第31話 ユーヒ、本当のことを打ち明ける


 メルリア・ユルハ・ヴィントは、目の前に座っている人族の男の子からただならぬものを感じていた。


 もしや、この子が「希望の種」なのではないだろうか? と、そう考えている。


 母がアル兄ちゃんに「ルーキー」と言った話には、聞き覚えがある。


『メルちゃん、アル兄ちゃんもケイティも初めからあんなに優秀ってわけじゃなかったのよ? 二人とも、「ルーキー」の頃からずっと、一生懸命練習して上手になったの。あなたも、しっかり練習したら、絶対に上手になるわよ。だから、諦めちゃダメ。あなたは、冒険者ルシアス・ヴォルト・ヴィントの娘なのだから……』


 ある時、ケイティ師匠の指導にうまくできなくて泣いていたメルリアに母のアリアーデが言った言葉だった。



「……「ルーキー」。あなたは、どうして私の母のことを知っているのです? それに、エリシアさまに取り次ぐとは、どういう意味でしょう?」


 メルリアは、目の前の男の子にそう静かに告げた。


「――あ、ああ、すいません。ちょっと、感情が押さえきれなくて。ははは、急におかしなことを言っているとお思いでしょうね――」


 そう前置きをして、その男の子は、自分のことを語り始める。

 隣にいるルイジェンが、特に口を出さないことから、どうやら、この子の話を聞いてやってほしいという意図が汲み取れる。

 メルリアはしばらく、この男の子、ユーヒ・ナメカワの話に耳を傾けることにした。



――――――



 ユーヒは、メルリアを目の前に緊張していた。

 そりゃそうだろう? 自分が作り上げたキャラクターが今まさに自分の目の前にいて、しっかりと意思を持って生きているのだ。


 そして、そのキャラクターが作者ユーヒにそうとは知らずに質問をしている。

 こんなこと、どう想像すればいいというんだ?


 まだ、心臓がバクバク言っている。でも、話さなきゃならない。僕は自分の世界に戻らなきゃいけないのだ。


「――僕の名前は、滑川夕日なめかわゆうひといいます。「ユーヒ・ナメカワ」はあくまでも、冒険者登録の際に本名をこの世界風にもじっただけです。僕は、この世界の住人ではありません……」


 言った――。どうだ? 反応は?

 

 ユーヒは注意深くメルリアを見るが、当のメルリアは眉一つ動かさず、微動だにしない。

 ダメだ。完全に信じられていない。でも、本当のことを洗いざらい話す以外に方法なんてないんだ。


「僕は――地球という世界の日本と言う国から来ました。どうして僕がここにいるのかは、全くわかりません。気が付いたら、この世界にいたんです――」


 そこからはもうメルリアの表情なんて気にしている場合じゃなかった。

 ただ、ありのままを全て打ち明ける。


 自分が作り上げたキャラになぜだか「敬語」を使って話していることになんとなく変な感覚があるが、今の僕は「ユーヒ・ナメカワ」という「ルーキー」冒険者で、おそらく年齢は18ぐらいだと思われる。


 相手はギルドマスターで、1200歳で、大人である。

 この現在の「現実」だけは、いかんともしがたい。


 背中がややむず痒くなるのを必死に堪えて、ユーヒは話をつづけた――。



――――――



 メルリアはこの、ユーヒ・ナメカワという少年が言っていることが不思議とすんなり受け入れられた。

 

 もちろん、「チキュー」とか「ニホン」とか、聞いたこともないような場所から来たと言っていることには違いない。


 気が付いたらケリアネイアに立っていたという。


 記憶障害が起きることは、この世界では珍しいことではない。いや、もちろんそんなに度々たびたび起こることではないのだが、「クインジェム」に存在する魔素というものの影響で、ごくまれに『魔酔まよ』症状と呼ばれる状態になることがあるからだ。


 だが、このユーヒ少年から『魔酔まよ』症状の気配はない。


 つまり、「記憶」は正しい、ということだ。


 ユーヒは、こうも言った。

 自分はその「ニホン」という国で生活している人間で、物語を書いたのだという。その物語がまさにこの「クインジェム」であるのだという。

 そのことをエリシア様に伝えて、どうして自分が今ここにいるのか、どうすれば元居た世界に帰れるのかを聞かなければならないのだと。


 まさしく、荒唐無稽と言う他ない話である。


 しかし、メルリアの「予感」が、ユーヒの言っていることに偽りがないと告げているのだ。


 ならば――。


「――話は分かりました。ユーヒ、あなたの言っていることからは偽りの匂いがしません。ですが、だからと言ってすぐにエリシア様に取り次ぐなどということはできません。そんなことをすれば、世界中の人がわたしもわたしもと押し寄せないとは限らないからです……」


 メルリアはそっと、そう告げた。

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