第17話【初めての決闘】

 奇異の目で見られるのも、悪意をぶつけられるのも慣れている。しかしその度に決闘していたら、アイリに野蛮だと思われてしまいそうだし、特待生繋がりでアイリにも決闘を申し込む奴が出てきてしまうかもしれないので、控えたい。

 だから今は、これで彼が収まってくれるのを祈るしかない。



 が、まあ、結論から言うと無駄だった。


 ガイルスは思ったよりも大人気ない男で、リタが廊下を歩いていると高確率でどこからか魔法弾を放ってくる。初めこそ油断したものの、分かっていれば難なくかわすことが可能だが、ただただ鬱陶しい。町の学校で受けていたイジメに似た幼稚さを感じる。

 しかも時を選ばないので、アイリと一緒にいる時も普通に仕掛けてくるのでタチが悪い。



 そんな日々がしばらく過ぎて、アイリがリタを心配しないはずもなく。


「……ねぇ、やっぱり先生たちに相談したほうがいいんじゃない?」

「地味な嫌がらせをされてますって? 対応してくれるとは思えないけど」


 この学校では基本的によほどのことがない限りは、生徒間の揉め事に教師が対応することはない。良く言えば生徒の自主性を重んじている、悪く言えば放任主義なスタイルだ。


「だったらせめて犯人を見つけて、話し合うとか……」


 アイリには言っていないが、それはもうした。向こうが認めなかったのでロクに話しにならなかったけど。


「……やっぱり次仕掛けられたら、私が犯人を見つけるよ」

「い、いいよいいよ。アイリが逆恨みされたら大変だから」


 アイリの魔法を使って肉体強化すれば、逃げるガイルスに簡単に追いつくことが出来るだろう。

 でもそんなことをしてアイリまで奴の嫌がらせのターゲットになった日には、リタは奴に対して理性を抑えられる気がしない。アイリを傷つけた瞬間、彼に上級魔法をぶっ放して退学処分をくらってしまう未来が見えている。


「それなら卒業までずっとこのままってこと……?」

「それは流石に嫌すぎるなぁ……」

 

 やっぱり決闘して、二度とこんな真似をしないことを約束させるのが一番手っ取り早い気がする。


 ただ決闘にはお互いの了承が必要だ。ガイルスはリタを平民とバカにしつつも、自分より実力が上なことは分かっているはず。大勢の前で恥をかくかもしれない決闘を簡単に受けるとは思えない。


「どうすればいいかなぁ……」


 以前学校のイジメっ子にしたように、魔法で脅したところで効果はないだろう。

 相手に大怪我を負わせるような魔法は校則で禁止されているので、どれだけ強力な魔法を見せたところで、それをガイルスにぶつけることは出来ないと相手も分かっているから。


 どうしようか悩んでいると、足元に拘束魔法が発現し、両足を拘束されたことによりリタは盛大に転んだ。

 

「り、リタ⁉︎ 大丈夫⁉︎」

「あー、大丈夫。最近このパターンも増えてきたの」


 ここ数日、魔法弾だと簡単にかわされてしまうからか、嫌がらせのバリエーションを増やされている。

 この両足に発動する拘束魔法が一番厄介で、よほど細心の注意を払っていない限りはこうして転んでしまうことが多い。


 だからリタとしてはもう慣れたものだったのだが、そういえばアイリの前ですっ転んだのは初めてだった。


「……こんなの酷いよ……なんでリタがこんなことされないといけないの」

「前にニコロも言ってたじゃん。ここはプライドが高い人が多いって」

「だからって……」

「こんなの全然平気だって! 大した怪我もしてないし、ね?」


 拘束魔法を引きちぎって立ち上がっても、アイリの表情は曇ったままだ。

 こうなるのが嫌だから、嫌がらせするならアイリがいない場所でしてほしいのに。優しいアイリが目の前で嫌がらせにあう友人を見て、悲しまないわけがないと思うから。


 こうなったらいっそ停学覚悟でガイルスに強烈な魔法をお見舞いするのもアリだろうか。でもそれだとアイリを守るという目標を叶えにくくなる。

 考えつつ顔を上げると、目の前のアイリが見たことのない表情をしていて、ギョッとした。


「あ、アイリ? 私なら本当に大丈夫だよ? ほら、転んだところで怪我ひとつ負ってないし!」

「……そういう問題じゃないよ」

「あー……そうだよね、汚い奴だよね。来るなら正々堂々来いって感じだよね!」

「……リタ、本当に相手に心当たりはないの?」

「ありすぎて絞れないかなぁ……私、失礼なこと言っちゃうタイプだし」


 それにしてもあの授業をキッカケに、こんな面倒くさい嫌がらせを受ける羽目になるとは思わなかった。あれでも手加減したつもりだったが、もっと考えてガイルスに花でも持たせてやるべきだったんだろうか。


「はあ……」

「……」


 面倒くさい。リタの溜息に込められた感情はそれのみだったが。アイリの目にはどう映ったのか、彼女は今まで見たことのないような冷たい表情で、どこかを見つめていた。


 

◆ ◆ ◆



「リタ、ガイルスと君はどういう関係なんだい?」


 教室に来て早々、ニコロは挨拶もせずにそう問いかけてきた。


「どういうって……何度か同じ授業を受けただけの人だけど」

「ならこの間、彼のクラスを聞いてきたのは?」

「同じ授業受けた時に、忘れ物したから届けに行った」


 事前に用意していた嘘だったので、ニコロは疑うことなく信じてくれた。


「ガイルスがどうかしたの?」

「いや……さっきね、最近リタに何か変わったことはないか聞かれて、リタがガイルスのクラスを尋ねてきたことを話したんだよ」

「……えっと、誰に?」

「アイリ」


 馬鹿野郎、と叫びたくなったが、ニコロは微塵も悪くないので八つ当たりもいいところだ。

 むしろ責めるべきは、ガイルスのクラスを調べるのが面倒で、安易にニコロに聞いてしまった過去の自分。


「それで、その時のアイリの顔が……なんだか深刻そうに見えたから。リタとガイルスの間で何か問題でもあったのかと思って」

「問題ってほどのことでもないんだけど……で、そのアイリは? 前の授業一緒だったんだよね?」

「リタとガイルスの話をしたら、用が出来たって言ってどこかに行っちゃった」

「いやそんなあからさまに怪しい感じだったのに、なんでついていかなかったの⁉︎」

「アイリは意外と秘密主義なところがあるから。着いてきてほしくなさそうな感じだったし、無理に行くのも嫌がられそうだから」


 それでもリタならこっそり後をつけるけど、優等生のニコロはそんなこと考えもしなさそうだ。


「分かった、教えてくれてありがとう」

「ああ、いや、どちらかというと僕の方が教えてもらいたかったんだけど……」

「とりあえず詳しいことは後で話すから!」


 答えながら、リタは走り出した。本来廊下は走ってはいけないのだが、今は緊急事態なので許してほしい。



 走り出したはいいものの、今は三時限目が終わったところ。彼がこの時間どの授業をとっているかなんて、リタが知るはずもない。


 とにかく片っ端から全ての教室を探すつもりだったのだが、リタは運がいい。これは作中の『リタ』もそうだから、その恩恵なのかもしれない。

 だから最初の教室にいた生徒に問いかけて、欲しかった答えが返ってきた時には、リタは初めて『リタ』に転生したことを良かったと思った。




"ガイルスたちと特待生ちゃんなら、なんか校舎裏に行くとか言ってたよ"



 その言葉を信じて目的地に行くと、見慣れた銀色の髪が見えた。そしてその前には、二人の男子生徒。一人はガイルスだ。


「アイーー」

「ガイルス・キアラとアイリ・フォーニの決闘を開始する!」


 リタの言葉をかき消すように、ガイルスの最悪の宣言が聞こえて、リタの目の前が真っ暗になった。


 そして気がつくと、先ほどとは別の場所に移動していた。確認するまでもなく、そこは闘技場だった。

 周囲を見るに、客席にはリタ一人ーーわざわざ校舎裏で開始を宣言したところを見るに、本来ならここには誰もいない予定だったんだろう。

 だからか、アイリもガイルスも、立ち合い人であろう見知らぬ男子生徒も誰もリタの存在に気付いていないようだった。


「アイリが決闘なんて……」


 言いながら、念のため三人にはバレないように姿勢を落とす。

 恐らくだが、決闘を提案したのはアイリだ。リタに嫌がらせをしているのがガイルスだと知って、それを止めるのを条件に挑んだんだろう。最初から決闘をするつもりでガイルスの元に向かったのであれば、ニコロについてきてほしくなかったのも頷ける。


「今更だけど嬢ちゃん、あんな奴のために体張るなんて正気か?」


 問いかけるガイルスの声は、なんだかリタに対する時よりも優しく聞こえる。

 嫌な奴だが、彼もアイリの可愛さを理解してそうなっているのかもしれない。


「私の友達のこと、あんな奴なんて呼ばないでください」


 一方のアイリは、いつものほんわかした雰囲気からは考えられないほど、とても冷たい声で答えた。


「冷たい声音のアイリもカッコいい……」


 ゲームでは聞き馴染みのない声に思わず感動したリタだったが、そんな場合じゃない。


 アイリなら彼相手に負けることはないと思うが、平和主義の彼女に自分のせいで決闘をさせるなんて嫌すぎる——とは思っていても、闘技場に来てしまっている以上、時すでに遅し状態なのだが。一度宣言した決闘は、双方の合意がないと止められない仕組みになっている。


「じゃ、再確認するぞ。嬢ちゃんが勝てば、俺はあの平民への嫌がらせを止める」


 随分と大人しく自分の罪を認めているガイルス。そのことを不思議に思っていると、次の言葉にリタは思わず声を上げかけた。


「俺が勝てば、嬢ちゃんは俺と付き合う。それでいいな?」

「はい」


 え、あいつ死ねばいいのに——と、あまりよろしくない感想を心の中で呟きつつ、リタは観客席の壁に頭突きを繰り返した。

 アイリは負けないと分かっていても、頭の中に下品な笑いを浮かべるガイルスがアイリに迫る光景が浮かんで、消し去りたくて頭突きのスピードを上げた。


「にしても、いいんすかガイルスさん。この子もあいつと一緒でただの平民ですよ?」

「仕方ねぇだろ。俺が興味あんのは金とあいつの退学くらいだけど、退学は決闘じゃ賭けれねぇし、相手は貧乏庶民だし。それにあの生意気な女と違って、ガキとはいえそこそこイケてんじゃねぇか。俺は余裕で抱けるぜ」

「ま、まあ、それは確かに」

「どうせこの学校出たら、親に決められたどこぞのお嬢様と結婚すんだ。過激なこと試すなら、平民のほうが都合がいいってもんよ」

「なるほどねぇ……へへ、羨ましいな。俺も参加させてくださいよ、見てるだけでいいんで」

「お、そういうプレイもアリだな」


 なんて下卑た会話なんだろうか。これがアイリの耳にも届いていると思うと、今すぐにでも出て行って彼らそ口ごと焼き尽くしてやりたい。


 そんなリタの思いが通じたのか、アイリも流石に不愉快だったのかは分からないが、アイリがやんわりと促したことにより、二人は立会人の男子生徒——名前は知らない——を中央にして、向かい合うように立った。



続く

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