第30話【解決後の疲労感】

「……私の要望はずっと伝えています。……あなたがエミリー様と添い遂げれば問題ありません」

「そういうのは私とエミリー様の問題であって、他人に強要されるものじゃないと思う。そもそもこんな脅すようなことして受け入れたとして、それはエミリー様に対して失礼なことにはならないの?」

「……それは……そうですが……」


 気まずげに視線を逸らすスピネル。

 リタは彼女のことを、ゲームの少ない出番でしか知らなかったが、この数分の会話でハッキリと分かったことがある。


 スピネルはエミリーのことが好きなんだろう。その好意がどういう種類かまでは分からないけど。

 

 エミリー様に好意を抱かれているのだからそれを受け入れて当然、受け入れないなんて何様なんだ――という思考で動いているに違いない。

 つまり、少し前の「お兄様を拒否するなんてありえない」思考のエミリーと同じということだ。

 なんだろうか、この年頃の子供というのは、恋をするとおかしな行動をとってしまうものなんだろうか。


「……この学校は、本当に安全な場所ですか?」

「少なくとも外よりは」


 エクテッドには警備員や寮母も常駐しているし、理事長の保護魔法により大抵の魔物は入って来れない。

 しかし本編では校内で主人公が危険に巻き込まれるシーンなんかもあるわけで、もしも今後それらの出来事がこの世界でも起こるとしたら、確実に安全と言い切ることは出来ない。


「……エミリー様とあなたの関係性については、もう口出しはしません。その代わり、不躾ながら一つだけお願いを聞いてもらえませんか」

「なに?」

「……私は部外者なので、ここには立ち入れません。校内でエミリー様に何か危険が迫った時は……彼女のことを守ってあげてください」

「分かった、私に出来る範囲で守るよ」


 こんな言い方になってしまったのは、リタにとってあくまで最優先なのはアイリだからだ。そんな機会はなかなかないだろうけど、アイリとエミリーが同時にピンチに陥った時は、迷わずアイリを助ける。

 とはいえ、そんなことをこんな場で言おうものなら、スピネルのナイフは今度こそリタの首元を切り裂くことだろう。

 髪を切られたお返しに、多少の嘘は許して欲しい。


「……ありがとうございます……先ほどは完全に頭に血が上っていました、申し訳ありません」

「うん、まあ……うん」


 ナイフをかすらされているので、気にしてないよ、とは言いにくいところだ。

 

「……エミリー様はずっとラミオ様のことをお慕いしていたので、それが急に変わってしまって……動揺していたのかもしれません」

「エミリー様のことは、ちゃんと考えてるというか……私なりの結論は出すつもりだから」

「…………よろしくお願いいたします。……ご無礼を働き、申し訳ありませんでした」


 美しい姿勢で頭を下げるスピネル。次に顔を上げた時、彼女は先ほどと同じ無表情だったのだが、リタの目には何故か落ち込んでいるように見えて、文句の一つくらいは返してやろうと思っていた気持ちが霧散してしまった。

 

「えっと……一応再確認なんだけど、人攫いの件は黙っててもらえるってことでいいんだよね?」

「……はい……それがエミリー様の望みですし……あ、ただ、私が護衛する件はエミリー様には秘密にしていただけると……」

「それはもちろん」


 流石にそれをわざわざエミリーに伝えるほど意地悪ではない。

 

 それにしても、ゲーム内では分からなかったが、あれだけの速度で動けるスピネルのことだから、エミリーに気付かれずに監視することも可能なんだろう。

 ……よくよく考えてみると、知らずのうちに行動を見張られることになるエミリーは、危険な目に遭わせないためとはいえ、気の毒のような気もしてきた。


「……では、私はこれで失礼いたします……エミリー様には、今回の件は心配ないとお伝えください」

「うん、分かった」


 リタが頷くと、スピネルは会釈した後、すごい速さで走り去っていった。

 なお、彼女はゲーム通りだと魔力が一切無い。つまりさっきのスピード感は全て魔法ではなく自分の力ということになる。


「なんだったんだろう、結局……」

 

 なんだかんだ黙っていてくれることにはなったけど、これは成功なんだろうか。

 

 しかし、スピネルがエミリーを好きだなんて予想外だった。リタはてっきり、彼女はラミオが好きで彼と仲の良い主人公に嫉妬しているのだと思っていた。

 ただあの様子だと、スピネルが大切に思っているのは明らかにエミリーの方。だが、自分が彼女とどうこうなりたいというよりは、彼女の恋を成就させたいという感じの言動だった。


「ということは、本編で主人公に冷たかったのは……」


 元々エミリーはラミオが好きだったが、その思いは成就するどころか、彼女は何かしらの事情で家を追い出されてしまった。

 その後、突如現れたラミオの思い人である主人公――まあ八つ当たりではあるが、対応が冷たくなるのも仕方ないかもしれない。


「ホリエンのことは全部分かってたつもりだったけど、そうでもないんだなぁ……」


 ラミオたちの件だったり、スピネルの件だったり、アイリの過去の話だったり。

 この世界には、ホリエンを何度もプレイしたリタでも初めて知ることが多くある。

 これは制作陣が考えていただけどお披露目する機会がなかったものなのか、それともこの世界特有の事象なのか――少し考えて、リタはいつも通り「考えたって分からないから考えない」という結論に至った。



 

 とりあえず女子寮に戻り、エミリーの部屋に行ってスピネルと話がついたことを伝えた。ちなみに、彼女のルームメイトはまたも出かけているようで、姿が見えない。


「……なんかルームメイトの子、いつも留守だね」

「あまり部屋にいないんですよ。直接言われたわけではないですけど、王族と一緒だと息が詰まるんじゃないかと」

「ああ……」


 なんとなく分かるような気がする。

 流石に今はそうでもないけど、王族に対して少しでも無礼な態度をとったらすぐに処罰――というイメージを、リタも当初は抱いていた。


「それにしても、無事解決して何よりです! 流石リタ様!」

「うん……あ、えっと、エミリー、これから休日出かける時は、あんまり羽目を外さない方がいいよ」

「分かってます。また攫われたりしたら大変ですもんね」


 というより、陰からこっそり見られているから――と言えないのが心苦しい。


「それより、どうでしたか? スピネルの印象は」

「えっ……あ、赤いなぁって」

「完全に見た目じゃないですか……でも綺麗ですよね、あの赤い髪」

「うん……内面については……感情を読み取るのが難しそうな人だったかな」

「でしょう!? 私なんて、小さい頃から一緒に過ごしてるんですけど……今でも意思疎通出来てるのか疑問な時があるんですよね。口数も少ないし、かと思ったらなんかやたら凝視してくる時もあるし」


 それはエミリーが好きだからじゃないかな、という言葉は一応のみこんでおいた。

 スピネルがどういう意味でエミリーを好いているのかは謎だが、恋愛感情だった場合は、立場的に考えてなかなか難しいものがあると思ったから。


「でも、あんな感じですけど悪い子ではないので、リタ様も仲良くしてくれると嬉しいです」

「まあ、向こうがその気なら……」

「もちろんその気ですよ。あの子は私の侍女ですし、将来はリタ様のお世話もすることになるんですから」

「……あー、あのさ、あの子に私のこと、将来添い遂げる予定の相手だって説明してたの?」

「はい!」


 やましいことなんて一切ありません、と言わんばかりの笑顔で頷かれて、リタは反論する気力が削がれてしまった。


「だってスピネル曰く、兄も手紙でリタ様のことを将来の婚約者だって報告していたんですよ? 負けてられないって思いませんか?」

「思いません……」

「ただ、答えを急かしてるわけではないので。私はあまり……期待もしてないですし。ただ、何も行動せずに後悔するよりは、兄を見習って、押せ押せでいってみるのもアリかなーと思って」

「あ、ラミオを見習ってたんだ……」

「はい! なんだかんだ兄のやることに間違いはないと思ってますから」

 

 だからこんなにはた迷惑な感じになっているのかと、一瞬ラミオを恨みかけた。


「でもいつも誰かに囲まれてる兄よりは、私の方がリタ様のそばにいける機会が多くて、ちょっと有利ですよね! 私、自分にカリスマ性がなくてよかったって思ったのは初めてです!」

「ハハハ……」


 なんとも言えなくて、リタは乾いた笑いで誤魔化すことにした。




 エミリーの部屋を後にしたリタは、廊下を歩きながら思った。

 

 なんで揃いも揃って、二人のうちのどちらかと結ばれることが前提で話してくるのか? 王族だからなのか? もしかしてこの世界では、王族の求婚を断って他の誰かと幸せになるという選択肢はないものなのだろうか?


「大体、嫉妬云々抜きにしても、王族になんてなったらアイリと気軽に会えなくなっちゃうかもしれないし……」


 たとえばアイリが貴族や王族なんかと結ばれて、立場上会いづらくなったとしても、アイリ自身が幸せならリタは気にしない。

 だがその逆は絶対に許されない。アイリの完全な幸せを見届けるまで、リタは自分の幸せなんていらない。


「はあ……」

「どうしたの?」

「うおわっ!? あ、アイリ!? どこから!?」

「どこからって、普通に目の前から歩いてきてたんだけど……大丈夫? ぼーっと歩いてたら危ないよ」


 飛び跳ねるほど驚いてしまったけど、確かにここは寮の中。アイリに会ったって全然おかしくはない。


「アイリは……今帰り? こんな時間まで学校に?」

「うん。職員室でちょっと先生に復習手伝ってもらってた」

「放課後も……なんて勉強熱心な……」

「リタは? エミリー様とのお話、無事に終わった?」

「うん、まあ……比較的無事、かな」


 エミリーが連れ戻されることもなくなったし、今後のエミリーの安全――外出時のみだが――もスピネルに確保された。被害といえば、リタの髪数本とエミリーの休日のプライベートくらい。

 

 それにしてもスピネルがあんなに激情型の性格だったとは、と思って唸るリタを見ていたアイリは、何を思ったのか突然リタの頭を撫でてきた。


「な、なに?」

「なんか疲れてる顔してたから……色々あるのかもしれないけど、たまには私を頼ってほしいな」

「……」


 え、天使かな?

 リタは感動と精神的疲労のあまり、アイリを抱きしめたくて腕を伸ばしたが、ここが寮の中だということに気が付いてぐっと堪えた。


 

続く

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