第22話 定期船の寝台にて、ユーヒは気づく


 ハーツの街で過ごしている暇はない。夕刻発の本日最終便に二人は駆け込んだ。


 船上にはそこそこの乗客がいるようだが、取り敢えずは自分の寝台へと急ぐ。


 この後出港した定期便は、夜の海を走り、数時間で対岸のベイリス王国王都ベイリールへ到着する。その後、そのベイリールの港で一晩停泊し、明朝出航、昼過ぎにソードウェーブ、そのあと、南へ向かい、夕刻にシルヴェリア王都の玄関口ニルスへと至る。一応、ベイリールでは一時下船も可能だが、その後は一時下船は出来ない。


 二人は折角だからと、ベイリールで一時下船して、冒険者ギルドW.S.S.・ベイリール支部へと立ち寄るつもりでいた。

 その後夕食を取ったあとで船に戻り、今晩は船で一晩泊まるつもりだ。


 このまま船に乗っていれば、シルヴェリア王都まで行けるのだが、今シルヴェリアの大神殿へ行ったところで、創生神エリシアと対面できるわけがない。一般市民が創生神と対面するなど聞いたことがないからだ。おそらく、にべもなく追い出されるのがオチだろう。

 その為に、ソードウェーブに向かっている。


 ソードウェーブのギルド本部に行き、事情を話して、ギルドマスターのメルリア・ユルハ・ヴィントに出会い、ユーヒのことを正直に話す。

 そして、エリシアへの「渡り」をつけてもらうのだ。


 しかしながら、これはあくまでも、すべてがうまく行った時の話だ。

 もし仮に、メルリアに会うことが出来なかったり、会って話しても信じてもらえなかったとすれば、おそらくエリシアに会うために正攻法を取ることは出来なくなるだろう。


(その場合は直接、剣ヶ峰に行くしかない――)


 夕日ユーヒが書いた物語の中では、創生神エリシアとアルたちが邂逅する場面が描かれており、その舞台となるのは、剣ヶ峰の内部だったのだ。

 エリシアが棲む場所を変えていたらアウトだが、とにかく行って見る価値はあるだろう。


 しかし、現在剣ヶ峰は新興国「ダイワ」の管理下にあり、立ち入りが禁止されていると聞く。剣ヶ峰へ行くということは、ダイワ国の監視を振り切るという事であり、「不法行為」であることが明白である。

 もし捕まれば、最悪、処刑されるという結果が待っているかもしれない。


(――だから、どうやってもメルリアを説得しなければならないんだ)


 メルリアなら、「昔に起きたこと」を話すことで、あるいはユーヒの言葉を信じてくれるかもしれない。

 そうすれば、ユーヒが滑川夕日であり、この世界を書いた本人であることを理解してくれるかもしれない。


 それだけが今のユーヒにとって、唯一の頼みの綱なのだ。


 もしエリシアと話すことが出来なければ、恐らくこの世界から日本の自分の家へ帰ることはもう出来なくなるだろうと、そういう予感がある。


 その場合はユーヒはこの世界で「天命」を全うするしかなくなるわけだ――。


(ははは、その「天命」がいくつかもわからないってのに。人族ならせいぜいあと80年そこらだろうけど、僕が人族だって保証はない。もしかしたら、どの種族にも分類されない存在かもしれない。その場合の「天命」っていったいいくつになるんだ?)


 場合によっては、メルリアのように千年たってもまだほとんど年を取っていない存在となって生き続けているかもしれないのだ。



――いつ死ねるかわからない。


 

 ふと、そんな言葉が脳裏をよぎった。


 ユーヒはそこではたと気が付いてしまった。


(メルリアはいったいいくつまで生きるんだろう――?) 


 夕日の書いた物語の中でおそらく一番長寿だと思っていたのは、ユーフェリア・リュデイルイーだった。彼女は最後の精霊族であり、その寿命は1000年ほどだろうと思って書いていた。


 竜族のゼーデやアリアーデもかなり長寿である設定だったが、それでもせいぜい数百年を想定していたため、1000年は生きないだろうとそう思っていたのだ。


 しかし、メルリアは人族と竜族の混血で、この世界初の混血児である。

 彼女の「天命」は「竜族より長い」と書いた以上は――。




「――なんてことだ……。僕はメルリアに謝らなければいけないかもしれない――」


 寝台に横になったまま、考え事をしていたユーヒがそう呟いたのが、上の寝台で横になっていたルイジェンの耳に入った。


 ルイジェンはその言葉に、深い悔恨の色が含まれていることを読み取って、


「ユーヒ。メルリアさまに謝るってどういうことだ? よかったら話してくれないか?」


と、声を掛ける。


「あ? ああ、ルイ、聞こえてしまったかい――。そうだな――。いや、でも、メルリアにあったら、話すよ……。ちょっと今は、まだ、考えがまとまってないんだ。ありがとう、ルイ。心配いらないよ」


と、返って来たユーヒの言葉には、やはりすっきりしないものが含まれているようだった。


 しかし、人にはそれぞれ抱えるものがある。そういう自分も、抱えていることがあるのだ。

 それを話すとき、話せる人に出会えれば、何か変わるのかもしれないが、やはりそういう人に出会うのはなかなかに難しいことをルイジェンは知っている。


「――そうか。いつでも聞くぜ? 遠慮なんかしなくていい。俺とお前の間柄なんだから……」


と、返す。そして、そう言ったそばから、ある思いがこみ上げてくる。


――。自分が自分のことを話せないのに思い上がった言い方だな……)


 ルイジェンはそれ以上声を掛けられず、目を閉じて、時間が過ぎるのを待った。

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