第25話【似たもの兄妹】

「ふわあ……」


 隣を歩くアイリが可愛らしい欠伸をした。

 思わずそちら見ると、照れたように目を逸らすのがまた可愛いと、リタは思った。


「眠いの?」

「うん……昨日は実技のこと考えて、あんまり寝られなくて」


 もうすぐアイリは初めての実技授業に挑まなくちゃいけない。

 ちなみにリタはもう既に別の授業で何度か経験済み。その全てをアイリは意図的に避けていた。


 しかし必修科目の中にももちろん実技の授業は含まれているわけで、今まで他の授業の実技からは逃げ回っていたアイリも、流石に必修科目を欠席するわけにはいかないと観念しているらしい。


「ふわあ……」

 

 どうやら欠伸が止まらないらしいアイリの目元には、うっすらとクマのようなものが出来ている。

 寝不足は体によくないので、早く彼女の実技授業への苦手意識がなくなるといいのだが——先日聞いた過去のことも考えると、より難しそうだと思った。


「そんなに気負わなくても大丈夫だよ。まだ一年目だし、的に魔法を当てたりとか、基礎的なことしかしないと思うよ。私が今までやったのもそんな感じのばっかだったし」


 まあ生徒同士で属性魔法の撃ちあいとかはあったりもしたが、今言うのは絶対にまずい。

 

「的を破壊して引かれちゃったりしないかな……」

「その時は私がもっと派手にぶっ壊して一緒に引かれるから大丈夫だよ!」

「ふふ、今とあんまり変わらないね」

「今もまあまあ引かれてるもんね……」


 現状を再確認してちょっぴり切ない気持ちになっていると、後ろの方から聞き覚えのある黄色い声が聞こえてきた。振り向くまでもなく、ラミオガールズの声だと分かる自分が嫌だと感じるリタだった。


 ——ただ、ラミオを見ると思い出すが、エミリーはあの後大丈夫だったんだろうか。

 あれからもう何日か経っているけど、その間寮や食堂で彼女を見かけることはなかった。教室にも姿を現さないことを考えると、学校自体を休んでいるんだと思う。

 そのことだけは聞きたかったが、人の目があるところでは、ラミオに話しかけることも、その話題を出すこともしない方がいい。


「リタ、少しいいか?」


 そう思っていたら、ラミオの方から声をかけてきた。

 リタたちに近付いて来た彼は、いつものどこかチャラけた雰囲気ではなく、妙に真面目な顔をしている。


「これを預かってきた」


 差し出されたのは、薄いピンク色の封筒。

 受け取って裏を見ると、右下に小さくエミリーの名前が書かれていた。


「あいつはああ見えて照れ屋な所があるからな。直接は伝え辛いのだろう」


 ということは、お礼の手紙か——もしくは、延々と恨み言が書かれているかもしれない。

 あの時、エミリーが泣いていたから思わず抱きしめてしまったが、思い返してみると王族相手にかなり失礼なことをした自覚はある。


 まあ何が書いてあったとしても、受け取った以上はきちんと読まないとと思い、とりあえずその手紙は、折れないように鞄にしまった。


「ラミオ様ぁ、それって誰からのお手紙なんですか?」

「俺様の友人だ」


 サラリと嘘をついているところを鑑みるに、この間のことは他言無用ということだろう。


「では、俺様は日直なので先に行く! また教室でな!」


 無駄に大声を上げつつ、颯爽と去っていくラミオ。ラミオガールズは何故かリタの方を一睨みして、その後に続いた。


「ラミオ様はいつも自信満々だね……」

「まあ、いつも元気なのは良いことだね」

「私もああなりたいな……」


 ラミオみたいな態度になっているアイリを想像して、全肯定オタクのリタはそういう姿も可愛いなと一瞬思った。が、アイリが本当にそうなりたいと思っているならともかく、今のは不安からくる発言なので、それを肯定することは出来ない。


「アイリは控えめなとこが良いところだと思うけど、あんまり考え過ぎないようにするといいかもね」

「……うん、そうする」


 へにゃりと弱々しく微笑むアイリを、場違いにも「可愛い」と思っていたリタの背に、再び声がかけられた。


「リタ・アルベティ!」

「はい! ……あ、え、あれ、エミリー様?」


 教師かと思うくらい勢いよく名前を呼ばれて振り向くと、予想外の人物が立っていたものだから、間抜けな声が出てしまった。

 だってまさか、今さっき渡された手紙を読む前に、書いた本人に会うとは思わない。


「お、おはようございます」

「おはようございます。手紙は読んでもらえましたか?」

「いや、今受け取ったばかりなので……まだです」


 というより、この声かけの間隔なら、ラミオから受け取るところも見えていたのではないだろうか。


「そうですか……では、読むのはやめてください」

「え、何故?」

「改めて考えると、あれを読まれるのは恥ずかしいので……」


 一体なにを書いたのだろうか……そんなことを言われると、逆に読みたくなってしまうのだが。


「その代わり、直接この場で内容をお伝えします」

「え!? そっちの方が恥ずかしくないですか?」

「……」


 リタの言葉はスルーして、こほんと咳ばらいをしたエミリーは、やたら真剣な顔でこちらを見た。

 その凛々しい表情は若干ラミオを思わせるものがあって、見た目は髪の色以外あまり似ていないと思ってたけど、やっぱり双子なんだなぁ。と、そんなことをしみじみと思うくらいには、間があった。


「……」


 何故かエミリーは言葉を発するのを躊躇っているらしく、無言の時が続く。


 なんだろう、そんなにも恥ずかしい内容なのだろうか。

 彼女が何を言いたいのかは全然予想できないが、急かすほど興味があるわけでもないし、かといって無視して立ち去ることも出来ないし、リタは黙って待つしかなかった。


「リタ・アルベティ様、私と…………、……けっ、結婚を前提に、お付き合いしてください!!」

「——」


 たっぷりの間を開けてエミリーが放ったのは、以前も聞いたような台詞だった。


 リタは「は?」という失礼すぎる言葉を頑張って飲み込み、目をぱちくりさせて、目の前のエミリーを見た。

 白い肌は頬も耳も真っ赤に染まっていて、誰が見ても照れているのが分かる。

 いつも吊り上がっていた眉は不安げに下がり、綺麗な青色の瞳は、潤みながらも真っすぐにこちらを見ている。胸元あたりで握りしめられた両手が、微かに震えてるのが分かった。

 そんな彼女の表情や仕草すべてが、今の言葉が冗談ではないことを物語っている。

 物語っているのはいいのだが……リタの脳内には「どうしてそうなった」以外の感想が出てこなかった。


「えっと…………、いや、すみません、私の理解が追い付いてません」


 ラミオの時と違って、人目のある場では、即答でお断りすることは出来ない。


 ——しかし、そこでふと気付く。周囲に登校中の生徒の姿はチラホラ見かけるが、視線をあまり感じないことに。

 歩きながら話しているとはいえ、王族と一緒にいるのにこの注目の無さは、なかなか珍しい気がする。

 

 そういえばエミリーが泣いていた時「お兄様はみんなに好かれている」って言っていたが、こういうことなのかもしれない。

 今までラミオは王族だから注目されていると思っていたけど、それだけじゃなくて普通に人気者だから注目されていたのかぁ——とか、現実逃避するようにのんきな考えを巡らせている場合じゃない。


「あの、結婚っていうのは……私とエミリー様がですか?」

「もちろんです。兄とライバルになるのは心苦しいですが、仕方ないです……人の気持ちというのは抑えられないものですから」

「……」


 返す言葉が見つからなかった。


 なんなんだろうか、あの兄もこの妹も。自分の言動のどこに好きになる要素があったのか。ゲームの『リタ』が制作陣の寵愛を一身に受けた贔屓キャラだったから、その影響が出て人から愛されやすい体質にでもなってるんだろうか。しかしラミオはともかく、エミリーは本編に登場しないはずなのに、そんな影響を受けるものなのか……そもそもニコロはリタと接してもアイリ一筋のままだし……駄目だ、訳が分からない。

 リタの脳は爆発寸前だった。


「……リタ」

「あっ!? ちちち違うんだよアイリ! これには深い事情があって――」

「エミリー様に何かしたの?」


 こちらに身を寄せ、小声で尋ねてくるアイリ。その表情は、どちらかといえばリタを心配しているような感じで、嫉妬されたわけではなさそうで安心した。


 アイリは囁くような声も可愛いなぁなんて感心しつつ、エミリーとのこれまでのやりとりを思い出してみる。……思い出すほどの思い出はないのですぐ済んだ。


「前に話した通りのことしかしてないよ。それ以前は、むしろ敵意むき出しって感じだったし……」

「……なら、リタに助けてもらったから?」

「それしかないだろうけど……」


 確かに危ない所を救出したわけだから、ラミオの時よりは理由が明確だ。でも、王族が庶民に求婚するような段階まで好感度が振り切れるほどのことだろうか。しかもつい先日まであんなにお兄様ラブだったのに。

 ただ兄の方も決闘の翌日に求婚してきたから、双子故に人を好きになる速度感が似ているのかもしれない。


「なにを二人でヒソヒソと話しているんですか!? 距離も近いです!」

「あっ、いや、なんでもないです!」


 エミリーに怒鳴られるように問いかけられたので、リタは慌ててアイリから離れ、エミリーの方に近付いた。


「あの、エミリー様……」

「私のことはエミーって呼んでください! 敬語もいりません! 私とリタ様の仲ですから!」


 どういう仲なんだとか、こちらは様を外すのにそちらは様を付けるんですかとか、テンション高いねとか、言いたいことはとりあえず全部飲み込んで、耳打ちする。


「あの、私、先日きちんとお話しましたよね?」

「敬語はやめてください」

「あ、……うん。えっと……この間話したと思うんだけど、私には大事な人がいて……だから今は誰かと付き合うとかそういうの、考えてないって」

「平気です。私は常に誰かの一番にはなれない女でしたから、二番でも構いません! 婚姻してずっとそばに置いてほしいだけです!」


 いや、そんなハキハキと宣言されても困る。それに婚姻ってもっと慎重に行うべきものだと思う。

 

 周囲の生徒たちは、相変わらずこちらに目もくれず登校している——とはいえ、注目されていないだけで、誰にも聞かれていないという確証もない。そんな中で王族の求愛を無下にすれば、変な噂が広まる可能性もある。

 ただでさえラミオの件で一部の女子生徒に敵対視されているのに、これ以上校内に敵を増やしてしまったら……リタ自身はどうなろうと構わないが、一緒に行動しているアイリにまた迷惑がかかるかもしれない。


「……とりあえず、保留させてください」


 だから、今はそう答えるのが今の精一杯だった。




 幸い、エミリーとは一限目にとっている授業が違ったため、校内に入るなり、彼女と別れることが出来た。

 別れ際、ぶんぶんと元気よく手を振ってくるエミリーに苦笑しつつ、その姿が完全に見えなくなったのを確認した後で肩を落とす。


「リタってばモテモテだね」

「本当に参ってるから、茶化さないで……」


 思わず顔を覆って悲しんでしまうくらい、本気で参っていた。

 そんな姿を見て、何故かアイリはおかしそうに笑う。


「ラミオ様だけでも大変なのに、兄妹で取り合われちゃうなんて、さらに大変そう」

「大変どころの騒ぎじゃないよ……さっきのって、断っても不敬罪になったりしないよね?」

「どうなんだろ……。王族からの婚姻の申し出を断る人なんて見たことないから。他の人が聞いたら羨ましがりそうな悩みだけど」


 そりゃリタだって、ここがホリエンの世界じゃなくて、自分が『リタ・アルベティ』じゃなければ喜んでいたかもしれない。ラミオのことも普通に好きだし、エミリーに至っては普通に可愛いし——どちらに対しても現状恋愛感情はないが。

 けど、ここがホリエンの世界で、自分が『リタ』で、目の前に推しであるアイリがいる以上、どちらを選ぶことも出来ない。

 アイリの幸せを見届けることがリタの最優先事項。その障害になるかもしれない自分の恋愛なんて、二の次どころか十の次、いっそ要らないくらいだ。


「……あのさ、アイリも羨ましいと思う?」


 周囲の人間に好かれ、人気者になっていく『リタ・アルベティ』と、それを見て嫉妬する『アイリ・フォーニ』——そんな構図をゲーム内で嫌ってほど見てきた。

 だから不安になってつい尋ねると、アイリは間髪をいれずに答えた。


「思わないかな」

「ほ、本当? 嘘ついてない?」

「ついてないよ。だって今のリタ見たら、羨ましいって気持ちもなくなっちゃうし」

「……それもそっか」


 青白い顔でオロオロと頭を抱えて悩む姿を目の当たりにすれば、羨望の気持ちなど持ちようがないかもしれない。

 でも万が一、今の発言が嘘だったら恐いので、アイリの目をジッと見つめてみた。


「なぁに?」

「……いや、アイリの目が綺麗だと思って」

「そういうことを誰にでも言ってるから、こういうことになっちゃうんじゃない?」

「……ごもっともです」


 ただあの二人の場合、こういう安易な褒め言葉よりも、リタの魔法を見て好意を抱いている気がしてならない。なんだろうか、やはりこの世界は実力至上主義社会なのだろうか。


「でも返事を急かされてるわけでもないし、しばらく考えてみたらいいんじゃない?」

「んー……うん、分かった」


 本当は興味もないし、どうやって断ったらいいのか相談をしたかったのだが、やめておく。モテ自慢だと思われたら嫌だから。



続く

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