第28話【スピネル-1】
翌日の昼休み、アイリはリタに向かって頭を下げた。
「ごめん、リタ……私、ちょっと先生に質問があるから、職員室に寄ってから食堂に行くね」
「はーい。アイリは相変わらず勉強熱心だね」
「というより、成績のために出来る限り座学を磨いておきたくて……」
「あ、なるほどね……」
もちろん普通の学校と同じように、エクテッドにも成績評価が存在する。実技の授業を逃げ回っているアイリは、実技の成績を諦めているも同然なので、座学の成績を上げることで全体のバランスが良く見えるようにしたいんだろう。
というわけで、こうしてリタ一人で食堂に向かうこともそう珍しいことでもなくなってきた。
そういえばエミリーと初めて会った時もそうだったなあ――なんて、考えていたからだろうか。
「リタ様!」
とうの本人が、目の前に現れた。まるでリタを待ち構えていたかのように、そばの柱から突然現れたように見えたが……恐らくそうなんだろう。
「お一人ですか?」
「このあと二人になる予定」
「ああ、あのもう一人の特待生の……二人きりがいいので、放課後に少しだけお時間いただけませんか? リタ様と私だけで、ぜひ二人きりでお話ししたいことがあるんです」
こんなにも「二人きり」を強調されると、何かあるのかと身構えてしまい、快くオッケーを出しづらい。……のだが、相手は王族、こちらは庶民。いつものことながらリタに拒否権なんてなかった。
「分かった……じゃあ、放課後に……校門の前あたりにでも集合ね」
「はい!」
元気いっぱい返事をするエミリーに対して、リタはガックリと肩を落とした。
食堂で昼食を共にしながら、リタは先ほどのエミリーとのやりとりをアイリに報告した。
「というわけで……今日の放課後もアイリとは帰れない……ごめん……!」
「そんな、泣いて謝らなくても大丈夫だよ。でもエミリー様、なんの用事なんだろうね」
「用事、なのかな……」
「二人きりで話したいんだから、用事なんじゃない? ……あんな大胆に告白してくる方だから、距離を縮めたいからって二人きりを強制するタイプには思えないけど」
「まあ、確かに……」
というより、二人きりで話したいことがあるという事情で呼び出すくらいなら、告白もその時にしてほしかったのだが。
何故あんな朝っぱらから大勢の前で行ったのか、謎だ。
「あ、でもあの告白は、つい思わずって感じもしたかも」
「思わず?」
「ほら、その前にラミオ様からお手紙もらってたでしょ。あれってエミリー様からだったんだよね? 多分手紙で告白しようとしたけど、直接伝えたほうがいいって思ったんじゃないかな」
「……あんな土壇場で急に?」
「子供だもん。急に考えが変わることはよくあるよ」
子供だもんって、エミリーとアイリは同い年なのだが。
でも確かにあの手紙は読まないでほしいと言われたし、その理由も当人が言っていた「恥ずかしいから」より、「直接伝えたくなったから」の方がしっくりくる気がした。
「可愛いかただね、エミリー様」
「アイリのほうが可愛い」
「そういうこと言うのよくないよ。せっかく好きだって言ってくれてるんだから」
「でもさ……」
リタは言葉を止め、一応周囲には聞こえないような小声で続けた。
「ラミオ様の時もそうだけど、いきなり好きだって言われても、こっちの感情と理解が追いつかないよ」
「リタって一目惚れとかしたことないタイプ?」
「えー……」
自分のことなのに、リタは前世で人を好きになったことがあるのか分からなかった。
前世の自分がどんな人間で、どんな人生を送ってきたかは思い出したものの、その人生の全てを事細かに思い出せたわけではない。ただ、前世が映し出されたあの時、今でも薄っすらと覚えている前世の親友などの姿はあったが、特定の男性の姿はなかったように思う。
「そもそも恋自体したことないのかも」
「あ、そうなんだ、意外」
「え、そんなに恋多き女に見える?」
「というより、リタって可愛いから。男の子にモテてただろうなぁって」
「まっさかー」
そもそも可愛い顔してるのは今の世界の話だし、故郷の学校に一人も友達がいない女が、モテるもなにもない。イジメのターゲットという意味ではモテモテだったけども。
「けど、好きになったら素直に一直線って感じ、私はちょっとうらやましいなって思うよ」
「そうなの?」
確かにアイリはそれとは真逆な感じだけど、うらやましいという意見が出てくるとは思わなかった。
「自分の気持ちを素直にぶつけるのって勇気がいることだと思うから。それが出来るエミリー様たちはすごいなぁって」
慈しむような横顔のアイリを見ていると、リタもその言葉につい納得してしまった。
二人ともフラれる想定がなさそうだった点に目を瞑れば、ああいう想いを伝えるのは勇気がいることだ。
リタはアイリのように純粋ではないので「うらやましい」なんて微塵も思わないけど、その勇気をおざなりに扱うのは良くないことのような気がした。
◆ ◆ ◆
放課後、約束通り校門の前に行くと、エミリーの方が先に来ていた。
近付いていくリタにはまだ気が付いていないようで、少し俯いた状態で地面を見つめながら待っている。夕日に照らされた金色の髪がやけに綺麗に見えて、その佇まいからは王族の威厳のようなものを感じた。
「あ、リタ様!」
しかしこちらの姿を認めた瞬間、その威厳はどこかに消し飛び、幼い子供のような笑顔でこちらに駆け寄ってくる。
「待たせてごめんね」
「いえ、全然。こちらこそお時間を取らせてしまい、申し訳ありません」
「それで、二人だけってことは何か内緒の話とか?」
「はい。結論から言うと、バレちゃいました」
簡潔に述べてくれたのはありがたいけど、要点が無さ過ぎて全く理解出来なかった。
「なにがバレたの?」
「この間、リタ様が私を助けてくれた時のことです」
「あー……って、え? バレたってどれが? 誰に?」
思ったよりも深刻だった内容に、リタは矢継ぎ早に質問してしまったが、エミリーは特に焦った様子もなく一つずつ答えてくれた。
「あの時の連中が私を攫おうとしていたことと、それをリタ様に助けてもらったことが、私の侍女にバレました」
「えっと……なんで?」
「彼女が目を覚ました彼らに事情を伺ったところ、素直に犯行内容を話してしまったみたいで……そもそも彼らは私たちが嘘をついてるなんて思いもしなかったと思うので、よく考えれば無理もないですね。すみません……私の詰めが甘くて」
「いや、それは全然……」
あの時は状況が状況だったから、深く考えずにエミリーの言うことに従ってしまったリタにも責任はある。
それに、真実がバレたところでリタはそれほど困らない。
「エミーの方こそ大丈夫なの? 攫われかけたってバレたら……その、お家に連れ戻されたりとか」
「幸い今はまだ情報を知っているのは侍女だけなので平気です。ただ……」
言い辛そうに言葉を詰まらせるエミリーを見て、野生の勘というやつだろうか、リタは続きを聞く前から嫌な予感がした。
「お父様たちに伝えるかどうかは、リタ様と会ってから判断すると」
「……何故?」
「分かりません……彼女は昔から、なんというか、真意が分かり辛いところがある子で」
つまり、リタが何をどうしたらエミリーが退学せずに済むかすら分からないと。
……正直、関わりたくない。だってこんなの、訳も分からず何かしでかして失敗した場合は、自分がエミリーを家に強制送還させてしまったみたいで寝覚めが悪い。なのに成功してもリタには何の得もない。
「迷惑なのは重々承知していますが……お願いできませんか? 私、どうしてもこの学校にいたいんです……」
「えっと……」
立場的に考えれば、リタに拒否権はない――が、ここで断ったとしてもエミリーが不敬罪なんて言い出すとは思えない。わざわざ周囲に誰もいないところで話しているし、きっとリタはこのお願いを強制されているわけじゃない。
しかも「ここにいてもいいのか」と、不安そうな表情で尋ねてきたエミリーのことを思い出すと、より複雑な気持ちになってくる。
「……分かった」
リタが最優先で考えるべきはアイリのことだが、諸々の事情を踏まえると、この頼みを無下にすることは出来なかった。
そもそも最初から狙いを付けられていたのかもしれないとはいえ、一緒に行動していたエミリーを攫われてしまったのはリタの責任でもあるからだ。
「本当ですか!? やっぱりリタ様は優しいですね!」
「いや、元々私のせいでもあるし……で、私と会って判断するっていうのは、具体的にはどういうことなの?」
「お話ししたいそうです」
「お話しって……いつ?」
「今ですね」
「え?」
今? という言葉を続けるより先に、ガササッと葉が擦れる音と、何かが地面に着地した音が同時に鳴った。
驚きすぎて言葉が出ないリタが隣を見ると、そこには体格の良い一人の少女が立っていた。
真っ先に目を奪われたのは、後ろで一つ結びにされた炎のような真っ赤な色の髪。髪と同じ色の瞳。
ワインレッドを基調とした執事服に身を包み、どこを見ても「赤」で埋め尽くされている彼女を、リタは知っていた。
静かにこちらを見つめてきた彼女の名は、スピネル――ホリエンに登場するサブキャラクターであり、確かにラミオたちの住む城で働く従者でもある。年は主人公たちの一つ上なので、現在は十四歳のはず。
「い、今、どこから?」
リタの問いに、スピネルは無言で上を指差した。
「失礼ながら、木の上から様子を窺っていたみたいで……私も知らなかったので、少しビックリしました」
突然木の上から人が降ってきたのに「少しビックリした」程度で済むエミリーは、こういったことに慣れているんだろう。
リタもスピネルがどういうキャラなのか、少しは知っている。寡黙な性格で、口数も少なく、確かにエミリーの言っていた通り、何を考えているか分かり辛い。
しかも彼女の出番はそれほど多くなく、ラミオルートに入った際、ラミオのお宅訪問イベントで登場して、やたら主人公を敵視してくるといった印象しかない。
「では改めまして、こちらが私の侍女のスピネルです」
「……」
無言で頭を下げるスピネルに、リタも「はじめまして」と返した。
それにしても、まさかエミリーの言っていた侍女が彼女だなんて考えもしなかった。
「……これはまずい」
「何がまずいんですか?」
「あ、いや、なんでも……」
スピネルは、Ⅰ・Ⅱに共通して登場するキャラで、どちらの主人公に対しても態度が変わらない。出会った時から嫌われているし、その理由も最後まで明らかにされない。
なのでファンの間では多くの考察が行われ「実はラミオが好きだった」という説が最も有力とされている。
何故なら、彼女は物心ついた頃から親がおらず、一人で生きていくために盗みを繰り返していた所、たまたまラミオたちの乗る馬車に轢かれかけて怪我をしたことをキッカケに、なんやかんやあって城で働かせてもらうことになった――というコテコテな過去が存在するから。
まあ本当にラミオが原因なのかは分からないが、とにかくスピネルというのは、主人公をとことん嫌っているキャラなのだ。
そんな彼女相手にリタが話したところで、エミリーの退学を阻止できるものなのだろうか。
続く
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