第18話【不甲斐ない自分】
「じゃ、俺が立会人として、二人の決闘を開始しまーす」
リタとラミオの時よりも随分と適当な合図がかけられる。
この合図は「決闘を開始」というワードさえ含まれていれば他の部分は定型文が決まっているわけではないので、立会人の性格が出るところだ。
リタとしては、開始の合図と同時にアイリが適当な魔法をぶっ放して即決着という展開を予想していたのだが、そうはならなかった。
ガイルスは魔道具を取り出して構えたものの、どちらも動く気配がない。
「どうした? レディーファーストだ、そっちから仕掛けてきていいぜ」
それにしてもガイルスは何故あれだけ余裕な態度なのか。
エクテッドがすごい魔法学校であることは理解していて、ロクなコネもない庶民がそこの特待生に選ばれている時点で、相当な実力があることくらい察せられそうなものなのに。もしも年齢だけで下に見ているのだとしたら、彼は相当なバカということになるが。
「……最後にもう一度だけ聞きたいんですけど、リタがあなたに何かしたわけじゃないですよね?」
「まあ、個人的に何かされたってわけじゃねぇな」
「なのに、どうしてあんなことを?」
「さっきも言ったろ? 単純に気に入らねぇんだよ。いつもヘラヘラしてる感じも……それに、見た目もさ」
ヘラヘラしてるのはさておき……自分で言うのもなんだが、顔立ちはなかなかの美少女なはずだけど、一体何がそこまでのガイルスの気に障ったというのか。
アイリを可愛いと認識している時点で、彼の美の感性がおかしいというわけでもないのに。
「……リタはすごく可愛いと思いますけど」
「顔がどうこうってか、あの髪だよ。真っ黒で汚ねーじゃん」
「ああ、なるほど」
割と納得のいく理由に、リタの方が思わず頷いてしまった。
前世の記憶を思い出したリタからするとたまに忘れてしまうが、こっちの世界において、黒い髪は珍しい。それは、ここが日本ではなく別の国であるということをプレイヤーに意識させるためというメタ的な理由と、もう一つ理由があるのだが、そのことを考えている暇はなさそうだった。
「嬢ちゃんもそう思うだろ?」
「思いません」
ガイルスの問いに食い気味に答えながら、アイリは右の手のひらを彼に向って伸ばした。
彼女は魔道具を持っていないので、素手での対決になる。本当はこの間の休日に買いに行く予定だったけど、万が一町中でガイルスが襲ってきたらと考えると、アイリを巻き込みたくなくて延期にしていた。
「……じゃあ、そろそろ始めますね」
「おお、特待生様とやらの実力、見せてくれよ」
レディーファースト、というのは言葉だけじゃなかったようで、ガイルスは抵抗する素振りすら見せずにアイリを見ている。
アイリはそんな彼を見ながら、目を瞑り、静かな声で詠唱を始めた。
「『雷属性上級魔法:リ・ビィレッダ』」
「「「は?」」」
この間抜けな声は、ガイルスだけじゃなく、立会人の男子とリタのものも含まれている。
リタはアイリが圧勝すると疑ってなかったけど、先手必勝スタイルではなく、比較的穏やかなトーンで会話をかわしてからの急な上級魔法ぶっ放しは、流石に考えていなかった。
「えっ、ちょ、は——」
ガイルスが言葉にならない単語を発している間に、魔法陣から出現したのは、静かな詠唱に似つかわしくない巨大な電気の塊。五メートルほどに膨れ上がったそれは、一直線に放たれた。
まさに電光のごとく、目で追えないスピードの電気の塊は、ガイルスの体の真横ギリギリを通過して、その後ろの壁に衝突した。
轟音と共に、派手に崩れ落ちる壁と舞い上がる砂埃。
「は……?」
今度はガイルス一人の間抜けな声が闘技場に響く。
彼は自分の後ろを振り返り、崩れ落ちた壁を見て茫然とした顔をする。魔法が通り過ぎる際、偶然なのかわざとなのか、若干かすったらしい彼の制服の腕の部分が破れていた。
「な……いま……、ばっ馬鹿かよ!? あんなの当たったら死ぬだろうが!!」
「このリボンがある限り、死んだりはしないはずです」
確かにアイリの言う通り、闘技場でなら死にはしないだろう。実際ラミオもリタの上級魔法をくらったが、気を失うことはなかった。
ただラミオの時は、彼の中級魔法と激突したことにより威力が弱まった状態だったし、そもそも今のアイリの魔法——リ・ビィレッダは、魔力を固めて撃つだけのシンプルな魔法。術者の魔力量によって威力が明確に変わるもので、リタですらアイリと同じ魔法で競い合ったら負けてしまうだろう。
つまり、さっきのアレに無抵抗な状態で当たれば、ガイルスはあの時のラミオとは比にならないくらいのダメージを負うことになる。いくらリボンで緩和されるとはいえ「いってー!」程度の叫びじゃ済まないのは、誰の目にも明らかだ。
——とはいえ、アイリの実力を知っているリタからすれば、これくらいは想像の範囲内だし、むしろさっきの一撃も彼女にしては手加減しているくらいだと思うのだが、どうやらガイルスは相当なバカだったらしい。
「ま、待て待て待て!! やめだやめ! 馬鹿らしい!」
真っ青な顔をしたガイルスが、次の魔法を撃とうとしていたアイリから距離をとるように後ずさりつつ叫んだ。
「やめっていうのは……降参ってことですか?」
「そうだよ! あいつには二度と手は出さねぇ!! こんなくっだらねぇことで痛い思いするなんて馬鹿らしぎるからな!」
あんなくだらないことで幼稚な嫌がらせを繰り返していた人の台詞とは思えないが、まあ彼はそういう人なんだろう。
「……決闘のルールでは、両者が合意しないと途中で止めることは出来ません」
「だからお前が合意すればいいだけの話だろが!」
降参を宣言している側とは思えない、なんて偉そうな返事だ。
リタが呆れながら様子を窺っていると、アイリはゆっくりとガイルスに近づいて行った。その右手はまだ下ろされていなくて、真剣な表情も相まって、アイリには珍しく明らかに相手への敵意を感じる。
「よ、寄ってくんなよ! 降参だっつってんだろ!?」
「それを認める代わりに、もう一つ約束してください」
「は? なんだよ……金か?」
「いえ。今後、必要が無い限りは、リタと一切関わらないでください」
「分かった、約束する! 二度と関わらねぇし、話しかけも近づきもしねぇ!!」
「……分かりました」
「大体そんなん約束しなくても元々近づきたくもねぇよ、あんな気味のわりぃ女……!」
「……」
アイリは無言で、ガイルスの目の前に右手を伸ばした。
相手は降参すると言っているのに、それを受け入れるような会話もしているのに、肝心のアイリの表情から敵意が消えていない。
近くにいるガイルスもそれを感じているのだろう。いつその手から魔法が放たれるのか、それを想像して恐怖でも感じたのだろうか、彼は腰が抜けたようにその場にへたり込んだ。
「お、おい、降参させてくれるんだよな……頼むよ」
「…………分かりました」
長い間の後、アイリが認めたことにより、決闘は終了した。
結局ガイルスがアイリを侮りすぎたことで、あっけない幕切れになってしまったが、リタみたいに派手に倒すより相手の恨みを買いにくくて良いのかもしれない。
決闘が終わった後は、各自で校舎まで戻らないといけないのが面倒なところだ。
アイリたちにバレないように身をひそめつつ、リタは三人が闘技場を後にするのを待った。
その最中に、何故こんなことになったのかを少し考えてみた。
ニコロから話を聞いたアイリがガイルスに接触し、恐らく彼は素直に嫌がらせの犯人が自分だと認めたのだろう。リタ相手には分かりやすくしらばっくれたくせに、可愛いアイリが聞いた途端に素直になるとは腹の立つ男だ。
ガイルスが話し合っても無駄な相手だと判断したアイリは、仕方なく決闘で自分の要望をのんでもらうことにした——ということだろう。
「んー……やっぱりアイリに心配かけ過ぎちゃったんだなぁ」
本来これはリタの問題なんだから、リタが解決しなきゃいけなかったことだ。
ただ、ガイルスは挑発でもしない限りリタとの決闘は受けてくれなさそうだったし、嫌がらせもくだらないものだったので、そこまで解決を急いでいなかった。
そのせいでアイリに先に動かれてしまったわけだが、まさか彼女がこんな大胆な行動をとるなんて予想外だった。
「でもアイリがこういうのを放っておけない性格なのは分かってたはずなのに……かんっぜんに私が後手後手になってたせいだ」
後悔先に立たずという前世のことわざを思い出しつつ、頭を抱えた。
今闘技場にいるのはリタ達だけ。何故ならこの時間は授業の真っ最中で、サボってまで決闘をする不良じみた生徒は、そうそういないから。それをアイリにさせてしまった。あの真面目なアイリに、授業をサボらせてしまった。
「私が迷惑かけてどうすんだよ……」
彼女が幸せになれるように、彼女を守るためにこの学校に来ることを決めたはずなのに。これじゃあべこべだ。
リタは不甲斐ない自分が情けなくて、生まれて初めて、今はアイリに会いたくないと思ってしまった。
◆ ◆ ◆
アイリたちの姿が完全に見えなくなった頃、リタは誰にも見られないように周囲を警戒しながら闘技場を後にした。
とはいっても、時間帯的には今もまだ授業中。生徒に見つかる心配はさほどなく、見回りの教師にさえ気を付けていれば大丈夫だろう。
問題は次の授業が始まるまでの数十分間、どこに行って時間をつぶすか。部屋に戻ってもいいのだが、アイリも同じことを考えていた場合は鉢合わせてしまう。
「……あ、そうだ」
色々考えている内に、とりあえず行きたいところが見つかったので、校舎の中に。
教室から漏れてくる教師の声を聞きながら廊下を進み、階段を上って目的の階へ。三階の一番奥にある自習実験室。
この部屋は生徒たちが自由に魔法に関する実験を行っていい場所なので、基本的に鍵はかけられていない。しかし、魔法薬の調合に使用する薬草や魔法石、危険な薬物、調合や実験に必要な道具なんかが収納されている棚は施錠されていて、実際ここで何かしらを行う際には、先生に声をかけてその鍵をもらわないといけない仕組みだ。
ここはホリエンⅠのゲーム内で、全ルート共通で一度だけ登場する場所。
魔法薬の知識がなかった主人公が、面倒見のいい担任にここに連れてきてもらい、体力が少し回復する薬を作る。それを攻略対象の一人に渡すと好感度がアップする、というイベントなのだが、このイベントで肝心なのはその魔法薬ではない。
実験室の中はリタの前世の理科室と似たような感じで、室内には複数の木製の実験台が並んでいる。いくつかの実験台には扉や引き出しがついている。その中の一つの一番端の引き出しの中を開けると——
「おお……本当にあった」
薄紫色の、アメジストのような石の塊。実験室でのイベントは、これを手に入れるために用意されたものだ。
リタは『記憶の石』と呼ばれるその魔法石を、無くさないように制服のローブの内ポケットにしまった。
「本当はアイリが手に入れるべきなんだけど……ゲーム通りいくとは限らないしね」
この『記憶の石』は、ホリエンのストーリーにおいてかなり重要なアイテムだ。アイリが使わないと意味がないのだが、ゲームで主人公をここに連れてきてくれる担任の先生は、デラン先生ではない。入学してから校内でその先生を見かけたこともないし、少なくとも今は学校に在籍していないんだろう。
どうしてそんなことになっているのか——一番ありえそうなのはやはりリタ達の入学時期がズレたことによる影響だと思うが、確信はない。
何はともあれ、担任の先生が変わっている以上、ゲームと同じイベントが必ず起こるとは限らない。その前に自主的にここに回収しに来たいと思っていたので、ちょうどよかった。
「それにしても、この手のアイテムがちゃんと存在してるってことは、他の物も……」
ホリエンは、イベントの途中や散策パートで何かしらのアイテムを手に入れることが多い。その大半が攻略対象たちの好感度を上げるアイテムだから、今のリタにはどうでもいいのだが、そうでない大事な物もあるので、暇な時にでも探してみるべきかもしれない。
「……でもこれ、どうやって自然にアイリに使わせればいいのかなぁ」
ある日突然「これ使って?」と言われて実際に使うお人好しは、そうは存在しない……が、アイリなら普通に使いそうなので、あまり深く考えなくてもいいかもしれない。
そう結論づけたリタは、それ以上心配するのはやめて、次の授業が始まるまでの間、実験室で仮眠をとることにした。
無意識に相当気にしてしまっているのか、リタは夢の中で先ほどのアイリとガイルスの決闘を再度見ることになり、目覚めは最悪だった。
続く
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