第20話【ゲームでは設定だけ登場した存在】

 とある日の昼休み、アイリを食堂に誘ったリタは、先生に用事があるという理由で一旦フラれてしまい、先に行って彼女の分の席をとっておくことになった。

 休み時間に先生に質問しに行くなんて、前世含めてリタにはあまり経験のない出来事だ。アイリの勉強熱心さに感心しつつ、廊下を進む。


 学内には三つの食堂が存在する。中央食堂と第二、第三食堂。今から向かう中央食堂は三つの中で一番規模が大きいが、教室からのアクセスも一番良く混みやすい。だから出来るだけ早く向かって席を確保しておきたい。

 そんな思いから早歩きに集中していたリタだったが、向かいから歩いてくる女子生徒に思わず目を奪われた。


「わ……」


 整った顔に、透き通るような白い肌。青い瞳は宝石みたいにキラキラ輝いて見えた。

 不思議の国のアリスの絵本にでも出てきそうな、とても可愛いらしい女の子だったが、その目立つ金色の髪は、見ていて不穏な気持ちになる。

 この国では、ブロンドは、王族またはそれに近しい血筋である証だ。

 ただ、ネクタイの色的に同級生なはずだけど、ラミオ以外に王族の新入生なんていただろうか。


 何はともあれ、ラミオに近い存在だったら困るので、近づかないに限る。

 そう思ったリタは、女子生徒と目を合わせないように、さりげなく視線を床に下げて通り過ぎようとした。


「そこのあなた!」


 ——というのに、何故か声をかけられてしまった。


 出来ることなら無視したいが、この距離感で「聞こえなかった」は無理があるだろう。その場合、相手が本当に王族だったら不敬罪に問われてしまうので、大人しく立ち止まる。


「何か御用でしょうか?」


 頑張って作り笑顔を浮かべるリタとは対照的に、女子生徒は怪しむように目を細めた。

 そしてツカツカと寄ってきて、鼻と鼻がくっつくほどの至近距離でリタの顔を見つめてくる。間近で見ても可愛らしいその顔立ちに感心しつつも、値踏みされているようなその視線に、居心地の悪さを感じた。


「……あ、あの? 何か?」

「あなたが、リタ・アルベティですか?」

「そうですけど……」

「なら、用件は分かってますね?」

「……分かりません」

「はぁ!?」


 何故かすごく驚かれてしまう。こんな風にいきなり話しかけられて、すぐに用件が分かる人の方が稀だと思うのだが。


「王族である私があなたに声をかける理由なんて、お兄様のことに決まってるじゃないですか!」


 王族。お兄様。そのワードから導き出されるのは、悲しいことにラミオだけだった。

 彼の存在を思い出すと同時に、目の前の少女を見て、リタはもう一つ大切なことを思い出した。


 ラミオ・トリチェには、双子の妹が存在すること。


 その妹は本編開始より前に親と仲違いし、半ば家を追い出されるような形で辺境の地に飛ばされており、ゲーム内ではラミオがその存在に少し触れるだけで、名前すら登場しない。

 が、リタ達の入学時期がズレた影響で、まだ家から追い出されていない彼女が兄を追いかけてきてこの学校に来た——ということだろうか。


「……確か、すっごいブラコンなんだっけ」

「ぶら? 今なんと?」

「あ、いや何でもないです!」


 誤魔化すように手を振ったが、いまだ怪しむような目つきは変わらないので、リタは仕切り直すように咳ばらいをした。


「それより、ラミオ様の件でなにか?」

「なにか、じゃないです! あなた、お兄様に何をしたんですか!?」

「なにって……決闘です」

「それは知っています! あの後からお兄様はおかしくなってしまったんです……普段の尊大さや傲慢さがなくなり、人に優しくなったり、私のことも避けなくなったり」


 それはむしろ良いことではないだろうか。


「しょっちゅうなにかを思い出しては溜め息をついて……まるで恋する乙女のような……あんなの、あんなのお兄様らしくない……!!」


 そんな、この世の終わりみたいな顔をされても困る。その反応をしたいのは、あれだけ圧勝した後に何故かプロポーズされたこちらの方なんだから。


「あなたがお兄様になにかしたんでしょう!?」

「だから決闘しかしてないですってば。お兄様はなんか……強い女の子が好きらしいですよ」


 正直、こんなことになるならもっと接戦で勝つべきだったと、今では後悔している。

 でもそうしていたら今頃は決闘の日々だったかもしれないので……どっちみちラミオに目をつけられた時点で、平穏な学校生活は無理だったんだろう。


「強い女の子……? それはつまり、お兄様に勝ったあなたに私が勝てば、お兄様は私を愛してくれるってことですよね!?」

「そうなる可能性は低いかと思いますが……」

「分かりました! では来週、私と決闘してください!!」


 なにも分かっていない回答なのだが、果たして大丈夫だろうか。


「私の名前は……まぁ、クラスメイトですし名乗るまでもないですけど、一応の礼儀として」


 えっクラスメイトなの!? ——リタは驚いて声を上げかけたが、必死に堪えた。この反応は王族云々抜きにして、人としてあまりに失礼過ぎるからだ。

 だが、表情には出ていたのだろう。彼女は「知らなかったなこいつ」とでも言いたげな鋭い目つきでリタを睨んだ後、嘆息した。


「エミリー・トリチェです。来週、また改めて決闘を申し込みに来ますから、立会人はそちらで用意しておいてください!」

「……あの、ちなみにこの決闘をお断りすることは?」

「出来ません」

「ですよね……」


 我が強く、癖の強い性格で、周囲と上手く馴染めなかった為、妹思いだったラミオに執着するようになった女の子。そのラミオすら、あまりの執着っぷりに自分の妹ながら恐怖を感じて避けがちになってしまったとか。

 確かそんな感じの設定の子だったと思うから、話しても分かってくれなさそうだ。


「分かりました。……あの、戦うなら私は今でも大丈夫ですけど」


 来週まで憂鬱な気持ちを引きずりたくないし、嫌なことは早く終わらせたい。何より今やってしまえば、アイリにバレる可能性も低くなりそうだし。


「そ、それはダメです! 私にも心の準備というものが必要ですから!」


 それなら心の準備をし終えてから来てくれればよかったのに。

 そう思ったが、もちろん無礼なことなので言えない。王族相手に話すのは気を遣うから面倒だと、再認識した。


「今の内に魔法の腕を磨いておくことですね! 吠え面の準備もしておくように!」

「……はい」


 やたら自信満々な彼女は、もしかするとラミオとリタの決闘を見ていないのかもしれない。


「あの……私、そこそこ魔法には自信があるんですけど、大丈夫ですか?」

「なっ、わ、私だって王族の娘ですから! おかまい、なく……」


 その割には、なんだか自信がなさそうな顔になってしまったけど。


「なら、えっと……よろしくお願いします」

「よろしくお願いします!」


 無礼に思われないようにとりあえず言ってみたのだが、意外にも素直な返答がきた。

 そういえば先ほどから一度も「庶民」などとも呼ばれていないし、意外と差別意識の薄い子なのかもしれない。


「私が勝ったら、お兄様にも謝って下さいね!」


 しかし面倒くさそうな子であることには変わりない。

 一方的に決闘を申し込まれたリタが、一体何をラミオに謝ればいいのだろうか。




 何とか取れた良い席。美味しい昼食。隣には可愛いアイリ。いつもならウキウキなはずのリタの心は、どこまでも落ち込んでいた。


「……何かあったの?」


 あまりに分かりやす過ぎる態度だったためか、アイリが心配そうな顔で問いかけてくる。思ったことが口から漏れてしまう癖もそうだが、感情がすぐに顔に出てしまう癖も何とかしたいところだ。


「いや、ちょっと変な子に絡まれちゃって」

「絡まれたって……まさかまた誰かと決闘するんじゃないよね?」

「ちがいます」


 アイリの目が怒ったように吊り上がったから、つい嘘をついてしまった。その反動で返事は棒読みになってしまったが、アイリにはバレないだろう。


「それならいいけど……」


 騙しておいてなんだが、アイリはもう少し人を疑うことを覚えた方がいいのではないだろうか。将来悪い人に騙されそうで不安だ。


 何度もアイリに嘘をつくのは心が痛むが、また王族に決闘を申し込まれたなんて知ったら、下手な心配をかけてしまうだけだ。黙っておくほうが無難だと思ったし、決闘したことすら極力バレないようにしたい。


「それなら、絡まれたってどういうこと?」

「それは……その、友達作りチャレンジしてたら失敗して、変な絡まれ方したってだけ」

「友達作り……?」


 アイリは半信半疑の表情をしているけど、これはあながち嘘でもない。


「せっかくだから、みんなと仲良くしたいじゃん。アイリは新しい友達できた?」

「……毎日一緒にいるんだから、何となく分かるでしょ」


 ごもっともだった。

 初日に王族相手に舐めたプレイをかまして圧勝したり、自己紹介でクラスメイトに啖呵を切ったリタと一緒に行動しているアイリが、周囲から浮かない訳がない。


「なんかごめんね……私と一緒にいるせいで……」

「え、そんなこと思ったことないよ。それに私、あんまり人が多いのは得意じゃないから」


 でもアイリは、みんなに囲まれて愛されている姿が似合う——と、推しはみんなに愛されていてほしいタイプのオタクであるリタは思う。


「……あと、私だけでも今と変わらなかったと思う。むしろリタがいなかったら、本当に一人ぼっちだったかも」

「ニコロがいるから一人にはならないよ」

「ニコロは……、ほら」


 アイリの視線の先を追いかけると、女子たちに囲まれて困った笑顔を浮かべるニコロが見えた。それこそ二次元でしか見ないような、分かりやすくモテている人の図だ。


「なんか、いつも囲まれてるね」

「昔からあんな感じなの。女の子がたくさん寄って来て、性格的にもそれを全部受け入れちゃうし。だから、人の目があるところではあまり話しかけないようにしてるんだ」

「へー……」


 ニコロ的には、むしろアイリ一筋なことを周囲にアピールしたいだろうに。

 顔と人当たりが良すぎるばかりに、本命以外の子を振り払えず、控えめな性格の本命に一歩引かれる——気の毒な子だ。


「あ、そうだ、買い物の件なんだけど」


 丁寧にスパゲティをフォークに巻き付けていたアイリが、思い出したように話を変えた。


 あの決闘以来、ガイルスの嫌がらせがピタッと止まったので、次の休みにでも魔道具を買いに行こうという話を昨夜したばかりだった。


「その日は朝から出かけて、夕方まで町をブラブラするっていうのはどうかな?」

「いいね、楽しそう! ……あ、せっかくだしニコロも呼ぶ?」

「どうして?」


 本当に不思議そうな顔で聞かれてしまった。


「人前じゃ話しかけられないんでしょ? だからアイリ的には、話せない現状は寂しいのかなって思ったんだけど……」

「えー、ないよ。ニコロはなんか、もう家族みたいな感じだから」


 笑顔でキッパリと否定されてしまった。照れたり嫉妬している様子すら無いところを見るに、恐らく本心なんだろう。


 ニコロ、先は長そうだぞ、頑張れ——リタは心の中で祈った。



続く

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