第21話 現金は必要最小限のみ持って移動します


 二人は早速冒険者ギルドへ向かう。

 冒険者のみではなく、この世界を行きかう者たちは皆、なにかしらの『組合』に所属する傾向が強い。

 大きくは、「商業ギルド」、「産業ギルド」、「工業ギルド」、「冒険者ギルド」の4大ギルドだ。これに「王国」を加えた5つを、『五大組合』という。


 理由は単純だ。――『信用』である。


 ここで言う『信用』とは、簡単に言えば「銀行」だ。


 各種組合はそこに所属するものの所持金を預かり運用する「銀行」の役割を担っている。

 街道を行きかう者たちにとって一番守るべきものは自身の生命であることは言うまでもないが、これはあくまでも対魔物の場合の話だ。

 対人の場合は少し事情が変わる。

 もちろん、人殺しを快楽とするものであれば、魔物と同様だろうが、どちらかと言えば、多くは金品目当てであることが多い。

 つまり、守るべきものは「金」となる。


 街道を大金を持って移動しているとなれば、それを付け狙う盗賊たちの格好の餌食だ。

 そこで、行商など商人の多くは、「お金」を預かってくれる場所を設けた。それが、「銀行」だ。

 

 街を行きかい売り買いをする際には、銀行を伝って金銭のやり取りをする。

 それが、「銀行」の始まりだった。


 その後、各種ギルドを束ねる『組合』が、商業ギルドをならって、それぞれの『組合員』の為に『組合銀行』を設置する。これが現在のいわゆる『銀行』だ。

 

 街から街への移動をする際、最低限に近い必要な分以外の金銭は。各種銀行に預けておいて、到着した街で必要な分だけ受け取る。


 違う場所での受け取りがどうして可能なのか?


 それは、金銭の収受について世界中で「共有できる」からに他ならない。


(まさか、コンピューターは精霊族からもたらされたのか?)


 この話を最初に聞いた時、ユーヒの頭に思い浮かんだのは精霊族たちが使っていた電子制御技術、つまり、コンピュータシステムやネットワークシステムだ。それがこの世界にもたらされているのか⁉ と、思ったのだ。


 しかし、事実はそうではなく、「膨大な人海戦術」によるものだった。


「ほら、上を見ろよ? 今飛んで行っただろ? ほら、あっちからも――」


 ルイジェンが銀行の話をした後、空を指さして言った。

 見ると、黄色というか金色というか、そんな筋が空中に描かれていて、そのうちすぅと消え去った。


「あれが、配達員たちさ。妖精族たちが銀行での金銭収受記録を運んでいるのさ。まあ、収受のたびに飛んでたらきりがないから、そこはうまく工夫してやっているらしい――」


 と、ルイジェンが説明を締めくくる。

 

 つまり、ルイジェンも詳しくは知らないけどなんかそういう事らしいよ程度の感覚のようだ。


 ケリアネイアを出る前、ユーヒが貯めた財産をギルド支部に預けておいた。

 そこからこのハーツまでは陸路だったため、必要分程度のお金だけをもってここまでやってきた。


 ここから定期船に乗って、ソードウェーブを目指すわけだが、その運賃をここで支払わなければならない。

 それを受け取りに、冒険者ギルド支部へ行く。


 そういうわけである。


 冒険者登録期間が長かったり、冒険者クラスが高かったりすれば、『信用収受』も可能なんだとか。『信用収受』というのは、日本でいうところのいわゆる、「銀行振込」や「カード決済」のようなもので、書類でやり取りして、互いの口座間で金銭の収受記録を更新する方法だ。


「ふうん。そっちの方はとてもよく発達したんだな――。考案者はアルバートかな?」

と、おもわずユーヒはこぼしてしまった。


「よく知ってるじゃないか。そうだよ、このシステムを考えついたのは、初代ギルマス、アルバート・テルドールさまだ。アルバートさまはほかにも――」


 ルイジェンはいつものことだろうと気にも留めないで、他にもアルバート・テルドールの功績についてあれやこれやと語りだそうとするが、それを聞いている時間はない。


「――ルイ! その話はまたゆっくり……。今日中に船に乗るのが先だ! 早くいくよ!」

と、機先を制して言葉を投げる。


 船は朝昼夕の一日3便が、東回りと西回りの双方で、計6便しかない。

 もう夕方を過ぎた。出航までそれほどの時間的余裕はないはずだ。


 これを逃せば、明日の朝まで待たなくてはならないわけで、そうなると、また一日宿泊代が余分にかかってしまう。


 さすがに2泊も余分にかかると、船賃が足りたとしても、すっからかんになりかねない。


「ほら、急いで、ルイ! 今日船に乗れなきゃ、ご飯が食べられない日があるかもしれないよ?」

「それは、困る!! 行くぞ、ユーヒ! 俺に続けぇ!」


 ルイジェンが急にやる気になる。ユーヒは可笑しさを堪えながら、ルイジェンの後を追った。

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