第9話【避けれない決闘の申し出】

 時間が来て、教員に誘導されて建物の中に入ると、豪奢な内装にリタは一瞬驚いた。

 床一面に敷き詰められた複雑な模様の絨毯。金色の壁。頭上には複数のシャンデリアが輝いている。所々に、ドラゴンと思しき生き物やら剣やらが描かれた旗のようなものが飾られている。確かあれは校章だったけとか考えながら、ゆっくりと前へ進んでいく。


 式典などで使用するこの場所は、ゲーム内では名称不明ながらも、背景としては何度も見たことがある。しかし実際目の前にすると、ゲームよりも遥かに迫力があって感心した。



 入学式というのは、どんな世界でも堅苦しく、子供にとっては退屈なものだ。

 リタの前世とほぼ同じような流れでありながら、名門校ならではのやたら厳かな雰囲気の式が続き、少し眠くなってきた。

 もちろん入学できることに気分が興奮しているので本当に寝たりはしないけど、周囲の生徒の何人かが欠伸を漏らしていて、つられそうになる。


『ではここで、ベンハルト・ライリ理事長より祝辞を頂きます』


 そんな言葉と共に壇上に上がって来たのは、白髪の男性。長い白髭に尖った鼻。黒いローブに頭の上には立派な三角帽子と、絵本の中に出て来そうな、ザ・魔法使いって感じの老人だ。

 理事長はゲーム内にも立ち絵付きで登場するので良く知っている。この学校の創設者の子孫で、存命する魔法使いの中では指折りの実力者と呼ばれている人。

 作中では、チート級に強い設定のせいか、肝心な時には何だかんだ理由をつけて学校を留守にしており、戦闘には全く参加しない。

 

 だが自分が今ここにいられるのは、理事長があの騒動を見ていてくれたおかげなんだと思うと、感謝してもし足りない。まあ、見ていたなら助けてほしかった気持ちはやっぱりあるけど。もう少しピンチになったら、颯爽と駆けつけてくれる予定だったのかもしれない。



 ——なんて考えている間に、入学式は終わった。

 理事長の話は正直あまり聞いてなかったが、まあゲーム内と同じだろうので気にしないことにする。



 長い長い入学式が終わって体力がすり減った中、校内の大広間に集まった生徒たちは、学校のことや寮のこと、これからの授業についての説明を受ける。

 先生の挨拶から理事長の言葉まで、全てがゲームで聞いた通りの内容で、リタにとっては何度も聞いた話なため少しだけ眠くなった。

 三十分ほどでその説明も終わり、本格的な授業は明日からということで、今日はこれで解散。

 

 この後は各自寮に向かうことになるのだが、寮は二人一部屋。これまたゲーム通りなら、リタのルームメイトはアイリになる——あくまでⅡの話だが、リタがここにいる以上その可能性が少しでもあることに、喜びが止まらない。


「ふふふ」


 部屋分けが楽しみなリタは、ニマニマしながらスキップ交じりの早足で、校舎から少し離れた場所にある寮へと向かう。

 これでもしアイリと同部屋じゃなかったら、ショックで倒れてしまうかもしれない。というより、部屋割りくらいあらかじめ教えてくれればいいのに。特待生の名前はオープンにしてるくせに、変なところだけ勿体ぶる学校だ。


「リタ! ちょっと待ってよ!」

「あれ? アイリ?」


 てっきりもう寮に向かっているとばかり思っていたアイリが、後ろから走って追いかけてきていた。

 リタが立ち止まると、アイリは乱れた呼吸を整えつつ近くまでやって来た。


「リタと一緒に行こうと思ってたのに、気が付いたらもういないんだもん……焦っちゃった」

「ごめんごめん。アイリは先に行ったのかと思ってた」


 答えながら、何となく周囲にニコロの姿を探したが見当たらなかった。


「あれ、ニコロは一緒じゃないの?」

「女の子たちに囲まれてたから、邪魔しない方がいいかなって思って置いてきた」

「なるほど」


 確かにニコロは攻略対象だけあって顔が良いし、誰に対しても物腰柔らかだから、初対面受けも良さそうだ。そもそも貴族なので周囲に知り合いも多いだろうし、入学早々囲まれていても不思議はない。


「寮の部屋、一緒になれるといいね」

「特待生同士だし、全然ありえるよ!」


 ちなみにゲームでは、特待生という繋がりもないのに一緒になる。まあ、いわゆるご都合展開だ。


 それにしても、アイリと同部屋で学生生活を送れるなんて——まだ確定してないが——なんというご褒美なんだろうか。神様ありがとうございます。

 下手したら転生が発覚した時よりも強い喜びと神様への感謝を感じていると、誰かが後ろに立つ音が聞こえた。


「おい、そこの黒いの」

「く、黒いの?」


 台所に出る例の虫を彷彿とさせる失礼すぎる名称に、顔をしかめたリタが振り向くと、そこには数人の女子を侍らせた美少年が立っていた。

 透き通るような青い瞳と、整いの良い顔立ち。王族特有の綺麗な金色の髪は男性の割に長く、後ろで一つくくりにされている。黒い制服だからか、胸元の真っ赤なバラのブローチが妙に目についた。


 リタの記憶にあるよりもやや幼い姿だが、彼にはすごく見覚えがある。

 ラミオ・トリチェ——この国の第二王子にして、攻略対象の一人だ。


「うげっ」


 いけないと思いつつも、つい変な反応をしてしまった。


 攻略対象達には出来るだけ接触したくなかったから、入学式でもあの髪が目についてはいたけどあえてスルーしていたのに。まさか向こうから話しかけてくるなんて、予想外過ぎた。


「なんだ、その無礼な反応は。俺様が誰か知らないわけではないだろう?」

「……もちろんです。王子のことを存じ上げない国民など、存在しません」

「うむ。まあ、そうだろうな」


 出来るだけ失礼にならないように返すと、ラミオは満足げに頷いた。

 彼は一言でいうと俺様系キャラだ。

 初対面の印象は、金持ちのボンボンそのものという感じ。ルートに入ると、意外と努力家だったり甘えん坊なところが見えて可愛かったりもするが、共通ルートではひたすら傲慢でナルシストで、ちょっと鬱陶しい子——オタク的には褒めている——である。


「ところで、お前たちが庶民から特待生に選ばれたという二人で間違いないな?」

「違います」

「リタ、そんなすぐにバレる嘘ついちゃダメだよ……」


 すごく面倒くさそうなことになりそうな問いかけだったから、つい普通に嘘を言ってしまった。最近嘘が癖になっていていけない。


「どんな奴かと思えば、こんなパッとしない女どもが特待生とは……あの爺さんもいよいよ見る目が濁り始めたのか」

「ほんっと、こんな奴らよりラミオ様の方が特待生にふさわしいですよ!」

「そうですそうです! 理事長って見る目がないんですね!」

「そうだろうそうだろう」


 取り巻きの女子たちの言葉に、満足げなラミオ。

 それにしても取り巻きの子たちは、貴族とは思えないキャピキャピ感がある。


「……今、特待生って言わなかった?」

「ああ、あいつらがそうなんだ」

「確か特待生って、第一王子以来なんだよな」

「庶民出身に限ったら、何十年ぶりらしいよ」


 色々な意味で目立つラミオのせいで、周囲の新入生たちの注目を集め始めていた。

 しばらくは出来るだけ目立たないように過ごす予定だったのに、またも頓挫しかけている。


「……そこの白いお前、俺様のことをどう思う」

「えっ……えっと、非常に聡明で利発な方だとお聞きしております」

「そうか。そこの黒いのは?」

「髪が非常にキラキラしています」

「よし、お前の方が馬鹿そうだから、先に片付けてやろう」


 いきなりなんて失礼なことを言うんだ、この子は。

 驚愕するリタを置いてけぼりにして、ラミオは胸元のポケットから何かを取り出した。それをリタの足元に投げつけてくる。


「……学生証ですか」


 校章が印字された、やたらカッコいいデザインの学生証。生徒全員が先ほど教員から手渡されたばかりのものだ。


「この行為が意味することは、入学式で爺から説明されたから知っているよな?」


 理事長の話はあまり聞いていなかったけど、ゲームで何度も見たから知っている。

 学生証を相手に突きつける——本来は投げつけなくても良い——のは、決闘を申し込む合図だ。決闘を行う際には、身元を明確にするため立会人にお互いの学生証を預けなければいけないルールがある。


「俺様を特待生として迎えるべきだった。お前たちを倒して、それを爺に思い知らせてやる」


 それってただの八つ当たりでは——とは思うが、不敬罪だと騒がれるのも嫌なので、口をつぐんだ。


 リタは極力目立たないと決めているので、ここで王族に勝つなんて展開にはしたくない。

 しかしラミオは先ほど「先に片付ける」と言った。つまり特待生を二人とも倒すつもりだ。ここでリタがわざと負けたりしたら、調子に乗ったラミオが次はアイリにも決闘を挑むだろう。それは最も避けたかった。


 少し考えた後、リタは足元にあるラミオの学生証を拾い上げ、胸ポケットから自分の学生証を取り出して、取り巻きの女子の一人にまとめて手渡した。


「彼女に立会人をお願いしてもいいですか?」

「ああ。俺がこの決闘に勝利したら、お前には爺の前で俺に敗北したことを宣言してもらう」

 

 決闘には、必ず何かを賭けなくてはいけないのもルールの一つ。

 ただし、誰かの生命や退学に関すること、著しく尊厳を傷つけるようなものは賭けられない——その基準は校則で定められているわけではなく、あやふやだ。なので王族相手の決闘というのは非常に気を遣う。

 こちらが勝ったら謝ってほしい、なんて言ったら、不敬だと周囲に騒がれてしまうかもしれないから。


「……では、私が勝ったら、その胸にあるバラを下さい」


 三十秒ほど考えたが、これくらいしか要望が思いつかなかった。ラミオに対して求めるものが無さ過ぎて。

 これがアイリ相手だったら、ハグしたいとか匂い嗅ぎたいとか頭撫でさせてほしいとか無限に要望が思いつくのに。そもそもアイリと戦いたいとはあまり思わないが。


「ほう、このバラの美しさに気が付くとは、なかなか見る目があるな」

「ラミオ様の私物が欲しいなんて……庶民のくせに生意気よ!」

「ラミオ様、こんな奴やっつけちゃってください!」

「二度と立てなくしてやりましょう」


 取り巻きたちの責めるような視線に居心地の悪さを感じるリタの裾が、クイクイと引っ張られた。それと同時に小声で話しかけてくるアイリ。


「リタ、初日から決闘なんてダメだよ……ニコロにも注意されたばかりでしょ?」

「でも私が断ったら、次はアイリが申し込まれちゃうよ」

「リタが怪我するくらいなら、私はそれでも……なにもせずに穏便に負ければいいんだし……」

「私がよくないの。私だってアイリを危険な目にあわせたくない」


 そもそもアイリは悪気無く言っているんだろうが、真剣勝負を望んでいる相手に対し何もせずに負けるなんてことをしたら、ラミオのプライドに傷をつけて怒らせてしまう可能性も高い。


「けど……」


 納得いかないのか、何か言いたげに視線をさまよわせるアイリ。

 これ以上言い合っていてもキリがなさそうだったので、リタは断腸の思いでアイリを無視して、ラミオ達の方に向き直った。


「ラミオ様、お相手よろしくお願い致します」

「いいだろう。それでは、ラミオ・トリチェと……。……お前、名は?」


 名前も覚えていない相手に決闘を申し込むって、ちょっと野蛮過ぎではないだろうか。そう思いつつも、気にしていない風に微笑む。


「リタ・アルベティと申します」

「そうか。では、ラミオ・トリチェとリタ・アルベティの決闘を開始する!」



続く

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