第7話【学校からの招待状】

「リタ!! どこに行ってたの!?」


 あの後、息が切れるほど全速力で走って急いで宿に向かった甲斐もなく。外で待っていた両親は、リタの姿を見つけるなり駆け寄ってきて、そう怒鳴った。


「ごめんなさい……喫茶店にいたお姉さんが面白い人で、つい話し込んじゃって」


 近頃、説明できないことから逃げるために、平気で嘘をつけるようになっている自分が恐ろしくなってきた。


「もう、本当に心配したんだから……」

「この辺りは最近物騒な事が多いからな……やっぱりお前一人で行かせるべきじゃなかったな。すまない」


 母に抱きしめられ、父に頭を撫でられながら謝られた。涙で頬を濡らす母を見ると、さすがに罪悪感がすごかった。

 両親と共に部屋に行くと、扉を開けた途端、「リタは!?」という言葉と共に兄が飛び出してきた。そしてリタと目が合うなり、呆けた顔になる。


「なんだよ、お前、無事……心配かけんなよ、くそ!」


 げしっと、足を軽く蹴られた。

 口と態度は悪いが、顔色も悪いから、すごく心配してくれていたんだろう。


 アイリを助けられてよかったとは思うけど、家族に心配をかけてしまったことは本当に申し訳ない。

 これからは出来るだけ心配をかけないよう、慎ましく生きていこう。



◆ ◆ ◆



 慎ましく生きる。

 そう思ってたいたし、そうしたかったはずなのだが。


「はあ!? リタがエクテッドに? 特待生として?」


 素っ頓狂な声をあげたのは、たった今仕事から帰って来たばかりの父。

 父から視線を向けられたリタは、とりあえずその言葉に頷いておいた。

 

 エクテッドとは、王都ルバネスにある世界有数の魔法学校——リタにとっては馴染み深い、ホリエンの舞台となる場所だ。


「そうなの……今朝、リタ宛てに封書が届いていて、開いてみたらこれが」


 言いながら母が父に手渡したのは、入学の手続きに必要な書類と一通の手紙。手紙には、達筆な字で長々とした文章が書かれている。

 それを要約すると『先日、本校の理事長が、御息女が知人と思われる少女と共に魔法を行使する姿を偶然お見かけした。素晴らしい。是非特待生として我が校に来てほしい』ということらしい。


 先日というのは、間違いなくアイリと出会ったあの日だ。まさかあの現場を誰かに見られていたとは思わなかった——というより、あんな危険な場面を見ていたのなら、助けに入ってほしかったのだが。


「リタお前、どこかで魔法を使ったのか?」

「ちょっと致し方ない事情があって……」


 人前では極力魔法を使わない。それが家族との約束だった。

 この世界で高い魔力を有しているのは、貴族や地位の高い人間がばかりであり、庶民というのはかなり珍しい。故に、あまり大っぴらにしていると、周囲に妬まれたり、それこそ人さらいのターゲットになりかねないからだ。


「そうか。……リタはどう思ってるんだ? 行きたい気持ちはあるのか?」

「ない」

「ない!?」


 キッパリ言い切ると、父は面白いくらいに慌てふためいた。


「い、いいのか!? こんなチャンス、滅多にないと思うぞ?」

「だってこんなギリギリの時期にいきなり入学なんて……」


 この世界の学校の入学時期は九月なため、猶予はあと二ヶ月もない。

 いくら優秀な魔法使いを見かけたとはいえ、この時期に、来年ではなく今年度の特待生として招待するという行為に、名門ならではの尊大さを感じる。エクテッドの特待生に選ばれて辞退する者などいないと考えているんだろう。


「まあ、確かに準備期間としては心もとないけど、必要な道具はちゃんと買い揃えられるから、心配しなくても大丈夫よ?」

「でも私が本格的に魔法習ったって仕方ないし……その学校って全寮制でしょ? この町から出たら、友達とも会えなくなるもん」

「いやお前、友達いないだろ」

「うるさいよお兄ちゃん」

「なんで行かないんだよ。特待生ってことはお金もかからないんだろ? しかもあそこ卒業したら魔法関連の仕事にも就きやすいし、超お得じゃん」

「そりゃ損か得かで言ったら得だろうけど……私、あんまり魔法に興味ないし」


 リタは憎々しげに、自分宛に送られてきた綺麗なえんじ色の封筒を見つめた。そして思う。

 ——この封書、絶っっっ対にアイリのところにも届いてるよね、と。

 理事長があの騒動の一部始終を見ていたとしたら、まだ五属性の魔法を使えることがバレていないリタよりも、爆発的な魔力を持つアイリに心打たれたはずだ。


 そもそも、アイリがエクテッドの理事長に魅入られて特待生として学校にやって来る——これはホリエン通りの展開だったりもする。だから彼女がこの誘いに乗る可能性は極めて高い。しかし、『リタ』は普通に試験を受けるはずなのに。


「……なんか、変だな」

「変ってなにが?」


 尋ねてくる兄を無視して、考えてみる。


 そもそも『リタ』もアイリも入学するのは十五歳の時なのに、今はそれより二年も前だ。

 もしかしてアイリとの出会いがイレギュラーな形になってしまった結果、ゲームとは違う方向に世界が進んでいるのかもしれない。


 アイリとの出会いは、意図的に避けようと思っても避けられなかった。恐らく、どう抗ってもゲーム内と同じ展開になってしまう出来事というのも存在するんだろう。

 だとしたら、アイリの退学はどうなんだろうか。Ⅱのストーリーにおいて、アイリの退学は悲しいことに全ルート共通の出来事で、印象的なエピソードの一つでもある。


「もしかして、アイリの退学も変えられない出来事なんじゃ……?」

「おい、だからそのアイリって誰だよ?」

「お兄ちゃん! 大切な人が退学しそうな時、どうやれば助けてあげられると思う!?」

「は!? 意味分かんねーけど……なんで退学になるんだ?」

「え……それは、悪いことを、するから?」


 アイリは『リタ』に陰湿なイジメを行い、攻略対象たちの怒りを買ったことにより退学に追い込まれる。

 より具体的に言うと、学内で高い地位や厚い人望を獲得している攻略対象たちの強い訴えに感化された他生徒が、こぞって彼らに協力。複数の生徒からアイリは非人道的な少女だと嘘を吹き込まれた理事長が、鶴の一声で退学させてしまうのだ。


「なんで未来形? まだ退学になってねーの?」

「あ、うん……このままだと、いずれそうなるかもって感じ」

「ふーん。じゃ、注意すれば?」

「え?」

「大切な相手なんだから、話くらいする関係性なんだろ? なら、悪いことしないようにあらかじめ注意しておけばいいじゃん。それでもするならもう救えねーけど」

「注意……」


 大前提として、アイリは優しい子だ。先日会った時もそう感じた。

 そんなアイリが退学を言い渡されるほどの悪事を行うことなんてそうそうないはず——だが、この世界には原作が存在する。

 今どれだけ良い子でも、Ⅱのことを考えると、そのうち彼女が『リタ』への嫉妬に狂うことがあるかもしれない。

 それを防ぐために、リタは『リタ』のポジションにつかないことを選んだ。彼女と会わなければ、ルームメイトにならなければ、攻略対象たちと接触することがなければ、事件は起こらないはずだと思ったから。


 ——だが、もしもアイリのイジメと退学が、この世界にとって変えられない出来事だとしたら?


 リタが逃げ出したところで、アイリはゲームと同じ展開を辿るかもしれない。

 この世には才能に溢れた美少女は他にもたくさんいるだろうし、その子が空いている『リタ』のポジションにつき、アイリの嫉妬を買い、イジメに遭う可能性は、ゼロとは言い切れない。

 だとしたら、何も知らないその誰かよりもリタがそこにいた方が、もしもの時アイリの助けになれるかもしれない。


「それだよお兄ちゃん! 天才!!」

「は? なんだよお前、気持ち悪いな……」


 怪訝な顔をする兄に、リタはにっこりと微笑んだ。

 気持ち悪がられるのは心外だが、兄のおかげで色々と吹っ切ることが出来た。


「……それより、リタは本当に魔法に興味がないの?」

「ある!」

「あ、あれ? さっき無いって言ってなかった?」


 元気よく先ほどと真逆の回答をしたリタに、母は驚いたような顔になったが、すぐに表情を引き締めて続けた。


「それなら行ってみたら? お母さんもリタがいなくなるのは寂しいけど……せっかく頂いた機会なんだし、魔法を使える子ばかりのところの方が友達を作りやすいかもしれないし。もし合わなかったら、いつでも戻って来ればいいから」

「うん! 私、エクテッドに行くよ!」

「えっ? あなた、さっきまで行かないって言ってなかった?」

「気が変わった!」

「この一瞬で……、一体なにがあったの?」

「やっぱこいつ、頭打ってからおかしくなってね……?」


 リタの言動に戸惑いを隠せない母と兄の隣で、父がおかしそうに笑った。


「いいじゃないか。元々、リタの才能は使わないと勿体ないと思ってたんだ」

「本当に不思議よね……二人とも、誰に似たのかしら」


 両親は一切魔法が使えないのに、リタと兄は使える。ちなみにこの設定の説明は本編で一応存在するのだが、今は特に関係ないので割愛する。ざっくりとだけ言うと、隔世遺伝だ。


「ただ、全寮制っていうのが心配だな……リタの事だ……家に帰ってくる時には、恋人の一人や二人は出来てるんだろうな……」


 父はいたって真面目な顔をしているが、恋人が二人もいたら人としてどうかと思うのだが。


「あなた、なに馬鹿なこと言ってるのよ……」

「リタはこんっなに可愛いんだから、周囲が放っておかないだろう。しかも特待生だなんて……才能のある美人なんて、人気が出ないわけがない!」


 その言葉に、親馬鹿だなあと思うと同時に、一つの不安が生まれた。


「あのさ……私って、可愛い?」

「……はあ?」


 大真面目な顔でリタに問われた兄は、苦虫をかみつぶしたような表情になった。


「私って、可愛い?」

「いや、聞き取れなかったんじゃなくて……きめーこと聞くなってことなんだが」

「ごめん、大事なことなんだ」

「…………まあ、…………可愛くないとは、流石に言えないんじゃね」


 自分にかなり甘いところのある父はさておき、死ぬほど気持ち悪そうな顔をした兄ですら、否定はしないレベル。


 客観的に見ても、『リタ』の容姿は可愛い。

 前世のネット上での彼女の評価はズタボロだったが、それはあくまで制作陣のお気に入り感が透けて見えていたからであって、その容姿に対する批判はほぼ無かった。むしろ「キャラデザは好みなのに残念」みたいな意見をよく見かけたし、数少ない『リタ』のファンのほとんどは見た目だけで推していたくらいだ。


「リタは私のひいおばあちゃんに似たんでしょうね。写真でしか見たことがないけど、リタみたいに綺麗な顔で、綺麗な髪をしていたから。もしかしたら魔法の才能もそうだったりして」


 母に優しく髪を撫でられて、ふと思う。

 リタのチャームポイントといえば、この長い髪。こちらの世界では黒い髪というのは珍しくて、不気味だと恐れる人も多いらしいけど、真っ直ぐで綺麗なこの髪は、同性の自分が見ても感心してしまう。

 ゲーム内でも攻略対象達が「綺麗な髪だね」「俺、長い髪の子が好きなんだ」とかなんとか口説いているシーンも多かった。


「……よし、決めた!」

「なにを?」

「私、髪を切る!」

「はあ!? な、なんでそんなことを?」

「動き回るのに邪魔だから!」


 驚く家族に適当な理由を述べて、リタは駆け足で部屋に向かった。母が止める声は聞こえたが、申し訳ないけど無視させてもらう。

 部屋の中にあるハサミを手に取って、姿見の前に立つ。


「ロングヘアーが最強ってわけでもないけど……攻略対象たちは、ことごとく長い髪の女が好きって言ってたもんね」


 だからこそ、新旧主人公共にロングヘアーなのだろう。単に制作陣の好みで、攻略対象たちの好みは後付けかもしれないが。


 さすがに変な髪型になるのは嫌だから、鏡を見つめて慎重に狙いを定めて、ぐっとハサミを持つ手に力を込める。

 ちなみにこの世界にも美容院のようなものは存在するが、数が少なく、この周辺にも——少なくとも子供一人で行ける距離にはない。そしてリタの髪型をいたく気に入ってる両親が、頼み込んだところで連れて行ってくれるとは思わないので、自分でやるのが一番早いという判断だ。


 リタは、長年伸ばし続けた綺麗な黒髪を、躊躇なくばっさりと切り落とした。



続く

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