第8話【入学初日】
「うわー……すっごい大きい」
小学生のような単純な感想を述べつつ、リタは目の前の建物を見上げた。
気高く聳え立つ、白を基調とした立派な建物。それは前世で見たファンタジー世界に出てくるお城そのものだった。
ずっと見ていると首が痛くなりそうなほど高いそれが、魔法学校・エクテッドの校舎だ。
周囲は大勢の生徒でにぎわっている。毎年、ここにいる以上のたくさんの人が受験し、そのほとんどが落ちてしまうというんだから、特待生として招かれたのは本当に幸運なことだ。
ちなみにあの日、髪をばっさり切り落としたリタを見た両親は、衝撃のあまり気を失ってしまった。
兄もしばらく絶句していたが「に、似合うじゃねえか」と、なんだか気遣うような言葉をかけられた。まあ急に自分で髪を切り落としたんだから、動揺されるのも仕方ない。
なお、流石に素人が切りっぱなしの髪で入学式を迎えるのは……と思ってくれた母が美容院に連れて行ってくれたので、髪はそこできちんと整えてもらった。
断髪の理由を問い詰めてくる両親には「気分転換」の一言で押し切ったけど、本当は少しでもリタの可愛さというか女子力を落としたかったのが理由だ。正確には、やたら長い髪を褒めるシーンの多い攻略対象達の好みから外れること。
アイリの『リタ』に対する嫉妬は、全て彼らに起因している。つまり彼らと接点さえ持たなければ、もしくは持ったとしても彼らに好かれなければ、より安全にアイリのそばにいられるはず。
「これで堂々とアイリと仲良くできる! アイリと一緒の学園生活! そんなの絶対楽しいじゃん!」
「なにあの人……」
「こわ……」
思わず叫ぶと、周囲の人たちから明らかに奇異の目を向けられた。
「……ふふ」
これは狙ってやったわけではないが、これでいいのだ。
ゲームの『リタ』は、美しい外見に加え、控えめで謙虚な態度と、いかにも男性に好かれそうなキャラだった。だからモテていた。
それなら自分はそういう風に捉えられないように、出来るだけ破天荒に生きて行きたい。いっそのこと、男女とか野蛮人とか呼ばれたい。
リタが目指しているのは、アイリの引き立て役。
変な女がそばにいることで、天使のように優しいアイリの良さを最大限引き立たせる。攻略対象たちに、あなた達にお似合いの女性はこちらです、とさりげなく勧める存在。
そう、私はアイリをこの世界の主人公にする!
——いざ言葉にしてみると意味不明だが、とりあえずというか絶対的な目標は、アイリの退学阻止だ。
「さて、じゃぁ肝心のアイリを探すところから始めよっかな」
毎年多くの人が落ちるとはいえ、受験者の母数が多いため、入学する人数もかなりのもの。
この中からたった一人を探し出すことは難しい。しかし自分なら出来る。相手がアイリなら確実に探し出せる。リタにはそんな根拠不明の自信があった。
張り切って周囲を見回し始めると、本当にすぐにアイリを見つけることが出来たので、愛の力というのは実在するのかもしれない。
「アイリー!」
リタは、飼い主を見つけた犬のようなスピードでアイリに駆け寄り、その背に声をかけた。
二人の周囲は入学に色めきだつ生徒の声で溢れていたが、アイリはすぐに声に気が付いて振り向いてくれた。
「リタ! やっぱりリタも来てたんだね!」
「……」
「……あれ? どうしたの? 具合でも悪い?」
「ごめん……何でもない」
心配そうな顔をするアイリには申し訳ないが、リタの体調はすこぶる良好だった。ただ、目の前のアイリのあまりの可愛さに、つい言葉を失ってしまっただけだ。
黒いワンピースの上に同じ色のボレロ。黄色のネクタイ。自分と全く同じ服装なはずなのに、なんだろうこの可愛さは。推し補正か——いや、実際すごく可愛いのだ、これはリタの贔屓目ではない。
アイリの綺麗な銀色の髪に黒い服装はばっちりハマっているし、ワンピースのひらひらした感じも、襟元や袖の白いレースも、ほんわかしたアイリのイメージにピッタリだった。まさに天使だった。リタ以外の人間もそう思っているはずだ、根拠はないけど。
「そういえば髪切ったんだね。前の時とは雰囲気が違うから、ビックリしちゃった」
「うん。気分転換に、ばっさりとね」
肩にギリギリ届くくらいの長さになった髪に触れると、相変わらずサラサラだった。女性としては何とも羨ましい髪質だ。
「そっかぁ……綺麗にお手入れされてたから、ちょっともったいないけど、短いのも似合うね」
「本当? 嬉しいな……えへへ」
「……ところで、前に会った時から一回も家に来てくれなかったね」
「へっ? あ、あー……だって、入学式で会えると思ったから」
まさかアイリの方から触れられるとは思っていなかったので、少し焦ったような返事になってしまった。
実際はリタも何度か行ってみようと考えたのだが、学校生活(本編)が始まる前に過度に接触して、もしもこれから先の展開に大きな影響を及ぼしたらと思うと怖くてやめた。これが理由の半分。
もう半分は、一度会いに行ってしまうと欲望のまま毎日でも会いに行ってアイリにドン引かれそうだと思ったから。
「……私、毎日待ってたのになぁ」
「ご、ごめん!! 私も毎日一分一秒も欠かさずアイリのこと考えてたよ!!」
「そこまで考えてくれてるのは予想外だったけど、それなら会いに来てくれても……」
「アイリ」
いじけたような顔をしたアイリの肩を、隣にいた少年がつついた。
「知り合いかい?」
「あ、うん。前に……って、あれ? リタ、ニコロとも知り合いって言ってなかった?」
「いや、言ってないよ?」
「あれ?」
「言ってないよ」
「?」
不思議そうな顔をするアイリだったが、しばらく黙り込んだ後。
「ごめんね。私の勘違いだったかも」
案の定、納得してくれた。相変わらず素直なままでいてくれて助かった。
記憶を混乱させてしまって悪いが、この件は記憶違いということで済ませたかった。実際リタとニコロは初対面なわけだし、上手い弁解も思いつかないから。
「ニコロ、この子はリタ。前に困ってたところを助けてもらったの」
「リタ・アルベティです。よろしく」
「僕はニコロ・リンナイト。よろしくね、リタ」
握手を求められ、大人しくそれに応じる。
攻略対象であるニコロとは正直あまり関わりたくなかったが、相手は貴族だし、あまり無礼な態度はとれない。
「ニコロとは幼馴染なの」
「へー、小さい頃から仲良しだなんて素敵だね」
素直な感想を述べると、ニコロは満更でもなさそうな顔で頷いた。
「そうなんだ。でも子供の頃からずっと一緒に遊んできたのに……ここの特待生になった経緯は教えてくれないし、僕以外に魔法使いの友達がいるってことも、今初めて知ったんだけどね」
「う……ごめんね。魔法のことは、あんまり人に話さない方がいいかなって思って……」
「まあ、秘密主義なのはお互い様だから、怒ってはいないけどね」
とか言いつつ、あからさまに気にしてそうな顔をしている。
ニコロというキャラは、基本的には少女漫画に出て来そうな爽やか系イケメンだが、実はアイリに対する執着心がかなり強い。ルートによっては、アイリとすれ違った末にそのまま彼女を拉致監禁するというバッドエンドまで用意されていたりする、いわゆるヤンデレ気質を隠し持ったキャラだ。
「ただ、リタもアイリと同じでこれから大変そうだから、くれぐれも気を付けて」
「大変って?」
「掲示板の所、まだ見ていないの?」
掲示板というと、あの一番人だかりが出来ている場所だろうか。校内地図や新入生の名簿が貼られているだけだから、急いで見る必要もないと思って避けていた。
「入試の成績順が貼ってあるんだけどね、そこに特待生の名前も書いてあるんだ」
「え!?」
「特待生のことなんて大っぴらに伝えなくてもいいのに、ご丁寧なことだよね」
ご丁寧というか、正直嫌がらせに近い思惑を感じる。
この学校に通っているのは、ほとんどが貴族のお坊ちゃんやお嬢ちゃん。その中に名も知らぬ庶民が混ざっているというだけでも目立つのに、わざわざ特待生であることを明記するなんて、快く思う人の方が少ないだろう。
「さっきアイリにも言ったことだけど、君も無用な決闘は受けないようにした方がいいよ」
「うん……」
この学校はかなり武闘派な教育方針で、生徒同士の決闘も盛んに行われている。
決闘というと物騒だが、もちろん相手の命を奪うような危険な魔法は使用禁止。それを破ろうとすれば、敷地内にかけられている理事長の強力な魔法により、術者は気を失わせられる仕組みになっている。
「でもリタは強いから、大抵の人には勝っちゃいそう」
「いやいやそんな……」
「へえ、そんなに強いんだ。是非一度、お手合わせ願いたいな」
「いやいや、たった今、無用な決闘はしない方がいいって言ったばかりなのに……」
ニコロのこちらを見る目が、本気すぎて怖かった。
どうやらこの世界の彼は、同性の友人であるリタに嫉妬するくらい、アイリにベタ惚れの様子。
リタとしてはゲーム通りでとても嬉しいことなのだが、必要以上に敵視されると別の意味でアイリに近づき難くなるので、勘弁願いたい。
「アイリも特待生なんだから、気を付けなよ」
「もう……ニコロってばそれ何回言うの?」
「どれだけ言っても足りないんだよ。……ここは、ただでさえプライドの高い人が多いからね」
「まぁ決闘なんて、理由がなきゃそうそう申し込まれるものじゃないだろうし。アイリは優しいから大丈夫だよ」
アイリが人の気に障ることをしたり言ったりする姿は、少なくともリタには想像できない。
逆に思っていることが口から出てしまいがちなリタは、彼女を見習って気を付けた方が良いだろう。
しばらくは目立たないように、大人しく過ごしたい。
……なんだか前にも似たようなことを決意して、すぐに頓挫した気がするけど。
校舎に隣接されているレンガ造りの建物の前には、既にたくさんの生徒が集まっていた。
「もうみんな並んでるみたいだね。僕たちも早く行こう」
「うん。……ちょっと緊張してきたかも」
「大丈夫だよ! アイリは可愛いから!」
「そういう問題かな……というか、可愛くないよ」
「「なに言ってんの可愛いよ!!」」
「わ、分かったから……二人とも大きな声出さないで……」
相当緊張していそうなアイリほどではないが、リタも改まった式の前は少し緊張してしまう。ホリエン内では、プロローグである入学式なんて何千回とこなしたイベントだが、リアルで体験するとなると、その感覚はゲームプレイ時とは大違いだ。
三人がどこに行けばいいのか迷っていると、教員と思しき男性に声をかけられ、列の中に連れていかれた。何順なのかは謎だが決められた順番があるらしく、アイリともニコロとも離れてしまって、リタは一人寂しく待機する。
「おい、あの黒い髪の奴ってさ……」
「え、あれが特待生の子? 確かに見た事ない顔だけど——」
「例の平民上がりの——」
待っている間、周囲の生徒からの視線を感じたけど、話しかけられることもなかったし、その視線には好意よりも悪意が含まれいる気がしたので、徹底的に無視することにした。
続く
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