアイリが気になって仕方ない。
表情だけで判断するなら、どう見ても楽しそうな感じではないし、集中し過ぎるあまり口数が減っているという感じでもない、気がする。見事な無表情だから判断しにくい。
「あのー、アイリ。なにか考え事してる?」
「うーん……ちょっとしてるかも」
アイリはリタと違って、考えていることが言葉どころか表情にすら出ないタイプなのかもしれない。ちょっと羨ましいと思った。
「授業のこと?」
「ううん。……ちょっと前に、私がリタにカッコいいって言った時があったよね」
「ああ、あったね」
今思い出しました、みたいな言い方をしておいてなんだが、あの日はエミリーの誘拐未遂だったりアイリの知らない過去を知ったりと色々濃密な一日だったので、ハッキリ覚えている。
「その時に可愛いって言った時は、微妙な表情してたなぁって、ふと思い出して――」
「思い出して?」
「エミーに言われるのは嬉しいんだなぁ、って」
「うん? だってあの時は直後に犬扱いしてきたから、素直に喜ぶのもなんか……変かなと思って」
「……うん。なに言ってるんだろうね、私」
そこで、今まで百発百中だったアイリの魔法弾が、初めて的の真横を通過した。それを見て彼女は撃つのを止め、杖の先で丸を描くようにくるくると動かした。
「なんか、ここに来てからずっとリタと一緒だったから、つい動揺しちゃったのかも」
「なるほど……?」
その動揺がどういう類のものなのかは分からなかったけど、とりあえず分かってる風に頷いておく。
アイリの横顔が「これ以上なにも聞かないでほしい」と言っているように見えたから。
なので真意は分からないが、恐らく新しい女友達が出来て、どう接したらいいか分からない的なあれだろう。前世を思い出したリタと違って、アイリは同性の友達とのコミュニケーション経験値が圧倒的に低いから。
可愛いの話のくだりはよく分からないけど、動揺のあまり関係ない話をしてしまったのかもしれない。
これは一刻も早く、もっとアイリに友達を増やしてあげねば――と、リタは心の中で奮起した。
◆ ◆ ◆
夕食も終わり、二人でお風呂へと向かう途中の廊下で、エミリーにばったり鉢合わせた。その手に持っているバッグからはバスタオルが見えたので、彼女も今から入浴なんだろう。
「あ……もしかしてリタ様たちも、今からですか?」
「うん。エミーもいつもこの時間なの? 今までかぶったことなかったね」
「いえ、いつもはもう少し遅くなので……今日もそうします」
そのまま回れ右をして帰っていこうとするエミリー。流石に不自然だと思ったのか、アイリがその背に声をかけた。
「エミーもお風呂に行く予定だったなら、せっかくだし一緒に行かない?」
「…………ダメ、です」
「どうして?」
「だって……」
ちらりと、エミリーの視線がリタに向けられる。
「……たとえばリタ様は、私の兄があなたの裸体を見たら、どうしますか?」
「え? 時と場合によるけど、許可を得てから遠慮がちに殴り飛ばすかもしれない」
「そういうことです」
例えてもらったのに申し訳ないが、全然分からなかった。
「いや、ラミオ様とエミーは違うくない?」
「一緒です! ……好きな人の肌をおいそれと見ることなんて出来ません」
「んー……まあ、分からなくもない、けど……」
リタもいまだに、一糸まとわぬ姿のアイリを直視することは出来ない。別にただの友達だからいいはずなのに、なんかこう、見てはいけないような気がして。エミリーの中には、リタ以上にそういう感情があるのかもしれない。
「それに……私のそういう姿を見せるのも、せめて婚約した後だと決めていますから。では、お二人とも、また学校で」
ぺこりと頭を下げ、早足でその場を去っていくエミリー。
いやー乙女だなあ……と、初々しいのか大人っぽいのかよく分からないエミリーの反応に感心していたリタだったが、不意に脇腹をつつかれて変な声が出た。もちろん犯人は隣にいるアイリだ。
「な、なに?」
「肌を見るのも、見られるのも恥ずかしいんだって」
「聞いてたけど……」
「やっぱりエミーは可愛いよ」
それには同意だが、それを伝えるために何故リタの脇腹がつつかれたのか。アイリの茶目っ気だろうか。
「……いつか婚約するの?」
「するつもりならこんなに困ってないよ……分かってるでしょ」
「でも将来のことは分からないよ。ラミオ様もそうだけど、好きだって言われ続けたら、好きになっちゃうことだってあると思うし」
「少なくとも今の私は、恋だの愛だのに興味ないから」
「じゃぁ何に興味あるの?」
アイリ――なんて言った日にはドン引きされるに決まってるので言わないが、代わりの答えはあらかじめ用意していた。
「もちろん魔法。せっかくここに呼んでもらえたんだから、王族になるより強い魔法使いを目指したいじゃん」
にっこり笑ってそう言うと、アイリも「やっぱりリタは変わってるね」と言って笑った。
続く
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