第4話【夏休みの旅行】

 たくさん考え事をしたせいか、いつの間にか相当お腹がすいていたらしい。

 リタが夢中で夕飯を食べている間も、おしゃべり好きな父はひたすら話続けていた。


「そういえばもうすぐ夏休みになるな」


 夏休み。待ちに待ったその単語で、リタは食べる手を止めた。


「あのね! 夏休みの旅行の行先ってまだ決まってなかったよね?」

「ええ。特別行きたいところがなければ、いつも通りお姉さんの所にするつもりだけど」


 母がそう言うと、今まで黙々と食べていた兄も、話に参加してきた。


「えー、また伯母さんち?」

「こら、なんて事言うの。お姉さんは毎年あんたたちの顔を見るのを楽しみにしてくれてるのよ」

「そうだぞ。毎回あれだけご馳走を用意して出迎えてくれるじゃないか」

「だってさー、この間の冬休みに会ったばっかじゃん」


 不貞腐れた顔をする兄。

 リタ達に優しく接してくれる伯母さんのことは、リタも兄ももちろん嫌いではない。むしろ好きだ。しかしここ最近は長期休暇の度に遊びに行っているから、新しいもの好きの子供が飽きてしまうのも仕方がないことかもしれない。


「あのさ、私、今年は行きたいところがあるんだ」

「お、リタがそんな事言うなんて珍しいな。どこだ?」

「アンディエゴ!」

「え、隣町の? せっかくの旅行なのに、そんなに近くでいいのか?」

「いいの! むしろそこがいい!」


 父の問いに力強く頷いたリタを見て、母は「やっぱり、なんだか雰囲気が変わったような」と呟いたが、すぐに賛同してくれた。


「分かったわ。リタがそこまで言うなら、アンディエゴにしましょう。いいわよね、あなた」

「ああ。あの辺りには良い宿屋もたくさんあるしな。たまには近場も新鮮でいいだろう」

「えー、俺はもっと遠くがいいー」

「確かアンディエゴに新しいパン屋さんが出来たらしいわよ。美味しいって評判みたいだったけど」

「アンディエゴ行きてーな!」


 好物を提示され、あっさりと手のひらを返す兄。こういう単純な所は子供らしくて可愛らしいとリタは思った。

 思ってから、今は自分のほうが年下なことに気が付いた。



 食事を終え、洗い物を手伝うという提案を先ほどと一言一句同じ理由で却下されたリタは、大人しく自室に戻った。



「よし、行き先を変えられたぞ!」


 とりあえずこれで、あの二人と会う展開にはならないはずだ。

 アイリに会えないのは非常に残念だが、自分と出会うことでアイリが不幸になってしまう可能性が少しでもあるのなら、会うべきではない。ファンとして。


「旅行の後も、アイリ達の住んでる町には近づかない方がいいかな」


 しかし、せっかく同じ世界に転生できたのだから、一度くらいは生の推しの姿を拝みたい。大人になったくらいの頃なら、出会ったとしてもゲームのような展開にはならないだろうからいいかもしれない。本編と同じ学生時代のアイリも見てみたかったが、彼女ならきっと年を経ても可憐で愛らしいままだろうから、大人の姿を見られるのも楽しみだ。


「何十年後、アイリに会うことを目標に生きる……転生してもアイリが生きる糧なんて幸せでしかない!」


 二度目の人生でも同じ人を推せるなんて、ファンとしてはこれ以上ない喜びだった。


「よし! そのためにはまず、アイリにⅡのストーリーみたいな思いをさせないぞ! アイリの幸せは私が絶対に守る!!」


 改めて決意を固めて、リタは天井に拳を突き上げた。



◆ ◆ ◆



 前世の記憶を思い出してから、あっという間に数週間ほどの時が過ぎた。


 その間に変化したことといえば、学校での立場くらいのもの。

 ゲームの『リタ』は、この世界では珍しい真っ黒な髪と、庶民ながらに高い魔力を保持していたことから、周囲の人間に白い目で見られていた。

 そのためクラスメイトからの嫌がらせは、日常茶飯事だった。


「……あの子達、絶対ロクな大人にならないな」


 まあ、イジメをしてくる子がどんな大人になろうと、リタの知ったことではないのだが。

 ただ、物を隠したり足を引っかけてきたり、年相応ではあるものの、あまりに幼稚なイジメの相手をするのは面倒だった。それに、また突き落とされて怪我でもして、家族に心配をかけるのは避けたい。


 なので魔法を使って少しだけ脅しのようなことをした結果、無事平穏な日常を手に入れることができた。

 まあ『クラスでイジメられている女』から『クラスで浮いている女』になったのは、立場が悪化してるのか好転してるのか分からないが、とりあえず誰にも構われない方がまだ気楽でいい。


「……魔法かぁ」


 転生前のリタなら、自分が魔法を自由に使えるという事実にテンションが上がったと思う。

 だが今のリタには前世の記憶を思い出す以前の記憶もあるので、残念ながら既に魔法の存在には慣れてしまっている。


「それにこの町じゃ、すごい魔法が使えても悪目立ちしかしないし」


 この世界の魔力は遺伝的な要素が強いため、基本的に高い魔力を有しているのは貴族や王族が多い。しかし稀に庶民にも高魔力保有者が現れたりする。それがリタやアイリだ。

 でもそんなのは本当に稀なことで、リタが住む町には他にそんな人はいないし、そのせいでリタは奇異の目で見られることが多い。


 ちなみに兄妹だからかリタの兄も庶民の中では魔法が使える方で、ゲーム内では『リタ』が十五歳の頃——つまり今から二年後——に、兄の強い勧めで一緒に入学試験を受けに行き、妹だけが合格するという気まずい流れになる。


「せっかくだし、町を出て魔法を学ぶのも楽しそうだけど……学校に行ったら、絶対アイリに会っちゃうもんなぁ」


 流石にゲームの舞台となる場所に行くのは、あまりにリスキー過ぎる。いくら注意を払っても、高確率でアイリや攻略対象たちに遭遇してしまうだろう。


「あー、でもやっぱり生の制服アイリを拝みたかったな」

「アイリって誰だ?」

「うわぁ!?」


 声に驚いて振り向くと、いつの間にか自室の部屋の扉が開いていて、きょとんとした顔の兄が立っていた。


「ちょ、ちょっと! レディの部屋に入る時はノックくらいしてよ!」

「妹相手にレディもクソもあるかよ。で、アイリって誰だよ?」

「アイリ? 誰それ、聞いたことないや」

「まっすぐな目で嘘つくなよ……まあ、いいや。それより準備終わったのか?」


 その言葉に、リタは足元に置いていた鞄を持ち上げた。


「ばっちり! もう出かけるって?」

「そろそろだってさ。母さんたちも待ってるし、行こうぜ」

「はーい」


 兄の後ろに続いて、部屋を出る。

 今日は七月二十八日。ゲーム内で『リタ』とアイリ達が初めて出会う日だ。それを防ぐため、リタは家族と共に隣町へ旅行に行く。


「にしても、せっかくの旅行なのに隣町かぁ……」


 兄はこの数週間で一体何度同じことを言えば気が済むのだろうか。もしかしたら、なんだかんだ言いつつも伯母の家に行きたかったのかもしれない。


「たまにはいいじゃない。リタは行きたいところがあるんでしょう?」


 母の視線を受けて、慌てて頷いた。


「うん! えっと、友達がおすすめのお店があるって言ってたから!」

「まあ、そうなの」


 もちろん嘘である。

 友達と聞いて嬉しそうな顔をする母を見ると多少心は痛むが、これもひとえにアイリの為だと思うと、耐えられる。


「え、でもお前、友達いないだろ?」

「し、失礼な……いる、よ……」


 悲しいことに、これも嘘だ。

 学校で常にぼっち状態なことは、両親には隠しているが兄には知られている。


 しかし、兄の言葉を聞いて、気まずげに視線をそらした両親の反応を見るに、普通にバレてそうな気がして恐ろしかった。



◆ ◆ ◆



 いつもと比べるとかなり近場の旅行となったが、家族でそれなりに観光を楽しんで、日が落ち始めた頃。予定していた宿に向かう途中で、リタはあることに気が付いた。


「あ……さっきのお店に鞄忘れちゃった」

「ええ? もう、お店を出る前に、ちゃんと忘れ物ないか確認したのに」


 というより、鞄を持っていないことに今更気が付くなんて、我ながら間抜けすぎる話だ。家族にも指摘してほしかったところだが、みんな旅先でテンションが上がっているのかもしれない。


「いやー、うっかり……ちょっと取りに行ってくるから、お母さんたちは先に宿に行ってて」

「一人じゃ危ないだろ。俺もついてくよ」

「父さんもついていこうか?」

「平気平気。子供じゃないから」


 二人の提案を断り、走り出す。

 

 後ろの方から「いや、子供だろ」という兄の声が聞こえて、確かにその通りだなと思った。



続く

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