地上げ屋

 毎年、全国で八万人を超える人間が失踪している。

 白骨遺体の身元として、失踪者が洗われた。遺骨の鑑定から、被害者は四十歳前後の男性で、身長は百七十センチくらいだということが判明している。失踪者の記録から、十年前、柿の木坂公園の整備工事が行われた頃、公園の周辺で行方が分からなくなった四十歳前後の男性に絞り込んで捜査が行われた。

 該当者が十二名、浮かび上がってきており、その絞り込みが行われていた。

 遺骨の鑑定からは、死因が特定できなかった。だが、死後、湖底に埋められていたのだ。事件に巻き込まれたと見て、間違いないだろう。

 残りの遺体は、未だ地中にあるのか、散逸してしまったのか、全身の六割程度しか見つかっていない。幸い、頭蓋骨の顔面頭蓋部分が見つかった。これで、生前の人相を復元することが出来るかもしれない。

「柿の木坂公園の死体遺棄事件」として捜査本部が設立された。仲崎幸太郎の殺人事件と白骨遺体の事件は平衡して捜査が行われることになった。

 但し、捜査本部では二つの事件が関連あるものとは見ていない。殺害時期が隔絶している。同じ場所で遺体が発見されたというだけのことだと考えていた。

 仲崎幸太郎の頭部が見つかっていない。瓢箪池の捜索が行われていたが、見つかるのは骨片ばかりだった。

 捜査本部では、

 ――犯人が別の場所に遺棄したのではないか。

 と主張する捜査員がいた。

 そんな中、意外なところから白骨遺体の身元が判明した。

「このDNAを白骨遺体と照合してみてくれ。親子関係がないか確認して欲しい」そう言って、祓川が綿棒で口腔粘膜を拭ったサンプルを鑑識に持ち込んで来たのだ。

 被験者本人の同意を得ていると言い、「恐らく被害者の娘だ」と祓川は言う。

 遺体は長期間、地中に埋められ、湖底に水没していた。白骨遺体からDNAを取り出すことは難しかったが、最新の科学捜査により、何とか遺体からDNAを抽出することに成功した。

 DNA鑑定の結果、親子関係が認められた。

 被験者の名前を秋貞杏里あきさだあんりといった。

「秋貞――⁉ あの秋貞和義の関係者ですか?」

 祓川に尋ねると、「そうだ」と言う。単独行動したのは、秋貞杏里からDNAサンプルをもらい受けに行く為だった。兄が協力的ではないので、妹を攻めたようだ。

 秋貞は母方の姓であり、杏里の父親の名前は中村拓真なかむらたくまといった。中村は今から十年前に失踪した。

「事情聴取に行ってくる」と祓川がまた一人で出て行こうする。

「何処に、誰に会いに行くのですか?」佐伯が問いかけると、「秋貞和義に決まっている」と面倒臭そうに答えた。

「僕も行きます!」

 佐伯は椅子の背に掛けてあった背広を掴んだ。

 白骨遺体が秋貞和義の父親であったとなると、見方が変わってくる。仲崎幸太郎は殺人鬼だ。中村拓真を殺害し、金を奪ったのかもしれない。それを知った秋貞和義に殺され、バラバラにされた。そう考えると辻褄が合う。

「梅沢さんの事件はどうなっている?」

 警察車両に乗り込んだ途端、祓川が尋ねてきた。偏屈者の祓川だ。仲間内で毛嫌い――というか、敬遠されている。捜査状況を教えてくれる同僚の刑事などいなかった。

「梅沢トキの事故死について、再捜査したようですが、結果は芳しくなかったようです」

 加藤寅雄の事故死より二年後に、梅沢トキの事故が起こっている。加藤から奪った三百万円を使い切ってしまったのだろう、加藤の事件の後、程なくして仲崎は糸井不動産で働き始めた。地上げの仕事だ。

 糸井不動産を尋ねた高島によれば、知人の紹介で、仲崎を雇ったと糸井は説明した。暴力団絡みの金融機関から金を借り、返済が滞り、借金のカタに働かされていた――というのが、仲崎が働き始めた本当の理由らしい。

 加藤から奪った三百万円を使い切った上に借金まであったことになる。

 そして、梅沢トキのガス中毒事故が起こる。

 当時、梅沢トキは地上げ屋の嫌がらせに遭っていた。梅沢家一帯が再開発地区に指定され、高層マンションを建設する計画が持ち上がっていた。このマンション建設計画を事前に掴み、住民の立ち退きに精を出していたのが糸井不動産だった。

 そして、糸井不動産で立ち退きを行っていた人物が仲崎だった。

 糸井曰く、「仲崎は優秀な地上げ屋だった」そうだ。

 立ち退きに同意しないトキに痺れを切らし、トキの口元を覆って窒息死させ、ガス中毒を装うためにコンロの元栓を開けてポットをかけておいた――そんな状況が想像できた。

 部屋にガスが充満し、引火して大爆発になれば、周囲一帯の地上げが楽になる――そう糸井や仲崎が考えていたふしがあった。ところが通行人がガスの匂いに気が付き、警察に通報したことからガス爆発を未然に防ぐことができた。

 梅沢トキを殺害したのは、仲崎幸太郎であったのかもしれない。

 一人息子の敦夫は、母親の死を待ちかねていたかのように、トキの死後、一軒家を高額で糸井不動産に売却している。

「仲崎幸太郎の犯行であることを示す、証拠や証言は見つかっていません。一人息子は母親の死により大金を得ています。例え母親を殺害したのが仲崎幸太郎で、それを知っていたとしても、やつを恨んでいたとは思えません」佐伯が言うと、祓川は「そうか」と返事をしただけだった。


 乾清苑を尋ねると、「いらっしゃいませ~!」と出迎えた若い店員までもが(またかよ――⁉)という顔をした。

 昼食前で店内は閑散としていた。「こちらへどうぞ」と二人は目立たない席に案内された。

「秋貞和義さんにお会いしたい」と伝えると、「少々、お待ちください」と店員は厨房に消えた。直ぐに秋貞が現れると、「暇じゃないんですけどね。今日はどんなご用件でしょうか?」と皮肉交じりに言った。

 早速、祓川が斬り込む。「秋貞さん。お父さんの遺体が見つかりましたよ」

 秋貞は「えっ――⁉」と驚いた顔をした後、一瞬だが、泣いているのか笑っているのか分からないような複雑な表情を浮かべた。

「瓢箪池から白骨遺体が見つかりましてね。あの仲崎幸太郎さんのバラバラ死体が見つかった池です。そこで、妹さんからDNAの提供を受けて、白骨遺体から抽出したDNAと照合してみたのです。その結果、白骨遺体はあなた方のお父さんであることが分かりました」

「そ・・・そうですか・・・」

「それで、こうしてお伝えに来た訳です。先日、あなた、周りに行方不明になっている人物がいないかお尋ねした時、いないとおっしゃっていましたね」

「父は死んだものだと思っていましたので」

「なるほど~はるほど~苦しい言い訳ですな」

「実際、亡くなっていたんでしょう」

 秋貞の答えを無視して、祓川は「あなた、あの池にお父さんの遺体が沈んでいることを、知っていたのではありませんか?」と尋ねた。

「知りませんよ。そんなこと」と秋貞が言下に否定する。

「お父さんは殺害され、瓢箪池の湖底に埋められていたようです。事故や自殺とは考え難い。生前、お父さんは何かトラブルを抱えていませんでしたか?」

「父がですか――⁉ いえ、父は至って真面目な性格で、晩酌で少々、お酒を飲む程度のことはありましたが、外で派手に遊んだり、賭け事に夢中になったりするような人間ではありませんでした。トラブルなんて無かったと思います」

「なるほど~なるほど~お父さんを殺害した犯人に心当たりはありませんか?」

「ありません」妙にはっきりと秋貞が答える。

「仲崎さんはどうでしょう? お父さんと仲崎さんは知り合いだったのではありませんか?」

「さあ、父がいなくなったのは、十年前です。僕はまだ高校生でした。父の交友関係までは分かりません。最近は父の顔ですら、はっきりと思い出せなくなって来ました。ある日突然、父は失踪したのです。父は、家族に黙っていなくなるような、そんな人ではありませんでした。仕事でも家庭でも、大きな問題を抱えていませんでした」

「なるほど~なるほど~失踪当時、お父さんはどんなお仕事をされていたのですか?」

「都内にあった会社に勤めていたサラリーマンでした。現在、母が住んでいる勝田台の家から二時間近くかけて会社に通っていました。朝、僕が起きた時には、父はもう出勤した後でしたい、家に戻ってくるのは大抵夜中で、僕が寝付いてからでした。父と顔を合わすのは週末だけ、そんな生活でした」

「なるほど~なるほど~ところで、秋貞さん。大島裕哉おおしまひろやさん、ご存じですよね?」

 大島? 一体、誰だ? と佐伯の方が驚いた。

「大島? ええ、勿論、知っています。高校の同級生ですが、あいつが何か?」

 単独捜査ばかりしているが、陰で祓川はそれこそ靴底をすり減らしながら聞き込みを行っているに違いない。秋貞が犯人であることを確かめる為に、調べ回っているのだ。協調性は皆無だが、この親父には叶わないと思えた。

「いえね。大島さん、最近、ゴルフに凝っているそうで、あなたにもゴルフをやらないかと勧めていると聞きました」

「ええ。しつこく誘われていますが、それが何か?」

「何度か一緒にコースを回ったことがあるそうですね?」

「ああ、確かに。同級生とゴルフ・コースを回って、何が悪いのですか? 確か、言いましたよね。ゴルフをやったことがあるって」

「はい、確かに。彼、大島さん、ゴルフ・クラブを買い替えた時、古いゴルフ・クラブ一式を、あなたに差しあげたと言っているのですが、あなた、ゴルフ・クラブは持っていないと答えましたね?」

 祓川の詰問に、「ゴルフ・クラブ・・・ああ、そう言われるともらったような気がします。忘れていました。すいません」と秋貞は素直に謝った。

「大島さんからもらったゴルフ・クラブ、今でもお持ちですか?」

「自宅にあると思います」

「後ほどで結構ですので、確認して頂けますか?」と祓川はしつこい。

「はあ・・・」と秋貞が頷いた。


「さて、お次は何処に向かいますか?」

 乾清苑を出た佐伯は皮肉混じりに祓川に声をかけた。結局、秋貞にはのらりくらりと言い逃れをされてしまった。

「糸井不動産の社長から話を聞いてみたい」と祓川が言うので、佐伯は高島に電話をして、糸井不動産の場所と連絡先を聞き出した。

「糸井不動産の社長に何を尋ねるのです?」糸井不動産に向かいながら尋ねると、「中村拓真と仲崎幸太郎の関係を調べるのだ」と言う。

「二人の関係を調べることと、糸井不動産の間にどんな関係があるのですか?」

「関係があるのか無いか、それを調べに行くのだ」と堂々巡りになってしまう。

「どういうことでしょう?」と辛抱強く尋ねて、やっと祓川の意図が飲み込めて来た。

 仲崎幸太郎の経歴で分かっているのは、妻の真理の交通事故まで警備会社で働いていたということだ。真理の事故死により保険金と賠償金をせしめたことから、会社を辞めマンションを購入している。これがざっと二十年前のことだ。その後、加藤寅雄の転落死が起き、彼が手にしていた配当金が紛失した。更に、その後、金に困った仲崎幸太郎が糸井不動産で地上げ屋をやっていた。

 ここまでの間で、仲崎幸太郎と中村拓真が接触した形跡は見られない。

 では、糸井不動産で働いていた間と、それ以降で、二人が接触した形跡がないか調べておきたい――ということなのだ。

 糸井不動産に、社長の糸井将いといまさるを尋ねた。

「おや、また刑事さんかい」と糸井は肥満した体を椅子に埋めながら、座ったまま二人を迎えた。

 糸井は六十代。福々しくて人が良さそうに見えるが、三日月形の眼が冷たい光を湛えている。若い頃にはギラギラとした目付きだったことだろう。額に幾つもある小さな傷が糸井の過去を物語っていた。

「仲崎のこと? あいつはね、よくない筋から金を借りて困っていた。うちで働くことになったのは、その筋からの紹介だった。意外に使える男でね。あいつには稼がせてもらったよ」糸井はそう言って、「ひひひ」と笑った。

「地上げ屋をやっていたとか?」

「刑事さん。地上げ屋はひどいなあ~彼はうちの非正規社員ですよ」

「非正規社員? 仲崎幸太郎さんが最近、どんな仕事をしていたのか分かっていないのですが、ご存じですか?」

「ご存じもなにも、彼はかれこれ・・・十五年前から、ずっとうちの非正規社員です」

「なるほど~なるほど~お宅の仕事をしていたってことですか?」

「ええ、まあ。もっともうちで仕事がなくなってからは、警備会社で働いた経験があるって言うんで、知り合いのビルで守衛の仕事をやってもらっていました」

 仲崎幸太郎が再びビルの守衛として働いていたことを、息子たちは知らなかったようだ。

「ほう~どちらのビルですか?」

「ああ」と糸井は港区にあるビルを教えてくれた。「紹介した当初は毎日、通っていたみたいだけどね。最近はまあ、あの年だ。定年退職状態で、ピンチヒッターみたいなもんだったらしい。毎日、出勤って訳じゃなかった。勤務時間が不規則で、昼だったり、夜だったりしたらしい。だから、あいつがどんな仕事をしていたのか、分からなかったのも無理はないな」

「何時頃からその守衛として働いていたのですか?」

「そうだね~かれこれ十年以上になるんじゃないかな」

「そうですか」と祓川は満足そうに頷いた。

「仲崎さんは大金を持っていたようなのですが、どうやって手に入れたかご存じありませんか?」と祓川が尋ねると、「ああ、きっと、掛け軸だよ」と糸井が答えた。

「掛け軸?」

「いえね。あいつがうちに来た頃、『金がない。利子だけでも払わなければヤバイ。何とかしてくれ』と言うので、あいつが持っていた掛け軸をカタに金を貸してやった。詳しくは知らないが、由緒正しい掛け軸だそうで、『かなりの値打ちものだ。売れば数百万にはなる』と言っていた。そこで、二百万ほど貸してやったよ。当時、うなるほど金があったからね。そして、掛け軸は倉庫に放り込んで、そのまま忘れてしまっていた」糸井は当時を懐かしむ様子で豪快に笑い飛ばしながら言った。

「なるほど~なるほど~それで、その掛け軸がどうしたのですか?」

「半年くらい前だったかな。やつがひょっこりと尋ねて来た。まあ、また金を貸して欲しいと言う話だったんだが、『貸しても良いが、何か借金のカタになるようなものがあるのか?』と聞くと、最初は今、住んでいるマンションをカタにしたいと言っていた。ちょっと古いが目黒なんで場所は悪くない。(あのマンションがカタなら金を貸して良い)と思ったよ」

「で、マンションをカタにお金を貸したのですか?」

「それが、久しぶりに顔を合わせたものだから、色々、昔話をしている内に、ほれ、あの昔、借金のカタに預かった掛け軸の話になった。『あの掛け軸、売り払ったのか?』と仲崎に聞かれたので、『そう言えば、倉庫に放り込んで、そのままになっている』という話をした。そしたら――」糸井はそこで言葉を切ると「あいつが、『勿体ない』って言うんだ」と言って、何が面白いのか「がはは――!」と高笑いをした。

「勿体ない?」

「ああ。あの掛け軸は歴史的な価値のある値打ちもので、売れば数百万、いや一千万になる。俺なら一千万で売ってみせる――て言うんだ。『じゃあ、売ってみろ。一千万で売れたら、貸してある金に利子をつけて返せ。残りはお前にやる』って言う話になった。それで、倉庫から掛け軸を探し出して仲崎に返してやった」

「なるほど~なるほど~それで、掛け軸は売れたのですか?」

「さあなあ・・・売れたとしても、仲崎のことだ、素直に『売れました』と言って金を持って来やしないだろう。ネコババしてしまったに違いない」

「騙されたのですね?」

 糸井は「がはは――」とまた高笑いとしてから、「何の。仲崎には随分と儲けさせてもらったからね。まあ、退職金代わりよ。安いもんさ。正直、あんなミミズの這ったような掛け軸、二束三文にしかならないさ」と一気に喋った。

 どうやら梅沢トキの事故以外にも、仲崎は糸井の指示で散々、汚い仕事をやって来たようだ。その口止め料の意味合いもあって、気前よく掛け軸を返したのかもしれない。

「退職金? 口止め料では?」という祓川の問いに、糸井は「何のことですかな? がはは――!」と大笑いして惚けて見せた。だが、その目は笑っていなかった。

「仲崎さんは何処で掛け軸を売り払ったのでしょうか?」

「さあね~そんなこと、俺に分かるはずが――」と言いかけた後、糸井は何か思い出した様子で、「ああ~」と呟いた。

 すかさず、祓川が問い詰める。「心当たりがあるのですね?」

「いえ、まあ、その、あの・・・」と歯切れが悪い。明らかに何か思い当たることがあるのだ。恐らく、刑事には伝えずに、先ずは自分で確かめたいのだ。仲崎が掛け軸を売って、大金を手に入れたとなると、何とか、その分け前をせしめたい。その算段を考えているのだ。

「仲崎さんの部屋から現金は見つかっていませんよ」と言うと、糸井はあきらめた様子で、「いえね、刑事さん。知り合いの古美術商がいたことを、ふと思い出したんですよ。そう言えば、仲崎の野郎とも顔なじみだったなあ~なんて思ったものですからね。掛け軸を売るとしたら、先ず、そこに持ち込んだんじゃないかと思いました」と渋々、答えた。

「ほう~何処のどなたです?」

 糸井は文京区本郷にある骨董品屋「西浦竜玉堂」の店主、西浦岳にしうらがくという人物を教えてくれた。

 きっと、糸井は西浦に仲崎が掛け軸を売りに来たかどうか、確認するだろう。そして、掛け軸を買い取ったのなら、幾らで買い取ったのか尋ねるはずだ。

 まだ、分け前をせしめることを、あきらめてはいないだろう。

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