第12話【予想外の告白】
翌朝、寮の外に出た二人は眩しいくらいの太陽の光に出迎えられた。
「んーっ、いい天気! まさに絶好の授業日和ってやつだね!」
「リタは朝から元気だね……」
誰かに元気を分け与えたいくらいテンションの高いリタとは違い、アイリはまだ眠いのか喋り方もぼんやりしている。
先ほど寮で朝食を食べた際も、意識が半分眠っている感じだった。彼女は朝に弱いという設定はないはずだが、昨日はあまり寝られなかったのだろうか。
「今日から魔法の授業が受けられるって思うと、テンション上がらない?」
「…………私は逆にちょっと不安かも」
「なんで?」
「必修科目の中に、実技とかもあるでしょ? そこで魔法を使ったら、みんなに変な目で見られるんじゃないかなって……」
「まあ確かに、アイリの魔法は半端ないけど」
一属性しか扱えない代わりに、並の人間の何十倍の魔力量を所持している魔法使い。良くも悪くも注目されそうではある。
「注目されると、魔法のコントロールが出来なくなる気がして……胃も痛くなるし」
「コントロールなんて考えずに、全力ぶつけて周囲をひっくり返しちゃえば?」
「そんなことしたら引かれちゃうよ……」
妬まれるならともかく、引かれる意味が分からないが。何かしらの専門学校に行ったとして、その技術が人一倍優れている人間を見て周囲が引くって、一体どういう状況ならそうなるのだろう。
だがアイリの表情を見るに、本気でその心配をしているらしい。
「じゃぁ、実技では多少手を抜くとか?」
「そんなことしたら先生に怒られないかな……」
「ただでさえ目を付けられやすい立場だし、目立つようなことしたくないって意図は汲んでもらえそうだけど……真面目な先生には怒られるのかな」
「そもそも手を抜くなんて器用なこと、私に出来るかな……」
そういえば、あの男たちにも容赦ない雷をぶつけていた——彼らは危険な犯罪者なので手加減する方がおかしい気もするが——し、アイリは威力調整が苦手なのかもしれない。命中率は凄いのに。そういうチグハグなところも可愛い。
そんなことを考えながらアイリの可愛い顔を凝視していると、ふと視界の端に赤色を捉えた。
「あ、そのブローチ、つけてくれてるんだ」
「うん。せっかくリタがくれたものだから」
「そっかー、……」
理由は嬉しいのだが、そのブローチが元々ラミオの物だったことを考えると、微妙に複雑な気持ちになった。
いや、しかしラミオとアイリのフラグが建てば、いわゆるラミオルートというものに入り、これから起こるかもしれない出来事も予測しやすくなって良いのかもしれない。
しかしそれによってニコロの病みが覚醒するかもしれないから、その点は少し不安だ。もしもの時はアイリが拉致監禁されないように気を付けないと。
それに、元々ラミオの物だったブローチをつけていると余計目立ってしまうかも——とも考えたが、ブローチを見つめるアイリの目がやけに嬉しそうだったので、言うのはやめておいた。深いことを考えずに渡しておきながら、今更グダグダ心配するのも何だと思ったから。
そんな話をしている間に、気が付けばもうすぐ校舎という所まで来ていた。
改めて見ても、絵本の中でしか見たことがないような豪華なお城という感じで、とてもじゃないが学校の施設には見えない。王族であるラミオも、本来はこんな感じのところに住んでいるんだろうか。
「……なんかあそこら辺、人だかりが出来てるね」
「ホントだ。なんだろ?」
アイリの指さす先には、数十人の生徒たちが集まっていた。
何かあったのかと目を凝らしてみると、その中心に派手な金色が見えたので、すぐに視線を逸らす。
王族が校舎の前で何かを待ち構えるようにして突っ立っているものだから、他の生徒が物珍しさに集まっているらしい。
それにしてもこれは、噂をすればなんとやらというやつだろうか。だとしたら、不用意にラミオのことを考えるのは今後控えることにしよう。
「リタ、どうしたの?」
見つかりたくなさ過ぎて無意識に歩くスピードを速めると、置いて行かれそうになったアイリが声をかけてくる。
「ごめん、あそこは早めに通り過ぎたくて……」
「あ、ラミオ様?」
げっ、と思う暇もなく。
いつの間にか人混みの中心から抜け出ていたラミオが、固まるリタの目の前まで近づいてきていた。ここまで近距離に来られれば、避けることも無視することも、失礼にあたるので出来ない。
「おはようございます、ラミオ様」
「……」
「本日は絶好の授業日和ですね……」
「……」
「……ら、ラミオ様は、相も変わらず髪が輝いていますね」
「……」
立て続けの無視に、リタはげんなりしてきた。
もしかして昨日の決闘のことで実は怒っているのだろうか。
確かになかなか失礼なことは言ったしやったが、決闘中は不敬罪の対象外だし、向こうもそこそこ失礼なことを言っていたから、立場は違えどお互い様ということで流してもらいたいところだ。
「……リタ・アルベティ、といったな」
「は、はい」
リタが答えると同時、ラミオはゆったりとした動作で、鞄から綺麗にラッピングされた一輪のバラを取り出した。
本当にバラが好きな子だなと感心していると、それを真っ直ぐリタの方に差し出してくる。
「……あの?」
行動の意図が分からず、首を傾げるリタ。
「アイリ・フォーニ、一歩下がれ」
「は、はい」
突然指示を出されたアイリが、戸惑いながらも大人しく一歩下がった。その直後。
「『出でよ土の壁』」
ラミオの唱えた魔法により、周囲の地面が盛り上がり、リタとラミオを包むようにドーム状の形に変化した。
これは土属性特有の魔法スキルだ。ゲーム内で、主人公と二人きりになりたい時にラミオがよく使ってたっけと、ぼんやり思い出す。
「不躾ですまない。人に聞かれたくない類の話でな」
「あ、はい、なんでしょうか」
まさか懲りずにまた決闘じゃないだろうなとリタは身構えたが、次の言葉でその心配は吹き飛んだ。
「リタ・アルベティ。俺様と、結婚を前提に付き合ってほしい」
「……」
人生で初めて、悪い意味で言葉を失った瞬間かもしれない。
結婚を前提に付き合ってほしい、かー。そんなセリフ、ゲーム内でも聞いた事あるなぁ、懐かしー。良いシーンなんだよねーあれ。
リタは脳内で、ラミオルートのプロポーズシーンを思い返して現実逃避を試みたが、残念ながらそんなことをしている場合ではない。
「あ、あの、失礼を承知でお尋ねしますが……お気は、確かですか?」
「無論だ」
「私たち、決闘しかしてないのに……いつそんな感情に?」
「俺様は強い女が好きなんだ」
「は!? 初めて聞いたんですけどそんな設定!!」
「設定?」
ラミオは大人しくて嫋やかな女が好きだって! アイリの時も『リタ』の時もそう言ってたじゃん! あのイベントでのあの発言は嘘だったの!?
——そう叫びたかったが、頭がおかしいと思われるだけなので、堪えた。
「……急かすようで悪いが、返事を聞かせてもらってもいいか? まあ、聞かなくても分かり切っているがな」
「あ、はい。お断りします」
「そうか、ではこれからよろしく頼む…………ん?」
ラミオが言葉の意味を理解した瞬間、ズサササァーッと、派手な音を立てて盛大に土のドームが崩れ落ちた。
一部始終を見ていた周囲の生徒たちが、なんだなんだと騒ぎ始める。
「答えは予想外だったが……随分とハッキリした女だな」
「それほどでもあります。生まれつき無礼なもので……こんな女、とてもとてもラミオ様には似合わないかと」
「そうか。だが、そういう所も好きだ!!」
「は?」
大量の人の目と耳があるところで、なんてことを言うんだこの子は。おかげで周囲の生徒たちの騒ぎが大きくなってしまったじゃないか。
リタは焦った。人の色恋を面白がる声、ラミオのファンの悲鳴、何が聞こえたって、別にどうでもいいから気にならない。
「どういうこと……?」
しかし、アイリの戸惑う声だけは聞き逃せなかった。
「ちちち違うんだよアイリ! これは王族ジョークで!」
「おい、俺様の一世一代の告白をジョークで流すな!」
「もう、うるさいな! 黙っててください!」
焦ったせいで、あまりにも不敬なことを言ってしまったが、これは後にラミオに「俺様は元気のある女も好きだ!」と笑って許してもらった。
そんな姿を見て気付いた。もしかしたら彼は、好きになった女性が好きなタイプ——というタイプなのかもしれないと。
◆ ◆ ◆
あの直後、始業のチャイムが鳴ってくれたおかげで、混沌とした場は強制的に解散することになった。
そして今、リタたちは全力で廊下を早歩きしていた。
学校の廊下を走ってはいけません——生徒たちを守るためであろうこのルールは、全世界共通なのだ。
「くそっ、ラミオ様のせいで遅刻だよ!」
「馬鹿お前! 王族に対してそんな事言ったら不敬罪だぞ!」
「そうだよ! 責任なすりつけるならあの庶民女にしとけ!」
後ろの方で、ヒソヒソと話しているつもりだろうが会話が全員に筒抜けなのは、リタたちと同じ新入生の男子数名。
あんな所で事を起こしたラミオと喚いたリタも悪いが、野次馬根性丸出しで他人の会話に足を止めていた自分たちの非は考えないのだろうか。
リタたちは五分ほどの時間をかけ、授業の行われている教室前までたどり着いたものの、当然その扉は閉められていた。耳を澄ますと、中からは微かに女性の声が聞こえてくる。
「授業が始まってる中で教室の扉を開けるのって、異様に勇気がいるよね」
「私、遅刻したの初めてだから分かんないかも……」
アイリは深刻な顔で首を振りながら、流石優等生と言いたくなる返事をよこした。
「おい庶民、お前のせいで遅れたんだからお前が開けろよ!」
「あなたたちが遅れたのはあなたたちのせいであって、全てが全て私のせいでもないと思いますが」
「なんだと!?」
男子生徒に睨まれて、野蛮な人だなとリタが思っていると。
「俺様が開けよう」
やたら凛々しい声でラミオがそう言った。
さすがラミオ様ぁっ、と周囲の女子たちが色めき立つ中、躊躇なく、なかなかの勢いで扉を開け放つ。とても遅刻してきたとは思えない派手な開け方だ。
「遅刻しました! 申し訳ありません!」
しかしきちんと謝罪も忘れない。ハチャメチャなところはあるけど流石は王族だな、なんて妙な感心をしていると、教壇に立っていた女性は、ゆっくりとした動きでこちらに目を向けた。
「……おやおや、初日から遅刻とは、今年の新入生は良い度胸をしてるねぇ」
咎めるような台詞の割には、妙にのんきな声色だった。
続く
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