第10話【あっという間の決着】

 ラミオが決闘の開始を宣言した瞬間、周囲に巨大な魔法陣が展開され、眩しい光が放たれた。その光に生徒たちが思わず目を瞑ると、再び開いた時には、先ほどとは違う場所に移動させられていた。


 ここは校内にある闘技場だ。ドーム状の形をした建物で、その中に複数の競技台あって何組かが同時に決闘を行うことが出来るようになってるが、流石に入学式直後というこのタイミングでここを利用しているのはリタたちくらいだろう。


 学校の敷地内で決闘を宣言すると、関係者全員を丸ごと転移魔法でこの闘技場に連れてきてくれる便利な仕組みがある。ちなみにその周囲にいて、決闘に少しでも興味を持った者も強制的に観客席に転移されてしまうのだが、それについては便利なのかお節介なのか怪しいところだ。


「……」


 リタから遠く離れた観客席にいても、愛ゆえにすぐに見つけ出すことの出来る存在——アイリは、心配そうな顔でこちらを見つめていた。

 その姿が可愛かったので、リタは大きく手を振って大丈夫アピールをしておいた。


「それにしても、思ったより大きな施設なんだなぁ……」


 ゲームでは何度も来たことが場所だが、もちろんここもリアルでは初めてだから、嫌でもテンションが上がってくる。


「……しかし、ギャラリー多いな」


 アイリ以外にも数十人ほどの生徒が、観客席の方からこちらを見ていた。

 さっきまでいた場所は寮に向かう途中の道で、周りには新入生がいっぱいいたし、入学初日から王族が決闘だなんだと話していれば、あの人数も仕方ないかもしれないが。


「ではラミオ様、早速始めましょうか」

「威勢がいいじゃないか……よし! 俺様の記念すべき初の決闘相手になれたことを、生涯誇りに思うがいい!」


 腰に手を当て、ふんぞり返るようなポーズのラミオ。その姿はとても偉そうだった——王子様だから、実際偉い立場ではあるが。

 リタはとりあえず微笑みを崩さぬまま、立会人を務めてくれる女子の前に、ラミオと向き合う形で立った。


「では、レイラ・スフィノの名の元に、決闘を開始します」


 その宣言と同時、二人の右腕に赤色のリボンが巻かれた。

 魔法で作られているこのリボンは、巻かれた相手に対する攻撃魔法のダメージを最大限抑えてくれる。生身で魔法を受けると、威力によっては怪我どころか命を落としかねないので、そのための対策だ。

 リボンは一定のダメージを受けると千切れる仕組みになっていて、先に相手のリボンを千切るか、相手に降参宣言をさせた方が勝利ということになる。


「庶民ごとき、俺様が一撃で仕留めてやる!」


 少し離れた場所に移動したラミオが、威勢のいいことを言いながら、腰にさしていた剣を手に取る。


「僭越ながら、そのお言葉はお返しさせて頂きます」


 対するリタが右手を突き出すと、ラミオは頭上に「?」を浮かべたような顔になった。


「おい黒いの、魔道具はどうした?」

「ありません」

「なんだ、壊れているのか? それなら日を改めても良いが」

「いえ、必要ないという意味です」

「……だが、魔道具がないと不公平だろ」


 魔法を使うなら、魔道具を用いるのは常識だ。その形は、剣だったり銃だったり弓だったり様々あるが、使い勝手や持ち運びの良い杖が最もスタンダード。

 魔道具は、大気中に存在する微細な魔力を溜め込めるので、そこに自身の魔力を注ぎ込めば、実力以上の魔法を使うことが出来る。ゲームでいうとバフみたいなものだ。


「なくても勝てますから」

「……それは、俺様を馬鹿にしていると捉えて良いのか?」


 ラミオの目つきが鋭くなり、先ほどまでのおチャラけた雰囲気が消え去った。


「私が特待生に選ばれたのには、それなりの理由があるということをお伝えしたいだけです」

「そうか……。では、負けてから後悔するなよ!!」


 叫びながらこちらに走ってきたラミオは、リタの足元に二、三発魔法弾を放ってきた。魔力を有している人間なら誰でも使える、属性なしの基本的な攻撃魔法。威力は弱めで、当たっても大したダメージはない。

 リタはそれを、ドッジボールの球よけみたいな感覚でジャンプしてかわした。

 魔法弾が地面に衝突したことにより起こる砂埃に紛れて、リタが飛び上がった隙を狙って、


「『炎属性初級魔法:フレイア』!」


 いつの間にか距離を詰めてきていたラミオが、目の前から炎の魔法を放ってくる。


 それは予想通りの展開だったので、リタはすかさずそこに魔法弾をぶつけた。

 魔法同士が衝突して爆発のような現象が起こり、至近距離にいた二人は揃って吹き飛ばされた。


「いったぁ~……!」


 リボンは魔法によるダメージは軽減してくれるが、それ以外の要因によるダメージのケアは無いので、こうやって転んだりすると普通に痛い。


「おい……あれ、魔法弾で魔法をかき消したのか?」

「いや、さすがにそれは……だってあいつ、魔道具も使ってないんだぜ」

「でも今、何も唱えてなかったよな……」


 観客たちのざわめきはリタ達にまで聞こえてきたが、リタは膝をすりむいた痛みで正直それどころじゃなかった。


 同じ威力の魔法同士が衝突すると、その魔法は相殺される。

 今のはそれを狙った動きだったのだが、ラミオのものは属性初級魔法、リタが撃ったものは単なる魔法弾。わざわざ言わなくても、その意味は彼にも伝わっているだろう。


「俺様の属性魔法が……魔法弾ごときにかき消されただと……?」


 体術にも長けているのか上手く受け身をとったらしいラミオは、吹き飛ばされても大したダメージは負っていない様子だった。


「くそっ……ふざけるな!!」


 声を荒げたラミオが、数十発の魔法弾を放ってくる。

 魔法弾に使用する魔力は属性魔法に比べれば少ないが、それでも同時に数十発も放てるのは、さすが王族というところだ。

 いくら前世でドッジボールが得意だったリタでも、これを全部かわすのは難しい。先ほどのように魔法弾をぶつけてかき消してもいいのだが、擦りむいた膝が痛いので、ここは一気に片付けさせてもらおう。

 リタが右手を向けると、ラミオはこちらに向かって突進してきた。


「『炎属性中級魔法:フレアムス』!!」


 剣から放たれた炎が、リタに襲い掛かってくる。

 あれだけの魔法弾の後に、さっきよりも強力な中級魔法を出せるなんて、さすがラミオ。攻略対象たちの中で一番の魔力を有しているだけある、とリタは素直に感心した。

 ただ残念なことに彼の相手は、制作陣の寵愛を一身に受けたような贔屓キャラだ。


「『炎属性上級魔法:リ・フラヴァラス』!」


 リタの右手から放たれた大量の炎は龍のような形に姿を変え、ラミオの魔法を飲み込んだ。


「なっ……そんな上級魔法、その年で使えるなんてあり得な——」


 そのまま真正面から炎とラミオが衝突し、さっきの比じゃないくらいの大爆発が起こる。

 耳をふさぎたくなる派手な爆音と共に巻き起こった爆風に、リタの体は再び紙のように吹き飛ばされた。


「いったた……なんか私、無駄な怪我ばっかりしてない……?」


 痛む体を起こすと、凄まじい砂煙のせいで辺りがよく見えなかった。大丈夫だとは思うが念のため、反撃にそなえて構えをとっておく。

 十数秒後、砂煙が完全に消え去ると、少し離れた場所で倒れるラミオの姿が視界に映った。


「ら、ラミオ様!!」


 立会人の女子が慌てて駆け寄ろとしたが、先にラミオが体を起こしてそれを制した。その際、彼の腕に巻かれていたリボンが地面に落下した。


「来るな。……この決闘、俺の負けだ」


 思った以上に素直な敗北宣言の後、一瞬の間があって、客席がワッと沸いた。


「すっげー! あいつ庶民なのに王族に勝っちまったぞ!?」

「しかもめっちゃ一瞬!」

「最後の上級魔法じゃなかった? あんなの初めて見た!」


 ガヤガヤとした喧騒の中、立ち上がったラミオがリタの方に歩いてくる。


 思った以上に早く片を付けてしまったが、大体予想通りに進めることが出来た。

 特待生には王族を圧倒するほどの実力があると分かれば、しばらくはよほどの物好き以外、喧嘩を売ってくることはないだろう。もちろん、同じ特待生のアイリも同様の扱いになるはず。

 その代わり周囲から多少浮いてしまうかもしれないが、敵意をぶつけられて決闘三昧の日々よりはマシだと思いたい。


「……」


 それよりも問題なのは、この決闘の相手が王族であるということ。今のラミオは平然と歩いているが、表情に出さないだけで感じている痛みは相当なはずだ。リボンで魔法のダメージが抑えられているとはいえ、上級魔法をぶつけられた痛みは、今リタが感じてる膝の擦り傷とは比較にならないだろう。


 貴族ならともかく、王族に対して無礼を働けば、退学以上の処罰を受ける可能性がある——のだが、リタは心の奥底で期待していた。

 ゲームの通りであれば、ラミオは相手の方が自分より実力が上だからといって、あと多少不躾なところがあったとして、理不尽な嫌がらせをしてくるような性格ではないはずだ。


「……自分から挑んでおいてこの結果とは、我ながら無様だな」


 呟くようにそう言うラミオの顔は、そこまであからさまではないものの、落ち込んでいるように見えた。


「ラミオ様の魔法はお見事でしたよ」

「このタイミングでお前に言われると、嫌味にしか聞こえないな」

「けど、本当のことですから」

「……魔道具を使わなかったのは、俺様を見下していたからか?」

「先ほども述べた通り、特待生の意地を見せたかっただけです。私をここに入れてくれた理事長に対して恩がありますので」

「…………そうだな。爺の目が濁ったというのは、失言だった」


 リタが不必要に生意気な態度をとったのは、ラミオの理事長に対する物言いに腹が立ったから——ということにしておこう。

 本当の理由は、アイリのこともまとめて「パッとしない女」と称したことだ。リタはさておき、アイリはパッとしないどころか、パアァーッと光り輝く少女だから。天使だから。


「お前たちに対しての非礼も詫びる。……申し訳ない」


 負けて何かが崩れ落ちたのだろうか、素直に謝ってくるラミオ。

 力なく肩を落としている様は、場違いにも妙に可愛く見えてくるから不思議だ。今の彼が、リタの知る彼よりも幼い子供の姿だからだろうか。


「またいつか、リベンジさせてくれ」

「お待ちしております」


 リタの返事に薄く微笑んだ後、ラミオは自分の胸元のバラのブローチを外し、差し出してきた。

 リタがそれを受け取ると、背を向けて闘技場の出口へと歩き出していく。

 決闘を始める時は転移魔法がここに連れてきてくれるが、終わった後は各自で帰らなくてはいけない。ここだけは間違いなく不便な仕組みだ。


「ラミオ様、待ってください!」


 立会人の女子は、リタを一睨みした後、ラミオを走って追いかけて行った。


「どうしよっかな、これ……すごく綺麗だけど」


 受け取ったブローチはガラス製らしく、光を受けてキラキラと輝いていた。

 まさか自分がつけるわけにもいかないしなと、ブローチの行方を考えていると、遠くから名前を呼ばれた。


「リタ!」


 生徒たちのざわめきで騒がしい中でも、アイリの可愛らしい声はすぐに聴き分けられる。振り向くと、観客席にいたアイリが、出口の方を指さしていた。


「さっさと出口に行けってことかな?」


 リタが指で丸の形を作って了解の意を伝えると、アイリ自身も出口へと小走りで向かっていくのが見えた。



続く

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