そこに犯人がいる

 驚いた。仲崎幸太郎は自分の妻に保険をかけて、殺害した殺人犯かもしれないのだ。

 バラバラ死体の主が仲崎幸太郎だとすると、二人の息子、特に勇次が怪しいことになる。母親を殺され、それを目撃しており、父親を恨んでいたことは明白だった。

 だが、現時点ではまだバラバラ死体の主が仲崎幸太郎と確定した訳ではない。

 高島は勇次への質問を切り上げると、黒田を呼んでもらった。「申し訳ありませんが、黒田さんから、お話を伺いしたいのですが」

「黒田さ~ん!」と勇次が工場の中に声をかけると、頭の白くなった小柄な老人がこちらを振り向いた。

 次の瞬間、黒田は工場の奥へ逃げ出した。

――あの野郎!

 佐伯が慌てて工場に駆け込む。高島と小笠原が一瞬、遅れて後を追った。

 黒田は幸太郎が大金を持っていたことを知っていた。となると、黒田が幸太郎を殺害し、大金を持ち去った可能性があった。

 黒田は機械の間を縫って、外に走り出た。刑事を振り切ろうと、必死に走った。だが、運動不足の老人が刑事から逃げ切れる訳がない。直ぐに息が上がった。佐伯は悠々、黒田に追いつくと、「この野郎!」と襟首を掴んだ。

「ま、待て、俺じゃない。何だか知らないが、俺は関係ない!」

「じゃあ、何故、逃げ出したんだ?」

「それは俺が、幸太郎さんが金を持っていると言う話を、あちこちで喋ってしまったからだ。幸太郎さん、行方不明だって言うじゃないか。刑事が来てんだ。何かあったんだ。そうだろう。孝太郎さんに何かあったとなると、俺が真っ先に疑われるに決まっている」

 黒田は掴まれた襟を振りほどこうと暴れながら喚いた。

「まだ殺されたのが仲崎さんだと決まった訳じゃない!」

 佐伯が怒鳴りつけた時、高島と小笠原が駆けつけて来た。

「佐伯、ご苦労さん」ぜいぜいと息を切らしながら膝に手を置き、高島が言った。

 黒田を工場に引きずって行き、押さえつけられるようにして、長椅子に座らせた。そして、事情聴取が始まった。

 黒田は六十代。小柄で何故が蝉を思わせる体型だ。この年で、刑事を振り切って逃げおせると思ったところから、頭の良い男ではなさそうだ。

 幸太郎と長い付き合いだと言うだけあって、黒田は勇次とかなり年の離れた同僚だ。高島が黒田を見下ろしながら尋問する。

「仲崎さんとは古いお知り合いだったそうですね? どういう関係だったんですか?」

「幸太郎さんとはもう三十年来の付き合いになる。幸太郎さんが以前、警備会社に勤めていた時に同僚だった」

 職業不詳の幸太郎だが、かつては警備会社に勤める警備員だった。黒田はそこで幸太郎と知り合った。

 幸太郎が警備会社を辞めてから、程なくして黒田も警備会社を辞めた。暫くぶらぶらしていたが、やがて、金に困って仕事を探し始めた。そして、優成機会工業に就職し、以来、ずっと工場で働いている。

「お互い、競馬が趣味でね。幸太郎さんとは競馬場や場外馬券売り場でよく会ったなあ~警備会社に勤めていた頃は、それこそ毎週のように場外馬券売り場で会っていたんじゃないかな」

「それで、最近は何時、仲崎さんと会ったのですか?」

「先々週の週末だったかな~最近は競馬に通う元気もなくなって来ていたが、半年振りくらいに中山に行ったら、幸太郎さんとばったり出会った」

 久しぶりに出かけた中山競馬場で、幸太郎と偶然、鉢合わせた。久闊を叙して、一緒に馬券を買い、最終レースまで盛り上がった。最終レースの後、珍しく幸太郎から、「一杯飲みに行こう」と誘われて居酒屋に行って話をした。

「そこで仲崎さんがお金を持っているという話を聞いたんですね?」

「うん、まあね。幸太郎さん、金回りが良くってね。飲み代を出してくれたりしたよ。『景気良いね~』って言うと、『ちょっと前に、まとまったお金が入った』と言っていた。『もう年だし、今度は計画的に使わないといけない』なんて、しおらしいことを言っていた。あの口振りだと、大金を手に入れたみたいだった。きっと息子さんたちには金が入ったことを言わずに、こっそり、一人で使っていたんだろうね」

「仲崎さんはどうやって大金を手に入れたんでしょうか?何か言っていましたか?」

「お宝が売れたからみたいなことを言っていたけど、どうだろう・・・」と口籠ってから、「幸太郎さんは怖い人だから」とぽつりと言った。

「怖い人?」

 迷っている様子だったが、「うん。きっと時効だよね」と自分に言い聞かせるように言うと、黒田が話を始めた。「幸太郎さん、奥さんを事故で亡くして、保険金を手に入れてから、警備会社を辞めた。暫く、派手に暮らしていたよ。結構、まとまった額の保険金やら賠償金やらを手に入れたからね。でもね、マンション買ったりしたもんだから、四、五年経つと又、金に困るようになった。その頃のことだったと思う」

 黒田はそこで言葉を切ると、高島から目を逸らした。次の言葉を言おうと言うまいか、また迷っている様子だった。

「それで何があったです!」と高島が声を荒げると、「あ、ひっ!」と黒田は肩をすくめてから話を続けた。「うん。もう十五、六年も前の話だ。当時な、加藤寅雄かとうとらおっていうやつがいた。競馬仲間だ。俺と幸太郎さんと寅雄の三人で、よく一緒に馬券を買っていた。ある日、寅雄が万馬券を当ててな。その晩は、寅雄の奢りで一杯やった。飲み屋ですっかり酔っぱらって、寅雄と幸太郎さんと別れたんだけど、あくる日、寅雄は死体になって発見された」

「競馬仲間が亡くなったのですか? 死因は、死因は何だったのですか?」

「寅雄はね。験を担いで、家の近所の神社に、願掛けに行っていた。万馬券が当たったもんだから、寅雄のやつ、真夜中にお礼参りに行ったみたいなんだ。それで酔っていたもんだから、神社の長い石段で足を踏み外して転落した。打ち所が悪かったみたいでな、あっさり、あの世に行っちまった。まあ、そう言うことだ」

「事故死ですか。それと仲崎さんが、どう関係しているのですか?」

「さあ~詳しいことは分からない。でもね、死体が発見された時、寅雄は競馬で当てた金を持っていなかったそうだ」

「お金を持っていなかった?」

「あの日、飲み屋の支払いを差っ引いても、まだ三百万円近く持っていたはずなんだ。それが、無くなっていた。遺体が発見された時、寅雄は一円も持っていなかった」

「三百万円!」

「ああ、変だろう。寅雄が階段から転げ落ちて、死んでいるのを発見したやつが、寅雄の金を持ち逃げしたのかもしれない。けどな、俺には何故か、寅雄は事故で死んだんじゃないような気がして仕方なかった」

「後をつけた仲崎さんが、加藤さんを石段の上から突き落として殺害し、お金を持ち去った――そう言うことですか?」

「言っただろう。分からないよ。でも、あの日の幸太郎さんの寅雄を見る目付きが、尋常じゃなかった。だから、余計なことを考えたのかもしれない」

 黒田は加藤の死は、幸太郎の犯行だと確信している様子だった。

 幸太郎のことを「怖い人だ」と言った理由は飲み込めた。仲崎幸太郎は妻を保険金目当てで殺し、競馬仲間を配当金目当てで殺害した恐ろしい連続殺人鬼であったのかもしれない。

「加藤さんに家族はいなかったのですか?」

「いたよ。奥さんと子供がいた。男の子だったな。あんなやつでも、家族は頼りにしていたんだろうなあ~寅雄が亡くなってから、奥さんは子供を連れて実家に戻った。岩手に実家があってね。年賀状をもらったので、何度かやり取りをした。あの時の息子さんが成人して、転勤でこちらに出て来ている。それで、親父の話を聞きたいって、俺を尋ねて来た」

「今の口振りだと、最近、その加藤さんの息子さんと会ったのですか?」

「ああ・・・」と黒田は頷いた後で、「刑事さん。悪気はなかったんだ。昔の話だ。もう時効だと思ったんだ。あんちゃんが親父の話を聞きたって言うんで、つい懐かしくなってしまってな。言わなくていいことまで、洗いざらいしゃべっちまった。幸太郎さんの話を聞いた時、息子さん、怖い顔をしていたな。余計なことを言っちまったと後悔したよ。そしたら、幸太郎さんが行方不明になったと言うじゃないか。俺はもうてっきり・・・」と泣きそうな声で言った。

「てっきり――なんです?」

「いや、親父の仇ってんで、殺されてしまったんじゃないかと思った」

「加藤さんの息子さんに、寅雄さんが亡くなったいきさつを話してしまった。だから、仲崎さんは、加藤さんの息子さんに殺害されたと思った訳ですね。ふむふむ。息子さんの名前は分かりますか?」

「ええっと・・・加藤じゃなくて、母方の旧姓を名乗っていたな・・・ああ、野川、そう野川だ。名前は孤高だ。変な名前だろう。昔、寅雄さんが息子さんの名前を自慢したことがあってね。それで覚えていたんだ。『孤高の人のココウだ。良い名前だろう』ってね」

 野川孤高のがわここう、それが加藤寅雄の子供の名前だと言う。

「さて、仲崎さんはどうやって大金を手に入れたと言っていたのですか?」

「だから、お宝が売れたんだって言っていた。詳しいことは聞いていない。『家で埃を被っていたお宝が意外な高値で売れた』みたいなことを言っていた。幸太郎さんの家にお宝があったなんて話は初めて聞いたけどね」

「どんなお宝ですか?」

「さあ、分かりません」

「あなたは仲崎さんが大金を手に入れたことを、息子さんの勇次さんに話したのですね?」

「ええ、まあ。親子ですから、当然、知っているもんだと思ってね」と黒田が答えた。

「ところで仲崎さんは警備会社を辞めてから、どうやって生計を立てていたのでしょうか?」

 妻の保険金や賠償金を使い果たし、加藤寅雄から奪った金も直ぐに使い果たしてしまったに違いない。

「さあ、寅雄の事件以来、幸太郎さんが怖くなって、疎遠になってしまったからなあ~万馬券でも当てようものなら、今度は俺が寅雄と同じ目に遭うかもしれないだろう。ああ、そう言えば、幸太郎さん、たちの悪いところから金を借りて、一時期、不動産屋で働かされていたと言う話を聞いたことがあるよ。不動産景気が良かった頃だ」

「不動産屋で働いていたのですね? どこの不動産屋だか分かりますか?」

「さあ、知りません」

 黒田からの事情聴取を終えた。刑事たちから解放された黒田は、そそくさと逃げるように工場に戻って行った。


 仲崎幸太郎の部屋から採取されたDNAと瓢箪池で見つかったバラバラ死体のDNAの照合が行われた。その結果、ふたつのDNAが一致した。これにより、バラバラ死体の身元が特定された。

 被害者は仲崎幸太郎だった。

 佐田マンションのリビングの窓ガラスは外から割られていたことが分かった。

 犯人はベランダから窓を割って部屋に侵入、それに気がついた仲崎幸太郎ともみ合いになり殺害した。仲崎幸太郎を殺害後、風呂場で遺体を解体し、バラバラにした遺体をゴルフ・バッグに詰めた。自転車に乗って柿の木坂公園に持って行くと、瓢箪池に投げ捨てた。そう考えられた。

 犯人は遺体を廃棄する為、二度、マンションと公園を往復している。

 マンションの廊下、各部屋のドアの横にある電気メーター・ボックスの電気メーターの裏から部屋の鍵が見つかっている。スペアキーを隠しておいたものかもしれないが、遺体からも、部屋からも、鍵が見つかっていない。

 祓川たちが被害者宅を訪問した際、ドアに鍵が掛かっていた。

 鍵から指紋は検出されていない。当然、あるべき被害者の指紋が見つからなかったことから、鍵は犯人が使用した可能性が高かった。犯人は遺体を処分した後、被害者の鍵を使ってドアに鍵を掛け、電気メーターの裏に鍵を隠してから逃走したのだろう。

 遺体の解体で使ったと思われる刃物類は、仲崎の部屋から見つかっていない。犯人が持ち去ったようだ。

 日頃、ベランダに出ることなど無かったのだろう。ベランダの欄干にはうっすら埃が積もっており、人が握った跡が残っていた。だが、犯人は手袋をしていたようで、指紋は見つかっていない。

 ベランダには微かに足跡らしきものが残っていた。

 下足痕は採取できなかったが、染みのようなものが残されていた。染みは科捜研に送られ、成分の分析が行われていた。

 仲崎幸太郎は大金を保管していた。犯人は金目当てで盗みに入った可能性が高かった。被害者が大金を所持していたことは、二人の息子と黒田の三人が知っていた。先ずは、この三人のアリバイを洗うことが捜査会議で指示された。

 また目黒署の捜査一課では黒田の証言を重視した。父親を仲崎に殺害されたことを知った野川孤高という人物が復讐に及んだ可能性が考えられた。

 野川を見つけ出す必要があった。

 捜査会議が終わると、祓川がまた一人で署を出て行こうとした。それに気がついた佐伯が慌てて声をかけた。「祓川さん!どこに行くのですか?」

「捜査に決まっている」

 捜査会議で、祓川と佐伯は仲崎光輝からアリバイを聴取して来るように指示を受けていた。祓川は光輝と面識があるからだ。

「仲崎光輝に会いに行くのですね?」

「仲崎光輝に会いに行く?」祓川は不思議そうな顔をした。

「そう、指示を受けましたよね?」

「そうだったか。その前に、ちょっと寄りたいところがある」

「寄りたいところ?」

 高島に言われたからもあるが、暫く、祓川に張り付いてみるつもりだった。虫が好かないと敬遠していたが、伝説の刑事の捜査を間近に見る絶好の機会であることは間違いない。

 お手並み拝見、高みの見物をさせてもらうつもりだ。

 話は済んだ――とばかりに祓川が歩いて行く。

「何処ですか? 運転します」佐伯が祓川に追いすがった。

 ハンドルを握りながら、何処に行くのか尋ねると、「品川にある『乾清苑』という中華料理屋に行ってくれ」と言う。嫌がられるかと思ったが、佐伯が同行することに、拒絶反応を示さなかった。

「中華料理屋ですか? そこに何かあるのですか?」

「そこに犯人がいる」と祓川が答えたものだから、「ええっ――⁉」と佐伯は大声を上げてしまった。

「犯人って、仲崎幸太郎を殺害した犯人ですか?」

「当たり前だ」と事も無げに言う。

 この人、頭がおかしいんじゃないかと佐伯は思ったことだろう。先日の「やつに間違いない」という言葉は、犯人を見つけたという意味だったようだ。

 五反田駅から山手通りを品川駅方向に向かって走ると、道路沿いに乾清苑があった。老舗の中華料理屋だ。鉄筋三階建てのビルの一階にあり、電飾で飾られた煌びやかな看板が目についた。

 昼食前とあって、店はまだ準備中だった。準備中の札が掛かっていたが、祓川は気にせず店内に足を踏み入れた。

「すいませ~ん。まだ開店前なもので――」と出て来た店員に警察バッジを見せて、「秋(あき)貞(さだ)和義(かずよし)さんはいらっしゃいますか?」と声をかけた。

「ああ、刑事さん」店員は祓川の顔を覚えていたようだ。店を尋ねるのは初めてではないのだ。

 程なく厨房から巨大な男が現れた。

 身長は百八十センチ程度だろう。ラグビー選手のような筋肉の塊の体だ。盛り上がった肩に埋もれるように、小さな顔がついている。薄い眉毛の下に一重瞼の眼、小さな唇と全体的に薄い顔だ。

 ダンプが「秋貞です」と名乗った。

 祓川が口火を切る。「先日もお訪ねしたのですが、お留守のようで、お会いできませんでした。佐田マンションで会いしています」

「はい。あの時の刑事さんですよね。分かっています」

 祓川は秋貞と佐田マンションで顔を合わせているようだ。初耳だ。係長に報告していないに違いない。この親父、そんなに手柄を独り占めしたいのかと反感が湧いた。

「あの日、マンションですれ違った時、出前だとおしゃっていましたが、どちらのお宅に出前だったのですか?」

 出前で佐田マンションを訪れた秋貞と祓川は出会っていたということだ。

「えっ――⁉ ああ、すいません。お宅の名前まで覚えていません」

「出前の記録のようなものは、残っていませんか?」

「いいえ。そんなもの、ありません」秋貞はむっとした様子で答えた。

「ここから佐田マンションまでは、出前にしては遠すぎるような気がしますが」

「そうですか? 品川区って言ったって、目黒区の隣ですし、目黒駅なんて品川区にあるのですよ。カブに乗って行けば、十分、少々で着きます」

 カブとは、スーパーカブと呼ばれている二輪車のことだ。出前用なのだろう。

「品川駅は港区だったはずです。何を届けたのですか?」

「確かチャーハンだったと思います」

「なるほど~なるほど~注文を受けたのは、どなたでしょうか? できれば、その方からも話をお聞きしたいのですが」

 なるほどを繰り返すのが、祓川の口癖だ。

「ああ、僕です。僕が電話で注文を受けて、僕が作って、僕が届けました。店のものは誰も知りません」

「あなた、シェフなのでしょう。出前もするのですか?」

「修行中です。シェフなんて、そんな良いものではありません。見習いコックです」

「ところで自転車はお持ちですか?」

「自転車ですか。ええ、持っています。出前はカブを使いますが、プライベートでは自転車に乗っています。仕事とはきっちり分けるようにしています」

 犯人は自転車に乗って佐田マンションと公園を往復している。

「なるほど~なるほど~」と祓川は満足そうに頷くと、「五日前、六月十一日の夜、あなた、何処にいましたか?」と尋ねた。

「アリバイですか。何か事件ですか?」

 祓川は答えない。「ええ、まあ」と軽く受け流して、「六月十一日の夜、どこにいましたか?」と同じ質問を繰り返した。

「夜は大抵、ここにいます。修行中の身ですから、夜はここで料理の修行をしています。その日もここにいたはずです」

「なるほど~なるほど~それを証明してくれる人はいますか?」

「いいえ。何時も一人ですので」

「どちらにお住まいですか?」

「この近くです。裏通りを南西に少し行ったところにあるアパートです」

「ご家族は?」

「独身です。実家は千葉にあります」

「そうですか。ところで、仲崎幸太郎さんという方をご存じではありませんか? あの日、あなたが出前を届けた相手は、仲崎さんなのではありませんか?」

「いいえ、知りません。出前先は違うと思いますよ。鈴木さんだったか、田中さんだったか、そんな感じのよくある名前でした」

「あの朝、あなた、仲崎さんの部屋を訪ねたのではありませんか?」

「いいえ。あちらへは行っていません」

「分かりました。ところで、あなた、ゴルフをやりますか?」

「ゴルフですか? 二、三度、やったことはあるだけです」

「ゴルフ・クラブをお持ちですか?」

「いいえ。持っていません」

「なるほど~なるほど~では、ゴルフをやった時、クラブはどうしたのですか?」

「知り合いから借りました」

「どなたから借りたのですか?」

「学生時代の友人ですけど」

「そうですか。では、出前を届けた相手を思い出されたら、連絡をください」

 秋貞からの事情聴取は収穫のないまま終わった。

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