第23話【恐怖からの救出】

「……あ、た、助けに行かないと……!」


 馬鹿みたいにボケーっとしている場合じゃない。王族を付け回して誘拐なんてする連中がまともなわけないんだから、時は一刻を争う。


 それにしても、目を離した時間は一分にも満たなくて、こんなに周囲にたくさんの人がいて、連れであるリタもいたというのに、随分堂々と攫ってくれたものだ。

 竜巻が起こる前に一瞬見えた黒いローブの変な模様からして、犯人はさっき見かけた黒ずくめの連中で間違いないだろう。彼ら程度の魔力なら、リタ一人でも対処出来るはず。


「あーもー、アイリを待たせることになったらあいつらのせいだからな!」


 お金が勿体なかったけど、りんご飴の購入をキャンセルして返金も断りつつ、腰元にしまっていた杖を取り出した。そのまま店の前から離れて、通りに出る。


「『出でよ竜巻』」


 リタは自分の足元に竜巻をまとわせて、高く飛び跳ねた。

 ゲームのおかげでこの町の地図は大体頭に入っている。人通りの多いこの辺りで比較的人の気配が少ない場所といえば、西方にあるトンネルだ。工場地帯に繋がるあそこは、休日になると極端に通行人が少なくなるし、全体的に薄暗い場所だから、後ろめたいことをするには最適な場所だろう。




「お、やった、大当たりじゃん」


 トンネルの前で魔法を解除したリタが地面に降り立つと、その中にお目当ての集団を見つけることが出来た。我ながら勘が良いと褒めるべきか、相手が単純すぎるだけか。


「こ、この、無礼者!」


 直後、明らかに怯えの混じった声音がトンネル内に響く。エミリーのものだ。

 見ると、彼女は黒ずくめの連中に腕を掴まれ、今まさに馬車の中に連れ込まれそうになっていた。それを確認したリタは急いで彼女の腕を掴んでいる大柄な男に、杖の先端を向ける。


「『炎属性初級魔法:フレイア』!」


 杖の先から放たれた炎が、暗いトンネル内を照らしながら目標に向かっていく。


「うぁつっ!?」


 そして、狙い通り男の横っ腹に命中。

 間抜けな声を上げてその場に倒れた男を見て、周囲の人間が一斉にこちらに向けて杖を構えた。


「誰だ!?」


 問いかけておきながら、全員揃って魔法弾やら属性魔法やらを放ってくるのだから、答えを聞く気はないんだろう。

 相手は十人近い人数がいるので、一人一人相手にしていくのは面倒だ。


「エミリー、下がってて!」


 目の前に迫る魔法に急かされてつい敬語を忘れて指示してしまった——けれど、エミリーはリタの言葉に素直に応じ、連中を振り払ってその場から離れる。全員の意識がリタの方に向いていたおかげか、止められることもなくエミリーがある程度の場所まで逃げられたのを確認して、杖を構え直した。


「『炎属性中級魔法:フレアムス』」


 炎の渦が、魔法弾をかき消しながら進み、一気に彼らを包み込む。


「う、うああああああぁぁぁぁ!!」


 トンネル内という場所も相まってか、複数の悲鳴が響き渡ってすごい声量になっているけど、手加減はしたから死にはしないはずだ。ただまあ、悪い人だし、ある程度の痛みや怪我なんかは仕方ない。そういう力加減で撃った。

 一応反撃に備えつつその光景を眺めていたら、地面に倒れ込んだ集団の悲鳴が徐々に薄れてきて、ついには誰も何も言わず、ただ炎に包まれているだけになったので。


「まあ、これくらいで」


 さすがにまずいと思い、リタは魔法を解除した。

 暗闇の中だからよく見えないが、微かに呼吸音が聞こえているから想定通り生きてはいるみたいだ。王族を狙う危険な連中とはいえ、流石に殺してしまうのは寝覚めが悪いし、そういうことを判断するのは騎士団の仕事だ。


「……随分と簡単に倒してしまいましたね」


 いつの間にかこちら側に戻って来ていたエミリーが、暗い声で呟いた。その体には、とりあえず目立った外傷があるようには見えない。とはいえ、何もされていないという確証もないので、リタは慌てて彼女のあちこちを観察した。


「すみません、私が目を離した隙に……大丈夫でしたか? 怪我はないですか? 痛いところは? 変な魔法とかかけられてませんか?」

「ええ。魔法で連れ去られた後は、腕を掴まれただけです……それも痣にすらなっていません」

「良かった……あの、この人たちどうしますか? 騎士団に連絡しても大丈夫ですか?」

「……いえ、私の侍女に連絡しておきます。彼女ならすぐに来てくれますから。この人たち、しばらくはこのままですよね?」

「えっと……」


 リタは一番近くにいた男性の顔の近くを、靴でトントンと叩いてみたが、反応は一切ない。完全に気を失っているようだった。

 

「この調子だと、多分一時間くらいは目を覚まさないと思います」

「なら、充分間に合うと思うので……ちょっと連絡を入れてきます」


 トンネルの外に出ていくエミリーの足取りは、かなり重かった。若干フラついているように見える。

 それは身体的な問題ではなく、恐らく精神的なものだろう。十三歳なんてまだまだ子供なのに、よく知らない人に突然連れ去られたのだから、ああなるのも当然だ。


「……とはいえ、露骨に慰めるのもどうなんだろう」


 王族が誘拐されたところを、庶民——それも同い年の子に助けてもらうなんて、あまり外聞の良いことではない。エミリーの胸中が分からない以上は、あえて触れるようなことは言わない方がいいのかもしれない。


 こういう時、立場とか色々考えなくちゃいけないこの世界は、やはり少し面倒くさいと思ってしまう。前世のリタなら、怖がっている子供がいたら話を聞いたり慰めたりする。ただ今のリタにはこの世界で生きた記憶もあるので、どうしても立場の違いを考えて躊躇してしまう。これは良いことなのか悪いことなのか。


 そんなことを考えながら、念のため土属性の魔法で連中の手足を拘束していると、連絡を終えたらしいエミリーが戻って来た。


「すぐ来てくれるそうなので、私たちはここから離れましょう」

「待っていなくていいんですか? その、侍女の方?も、心配しておられると思いますけど……」

「……むしろ会いたくないんです。絶対怒られるに決まってますから」


 言いながら、さっさと歩いて行ってしまうエミリーの後を、慌てて追いかけた。


「エミリー様は悪くないのに、怒られるんですか?」

「……本当は、私はここに入学することすら反対されてたんです。お兄様と違って、城の外で自分の身を完璧に守れるほど優秀な魔法使いじゃないので」

「そんなことは……」

「慰めは結構です。見栄を張ったりもしましたが、自分の実力は自分が一番よく分かってますから」


 確かにエミリーの魔力は、リタやラミオ達に比べると劣るかもしれないが、一般的に優秀かそうでないかと問われれば、間違いなく優秀なほうだ。

 さっきの黒ずくめ達だって、冷静に対応できていれば彼女でも抵抗することくらいは出来たはずだ。出来なかったのは、きっと恐怖心が勝ってしまったからで、それも年齢を考えると仕方がないこと。


「だから危ない目に遭ったことが城の者にバレたら、連れ戻される可能性があるんです」

「……だとしたら、今回のことって結構まずいですか? エミリー様は学校辞めたくないんですよね?」


 休日に出歩いていたら誘拐されかけたなんて、普通の親でもすぐに家に連れ戻す案件だし、王族となればなおさらだ。

 エミリーたちの両親がいくら長男以外に関心がないとはいえ、国王という立場や体裁を考えれば、自分の子供が危険に晒されているのを放置するとは思えない。そもそも関心がないのも、跡取りとしての期待を抱いてないからであって、完全に愛情がないわけではないだろうし。


「そうですね。なので……嘘をついてしまいました……」

「嘘?」

「悪漢たちに攫われそうな子供がいて、私が倒した、と。……ごめんなさい。本来なら、あなたが騎士団に表彰されるようなことなのに」

「あ、それはむしろ助かります。私は極力目立ちたくないので」

「……初日にお兄様と決闘していたのに?」

「あれは向こうが勝手に……いや、単なる好奇心で、深く考えていなくて」


 お兄様ラブな子相手に、うっかりお兄様のことを悪く言ってしまうところだった。


「……お兄様も、あなたに負けたんですよね?」

「まあ……」

「だったら……あなたに助けられたことは、恥にはなりませんね。優秀なお兄様でも太刀打ちできなかったんですから」


 そう言って、エミリーは突然立ち止まった。置いていくわけにもいかないので、自然とリタも足を止める。

 そのまま数十秒、謎の沈黙状態が続いた。


「……あの、エミリー様、やっぱりどこか痛みますか?」


 間に耐え切れず聞くと、首を振って否定される。

 やっぱり精神的な問題だと思うが、今の彼女が何を一番気にしているのかが分からない。自分の実力のことか、庶民に助けられたことか——いやこれはイコールか。


 ともかくどう声をかけたものかと迷っていると、今度はエミリーの方が口を開いた。


「……私、格好悪いですよね。決闘すると息巻いていた相手に助けられるなんて」

「いえ、そんなことは——」

「昔からそうなんです。お兄様たちは優秀なのに、私だけなにをやっても鈍くさくて。座学も剣術も、なに一つみんなには勝てなくて……だから努力することも諦めるようになって……せめて魔法が上手く使えれば、お父様たちも喜んでくれたかもしれないのに……」

「え、エミリー様?」


 俯いているから表情はよく見えないが、震える声から彼女が泣き始めていることに気が付き、ドキリとした。

 アイリの時は未遂で済んだが、リタは目の前で人が泣き始めたらどうしていいか分からなくなる。悲しくて泣いている人を見るのが苦手なのだ。


「今日だって、どこの誰かも分からない連中にさらわれて、一人じゃなにも出来なくて……同い年の子に助けられて……私は立派な王族の一員なのに……お兄様たちは凄くて、みんなに好かれてるのに、私は全然で……友達もロクにいなくて、いらない子で……なんであんな優秀なお兄様たちと、こんな、なんの才能のない落ちこぼれが――」

「そっそんなことないです!!」

「……慰めは結構だって、さっき言ったじゃないですか」


 思ったよりも大きく発してしまったリタの声に顔を上げたエミリーの頬は、すっかり涙にぬれていて、居たたまれなくなった。


 だって、大人に攫われて絶対怖かったはずなのに、さっきからずっと自分を責めるようなことばかり言っている。いくら王族だからって、家族が優秀だからって、まだ十三歳の子供が、こんなの立場とか関係なくおかしいと思う。


 でもそれを言葉にすると、なんだか説教くさくなってしまう気がする。かといって何も言わないままなのも(精神的に)年上としてどうかと思うし、ゲームみたいに励ますために頭ポンポンなんてしようものなら、無礼だと怒り狂われるかもしれない。


 色々迷った結果——何を血迷ったのか、リタは無言で彼女を抱きしめることを選んだ。頭ポンポンよりアウトじゃないかと気が付いたのは、動いた後だった。


「な、なに……なんのつもりですか?」

「ラミオ様に勝った後、誰も私に決闘を申し込んでくる人はいませんでした。私、みんなに引かれるくらい強いので」

「……自慢ですか?」

「でもエミリー様は違ったじゃないですか。真っ向から私に決闘を申し込んできて……だから私はエミリー様のこと、勇敢でカッコいいと思いますよ」

「……そんなの……挑むだけなら、誰にでも出来ます。結果が出せない挑戦なんて無価値……ただの無謀じゃないですか」

「人によってはそうかもしれませんけど、これは私が勝手に思ってるだけなので。それに今だって、あんなことがあった後なのに、毅然と振舞っているエミリー様は立派だと思います」


 そう伝えた途端、リタの腕から抜け出そうとしていたエミリーの体から、少し力が抜けた感じがした。


「…………本当は、怖かったって言ってもですか?」

「え?」

「さっきからずっと……なんでもなかったみたいに振舞っている今だって、本当は怖くて仕方ないって言っても、同じことが言えますか?」


 それは、至近距離にいるリタですら聞き逃してしまいそうなほど小さな声だった。

 話すエミリーの肩は微かに震えていて、顔を見なくても彼女がどんな表情をしているのかなんとなく察しがついた。だからリタは、彼女を強く抱きしめて頷いた。


「言えます! そもそも私がエミリー様の立場だったら、攫われた時点で怖すぎて大号泣です……あんな連中、誰だって怖いですよ! だって全身黒ずくめですよ!? だからやっぱり、エミリー様はカッコいいです!」


 なんて、あまりに子供っぽい励まし方だったろうか。

 今のリタは実際子供だけど、精神は二度目の人生なわけだから、それこそもっとカッコいい励まし方があった気がしてならない。


「…………」


 しかし、長い沈黙の後、ゆっくりとリタの背に手が回された。それからぎゅっと、小さな力ではあるが、相手からも抱きしめられ返された。


 控えめに鼻をすする音を聞きながら、エミリーに振り払われるまでの間、リタは彼女の華奢な体を抱きしめていた。



続く

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