第25話 ベイリールの夜


「そうか――。アリアーデとアルたちの出会いが懐かしいな――。島には今もほこらがあるのかい?」


と、ユーヒはルイジェンに確かめる。


「――ほこら? 何のことだ?」


と返すルイジェン。

 ルイジェンはそんな祠の話など聞いたことが無いようだった。


「あ、いいんだ。まだ記憶が混同している部分があるのかもしれない。気にしないで。たぶんどこかと勘違いしたんだ――」


 ユーヒはそう言って話を畳む。今のルイジェンの反応だと、テルトーの湖の島には祠はないということになる。

 無かったものが増えるのはわかるが、在ったものが消えるというのも1000年以上もたてば当たり前かもしれないと、そう思うことにしておく。


 夕日ユーヒの設定だと、その島の中央に小さな祠が建っていて、その奥にある洞穴を進んでいくと、メルリアの母アリアーデが潜伏していた泉が存在していた。だが、ルイジェンが知らないということは、ルイジェンが生まれるよりずっと前に無くなってしまったと考えた方がいいのかもしれない。


「さて、そろそろ船に戻ろうか? 今朝が早かったからもう眠くなってきたよ?」

「はあ? 何言ってる。ここからがお楽しみだろ?」


「え――? 帰らないの?」

「ベイリールの夜は長いんだ。いいところがある、ほら行くぞ?」


 ルイジェンはそう言うと、ユーヒに会計を急がせて、二人は屋台をあとにした。


 ベイリールの街は確かに「夜が長い」。一晩中篝火が焚かれ、人々が行きかい、あちらこちらで喚声が上がる。

 よく聞くと、剣戟の音さえ聞こえてくるのは、冒険者たちが多い証だ。酔った冒険者が腕比べをするために「剣闘デュエル」をやっているのだとルイジェンが言った。


 「剣闘デュエル」とは、古くから伝わる決闘の様式で、冒険者同士が集まって、どちらが勝つかを予想し金を賭け合うというものだ。競技なので、それなりにルールはある。

 相手に対し、治癒魔法ヒール及び治癒薬瓶ポーションが必要な程度以上の損傷を負わせたものは失格となり「敗北」となる。というものだ。

 なお、この「審判ジャッジ」を行うのは、治癒術士ヒーラーと呼ばれる一定以上治癒魔法に長けた魔術士だという。


「ほら、こっちだ!」

「ああ、まってよ。」


 ルイジェンが急かして走るのになんとかついていくユーヒ。エールをすでにひっかけているため、なんとなく体が火照っているが、海風がひやりとして今は涼しくも感じる。


 ルイジェンは建物の間を抜け、高台へと向かう。

 ユーヒもとにかく黙ってついていった。



「ここだよ、ユーヒ! 見てみろよ、ベイリールの街が一望できるぜ?」


 そう言って、高台の端の手すり付近で眼下を指さすルイジェン。

 ユーヒも、ルイジェンの隣まで進むと、やや下方へと視線を移す。


 眼下に広がる街並みはすでに日が暮れていて暗くなっている。屋根屋根は黒い影となっているが、通りに掲げられた篝火が煌々と街路を照らし出し、入り組んだ路地まで綺麗に光が並んでいる。

 さっきまでいた屋台街のある波止場沿いの通りは一層にぎやかで、光が集結しているが、その先には海が広がっているため、今度は波止場や少し離れた海面に停泊中の船たちの篝火が、黒い海面を照らし出している。


「わぁあ、すっごい綺麗だね――」

「だろ?」


「これはなかなかに見ごたえがある景色だよ。たぶん一生この風景は忘れないと思う。ありがとうルイ、いいところに連れて来てくれて――」

「へへ、いいっていいって。旅費も宿賃も飯代ももらってるんだ。俺は「用心棒ガード」で「案内人ガイド」だからな? シルヴェリアまで、しっかり案内させてもらうぜ?」


 ルイジェンとの契約は、シルヴェリアのエリシア大神殿までとなっている。


 その間に寄るべきところ、寄らなければならなくなったところには同行してくれるという約束だ。

 場合によっては旅費を稼ぐために、クエスト達成の補助もしてくれると、「彼」は言った。


 それにしても、やっぱり、エルフ族の血を濃く引いているのか、肌が白く、整った顔立ちはいつ見ても惚れ惚れする。

 これほどの美男子であれば、女性が放っては置かないところだろうが、ルイジェンから女性関係の話や、女遊びの話などは一切聞いたことがない。


(もしかしたら、エルフ族の血の所為で、異性に対して恋愛感情が芽生えるまでには相当の年数が必要なのかもしれないな。実年齢はともかく、精神年齢的には見た目とほぼ変わらないとか言ってたような気がするし――)


「ねえ、ルイ。ルイは好きな女の子とか、いたことはないの?」


 思わず口をついて出てきてしまった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る