第32話 メルリア、怒りを覚える
メルリアはまず、「
実のところ、エリシアさまに「ここで」取り次ぐことはさほど難しいことではない。
メルリアの「
エリシアさまは特別に私との間に「回線」を開いていらっしゃる。それは、この世界に不測の事態が起きた時、即座に対応できるようというエリシアさまのご配慮だ。
つまりは、「緊急時」以外にはそうやすやすとお声がけするものではない、と、メルリア自身が規定している。
また、メルリア自身が直接交信できることは、秘匿してきたことであり、誰にも言っていない。
それは、この世界にはエリシア大神殿という、いわゆる公式な「交信所」が存在しており、エリシア神から下される「神託」は大神殿の神官たちが受託する任務を負っているからだ。
彼らは日々エリシア神に祈りを捧げ、来たる「不測の事態」に常に備えているのである。
その彼らの役割や日々の業務を
「――ときに……」
と、メルリアは言葉を繋ぐ。
「もしあなたが、あなたの言うように1200年前の魔族侵攻や、精霊族の消滅、竜族世界の荒廃などを物語として描いた張本人であると言われるのなら、あなたはエリシア様をも創造したということになりませんか――?」
これまで懸命に自身の「記憶」について語った、目の前のユーヒ少年の顔色が明らかな変化を見せた――。
そして、彼の口からどういう言葉が返ってくるのかをメルリアは待つ。
「――そう、ですね。まさしくその通りです。いや、これはエリシアを創造したのがどうというより、もっと深刻な話だ――。僕が書いた物語のせいで、多くの人が苦しんだことも事実なんだ。例えば、ゲルガ――。メルリア、君のお祖父さんにあたる竜族の人だ。彼を「殺した」のはまさしく僕自身だ。それから、ルシュリオン・リュデイルイー。ユーフェリア・リュデイルイーの養父で、精霊族の統一世界庁長官。彼を「死なせた」のも僕自身ということになる――」
ユーヒ少年はそう答えた。
「――確かに。この世界があなたの書いた「物語」であるとするのなら、そういうことになりますね。ですが――」
メルリアは少々怒りがこみ上げ始めている。
この少年が言っていることが本当だというのなら、これまでに必死に戦って、魔族とも戦争を乗り越え、ともに歩き出したこの「クインジェム」に生きるものすべてはなんの為に懸命に生きてきたのだ?
父は、母は、アル兄ちゃんやケイティ師匠、それにレイノルドおじさまも、チュリねえもユフィねえも、クアンにいも――。
みんな、この世界の為に必死に戦ったのではないのか?
それがすべて、「お
「いや、違うんだ――。そうじゃない――。アルもケイティもルシアスもアリアーデも、もちろん他の全ての人々が、みんな懸命に生きてくれたんだよ……。僕はただ、彼らが動くのを文字に起こした、今はそんなふうに感じているんだ。――メルリア、君の怒りは当然だ。僕の言っていることはとても傲慢で、不遜だ。でも、僕はみんなに感謝している。誇りに思っている。この世界にやってきて、より一層その想いが強くなってるんだ。本当に彼ら、「この世界に存在した人たち」は一生懸命に生き抜いてくれたんだって、そう思えるから――」
ユーヒ少年がメルリアの次の言葉を遮ってそう言った。彼の表情はとても複雑な色が
メルリアは息をのんだ。
彼は本物なのだと彼女の「予感」が告げている—―。
「わかりました。では、一つ条件を付けましょう。それをクリア出来たら、エリシア大神殿宛てに文を書き、あなたを取り次いでもらえるよう計らいましょう。いかがですか?」
メルリアはユーヒに、そう提案する。
「条件って――?」
と、ユーヒ少年。
「私と一緒に、ダンジョンへ潜ってもらいます――。あなたが私の『試験』をクリアできれば、その話を信じてあげます」
「出来なければ?」
「その時は、あなたに手を貸すことは止めることにします。自分の力でどうにかするのですね」
メルリアはわざと素っ気なく言い放った。怖気づくようならそれまでだ。勇気の無いものにこの世界を創ったなどと言われたくはない。
「わかった――。メルリア、君の試験を受けることにする。もしダメだったら、その時は自分で何とかするさ。この世界にいる以上、僕だって、諦めたりはしない。だって、ここは冒険者がいる世界なんだから。それに、僕も駆け出しとは言え冒険者なんだ。絶対諦めない――」
ユーヒ少年はそう言って、メルリアの目を見つめ返してきた。
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