第15話【順調なようなそうでもないような学校生活】

 入学して一週間も経つと、だんだんと学校生活にも慣れてくる。

 リタは最近、授業が楽しくてたまらない。

 エクテッドは世界有数の魔法学校ということもあり、当たり前だが教師たちはみんなリタよりも優秀な魔法使いだ。うぬぼれのような言い方になってしまうが、リタは自分より高い魔力の人に会ったことがあまり無かったため、とても新鮮で、そんなすごい人たちに魔法を習えるんだから楽しくないわけがない。


 教師といえば——担任であるデラン先生は、初日以来、アイリに対して何か嫌味を言ってくることもなく、むしろ他の生徒と同じように優しく接してくれている。正直未だに何を考えているのか分からない人だけど、アイリもそんな先生に対して徐々に初日のトラウマを払拭していっているようなので、とりあえずは一安心だ。


 ただ、庶民であり特待生であるというのは、やはり良くも悪くも目立つらしい。

 それに加えてリタの場合は、ラミオが所かまわず話しかけてくるから、それをより加速させている——悪い方向に。

 その結果、いまだに新しい友達はゼロ、かつ誰にも話しかけてすらもらえない状態だ。

 試しにこちらから話しかけたこともあるが、明らかに嫌な顔をされるので、最近はそれも控えるようになった。


 自己紹介の時、リタがあれだけ啖呵を切ったにも関わらず、あれ以来誰かに決闘を挑まれることがないのは有難いが、さすがにこうも露骨に避けられているのは悲しい。


「まあ、アイリがいれば毎日楽しいんだけど……いつも一緒にいられるわけじゃないのが歯がゆいなぁ」


 授業は選択式なので、アイリと毎回同じになれるわけじゃない。

 やろうと思えば、習いたい授業そっちのけでアイリの選択に全て合わせることも出来るが——そこまですると彼女に鬱陶しいと思われそうなので、自重している。

 ちなみに今も、アイリとは別の選択授業が終わり、次の教室へと一人寂しく移動している最中だ。


「あー、早くアイリに会いたい!」


 リタは、前世では友達も普通にいて、家族とも仲が良く、生まれてからずっとあまり一人行動をしたことがないタイプだった。

 ただ『リタ』の体に生まれ変わってからは、常に周囲から浮いていたし、一人でいることにはもう慣れたつもりだった。


「……でも、やっぱり寂しいかも」


 これは前世のリタもゲームの『リタ』も共通している点だが、性格的にも一人でいるのが得意ではない。誰かと喋ったり、誰かの話を聞いている方が楽しいし、落ち着くタイプだ。


「友達作り、本気で頑張ってみようかな」


 攻略対象達に関わりさえしなければ、友達を作ることは問題ないはず。むしろ女友達に囲まれることで男を寄り付かなくさせれば、アイリの嫉妬も防げて一石二鳥なのではないだろうか。

 そう考えると、途端にやる気が出てきた。


 思い立ったが吉日ということで、リタは早速目についた女子生徒に話しかけてみることにした。


「あのー」

「きゃあ! 私様を誰だと思ってるの!? 庶民が気安く話しかけないでくださる!?」


 ……こんなことくらいでめげていられない。次だ。


「あ、あなた! ラミオ様に無礼を働いた生徒でしょ!?」


 次。


「ごめんなさい。あなたと仲良くしていると、私も誰かに恨みを買いそうで怖いから……話しかけないでくれる?」


 次。


「庶民と同じ空気なんて吸ってしまったら、私の体が汚れるわ! 近寄らないでちょうだい!」


 リタの心は早くも折れてしまった。


 どうやら、リタが思っていた以上に、貴族と庶民の格差は激しいらしい。リタは今まで貴族と接したことがない生活を送っていたから、まさかここまでとは想像していなかった。

 もちろんゲームではそういう場面も何度か見はしたが、自分の身で体験すると、プレイ時とは比較にならないほど心に刺さるものがある。


 まあ、リタの場合は立場の違いに加えて、入学してからの己の行動のツケが回ってきている感じなので、自業自得な面も強いが。


「いいもんいいもん……私の女友達は、生涯アイリ一人だけで十分すぎるほど幸せだもん」


 アイリという名の天使が友達でいてくれるだけで、自分は幸せだ——そう言い切れるのだから、もうそれでいいのかもしれない。



 それでもリタは何だか切ない気持ちになりながら、おぼつかない足取りで廊下を進んで行き、辿り着いた教室の扉を開けた。


「あ! アイリ!」


 その中にアイリの姿を見つけて、即効で元気を取り戻し、駆け寄っていく。

 リタと同じように一人で過ごしていたらしいアイリは、読んでいた本を閉じて顔を上げた。


「リタ、お疲れ様」

「アイリこそお疲れ様! いやー、アイリがいないと授業の楽しさも半減しちゃうよ」

「うん……」


 いつもなら「なに言ってるの」って笑ってくれるところなのに、なんだか反応が薄い。


「……何かあった? まさか誰かに何か言われたとか」

「ううん、それは大丈夫。ただ……もうすぐ、いよいよ実技の授業だから」

「あー……そっか、実技が嫌なんだっけ」


 アイリの隣の席に座りながら、リタは上手い慰めの言葉を考えてみたが、やはり以前と同じことしか思い浮かばなかった。


「アイリは特待生なんだし、ある程度強いのはみんな分かってるから、引かれたりはしないと思うよ」

「そうだといいんけど……」


 ずーん。漫画的な効果音をつけるならそんな感じで、暗い表情のままのアイリ。

 何とか話題を逸らそうと視線をさまよわせたリタは、教室の中で杖を構えているクラスメイトを見つけた。


「あ、そういえば、アイリの魔道具ってどんななの?」


 ゲームでは普通に杖だったが、リアルでは見たことがなかったから、話題を逸らすためにも聞いてみた。しかし、アイリは目を丸くして驚いたような顔になる。


「え? リタも魔道具持ってるの?」

「え? そりゃ持ってるよ」

「ラミオ様との決闘で使ってなかったから、てっきり……」

「あー、あの時は事情があって使わなかっただけ」


 魔道具を使わなくても王族に勝てる——そんな圧倒的な力量差を生徒たちに見せつけ、しばらくは決闘を申し込みづらくさせる為だ。

 とはいえ、流石のリタも魔道具は入学の前にきちんと準備している。


「じゃーん! これがマイ魔道具だよ!」


 制服の腕部分には杖を収納できるポケットのようなものがあり、そこから取り出したリタ専用の杖。

 魔道具の形状は色々あるのだが、リタの中ではやはり魔法使いといえば杖というイメージだった。この世界でも杖型の普及率が最も高く、種類も豊富だったため買う時に散々悩んだのが記憶に新しい。


「……魔道具って、普通は持ってるもの?」

「うん……って、まさか持ってないの?」

「……」


 無言で頷かれてしまった。


 アイリの家庭環境はそこまで良いものではない。

 虐待などは全くないが、両親ともに子供よりもパートナーが大事というタイプで子供への関心が薄い。アイリは、生まれつき魔力が高いことや、外見、性格含めて全体的に両親のどちらにもあまり似ておらず、自分たちの子供だという認識すら薄い始末。それに加えてアイリも割と大人しい性格なものだから、自分から両親に話しかけることも出来ず、家庭ではほぼ空気状態だった。

 ゲーム内で何度も見たからそのことは把握していたし、この世界のアイリもそうなんだろうとは思っていたが。まさかエクテッドに入学するのに魔道具も買ってもらえないレベルの無関心さだとは思わなかった。


「えっと……買ってもらえないとかじゃなくて、みんな魔道具を持ってるものだってこと、知らなかったの。私のお母さんたち、魔法のことあんまり詳しくなくて……ニコロといる時も、魔法の話とかあんまりしなかったし。特待生のことも、ニコロにはギリギリまで話してなかったから」

「あ、そういうこと」


 確かに、アイリはリタと同じく周囲に魔法使いが少ない状態で育ったので、魔法についての知識が薄いのも仕方ないかもしれない。アイリの両親も同様に。


「なら……お金は持ってる?」

「うん」

「じゃぁ、今度の休みに一緒に買いに行こうよ」

「でも、私あんまり詳しくなくて……」

「丁寧に教えてくれる店長さんのいる良いお店知ってるから、任せて!」


 リタ自身、魔道具の知識はあまりないが、そういうことに詳しい人物なら当てがある。なんといっても、何度もゲーム内で何度もお世話になっていたから。


「アイリの魔力なら魔道具が無くてもしばらくは問題ないだろうけど、使わないと嫌味に捉える人もいるかもしれないし」

「……せっかくのお休みなのに、付き合ってもらっちゃっていいの?」

「もちろん! 休日もアイリと一緒にいられるなんて、私にとっては何より幸せなことだもん!」

「ありがとう、リタ」


 花が咲いたように微笑むアイリを見てると、リタの中にあるモヤモヤとか悩み事がいっぺんに吹き飛ばされていく感覚に陥る。

 やはり推しというものは、幸せそうに笑っている姿が一番良いものなのだ。



◆ ◆ ◆



 授業では、主に魔法の知識と歴史、その使い方や実践方法を学ぶ。割合で言うと座学が八割、実技が二割程度。

 とはいえ、座学と呼ばれる形式の授業中にも、その場で習った魔法を使うこともある。


「いいですか? このようにして相手の動きを封じることが出来ます」


 教壇に立つ教師が杖を振ると、前の方の席に座っていたクラスメイトの体が、光のロープのようなもので縛られた。

 これは基礎的な拘束魔法なので、この学校に入学出来る人たちなら大半は使えるだろう。入学したてということもあり、座学で学ぶ魔法のほとんどは簡単な魔法ばかり。

 何事も基礎を疎かにしてはいけない、とは理事長の言葉。丁寧な学校だなと思うと同時に、少し退屈でもあった。


 ーーあったのだが、そんな授業の方がマシかもしれないと思う日が来るとは思わなかった。




 二時限目、教室内に知り合いの姿はなく、リタは一人寂しく真面目に授業を受けていた。


「では、今日はみなさんがどれだけ速く正確に魔法を撃てるか、競ってもらいたいと思います」


 真面目な顔をした三十代くらいの男性教師が、淡々と内容を説明していく。


 ようは三人で一斉にそれぞれの的に魔法を当てるという話なのだが、同じ的を狙うわけでもないのに何故三人同時なのかは分からない。生徒の闘争心をあおるためだろうか。

 組み合わせは先生が魔法でランダムに決めた結果、リタの相手はガイルスとジャンという生徒になった。二人とも別のクラスなので、初めて見る相手だ。


 ガイルスは怖そうな雰囲気のある男性。実際は二十代前半だが、無精髭と厳つい顔つきの影響で歳より老けて見える。

 逆にジャンは、猫背気味の弱々しい雰囲気のある男性だ。こちらも年は二十代前半。


「わあ……」


 相手が発表された途端、ガイルスから突き刺さる視線。先生の説明もロクに聞かずにリタの方を見てくる。そこに込められているものは、誰がどう見ても敵意だった。


 ラミオとの決闘を除けば、比較的平和な学校生活を送っているが、ところどころで風当たりの強さを感じることはある。

 たとえば、端っこの席に座っていたらプリントを回してもらえなかったり、食堂で並んでいたら無言で割り込まれたり、歩いていたら肩をぶつけられたり。もしかしてイジメられてるのかも、と思わないわけでもないが、頻発してるわけじゃないし、その都度相手も違うから何とも判断しにくい。


「……ま、仕方ないか」


 入学出来る最低年齢での特待生、しかも庶民。何年もかかって入学した貴族が大半の中で浮かないわけがないし、悪感情を持つ生徒がいないわけもない。

 

 ガイルスの視線を受けたリタは、先日友達を作ろうとしてことごとく拒否された時のことを思い出し、深いため息をついた。



続く

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