第16話【幼稚な嫌がらせ】

 先生が用意した三つの人型の的には、頭の部分と両腕、両足に赤く光る印が付けられている。

 一定の距離を開けた場所に立ち、開始の合図でその印に向かって魔法を放つ。魔法の種類、魔道具の使用、当てる順番は自由で、とにかく先に全ての印に命中させて破壊させれば良いという単純なルール。


「先生ー、あの人型ごと全部破壊するのはアリですか?」

「無しに決まっているだろう」


 一瞬リタも考えていたことは、他の生徒が提案してあっさり却下されてしまった。


「あくまで撃ち抜くのはこの印のみ。この人型はそこそこ頑丈に出来ているが、破壊なんてしようものなら拳骨だ」


 そんな先生の恐ろしい忠告の後、次々と前に出て、的当てをこなしていく生徒たち。


 魔法弾は詠唱がいらないため属性魔法よりも早く撃つことが出来るので、大抵の生徒が魔法弾を使っていた。ただ複数の魔法弾を正確にコントロールして撃つのはなかなか難しい。印の小ささと的までの距離もあり、同時に放つと何発かは外してしまう人が多い印象だった。


 そうこうしている間にリタの名前が呼ばれたので、前に出る。周囲から感じる複数の視線は、気のせいではないだろう。

 リタは並んで立つ二人を横目に見てから、少し考えた。


「では、3、2、1、開始」


 先生の合図と同時に、リタは魔道具を取り出し、魔法弾を連続で五発放った。あまり早く撃ちすぎないように気をつけながら。

 コントロールを重視した魔法弾は全て印に的中し、無事ノーミスでクリアすることが出来た。


「おお……さすが特待生だな」

「ノーミスはすげーけど、思ったより普通だったな」


 生徒たちの反応は、おおよそリタの狙い通りだった。


 本当は五発同時に撃って全部的中させることも出来たが、それをするあまりに目立つ。かと言って意図的に外したりしたら「特待生も大したことないな」とナメられ、誰かしらに決闘を挑まれるかもしれない。

 なので、地味にすごいという評価を得るため、そこそこの速さでノーミスクリアする、という結論に落ち着いた。


「くそっ……!!」


 隣で悔しげに唸ったのは、ガイルスだった。

 彼は速さ重視で魔道具を使用せず、一気に五発の魔法弾を放って二発外してしまい、結果的にリタよりも後にクリアすることになった。


「……クソ平民が」


 隣のリタにしか聞こえないほどの声量で吐き捨てられた言葉には気付かないフリをして、リタは自分の席に戻った。



◆ ◆ ◆



「リタ、次の授業一緒だったよね? 一緒にいこ」

「もちろん!」


 ああ、いつもアイリと一緒の授業だったら幸せなのになあ。いやこうして同じ空間にいられるだけで奇跡なのだから、贅沢を言っちゃいけない。

 リタが推しからしか得られない栄養を得てほっこりした気持ちで廊下を歩いていると、不意に視線を感じた。

 自慢ではないが、校内ではそこそこ目立つ存在なので、誰かに見られること自体は珍しいことじゃない。問題なのは、その視線に明確な敵意が含まれていることだ。


 アイリと会話を続けつつ、さりげなくその視線の主を探すと、思いの外あっさり見つかった。というか、隠れる気もないのだろう。

 数十メートル先に見知った顔が立っていた——先日授業で一緒だったガイルスだ。

 授業後も彼は分かりやすくリタのことを睨んでいたので、いつかは何かしら仕掛けてきそうだとは思っていたが。


「せめて一人の時を狙ってほしいなあ……」

「え? 今なにか言った?」

「あ、いや何でもない」


 なんて話している間にも、リタ達とガイルスの距離は徐々に縮まっている。

 もしもここで決闘なんて申し込まれたらどうしよう。リタ的には構わないのだが、アイリに無駄な心配はかけたくない。せめて一人の時に挑みに来てくれたら、アイリにバレないうちに勝つことが出来るのに。

 そんな微妙に失礼なことを考えて、意識を逸らしていたせいだろう。


「リタ、危ない!」


 アイリのそんな声に、初めて攻撃を仕掛けられていたことに気が付いた。


「は——」


 眼前まで迫った魔法弾に、リタが間抜けな声をもらすだけでロクに避けることも魔法を返すことも出来ずにいると、腕を掴まれ強く引き寄せられた。

 バチンッと弾けるような音がして、先ほどまでリタが立っていた場所に直撃した魔法弾。床に少しの傷がついたが、瞬く間に修復された。

 これも理事長が校舎内にかけた保護魔法の一種なんだろうか——なんて考えよりも、苛立ちが勝った。


「あいつ……!」


 もちろんガイルスの仕業だろうが、睨んだ先には既に彼の姿はなかった。素晴らしい逃げ足の速さだ。


「リタ、今のって……」

「あ……だ、誰かのうっかりで、魔法弾が暴発しちゃったのかな?」

「そんなわけないよ……それにもしそうなら、その人が謝りに来るはずでしょ」

「そうだね……」


 大抵の嘘は信じてしまうアイリにすら通用しない、あまりに無理のある言い分だった。


 逃げたガイルスを追いかけようと思って、リタは自分の体がしっかり抱きしめられていることに、今更気が付いた。


「……あの、アイリ、助けてくれてありがとう。そろそろ離してくれて大丈夫だよ」

「え……、あ、ご、ごめん!」


 アイリの方もほぼ無意識だったのか、指摘されてすごい速さで離れていってしまった。

 自分から言っておいてなんだが、そんなに勢いよく離れてくれなくてもいいのに、とリタは少し切ない気持ちになった。


「えっと、次の授業だけど——」

「まさか、誰が撃ったのか探しにいくから休む、なんて言わないよね?」

「……い、言いません」


 アイリの無言の圧力に、リタは首を振ることしか出来なかった。



◆ ◆ ◆



 アイリに心配をかけないようにするため、五日ほどの期間を置いて、リタはガイルスに会いに行った。もちろん一人で。アイリがニコロと話している時を見計らって、彼女にバレないように教室を出て。



 事前にニコロから聞き出したガイルスのクラスの教室に行くと、誰と話すこともなく一人で魔道具をいじっている彼を見つけた。

 教室に入りその前に立つと、鋭い目つきで見上げてくる。


「ガイルスさん、ちょっといいですか?」

「失せろ。俺は平民と話す暇はない」

「ならここで話しますけど……この間みたいなことは、私が一人の時に仕掛けてください」

「何のことだ?」


 まあ、素直に認めるわけはない。

 アイリを巻き込みたくないから、なんて馬鹿正直に言えば、嫌がらせとして逆にアイリが狙われるかもしれない。

 どうしたものかと考えて、リタは胸ポケットに入れていた学生証を少しだけ見えるように持ち上げた。


「何か望むことがあるなら、いっそのことこれで決着つけませんか?」

「……決闘で勝ったところで、退学させる事は出来ねぇんだから意味ねぇよ」

「公式には無理ですけど、口約束でいいなら出来ますよ? 私が負けたら自主退学します」

「はは、貧乏人の言う事なんかアテになるかよ」


 とか言って単に勝つ自信がないだけでは?と挑発するのは簡単だが、リタとしても目立つ場所での無用な決闘は避けたい。


「そんなくだらねぇ事言いにわざわざ来たのか? さっさと巣に帰れよ、平民」


 しっしっと、虫でも払うかのような仕草に、リタは少しイラッとした。


「こちらを下げるのは結構ですけど、それならもっと正々堂々挑んでこられたらどうですか? あんな不意打ちじゃなくて」

「だぁかぁらぁ、さっきから何の話してんだ? 俺はお前に何かした事なんてねぇよ。証拠でもあんのか?」

「ないですけど……自分でやったことくらい、覚えてますよね」

「知らねぇなぁ」


 いくらこちらが気に入らないとはいえ、これが貴族のとる態度だろうか。しかもリタよりいくつも年上なのに、なんて大人気ないんだろう。……いや、この世界だと年齢はあまり関係ないかもしれないが。


「……次、何かあったら私もやり返しますから、そのつもりで」


 とりあえずそれっぽい忠告だけして、一旦立ち去ろう。

 その場を離れようと歩き出したリタの背に、ガイルスが楽しそうに声をかけてきた。


「それにしても、授業では優秀な特待生様もいざとなると大したことねぇな。一緒にいたガキがいなければ、直撃してたんじゃね」


 やっぱりお前じゃねーか、と心の中でツッコミつつ、教室を後にするリタだった。



続く

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