第13話【不穏な始まり】
どこかぼんやりとした声の主は、教壇に立っている緑髪の女性。顔だけ見るととても綺麗な人だが、髪はぼさぼさで服装もやや乱れている為、綺麗よりもだらしないという印象が勝る。
「先生によっては、遅刻した人は罰として廊下に立っててもらうところなんだけどねぇ」
「申し訳ありません。全て自分の責任です」
ラミオが頭を下げると、彼の取り巻きの女子たち——ラミオガールズがリタをすごい目で睨みつけてきた。
八割ほど逆恨みな気もするが、流石にすべてをラミオに押しつけるのも気が引ける。
「すみません先生、私にも責任はあります。けど、他のみんなは巻き込まれただけなので、罰ががあるなら私たち二人で受けさせてください」
そう言って、リタも頭を下げる。
いきなり避けようのない場所で求婚をされたので、自分も巻き込み事故の被害者のような気もしたが、とりあえずその罰とやらにアイリを巻き込みたくない一心だった。
「先生によってはって言ったでしょ? 私はそういうのあんまり好きじゃないから、反省してるなら、みんな適当に座っていいよぉ」
頭を上げると、先生はニコニコと笑っていた。その気の抜けるような笑顔を見るに、どうやら本当に気にしていないらしい。
というわけで、遅刻してきたメンバーは気まずい空気の中、着席し始める。
大学の教室のような長い机の並ぶ室内には既に数十人の生徒がいて、その中には呆れたような顔でリタの方を見るニコロの姿もあった。あれは、真面目なアイリは遅刻に巻き込まれたに違いないと決めつけている目だ——正解だけど。
リタは教室の中で適当に空いている席を見つけ、アイリと並んで座った。
「はーい、始めから聞いてくれてた子たちには繰り返しになっちゃうけど、ごめんね。改めまして、私がこれから君たちの担当教師になる、フライシス・デランです。教師になってまだ日も浅いけど、よろしくねぇ」
先ほどと同じ、のほほんとした声で自己紹介するデラン先生は、かなり若く見えた。恐らく二十代前半くらいだろうか。
「……あんな先生いたっけ」
「え? リタ、今なにか言った?」
「あ、いや、なんでもない」
思わず声が漏れていたので、慌てて誤魔化した。この、考えていることがすぐ口から漏れる癖も直したい。
ホリエンには数人の教師キャラが登場する。リタの記憶が正しければ、その中にデランという名前はなかったはず。
ただリタたちの入学時期も本編とはズレてしまっているし、ラミオが奇行に走ったりもしている。それを鑑みると、担当教師が変わったり見知らぬ人物が存在するのはさほどおかしなことでもないか。
「じゃぁ今日は初日なんで、まずはみんなにも自己紹介してもらおうかな」
いつの間にやら話を終えた先生の指示で、左側に座る生徒から順番に自己紹介タイムが始まった。
この学校では毎年入学試験を実施しているが、その対象年齢は十三歳から三十歳まで。だから同じ年に入学する人達が必ずしも同じ年齢とは限らない。むしろ試験の内容はかなり難しいので、最低年齢の十三歳で入学してくる者は少ない。
そう考えると、この歳で特待生に選ばれた自分たちは、はたから見れば相当な天才少女だと思われているんだろうなぁなんて、そんなことを考えている間に、気が付けばリタの番が回って来ていた。
「じゃぁ次の人、お願いしまぁす」
「はい!」
デラン先生に促されて立ち上がると、周囲が若干ざわついた。
ラミオとの決闘は、ここにいる相当数の生徒に見られていたから、この反応も仕方ない。
「えっと、リタ・アルベティです」
余計なことばかり考えていたせいで、肝心の自己紹介をなにも考えていなかった。
他の生徒は自分の家柄や両親のことを話していたが、リタにはここであえて話せることが何もない。仲の良い家族ですなんて言ったって、失笑を買うのがオチだ。
「体力と楽観的なことが取り柄です! よろしくお願いします!」
とりあえず元気が有り余っていることくらいしかアピールポイントが無かったので、子供らしく力いっぱい叫ぶように喋っておいた。
「はぁい。じゃぁ次の人」
「は、はいっ」
リタが座ると同時に立ち上がったアイリは、声も裏返っていたし、誰の目から見ても分かるくらい、あからさまに緊張していた。
「あの……アイリ・フォーニです。ふ、不束者ですが、よろしくお願い致します」
今からお付き合いが始まりそうな自己紹介をした後、ぺこりと頭を下げ、着席するアイリ。
「……あれぇ? それだけでいいの?」
「え?」
アイリが目を丸くして、声の主——デラン先生の方を見る。
今まで黙って生徒の自己紹介を聞いていた先生が、初めて意見のようなものを口にしたことに他の生徒たちも驚きと戸惑いを覚えているようだった。
「いや、もっと何か言いたいこととかあるんじゃないかなぁって。だってフォーニさんは、特待生なんだよね?」
「そう、ですけど……」
先生が「特待生」と言った瞬間、分かりやすく周囲がざわついた。
流石にみんながみんな特待生の名前や顔を把握していたわけじゃないから、言われて初めてその存在を認識した人も多いのだろう。
それよりも、何故アイリにだけ突っかかるようなことを言ってくるのかが分からない。リタも同じくらい簡潔な自己紹介だったし、特待生という立場も同じなのに。
「最年少で特待生、しかも王族や貴族の出でもないだなんて、すごいよねぇ」
単にリタが興味を持たれずにスルーされただけなら、まだいいのだが。
「フォーニさんの実力なら、ここにいる他の子が束になって決闘を申し込んでも勝てちゃいそうだよねぇ。余裕でしょ?」
「そんなこと……」
「あるよね? 理事長の目に留まるくらいなんだもん。入試合格の子達とは出来が違うはずだよ」
先生の言い方には、どう考えても必要以上の棘が含まれている——それを理解した瞬間、リタはなにも考えずに立ち上がっていた。
静まり返っていた教室内に、バンッという机を叩く音が、やたら大きく響いた。
「……アルベティさん、どうかしたのかな?」
「あー……えっと」
いくら悪意を感じられても、相手は教師だ。今後の学校生活を考えると、滅多なことは言えない。なので。
「みなさん! 私、リタ・アルベティも、アイリと同じ特待生です!」
高らかに宣言すると、生徒たちの奇異の視線が、アイリからリタの方に移動してきた。
「しかも私はアイリより強いです!! 既に一度、決闘でも勝利しています! 正直、私はここにいる誰よりも強い自信があるので、決闘したいなら是非私に仕掛けに来てください! みなさんの挑戦をお待ちしております! 以上です!」
言い終えてから、アイリの腕を掴んで、彼女と一緒に着席した。
「はい、じゃぁ次の方どうぞ!」
「あっ、はい!」
アイリの隣に座っていた生徒は、リタに振られた勢いのまま自己紹介を始めてくれた。
他の生徒たちもしばらくポカンとしていたけど、その内その子の自己紹介に集中し始める。ただ教壇に立つ先生だけは、何か言いたげにこちらを見ていたのだが、リタはとりあえず気付かないフリをした。
「リタ……」
弱々しい呟きにアイリの方を見ると、彼女の表情が泣く五秒前くらいに見えて、ギョッとする。
こんな所で泣き始めたら、せっかく逸らした注目がまた集まってしまう。
「だ、大丈夫だよ、アイリ!」
声をかけながら机の下にあった手を握ると、アイリはビックリした顔をした後、へにゃりと破顔した。その拍子に涙も引っ込んだらしい。
とりあえず一安心——だが、一体なんなんだろうか、あの教師は。
他の生徒たちの前であんな言い方をしたら、アイリがどう思われるかくらい分かるだろう。明らかに悪意があるように見えたが、アイリとあの先生は会ったことはないはずだ。リタには突っかかってこなかった辺り、庶民で特待生という立場が気に入らないというわけではないだろう。
考えても考えてもその真意が読み取れなくて、教壇でヘラヘラと笑う先生に、気味の悪さを感じた。
結局、彼女への不信感と不快感が収まらず、リタが楽しみにしていた初めての魔法の授業は、ロクに集中できないまま終わってしまった。
続く
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