第24話【初めて知ること】
何とか泣きやんだものの、流石に元気がない様子のエミリーを放っておくことは出来ず、リタは彼女を寮まで送り届けることにした。
教えられたエミリーの部屋にノックをしても、反応はない。扉を開けると、どうやらルームメイトは外出中のようだった。
「えっと……では、私はこれで。……また学校で」
手短な言葉の後、扉を閉めようとしたリタは、動きを止めた。
閉める直前に伸びてきたエミリーの手が、リタの上着の裾を掴んできたからだ。掴まれた部分を見てからエミリーの顔を見ると、彼女自身も自分の行動に驚いたような顔をしている。
「…………あ、あの」
何か言いたいことがあるらしいエミリーの言葉を待つこと数秒。おずおずとした感じで、彼女は言葉を続けた。
「……自分に都合のいい嘘をついてまで、私は、ここにいてもいいと思いますか?」
そのあまりに不安そうな声に、リタの目には彼女が実際の年齢よりももっと小さな子供のように見えてしまって、また抱きしめそうになったが、流石に二度目はと堪えた。
だからせめて、声だけでその思いが伝わるように答えた。
「もちろんです! エミリー様は、居たいところにいていいんですよ」
「…………でも、お兄様はいいんでしょうか」
「え? この件とラミオ様は何か関係があるんですか?」
「……、…………いえ」
妙な間があったなと思ったら、ゆっくりとした動きで、掴んでいた裾が放された。
リタはエミリーのその動きに少し不安になったが、とりあえず一礼して、今度こそ部屋の扉を閉めた。
廊下を歩きながら、別れ際のエミリーの表情を思い出して唸る。
「……流石に一人にしておくのは不安だなぁ」
かといって、エミリーの親しい友人など知らないし、リタがあの場に留まるのも立場的に考えて適任ではない。
「となると、やっぱり……」
頭に思い浮かぶのは、金色の髪がよく似合う男の子の顔。
正直あまり自分から接触することは避けたかったが、場合が場合だから仕方がない。
リタは男子寮にいたラミオを人目の少ない場所に呼び出し、エミリーのことを伝えた。
ラミオなら、誘拐未遂の件を言っても実家に告げ口するようなことはしないだろうと信じて、今日あったことを全て説明した。
◆ ◆ ◆
そんなこんなを経て再び店に戻った頃には、時刻はすっかり昼を過ぎてしまっていた。
もちろんアイリの買い物がこんな時間までかかるわけがなく。店の前に立つ彼女の表情は、不機嫌そのものだった。
「あ、アイリ、ごめん! お待たせしました!」
「お待たせされました」
明らかに拗ねているような返事。
だがそれも無理はない。買い物に一時間もかかっていないとしたら、ゆうに四時間は待たせたことになるのだから。
「待たせてほんっとにごめんなさい!!」
「……なにかあったんじゃないかって心配したんだよ」
「心配かけたこともごめんなさい!!」
恐らく、今日あったことはアイリには言った方がいいだろう。これからずっとアイリとエミリーを接触させないようにすることなんて出来ないし、いずれバレるものを隠す必要はない。
ただ、このタイミングで言うと遅れた言い訳みたいになってしまうから、今はひたすら謝ることが大切だと思った。
「……もういいよ。今日は元々、私の用事に付き合ってもらってたんだし」
リタが下げていた頭を上げると、アイリは眉を下げて微笑んでいた。
「こんなことで喧嘩するのも嫌だしね」
「ありがとう! あ、アイリは良い杖見つかった?」
「うん。ほら、カッコいいでしょ」
アイリは持っていた鞄から取り出した箱を開け、中に入っていた杖を見せてくれた。
一見シンプルな作りだが、先端に付けられた青色の宝石が、彼女の魔法陣の色と同じでとても綺麗だった。
「うわー、本当にカッコいいね!」
「さっき試しに使わせてもらったんだけど、使い心地もいいの」
「へー、やっぱり同じ杖に見えても一つ一つ違うんだね」
魔道具の仕組みはよく分からないし、違うというのも術者の感覚だから言葉で説明できるものでもないが。
リタも杖を購入した際には色々試させてもらって、一番しっくりくるものを選んだ。悩み過ぎて長い時間家族を付き合わせて兄を苛立たせてしまったのも、今では良い思い出になっている。
「遅くなっちゃったけど、お昼ご飯食べにいこっか」
「うん! 今日は私がおごるから、ケーキも食べよう!」
「おごりなんていいよ。……ところで、こんなに遅れたってことは、何かあったの?」
「あ、えっと、実はね」
店に移動するまでの間、大体の経緯を——エミリーとの決闘の件は内緒のままで——話したら、アイリの顔は再び不機嫌そうなものに変わってしまった。
「あ、あの……アイリ? どうしたの?」
「どうしたのじゃないよ! そんな場面に遭遇したら真っ先に騎士団に通報しないとダメでしょ!?」
「そ、それは……」
通報という発想はなかった、なんて言ったら、絶対もっと怒られるだろう。それが分かっているから口ごもるしかなかった。
「でも騎士団の到着を待ってたら、エミリー様が何されるか分かんなかったし、相手も大した魔法使いじゃないって分かってたから……」
「だからって、子供が勝手にやっていいことと悪いことがあるでしょ!?」
「ご、ごめんなさい……」
今日は、リタの今までの人生の中で一番謝った日かもしれない。
実はアイリに会う前にも、事情を知ったラミオに怒られたのだ。
内容は今と大体同じ。勝手に一人で先行せず騎士団に報告して指示を待つべき、というもの。
もちろん二人の意見の方が正しいと思うので、リタが言い返すことは何もない。
「……でも、本当に無事でよかった」
どうやらあまり怒るのが得意じゃないらしいアイリは、すぐにまた眉を下げて困った顔になった。
「エミリー様も怪我はなかったの?」
「うん、ばっちり。というか、アイリもエミリー様のこと知ってたんだね」
「そりゃそうだよ。クラスメイトだし、そうじゃなくても目立つお方だもん」
流石真面目なアイリ。彼女と攻略対象にしか意識がいかず、クラスメイトの顔と名前のほとんどをいまだに覚えていないリタとは大違いだ――いや、アイリがどうというよりは、リタが薄情なのかもしれない。
「でもどうしてエミリー様と……あ、ラミオ様関連?」
「当たり。お兄様大好きっ子らしくて、あの決闘のことで怒られちゃった」
「大変だね……」
今日のことも含めて、本当に色々大変だった。
エミリーに関することについてはラミオが悪いわけでもないし、やはり攻略対象に近付いても良いことはない。これからも極力関るのは回避していきたいと、再度実感した。
「でも人攫いなんて……エミリー様、大丈夫かな。トラウマになってないといいけど」
「ラミオ様に事情は話してあるから、上手くフォローしてくれてると思う」
「そっか。……不謹慎だけど、なんかリタと初めて会った時のこと思い出すね」
「アイリも攫われかけてたもんね」
それにしてもこの世界、治安が悪すぎではないだろうか。リタが前世で住んでいた日本の治安が良すぎただけかもしれないけど。
「……今更だけど、実はあの時、すごく嬉しかったんだよ」
「えっ、攫われたのが!?」
「そんなわけないでしょ……リタが助けに来てくれたこと」
「ああ……でも今思うと、アイリなら自分で倒せたよね」
あの時はアイリが危ない目に遭ってるって思って、考えるより先に体が動いてしまったが。よくよく考えてみれば、あの程度の相手ならアイリ一人でも十分だったはずだ。
「そんなこと……なくはないかもしれないけど、でも、出来なかったと思う」
「どういうこと?」
「……」
リタが不思議そうな顔をすると、アイリは何か言おうとして閉口した。その行為の意味をリタが考えるよりも先に、アイリは意を決したように口を開いた。
「私、魔物とかは問題ないんだけど……人に向かって魔法が撃てないの」
「撃てない……?」
ちなみにアイリのいう『魔物』というのは、この世に存在する生物の一種。
ホリエンにはバトル要素もあるので、キャラクターにはレベルの概念があり、それを上げるための要素、端的に言えば敵キャラだ。
大抵は町はずれの森なんかに生息していて、人の多い場所――特に王都にいる限りはほぼ無縁の存在だ。
「どうして人だけ?」
「……小さい頃にね、人を魔法で傷つけたことがあるの」
「え……?」
リタは自他ともに認めるアイリオタクだが、そんな話は初耳だった。
ゲーム内では「強大な魔力を持っているせいで周囲から浮いている」という風な説明はあったものの、彼女の具体的な過去などは描かれなかったから。
制作秘話的なインタビュー記事も、オフィシャルブックも全て読破していたが、どこにもそんな記載はなかった。
「……それって、いつのこと?」
「本当に小さい時だよ。まだ自分の魔法がどれほどの力があるのかも分かってなくて、制御がどうとか考えてすらいなかった頃」
アイリの魔力量は生まれ持ったものだ。もしも小さい頃から、今と遜色ない威力の魔法が使えたとしたら。もしもそれを、一切の手加減も無く生身の人間にぶつけたとしたら——
「そっ、か……」
最悪の事態を考えて、思わず言葉が詰まってしまった。
リタがそんな返事をしたものだから、流石に察したのだろう、アイリは手を振って否定した。
「相手の人、亡くなってないよ」
「あ、そうなんだ……よかった……」
「ごめんね、紛らわしい言い方しちゃって。……けど、しばらく入院しなくちゃいけないくらいの怪我は負わせた。私はあの時から、人に向かって魔法を撃つのが怖くなったの」
「……ごめん」
「え?」
この世界で初めて会ったあの日、人さらいたちにトドメをさしたのはアイリだった。
リタは全く気が付かなかったけど、この話が本当なら、あの時のアイリは内心相当無理をしていたということになる。
「最後、あいつらに向けて魔法を撃たせちゃったこと……それにガイルスの時も……私がしっかり対応してれば、アイリに頼らなくて済んだのに」
「ああ……あれは私が自分の意思で撃ったんだよ。私のせいであんなことになったのに、助けてもらってばかりじゃダメだって思ったから」
それに、と言葉を続けて、アイリはこちらを見た。
「助けてくれた時のリタがカッコよかったから、それに感化されたのかも」
カッコ良かった。
単純な言葉だが、それがアイリからの言葉だということが、リタにとっては何より幸せなことだった。
大好きなアイリに、カッコいいと思ってもらえた。そのことが嬉しくて、思わず飛び跳ねそうになった。
「アイリにカッコいいって言ってもらえると嬉しいなぁ……えへへ」
「ふふ、リタは可愛いね」
「えっ、今カッコいいって言ったばかりなのに!?」
「リタを見てるとどっちも思っちゃうから。なんか、なんて言うんだろ……わんちゃんを見てる感じ」
「犬……褒められてる感じが全然しないんだけど……?」
でもアイリは馬鹿にしている感じもなく、むしろ優し気に微笑みかけてくる。
「カッコいいんだけど可愛くもある感じ。なんとなく分からない?」
「全然分かんない……」
犬、犬か——まあ、アイリが飼ってくれるっていうなら、犬もいいかもしれない。むしろアリかもしれない。人間でいるよりもいっぱいスキンシップ出来そうだし、頭撫でてもらえそうだし、愛されそうだし。リタは脳内で犬となった自分とアイリの幸せな生活を繰り広げ、幸せな気持ちに浸った。
「……あ、そうだ。この辺にパスタが美味しいお店があるんだって」
「そうなの?」
「うん。ニコロが一度行ってみたいって言ってたから、先に行って感想を教えてあげようよ」
「そ、そうだね」
恐らくその時のニコロは「じゃぁ一緒に行かない?」待ちだったと思う。
ちょっと可哀想だけど、誘う勇気の無かったニコロも悪いということで、今回は我慢してもらうことにしよう。
続く
私が転生したのは推しの敵役でした ~新旧主人公が仲良くなったなら~ 北条S @ho-jo-s
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