第11話【期待通りのルームメイト】

「アイリー、お待たせー」


 あの後リタは、出口で待ち構えていた野次馬的な生徒を何人かかわし、ようやくアイリの元に辿り着いた。


「すごかったよ! リタって私が思ってたよりもずっと強いんだね!」

「えっ……いやー、それほどでもないよ」


 アイリを無視して勝手に決闘を受けてしまったことを怒られるものだと思っていたので、逆に褒められるとは予想外だった。


「ラミオ様の攻撃をあそこまで完璧に見切るなんてすごい!」

「見切るというか、勘が当たったというか……」


 実のところ、リタはラミオの戦いを何度もゲームで見ていたから予想出来ただけに過ぎない。

 自分の腕に自信を持っている彼は、常に先手必勝のあのスタイルで戦っていたが、この世界でもその通りで助かった。


「それにしても……ニコロがしつこく心配してた理由、今になって分かったかも」

「まあ、庶民で特待生なんて、上の立場の人からしたら一番癪に障るだろうしね」

「私もちゃんと気を付けないと」


 アイリはどこか不安そうな表情でそう言った。

 入学早々、王族を相手にあれだけ派手にやったんだから、しばらくは突っかかってくるような物好きはいないと願いたい。


「……あ、そうだ。アイリってお花とか好き?」


 聞いておきながら、リタは返事を待たず、アイリの胸ポケットにバラのブローチをつけた。


「うん、可愛い」


 そして満足げに頷く。全体的に白い印象の強いアイリに、真っ赤なバラはよく映えていた。


「でもこれ……リタが貰ったものでしょ?」

「いいのいいの。アイリの方が似合うし、私はこういうのあんまり興味ないから。他に要望がなかったから言っただけだし」

「それなら……ありがとう。大事にするね」


 嬉しそうに笑うアイリを、微笑ましい気持ちで見つめる。

 その間にも、闘技場から出てくる生徒たちの奇異の目が、痛いほど二人に突き刺さっていた。


「……私たちも寮にいこっか」

「そうだね」



◆ ◆ ◆



 校舎から少し離れた場所にある学生寮は、年季を感じるもののとても豪奢な洋館だった。その入口近くに設置してある掲示板に、新入生の部屋割りが張り出されている。


「アイリ、アイリ…………あ、あった! 248号室だって!」

「なんで自分の名前じゃなくて私の名前を先に探してるの……あ、私たち本当に同室だ」

「いよっしゃぁ!!」

「そんなに力いっぱい喜ばなくても……」


 ここら辺はゲーム通りかもと予想はしていたものの、いざ確定すると嬉しさを隠せなかった。


 喜びまくっているリタと、そのテンションに若干引き気味のアイリは、揃って二階へと向かう。廊下や階段には、二人と同じ新入生の他に在校生と思しき生徒の姿も多く見られた。

 新入生の部屋の扉には、ご丁寧にもその部屋の生徒の名前が記された用紙が張り付けてある。その名前を確認して、二人は248号室に入った。中は、ベッドが二つ置いてあるだけの殺風景な部屋だった。


「うわーお、なんてシンプルな……」

「他の家具は各自で揃えろってことなのかな」


 そういえばゲーム内でも、最初は殺風景な部屋からスタートしていた気がする。主人公はすぐに模様替えして、その家具はいつ用意したんだとツッコミたくなるほど可愛らしい女の子の部屋に変わっていたが。

 それにしたって貴族様御用達みたいな学校なのだから、部屋くらい最初から豪華にしてくれてもよさそうなものだが——リタは学費を払っていない身なので、あまり偉そうなことも言えない。


「改めてこれからよろしくね」

「こちらこそ。アイリと一緒の生活なんて、考えるだけでテンション上がっちゃうよ」

「私もリタと一緒だと心強いよ」


 アイリの顔は嘘をついているようには見えない。

 入学初日から、ニコロだけでなくラミオとまで接点を持ってしまったが、流石に現時点ではアイリの中のリタの好感度に変化はないはずだ。


「……アイリ。私、アイリが好きだからね」

「え、どうしたの、急に」

「だから他の誰が私を好きでも、アイリが誰を好きになっても、私にとっての一番はアイリだってこと、絶対に忘れないで!」

「う、うん。ありがとう……で、いいのかな?」


 訳が分からずオドオドするアイリだったが、リタにとってはとても重要なことだから、伝わらなくても伝えておきたかった。


 『リタ・アルベティ』は、魔法の才能に溢れ、可愛らしく、何故かやたら強運で、非の打ちどころがない。はたから見ると、正直盛りすぎな設定のキャラだ。

 そんな『リタ』に転生してしまった自分は、いつかホリエンのストーリー通りに、アイリの気に障ることをしてしまうかもしれない。

 アイリに嫌われることは、リタにとっては死ぬこととほぼ同義だし、そもそもそれがアイリ退学の未来に繋がるかもしれないから、それだけは絶対に避けたい。


「……ねえ、まだ会って間もないのに、リタはどうしてそんなに私に優しくしてくれるの?」

「アイリを愛してるから」

「真面目に聞いてるから、真面目に答えて?」


 この答えも大真面目だったのだが。

 とりあえず真面目に考え直してみても、リタがアイリに優しくする理由なんて、推しだからとしか言いようがない。

 でもそれこそ出会って間もない相手にそんなことを言ったら、確実に気持ち悪がられるだろうから、伝え方が難しい。そもそもこの世界で「推し」という言葉が通じるのかも怪しい。


「えっと……、あの日見たアイリの魔法が、綺麗だったから、かな」


 だからって、この理由はどうだろうか。魔法が綺麗だからってそんな、幼児みたいなこと。

 言った後に後悔したが、でもこれも嘘ではない。

 アイリの魔法は雷だから、ピカピカ輝いていて綺麗なのだ——ああ、どう頑張っても幼児レベルの表現しか出てこない自分の語彙力を呪いたくなった。


「……綺麗? 私の魔法が?」

「うん」

「——」


 何故か黙るアイリ。

 まさかあまりの表現力の無さに呆れられているのではと不安になったが、どうも彼女の表情はそんな感じじゃない。どちらかというと、驚いているような、そんな顔だった。


「……恐くないの?」

「こわい?」


 今度はリタが驚いた顔になった。

 だってそんな発想は全くなかったから——客観的に見ていて、当たったら痛いだろうな、くらいは思うけど。


「でも、アイリは無意味に攻撃してきたりしないでしょ?」

「それはもちろん……」

「だったら恐くないよ」

「そ、っか……」

「?」


 何故か妙に真剣な顔で黙り込むアイリを見て、リタは急に不安になる。

 まさか今の回答でも気持ち悪がられたのだろうか。いや、でも女の子は綺麗って言われたら嬉しいはず、少なくともリタはそうだ。アイリに「リタの魔法綺麗だね」って言われたら飛び跳ねるくらい嬉しい。


「……うん、分かった」

「えっ、なにが分かったの?」

「ううん、こっちの話。ありがとう、リタ」

「??」


 アイリが何を言っているのかさっぱり分からない。けど、今はなんだか嬉しそうな顔をしているし、可愛いし、別にいっかと思った。

 リタは本当に単純な女だった。



◆ ◆ ◆



 朝食と夕食は、基本的に寮の中にある食堂で食べることになっている。


 リタとアイリが既定の時刻に食堂に行くと、既に大勢の生徒で賑わっていた。寮は男女で分かれているため、女子寮の食堂は当たり前だが女子ばかり。制服のままの人もいれば、私服、果ては寝間着であろうもこもこパーカーと、格好は人それぞれだが、多くの生徒に共通するのは、みんなどこか気品のある立ち居振る舞いなこと。


「なんかみんな、良いとこのお嬢様って感じだね」

「実際そういう人が多いからね。失礼がないように、気を付けないと」


 気を付けなくても、アイリならそうそうポカはしなさそうだ。リタと違って。


「それにしても、広いね」


 アイリの言葉に、リタは周囲を見回して「確かに」と頷く。

 食堂はとても広く、大きなテーブルがいくつも並んでいる。テーブルの中央には大皿に乗った料理が大量に並べられていて、そこから各自の皿に好きなものを取り分けて食べろというスタイルらしい。


「お風呂とかも広いんだろうねー、大浴場って書いてあったし。私、広いお風呂初めて!」


 初めてというのは、あくまでこっちの世界での話だが。前世では温泉が好きで、長期休暇のたびに家族と温泉旅行に訪れていた。


「楽しみだね。後で一緒に入ろう」

「ぅえっ!?」

「あ、人と一緒に入るの苦手なタイプ?」

「い、いや、全然全然そんなことはっ、ないけども……」


 しかし推しの裸というのは、ファンが気軽に拝んでもいいものなんだろうか。

 少し悩んだが、同性同士だし、共同生活である以上避けて通り続けることも出来ないと思うので、無問題だと思うことにした。極力見ないように心がけようとは思ったが。


「あ! さっきの無礼な庶民共!」


 リタがアイリの裸を想像しないように努めていると、後ろから甲高い声が聞こえた。


「げ……」


 その声の主が、ラミオの取り巻きの女子生徒三人組——ホリエンファンの間ではラミオガールズと称されている——だと気が付いたリタは、うんざりした気持ちになった。


「何なのよその失礼な反応は! ラミオ様に対しての態度といい、あなた調子に乗り過ぎじゃない!?」


 詰め寄ってきたのは、三人の中でも一番気が強そうな女子。ちなみに三人とも年齢は十五歳で、リタ達と同じように本編よりも二歳若い状態になっている。


「乗ってません。まあ、確かにラミオ様に対しては、色々失礼なことを言ってしまいましたが……」

「あの方が優しいからってこれ以上調子に乗らないことね。それと、今日のラミオ様はきっと体調が悪かったのよ!」


 それはそれで、ラミオに対して失礼な気もするが、リタは何も言わないことにした。一返したら十で返して来そうな雰囲気だったから。


「とにかく、これ以上ラミオ様に近づかないでよ!」


 彼女は言いたいことだけ言って、残りの二人を引き連れて食堂の奥へと突き進んでいった。

 わざわざ言われなくとも、これ以上ラミオと接触するのはリタだって避けたい。


「……なんか、嵐みたいな勢いだったね」

「よっぽどラミオ様が好きなんだろうねぇ。それより私たちも座ろ!」

「うん……」


 晩御飯が食べられることにウキウキなリタとは対照的に、アイリの表情は暗くなった。


「どうかしたの?」

「いや……私もああいう風な決闘とか、いつかはすることになるのかなって考えて」

「んー、卒業まで一切戦わずにいるっていうのは難しいかもね」


 決闘なんて名前だから野蛮に思えるが、魔法学校に通っていれば他人と魔法の腕を競い合いたくなるのは自然なことだ。


「でも、しばらくは大丈夫だと思うよ。ラミオ様と私の決闘で、特待生は強いってイメージもつけられただろうし」


 いくら特待生相手とはいえ、貴族が庶民に負けるというのは外聞が悪いはず。周囲に「勝てるかも」と思わせるような行動をとらない限り、よほどの物好き以外、しばらく挑んでくることはないだろう。


「そっか……」

「アイリは戦うのとか好きじゃなさそうだね」

「ちょっと苦手かな……でも、自分でここに来るって決めた以上は、頑張らないとね」

「うん。心配しなくても、アイリならそうそう負けることもないって!」 


 励ますようにアイリの肩を軽く叩いた後、リタは二つ並びで空いている席を探し始める。


 そんなリタの姿を見つめながら、アイリはこっそりと溜息をついた。



続く

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