第14話【改めて思うこと】

 授業を終えて、次の授業までの短い休み時間。


「アイ——」

「アイリ、大丈夫だった!?」


 明らかに落ち込んでいるアイリに声をかけようとしたら、自分の席からすっ飛んできたニコロに先を越された。


「うん……リタが庇ってくれたから」

「そっか……ねえ、アイリは先生と会った事あるの?」


 リタも聞きたかったニコロの問いに、首を振って否定するアイリ。


「でも先生のあの態度、とても初対面だとは思えなかったけど」

「私、あの時なにか気に障るようなことしちゃったのかな……」

「それはないと思うけど……アイリも私たちと一緒に遅れて来たんだし、自己紹介までの間、先生と喋る暇もなかったんだから」


 遅刻の責任の一端であるリタではなくアイリに攻撃したということは、実は遅刻したのが気に入らなかったって話でもないだろう。


「一体何なんだろう……あんな人が担任だなんて、先が思いやられるな……」

「ごめん、私のせいで……」

「あ、アイリのせいじゃないよ!」


 珍しくニコロがどもってしまうほど、アイリの落ち込みようは酷かった。

 せっかく不安を感じながらも新しい場所で新生活をスタートさせた矢先にこれだから、こうなるのも仕方ない。しかも来る実技に向けて気分が落ち込んでたことも併せて、ダブルパンチだ。


「だが、妙だな」

「な、なにがですか?」


 唐突にラミオガールズを連れて現れたラミオに、内心かなり驚かされつつも、会話を継続させるリタ。足音もなく背後から現れて会話に参加するのはやめてほしい。


「俺様は、デラン先生と入学前に何度か会ったことがあるが、あんな嫌味のようなことを言う人には見えなかった」


 ラミオは、理事長を「爺」と呼べるくらいには学校自体と親交が深いので、他の教師とも交流があるらしい。


「むしろ、若いのに教育熱心な素晴らしい人という印象だったが……」

「でも少なくとも、さっきのアイリへの態度は悪意があったように見えましたけど」

「ああ、それは俺様も感じた……同じ立場にいるリタには何も言わず、アイリ・フォーニにだけそれをぶつけたのも不可解だ」

「フォーニのほうが、いかにも女の子ーって感じだし、なんかムカついたんじゃないですか? 先生も女の人ですし、優秀な若い女が嫌いとか」


 ラミオガールズの一人が、どうでもよさそうにそう言った。

 そんな職場のお局みたいな理由で、その子の性格も分からないうちに嫌味を言うような人間は、確かに存在はするだろう。けど、そんな人間がここで教師をやれるとは思えない。


「先生方は魔法の実力で選ばれている面もあるだろうが……仮にもあの爺が面接を経て選んだ方々だ。あまり差別的な思想の人はいないと思うんだがな」

「だとしたら、ラミオ様や理事長の前ではおべっかしてたとか?」


 ラミオガールズの返答に、ラミオは不服そうに唸った。


「俺様は昔からそういう類の人間は多く見てきたから、人を見る目には自信があるんだがな……」


 確かにラミオは立場上そういう人間を見抜くことは上手そうだ。しかし彼もまだまだ子供。見る目が長けているとはいえ、見抜けないことがあっても不思議ではない——だが、あの理事長すらも騙されているなんてことはあるんだろうか。

 それとも生徒の身分を重視する教師が、庶民出身者に冷たく当たることはここではそうおかしなことでもないんだろうか。いや、流石に生徒ならともかくそんな考えの人間が教師をしているなんてことは……。


 先生の真意をリタが真面目に考えていると、ラミオの妙な視線を感じ、無視するのもなんなので、嫌々目を合わせた。


「……どうかしましたか?」

「俺様はな、人を見る目には自信がある」

「それは先ほどお聞きしました」

「つまり、お前は良い女ということだ」

「……、…………ドウモ」


 真剣な話の最中だったからあまりに不愉快で、普通に無視するところだった。しかし相手の立場を思い出し、最大限の作り笑顔で礼を述べる。


「今朝の返事、俺様はいつまでも待っているからな!」


 若干照れくさそうな顔をしたラミオが、早足で自分の席で戻っていく。視線だけで人を殺せそうな顔をしたラミオガールズも、その後に続いた。

 あの子たちは一体何をしに来たんだろうか。


「……リタ、君はラミオ様とどういう関係なの?」


 冷めた目で問いかけてくるニコロに、首を振って応える。


「分かんない。そんなことより、あんまり気にしない方がいいよ、アイリ。相手が大人だろうと教師だろうと、人には相性があるから」

「うん……」


 とはいえ、何の理由もなしに嫌われるというのも珍しい話。

 それにラミオの人の見る目を信じるのなら、ただの嫌な先生と流さず話を聞いてみた方がいいのかもしれない——が、とにかく今はアイリのメンタルを元に戻すことの方が大事だ。


「……じゃぁ、ここで私の話は終わり!」


 そう思っていたら、やたら明るい声のアイリが手を叩いた。パンッと、軽い音が鳴る。


 そしてやたら素敵な笑顔でこちらを見てくるもんだから、リタは嫌な予感がした。


「それより、リタとラミオ様の話しようよ」

「いや、それはたった今終わったから……」

「全然終わってないよ。今朝告白されたばかりでしょ」

「告白!? ラミオ様が、君に……?」


 ニコロが、信じられないものを見るような目でリタを見てくる。


「あ、ご、ごめん。別に君に魅力がないとか、そういう意味じゃなくて……」


 リタとしては、大声で「告白」というワードを出してほしくなくて思わず睨んでしまったのだが。ニコロはそれを別の意味に捉えたらしく律儀に謝ってきたが、彼が驚くのも当然だ。王族が庶民にプロポーズなんて、めったにある話じゃないだろうから。


「ラミオ様は、リタとの決闘をキッカケに好きになったのかな?」

「まあその直後だしね……そもそも昨日会ったばっかりだし」

「そっか……、……失礼な言い方だけど、変わった方だね」


 確かに普通の王族なら、自分を負かした相手を恨みこそすれ、好意を持つことはないだろう。いや、王族以外の人でも普通はそうだ。


「お付き合いするの?」

「するわけないでしょ……」

「でも、せっかく告白されたのに」

「だって興味——」


 興味ない、と言おうと思ったが、それはどうなんだろうかと口を止める。


 王族の告白を無下にした後にそんなことを言うと、立場をわきまえない、偉そうな女だと思われないだろうか。

 他の人にどう思われようと構わないが、アイリにだけは悪い印象を持たれたくない。


「興味がない、わけではないかもしれなくもないけど……そもそも私とラミオ様じゃ、色々と不釣り合いだし」

「そうかな……意外とお似合いだと思うんだけど」

「私には微塵もお似合いなところが見当たらないよ」


 強いて言うなら、髪の色が黒と金だから、並んだら綺麗かなってくらいだ。

 冗談はさておき、ラミオの告白は完全に予想外だった。しかもリタの思惑的には大変よろしくない展開な気がしてならない。

 攻略対象たちを『リタ』に盗られて嫉妬するアイリ——Ⅱの展開を思い出して、背筋が寒くなる。


「それに! 私が好きなのはアイリだから!」

「このタイミングでそれ? ほんと、リタは物好きだね」


 アイリの笑顔に、ほっとする。

 ゲーム内のアイリは『リタ』を妬んだ瞬間から、彼女に対して笑いかけることすらなくなった。嘘をつくのが苦手な彼女は、嫌いな相手には愛想笑いすらしないタイプだ。だからアイリが笑いかけてくれるということは、まだ嫌われていないと思えて安心できる。


「……君たちは本当に仲が良いね」

「あ……いやいや、ニコロたちほどじゃないよ!」


 頭上からニコロの拗ねたような声が聞こえてきたので、適当にフォローしておく。


 ニコロは現状唯一アイリに明確な好意を抱いている攻略対象だ。リタとしては、アイリさえ良ければ是非二人に幸せになってもらいたい。


「まあ、僕とアイリは長い付き合いだからね。……あ、それより、君、ラミオ様と決闘したの?」

「うん」

「そうか……あの噂、本当だったんだ」

「噂?」

「君がラミオ様に圧勝したって話。寮のみんな、昨日はその話題で持ち切りだったよ。女子の方は違ったの?」

「初耳だよ……」


 しかしよく考えれば、リタとアイリは早々に周囲から浮いてしまっていたので、噂が回ってこないのも仕方ないかもしれない。現に昨日もお互い以外誰とも話せていない。


「……僕はちゃんと警告したはずだけど。無用な決闘は受けるべきじゃないって」

「相手がラミオ様じゃなければ、私もそうしたかったよ」

「確かに……彼は言って分かる相手でもないしね」


 酷い言われようだが、実際その通りだから仕方ない。


「ニコロはラミオ様と会ったことあったの?」


 アイリの問いかけに、ニコロは頷きながら答えた。


「社交界で何度かね。あの方はいつも女性に囲まれているから、目立っていたよ」

「そっか。ラミオ様、カッコいいもんね」

「…………、…………、……そうだね」


 ものすごい間だった。

 アイリが他の男を褒めたという事実に、ニコロが隠しきれない不機嫌オーラを放出していたが、当のアイリは全く気が付いて無さそうなのが切ない。


 ラミオが自分を好きになったことが予想外だっただけに、ニコロのアイリへの想いのブレなさを実感したリタは、心底安堵した。



◆ ◆ ◆



 授業中、初老の教師が話す「魔法社会の成り立ち」を聞きながら、リタはホリエンのことを思い出していた。


 リタが目指すのは、アイリの退学阻止。

 そのためにも、己の欲望のためにも、アイリには絶対に嫌われたくない。

 ホリエンではアイリ達が入学してからの三年間が描かれるのだが、一年目は魔法の授業を受けつつ攻略対象たちとの好感度を上げ、誰のルートに入るかを決める平和な期間。

 二年目からはラスボスが徐々に存在を匂わせてきたり戦闘したりと色々あり、三年目でラスボスと対決、からのエンディングへという流れ。


 一番気がかりなのは、リタたちの入学時期がゲームとはズレてしまっていることだ。

 本来十五歳で入学するはずなのに、今のリタたちは十三歳。このことが後にどんな影響をもたらすか、今のリタには分かるはずもなく、大きな変化がないことを祈ることしか出来ない。——既に遅いかもしれないが。


「こうした歴史が、君たちのように優秀な魔法使いの中に貴族出身の者が多い理由に繋がっているんだね」


 気が付くと、黒板にはこの世界の歴史が長々と書き連ねられていた。

 リタ達の住むこの国は、今は戦争の心配もなく平和だが、戦時中だった頃は力が全ての実力至上主義だった。年齢も性別も生まれも育ちも関係なく、戦で手柄を上げた者にはそれに釣り合う報酬が与えられた。

 その結果、優秀な魔法を行使出来る者が、戦で成果を上げて地位や名誉を与えられ、その遺伝子が受け継がれた結果、貴族ほど魔力が高いという現状に繋がっている——ということらしい。


「なんか、魔法っていうか歴史の授業みたいだなぁ……」


 歴史の授業があまり好きじゃなかったリタは、黒板に敷き詰められた文字を見て、前世での授業風景を思い出して若干うんざりした。


「……」


 ふと気になって隣を見ると、アイリは真面目に授業を聞いていた。

 あんなことがあった後なのにそれを偉いと思うと同時に、こうして彼女の近くで学校生活を送れることは、リタにとっては奇跡でとても嬉しいことだと再認識した。


「……よしっ」


 この先、何が起こるかは分からない。けど、とりあえず今はアイリと共に頑張ろう。

 そう決めて、リタはアイリを見習って真面目に授業を聞き始めた。



続く

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