第二章「湖底に眠る死者」

白骨遺体

 警察では連日、ダイバーを潜らせて、瓢箪池の捜索を行わせていたが、仲崎幸太郎の左腕と頭部が見つかっていなかった。

「池を浚ってでも見つけ出せ!」と厳命したことが、意外な事件を掘り起こしてしまう。

 衝撃のニュースが世間を震撼させた。

 警察と消防を合わせて瓢箪池の一斉捜索を行った結果、被害者の左手が発見された。これで頭部を除き、被害者の遺体を全て回収できたのだが、左手発見時に思わぬものが発見された。

 湖底より人骨と見られる骨片が発見されたのだ。

 湖底を浚ってみたところ、汚泥に混じって骨片が発見された。初めは水生の小動物の骨かと思われたが、骨片が大きかった。湖底を更に深くまで浚ってみたところ、次から次へと骨片が現れた。

 佐伯は一報を受けて、現場に一番乗りをしたと言う高島から状況を教えてもらった。

「まさか、人骨じゃないよな」と高島が鑑識官に確認したところ。

「大きさから見て、人骨だと思います」と言う返事だった。

「そうかあ・・・で、一人分だろうな? まさか、複数なのか?」

「量から見て大人一人分ってところですかね」

「男か女か、どちらだ?」

「頭蓋骨か骨盤でも見つかれば、男女の区別くらいはつくと思いますけど、生憎、どちらもまだ見つかっていません。専門家の鑑定待ちになりそうです」

「死後どれくらい経っているんだ?」

「う~ん、五年か十年・・・環境にもよりますからね。そこも法医学の専門家の分析を待たなければなりません」

「てことは、池から人骨が見つかったってこと以外、何も分からない訳だ」

「まあ、そうです」鑑識官はしらっと答えると、「でも分かっていることがあります」と言った。

「何だ?」

「白骨死体の方がバラバラ死体よりも先に死んだということです。殺人事件だとすると、最初の被害者は白骨遺体の方ですね」

 高島は苦り切った顔で、「まあ、普通に考えてそうだろう」と佐伯に言った。

 頭蓋骨らしき骨片が発見され、人骨であることは素人目にも明らかとなった。当然のように、現場は上へ下への大騒ぎとなった。

 早速、白骨遺体の鑑定が行われた。

 瓢箪池で発見された白骨遺体は、少なくとも十年以上、湖底に埋められていたものと推定された。

 柿の木坂公園付近は、かつて農地だった。瓢箪池は灌漑用の溜池の跡だ。当時は蓮池と呼ばれていた。蓮が群生していたのだろう。溜池の跡地がほぼ現在の公園となっている。都市化の過程で農地が住宅地へと変わり、溜池はその存在意義を失ってどんどん小さくなっていった。埋め立てられた溜池の一部は公園として整備された。

 十年程前に公園に隣接していた大手都銀のグランドが公園と併合され、現在の規模となった。この際、規模を縮小しながら残っていた溜池が整備された。中央部分に弁天島が作られ、島に渡ることができるように橋が架けられた。そして、その形から瓢箪池と呼ばれるようになった。

 瓢箪池は水流のほとんどない池であり、死体が他所から流れ着いた可能性はゼロといえた。とすれば死体は池に放棄されたものと考えられる。だが、溺死でない限り死体は水に沈まない。例え溺死であったとしても腐敗が進めば死体は浮かび上がってくる。

 死体が浮かび上がって来ないように重りをつけて池に沈めたとしても、腐敗が進めば体内で発生するガスの為に遺体は膨張し、バラバラになって浮かび上がってくる。

 科捜研で鑑定を行ったところ、遺体は長い間地中に埋められていたという鑑定結果だった。骨片は池の底の地中に埋まっていたことになる。犯人は何らかの方法で遺体を湖底に埋めたのだ。そこで考えられたのは十年前に行われたという公園の整備だ。現在の柿の木坂公園は、この時の整備からほとんど形を変えていない。

 この時、瓢箪池の中央部に弁天島ができ、橋を架ける為に、水がせき止められ、大規模な工事が行われた。

 公園整備の際に、工事現場に侵入した犯人により遺体が地中に埋められた。やがて池に水が引かれて湖底となった。遺体は湖底の地中で腐敗し、分解され、ぶくぶくとガスだけが水中に排出された。そして、死体は白骨化した。それが、池底を浚ったことで、現れたのだ。

「白骨遺体の身元を特定しろ!」係長の指示が飛ぶ。

 難解な殺人事件を二件、抱えることになり、捜査員は捜査に忙殺されることになった。

 そんな中、我関せずと、祓川は何処かに出かけようとする。目ざとく気がついた佐伯が後を追いながら尋ねた。「祓川さん。何処に行くのですか?」

「捜査に決まっている」

「白骨遺体の身元を洗うのですね? 何か考えがあるのですか?」

「秋貞和義に会いに行くのだ」

「秋貞に――⁉」

 理解できない。祓川は秋貞犯人説に固執し、捜査を疎かにしようとしている。思わず、佐伯は「待って下さい」と祓川の肩を掴んだ。

「・・・?」祓川が意外そうな顔をして振り返った。

 佐伯の怒りが理解できていない顔だ。佐伯の手を振り払いでもしたら、祓川に食ってかかっただろうが、その顔を見た途端、沸騰した気持ちが萎えてしまうのを感じた。

「まだ頭部が見つかっていない」と祓川は言う。

「それが――?」佐伯には、祓川の言わんとしていることが理解できなかった。祓川は言う。「白骨遺体が見つかったのが偶然だったのか、それとも必然だったのか、それを確かめに行くのだ」

 まるで禅問答だ。不承不承、佐伯は祓川の事情聴取に同行することにした。

 乾清苑を尋ねた。昼食時を過ぎていたが、客がぱらぱらと残っており、厨房の秋貞の体が開くのを待たされた。

「すいません。お待たせしました」と秋貞が現れたのは、二人が乾清苑を尋ねてから、そろそろ一時間が経とうかという頃だった。

「お忙しいところ、すいません」と断ってから、祓川の尋問が始まる。

 手の内拝見だ。佐伯は黙って見ていることにした。

「柿の木坂公園の事件で動きがありました」と祓川が言うと、「そうですか」と秋貞は興味の無さそうな顔だった。

 それはそうだろう。たまたま近所に出前をしていただけだ。事件に関係があると思っているのは、今のところ祓川だけだ。

「柿の木坂公園には瓢箪池という池があるのをご存じですよね?」

「さあ、あの辺は詳しくないので」

「瓢箪池からバラバラ死体が見つかったのですが、同じ池から白骨遺体が出て来たのです」

「えっ!」と秋貞が驚いた。

 その顔を見た時、佐伯はどこか不自然なものを感じた。話の流れから言えば、「そうですか」と軽く受け流されても仕方ない内容だ。俺に何の関係があるのだと思って当然だ。遺体が見つかったと聞かされたら、誰でも多少は驚くだろうが、秋貞の驚き方が佐伯の想像と違っていた。

「白骨遺体ですか。被害者が誰なのか、分かっているのですか?」

「詳しいことは鑑定の結果を待たなければなりません」

「ああ、そうですか」

 秋貞の顔に失望の色が浮かんだ――ような気がした。

「白骨遺体に身元に心当たりはありませんか?」

「僕がですか⁉ さあ、分かりません」

「身内で行方が分からなくなっている人はいませんか?」

「いいえ、いません」

「なるほど~なるほど~最近でなくても、そうですね~十年くらい前まで遡って、いませんか?ご家族で誰か行方が分からない方が」

「いませんよ」

「仲崎さんを殺害した犯人は、何故、遺体を池に捨てたのでしょうね?」

「僕には分かりません」

「白骨遺体と関係があるのでしょうか?」少々、しつこい。

「さあ」と秋貞が首をひねった時、客が来店し、「いらっしゃいませ~」と店員の声がした。それを合図に、「すいません。じゃあ、この辺で」と秋貞は厨房に戻って行った。

 帰りに車の中で、祓川に佐伯が言った。「彼、池で白骨遺体が見つかったと聞いた時、妙な反応をしましたね」

「どう見えた」

「そうですね~」と佐伯はハンドルを握りながら考えた後で、「驚いた――って言うより、何だか嬉しそうに見えました」と答えた。

 祓川はその答えに満足した様子で、「秋貞和義の父親は十年前に失踪している」とさらりと言った。

「えっ――⁉ やつの父親が十年前から行方不明なのですか?」

「ああ、そうだ」

 何時の間にか、祓川は秋貞の身辺調査を行っていたようだ。

「しかし、彼、そんなことは一言も言っていませんでしたよ」

「嘘をついたな」

「しかし、十年前に失踪した秋貞の父親と白骨遺体に関係があるのでしょうか?」と尋ねると、祓川は「分からん!」と短く答えた。

 佐伯の中で、秋貞に対する疑惑が少し膨らんだ。


 仲崎幸太郎殺害の容疑者として、野川孤高という若者が浮かんでいた。

 黒田の証言によると、父親、加藤寅雄を殺害されたことを知り、仲崎を恨んでいた可能性があった。だが、捜査員が何度、住民票に記載された住所を尋ねても不在だった。

 祓川と佐伯は野川から事情聴取を行って来るよう指示を受けた。

「時間の無駄だ」と祓川なら言いそうだが、意外にも黙ってついてきた。「秋貞が犯人だと決めつけている訳ではない。可能性を排除して行った先に、残ったものが真実だ」だと言う。野川が犯人である可能性を消しておきたいということだろう。

 野川孤高は横浜市鶴見区矢向にあるアパートに住んでいるはずだが、ずっと留守だった。逃亡を図ったのではないかと疑われたが、勤務先が判明、連絡を取ったところ、出張中であることが分かった。

 野川は実家のある岩手県に本社がある梱包材を製造している会社に勤務していた。この春に、東京支社に転勤になったばかりで、今は岩手の本社に出張中だと分かった。出張に出たのが、事件があった日の翌日だった。

 野川が東京に戻って来る日が今日だった。

 連絡を取ると、アパート近くの喫茶店を指定された。事前に野川が勤める会社から顔写真を送ってもらっていた。約束の時間に喫茶店に出向くと、野川は先に来て待っていた。

 二十代だろう。色白だがニキビが目立つ。小柄で、額が広く、提灯を思わせる顔だが、俯き加減で上目遣いに見上げる眼が酷薄さを感じさせた。

「出張から戻ったばかりだそうで、お忙しいところすいません」

 ここでは佐伯が事情聴取を行い、祓川は黙って聞いているつもりのようだ。

「いえ。お陰で会社に寄らずに、駅からそのまま帰宅することができました」

「お疲れでしょうから、手早く片付けましょう。単刀直入にお聞きします。仲崎幸太郎さん、ご存じですよね?」

 佐伯の言葉に、「ああ、やっぱりそうですか」と野川は答えた。

「やっぱりとはどういう意味でしょうか?」

「警察が僕に用事だと聞いたので、何だろうと考えたのです。品行方正とまでは言いませんが、それでも警察にお世話になるようなことに、心当たりはありませんでした。ひょっとしたら、仲崎幸太郎のことかなあ~と思っていましたので」

「仲崎幸太郎さんをご存じなのですね?」

「はい。でも会ったことはありません」

「会ったことがない? 名前だけ、知っていたということですか?」

「刑事さん。単刀直入にお願いしますよ。あいつが僕の父親を殺した。だから、僕があいつを殺したと思っているんでしょう?」反対に野川から質問されてしまった。

「あなたが仲崎さんを殺害したと決めつけている訳ではありません。仲崎さんがあなたのお父さんを殺害したのですか?」

「嫌だな~刑事さん。黒田さんから僕の名前を聞いたのでしょう。だったら事情はご存じのはずだ。僕だって知りたいのです。あいつが父を殺したのかどうか」

 佐伯の尋問は後手に回っているようだ。質問を変えた。「六月十一日の夜、出張に出る前の晩ですが、何処にいらっしゃいましたか?」

「へえ~あいつが殺されたのは六月十一日だったのですね。出張先であいつが殺されたっていうニュースを見て驚きましたが、殺されたのが何時だか言っていませんでしたからね。そうですか~六月十一日だったのですね~」野川は嬉しそうだ。

 佐伯が質問を繰り返す。「六月十一日の夜、何処にいらっしゃいましたか?」

「家にいましたよ」

「それを証明してくれる人はいますか?」

「いませんね。一人暮らしですから。出張の前の晩なら、朝一の新幹線だったんで、早めに帰宅して寝ました。あいつを殺しになんて行っていません」

「お父さん、加藤寅雄さんはどういう方でした?」

「親父? 親父がいなくなったのは中学生の時でしたからね。博打好きで、お袋、苦労していました。金が無くて、貧しかったなあ~でも」と野川は言葉を切ると、虚ろな目をした。「俺には優しかった親父の記憶しかありません。ろくでなしの博打うちだったかもしれなませんが、家にいる時、親父は何時もにこにこしていました。そして、俺と遊んでくれました」

「なるほど。大好きだった親父さんが殺されたかもしれないと聞いて、仲崎さんに会いに行ったのではありませんか? 親父さんの死の真相を確かめたかった」

「しつこいな、刑事さん。仲崎には会いに行っていません」

 野川から有益な情報を引き出すことはできなかった。「出張明けで疲れていますので」と事情聴取を打ち切られ、野川は喫茶店を後にした。


 仲崎勇次のアリバイ確認が行われた。

 高島から聞いた話によると、「あんなやつでも殺されてバラバラにされたとなると、哀れなものだ」と事件当夜のアリバイを聞かれた勇次はそう言うと、「仕事が終わってから、真っ直ぐに家に戻った。その後は家にいた」と答えたそうだ。

 家族から裏付け証言が取れたが、所詮は家族の証言だ。真実を言っているとは限らない。

「お父さんを恨んでいた人物に心当たりはありませんか?」と高島が尋ねると、「親父を恨んでいた人間なんて、それこそ掃いて捨てる程いただろうよ」と光輝と同じようなことを吐き捨てるように言った。

「お父さんを恨んでいた人の名前を教えてもらえませんか?」

「それを調べるのが、あんたたちの仕事だろうよ」

 といった具合で、取り付く島もなかったらしい。

「またお話を聞かせてもらいに来ます」

 高島が辞去しようとすると、勇次は、「あのクソ親父、俺がこの手であの世に送っておけば良かった・・・」と刑事を前に放言した。

 勇次も幸太郎のことを恨んでいた人物の一人だった。

 仲崎真理の交通事故についても再捜査が行われた。当時の調書には、事件性のない交通事故だったことが記載されていた。車を運転していた男性は、「被害者がいきなり道路に飛び出してきた」と主張していた。だが、被害者が道路に突き飛ばされた可能性については、言及していなかった。

「女性がいきなり道路に飛び出して来たので避けきれなかった。あれは自殺だったと思う」という運転手の証言が残っていただけだった。

 事故は交通事故として処理されている。

 加害者の男性は任意の自動車保険に加入していた。過失を認めなければ、保険金は支払われない。最終的に男性は過失を認め、賠償金の支払い手続きを進めた為、警察では事故として処理するしかなかったようだ。

 加藤の転落死については、仲崎が加藤を突き飛ばして殺害、競馬で当てた配当金を横領したと黒田が証言していたが、それを裏付ける証拠が出て来なかった。

 当時の調書によると、早朝、人気の無い神社で、境内の掃除に来た男性が階段の下で頭から血を流して死んでいる加藤を発見した。長い階段のあちこちに血痕が残っており、転落したことを物語っていた。

 参拝客がほとんどいない小さな神社だ。夜になると街灯が無くて真っ暗になる。夜間、神社を訪れる参拝客など皆無だった。

 周辺を聞き込んで回ったが、事故を目撃した目撃者は見つからなかった。

 加藤はギャンブルの縁起担ぎで、よく神社にお参りをしていた。夜中に、神社にお参りし、階段から足を踏み外して転落死したと結論付けざるを得なかった。

 仲崎幸太郎には梅沢トキを殺害した容疑もかかっている。

 勇次や黒田の話が事実だとすると、仲崎は冷酷無比な連続殺人犯だったことになる。巧みに事故を装うことで罪を重ねて来た。いや、仲崎本人に事故を装って犯行を重ねたつもりは無かったかもしれない。悪運が強く、結果的に事故として処理され、悪辣な所業が明るみに出ることがなかっただけだろう。

 世の中には、そうして世間の目に触れることなく処理されてしまった事件が、埋もれているはずだ。

 佐田マンション周辺を聞き込んでいた小笠原が意外な情報を聞き込んできた。

 ――路上で被害者と野川が口論しているところを見た。

 という住人がいたのだ。

 無論、住人は仲崎幸太郎と口論していた相手が野川だと知っていた訳ではない。仲崎が若者と口論しているところを見たと証言する住人がいて、野川の顔写真を見せたところ、「ああ、この人だ」と認めたのだ。

「先週の週末だったと思う。この人が大声で仲崎さんを怒鳴りつけていたよ」と証言した。週末ということは事件の二、三日前だ。

「あの野郎! ガイシャには会っていないと言ったくせに」と佐伯は激怒した。

 直ぐにでも野川を問い詰めに行こうとしたが、祓川は「ちょっと、確かめたいことがある。一人で行ってくれ」と素っ気ない。

 また、単独行動だ。佐伯は、「野川はガイシャと会っていないと嘘をついていたのですよ。怪しくないですか? あいつを問い詰めるのが先でしょう」と語気を強めた。

「やつは犯人ではないだろう」と祓川が答える。

「犯人ではない? 何故、そう言い切れるのです?」

「別に言い切っている訳ではない。犯人ではないだろう――と言っただけだ。野川が怪しいと思うなら、徹底的に調べてみれば良い」

「答えになっていませんよ。何故、やつが犯人ではないと思うのです?」

「やつの身長だ」と祓川はまた訳の分からないことを言う。

 こうして何時も毒気を抜かれてしまう。佐伯が戸惑いながら尋ねる。「身長ですか?」

「あいつは小柄だ。多分、百七十センチ前後だろう?」

「ええ、そんな感じでしたね」

「筋肉の付き方を見ても、日頃、運動に縁のない体つきだ」

 祓川には見えている、何かを見落としているのかもしれない。佐伯は焦った。「今度の事件に身長や筋肉が必要あるのですか?」

「現時点で犯行現場は被害者のマンションだと考えられている。少なくともマンションの浴室で遺体が解体されたことは間違いない」

 マンションの室内を見て回った際に、佐伯もそのことを確認している。

「犯人はベランダからガラス戸を割って部屋に侵入している。被害者は室内に多額の現金を隠し持っていた。戸締りには注意していたはずだ。ベランダから侵入したと考えて間違いないだろう」

「・・・」神妙な面差しで、佐伯は祓川の次の言葉を待った。

「あのマンションを見たか? 命綱無しに、ベランダを伝って、四階までよじ登るとなると、かなりの体力と筋力が必要になる。しかも、各階の間隔、各部屋の天井が意外に高く、ベランダをよじ登るには、ある程度の身長が必要だ」

 佐田マンションのベランダをよじ登って四階まで登るとなると、ベランダの手すりに足をかけて上の階のベランダの床を掴み、体を持ち上げて登って行くことになる。不安定な足場で、四階まで登るとなると、かなりの体力が必要だ。

 また小柄だとベランダの手すりに足をかけて体を伸ばさなければ上の階に手が届かない。命懸けだ。バランス感覚が必要となる。

「ああ・・・」と感心するしかなかった。

 祓川と同じ景色を見ていたはずだが、佐伯には何も見えていなかったようだ。

「だから、野川が犯人である可能性は低いと思っている。やつの尋問は任せた」そう言い残すと、祓川は刑事課を出て行った。

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