第21話【デート当日…のはずが】
綺麗な青空、眩しい太陽。本日の天気は、まさに絶好のお出かけ日和というやつだった。
初めてのアイリとの外出ということもあり、今日のリタはいつもの五倍くらいテンションが高い。きたる王族との決闘(二回目)のことなんて、頭の片隅に追いやれるくらいに。
「リタってば、なんかスキップしそうな勢いだね」
「いやー、楽しくてつい!」
隣でニコニコと笑顔を浮かべるアイリは、いつも通り可愛らしい。彼女が着ているのはいたって普通のワンピースだが、素が可愛いから何を着てもよく似合う。嗚呼可愛い。
「リタは、ここら辺にはよく来るの?」
「一回だけ来たことはあるけど……なんで?」
「その割には、迷いなく道を進んでるから」
「あー」
それはホリエン内で何度も町を探索したから。とは言えず。
「アイリとのデートだからね、予習はバッチリしてきた!」
「そうなんだ。ごめんね、気を遣わせちゃって」
「いやいや、全然!」
苦し紛れの嘘も、当然のようにアイリには怪しまれなかった。
王都はゲーム内では定番のデートスポット。でも実際に見る風景はもちろんゲームよりも遥かにリアルで、リタは二度目の体験ながら感動していた。しかも今日隣にいるのは大好きな子なのだから、その感動もひとしおだ。
たくさんの人で賑わう大通りを西に進んで、派手な外観の店を通り過ぎた先。
「あっ、あったあった!」
リタが足を止めたのは、こじんまりとした店の前。ここは腕利きの魔道具職人が営む個人店。ゲーム内では主人公たちが魔道具を購入しに来るお馴染みの場所だ。
「ここが私のおすすめのお店だよ。アイリ、入ろ——」
リタは言葉を途中で止めた。
二人から少し離れた場所に、黒ずくめの、いかにも怪しげな集団を見かけたからだ。五人組で、全員成人男性と思しき集団だが、黒いローブで顔の上半分と全身を覆っている。
「……何だろう、あの人達」
「みんな魔法使いみたいだけど……ここら辺、最近あまり良くない事件が多いから、ちょっと怖いね」
「ここもあんまり変わらないんだね」
どこの国も都会に行けば行くほど人も多くなるし、それに伴い治安も悪くなる。そう考えると、王都であるこの場所は、リタの想像以上に危険なのかもしれない。
「それにしても、何であんなあからさまに怪しい格好してるんだろ」
「怪しい、かな……そんなに変でもないと思うけど」
アイリの言葉を聞いて、そういえばここはそういう世界だったと思い直す。
リタの前世では黒ずくめのローブの集団が町を歩いていたら、ハロウィンでもなければ職務質問を受けそうなものだが、魔法使いの間ではありふれた格好なのかもしれない。
「でもなんだか目つきは怖いね……目合わせないようにしよ」
ギョロギョロとした目で周囲を異常に警戒するように歩いている姿は、確かに怖い。うっかり目を合わせて因縁をつけられては堪らないので、二人はさっさとお店の中に入った。
見覚えのある薄暗い店内には、杖や剣、弓や斧など、様々な形の魔道具が所狭しと並べられている。
「いらっしゃい」
優しい声色の、七十代くらいの男性が二人を出迎えてくれた。人のよさそうな笑顔を浮かべている彼が、この店の店長だ。
「ああ、あなたはこの間の……お若いのに優秀な魔法使いさん」
「覚えててくれたんですか」
「記憶力には自信があってね。特にあなたみたいな子は、死ぬまで忘れないと思うよ」
ふぇっふぇっふぇっと、独特な笑い方をする店長。
リタもエクテッドに入学する前、この店で魔道具を購入した。家族と共に来店してかなり騒々しい買い物になってしまったので、より印象深かったのかもしれない。
「今日は友達の魔道具を探しに来たんです」
アイリを示すと、店長は興味深げに目を見開いた。
「ほう……これはまた、お嬢さんも良い魔力を持っているね」
魔力は、魔法として放出しない限り目で見ることは出来ないが、優秀な魔法使いは何となく相手の魔力を図ることが出来る。これは言葉で説明できるものではなく、なんとなく感じるのだ。リタも先生たちを見るとなんだか肌がピリピリすることがよくある。
「今まではどんな物を使っていたんだい?」
「えっと、実は今回が初めての購入で」
「そうかい。なら、どんな形が良いとか、何か希望はあるかい?」
「形は、持っていてもあまり悪目立ちしないような感じのものが……」
「それなら杖が良いだろう。扱いやすいし利用者も多い。例えばこれなんてどうだい?」
二人が本格的に話し始めたので、リタは暇つぶしに店内を見て回ることにした。
竜のようなものが巻き付いた杖、厨二心をくすぐられるカッコいい剣やハンマー。何なのかイマイチ分からない変な形の刃物や、ぐにゃぐにゃの鞭のようなものなど、様々な物が並べられている。
こうして見ていると新しいものを買いたい気持ちに駆られるけど、リタの杖は家族と一緒に選んで買ったもの。壊れるまで長く使うと決めたので、しばらく買い替えるつもりはない。
「ごめん、リタ。ちょっと選ぶのに時間かかっちゃうかも」
アイリ達に視線を戻すと、いつの間にか店長が分厚い本を取り出していた。魔道具のカタログ的な何かだろう。
「オッケー。じゃぁ私、ちょっと外ぶらついてくるから、ゆっくり選んでて」
「ごめんね」
申し訳なさそうなアイリに手を振って店の外に出た途端、胸元の辺りに、ぽすんと軽い衝撃を受けた。
「えっ?」
その衝撃の元が人だと気が付くと同時、眩しい金色の髪が目に飛び込んでくる。
「え、エミリー様?」
「……」
まさか扉の真ん前に人がいるなんて思わなかったから、ものすごく驚いた。
向こうも向こうで、まさか店に入ろうとしたタイミングで人が出てくるなんて予想出来なかったのだろう、目をぱちくりさせている。
エミリーが何か言うよりも先に、二人の間に何かが音を立てて落下した。
「あ、す、すみません……落としちゃって」
地面に目を向けると、それは黒い革で出来た帽子だった。リタは急いでそれを拾い上げ、埃を払ってエミリーに手渡す。
彼女は無言で受け取り、目立つ髪を隠すようにそれを被った。三角形が二つついてる妙な形の帽子を被ると、なんだか猫耳をつけているように見えるからちょっと可愛い。
「誰かと思えば……何故あなたがこんなところに?」
キッとした目つきで睨むように見上げられた。
「もうすぐ実技の授業があるので、魔道具でも見ようかなと思って」
問いに答えつつ、リタは店の扉を閉めた。
「あ、エミリー様、ご機嫌麗しゅうございますか?」
「麗しいわけないじゃないですか! なんで閉めたんですか!? 私、お店に入りたいのですけど!」
それは困る。この状況でアイリとエミリーが鉢合わせると、会話の展開次第では決闘のことまでバレてしまいそうだから。
「いやー、実は今ちょっと知人が中にいまして……」
「それが私に何の関係が?」
「えっと、すごく無礼な人なので、会わない方がいいです」
「はあ……」
イマイチ信じてなさそうな目を向けられたけど、とりあえず無理やり中に入ろうとはしないようだった。
……とはいえ、いつまでもお店の前で通せんぼしているわけにもいかない。
「あの、エミリー様、少しだけお時間ありますか? よかったら私と……って、あれ? そういえば、お一人なんですか?」
周囲を見回しても、お付きの人などは見当たらない。
リタの質問に対して、エミリーは今までで一番不愉快そうな表情で答えた。
「……一人ですけど? 休日に一人で出かけるのが、そんなに変ですか?」
「変というか、大丈夫なのかなって。王族の方はいつも誰かしらに囲まれているイメージなので」
喋りながら、ふと教室でのエミリーの姿を思い出した。
アイリと攻略対象たちに意識を集中させ過ぎたせいで、こんなにも目立つ髪色をすっかり見落としていたリタだったが、その後確認してみると、当たり前だが彼女は本当にクラスメイトだった。
しかし、いつもラミオガールズや仲の良い友達に囲まれているラミオとは対照的に、エミリーは一人でいる姿をよく見かける。兄であるラミオにすら話しかけることはあまりない。
もしかしたらだけど、友達が少ないのかもしれない——失礼過ぎて、本人には聞けないが。
「……私の家は放任主義ですから。王族たるもの、自分の身くらい自分で守れねばということです」
言いながら、目を伏せるエミリー。
あまり詳しく言いたくなさそうなその態度に、リタはラミオルートで聞いた彼の家の事情を思い出した。
ラミオの兄にあたる第一王子は非常に優秀な人物で、両親はそんな彼に夢中で他の子供にはあまり関心がない。ルート内ではラミオが何度か街中で悪漢に襲われかけるシーンがあるが、それでも護衛がつかないくらい放任主義——というより、最悪ラミオ達がどうなろうと、長男さえいればいいくらいに思っていそうな両親だった。
……そう考えて思い返してみると、学校でのラミオも、常にファンの女子や友人に囲まれてはいるがそこに従者のような人はいない。
「……でもこの辺りは変な人もいますし、危ないですよ」
「ご心配なく。私だって王族の一員、そんじょそこらの人間には負けません。どんな輩が来ようと追い払えます」
「なるほど……」
言葉では納得しつつも、リタは内心首を傾げていた。
エミリーはそう豪語出来るほど強くは見えないからだ。強い魔法使いを何となく感じ取れるのと同じで、逆のパターンも何となく分かる。
リタたちと同じ年でエクテッドに入学している時点で、彼女にも十分魔法の才能はある。しかしそれはあくまでこの年齢にしてはという話で、魔法で悪事を働いているような大人に、しかも複数人同時に襲われることがあれば、押し負けてしまう可能性の方が高い。
「……ところで、時間ならありますけど?」
「え?」
「さっき聞いたじゃないですか。お時間ありますかって」
「あー……、ここで立ち話もなんですし、よかったら私とカフェでも行きませんか?」
聞いた後に気が付いたのだが、王族をこんなカジュアルに誘ってしまって大丈夫なんだろうか。
「……いいですよ」
「えっ? いいんですか?」
「まあ、そこまで急ぎの用事でもないですし。国民との交流も王族の務めですから」
まさかこんなにあっさり承諾されるとは思わなかった。
驚いているリタに、エミリーはじとりとした目を向けてきた。
「……事情は知りませんけど、今、私がお店の中に入るのはまずいんでしょう?」
どうやら何かしらの事情を察してくれたらしい。それでも自分の都合を優先せずにこちらに合わせてくれる辺り、もしかして良い子なのだろうか。
ともあれ、アイリに決闘のことがバレたくないリタとしては非常に助かるので、彼女の厚意を素直に受け取ることにした。
続く
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