第19話 まさしくあの舞台が今目の前に


 翌日――。


 昨晩遅くに宿に戻ったユーヒとルイジェンは、しこたま飲んだせいでべろんべろんになり、部屋のベッドに横になるなり眠り込んでしまった。


 今日から新しい年が始まるというのに、すでに日は高く昇っていて、窓から差し込む陽光が痛い。


 聖歴1387年1月1日――。

 こうして一年が始まった。


 ユーヒはまだ重い頭を抱えながら、支度をすると、階下へと降りてゆく。宿屋の造りは2階建て。一階は食堂やロビー、受付や厨房施設。二階が客室という簡素な造りだ。


 階下に降りてすぐ、ロビーに座って優雅に紅茶をすすっていたルイジェンが、ユーヒに気が付いて声を掛けてくる。


「おお、やっとお目覚めかよ。新年早々寝坊とはいいご身分だねぇ?」

と、茶化してくる。


「――ごめん。かなり飲んだみたいで、まだ頭が痛いよ」

と、ユーヒは素直に謝罪する。


「――まあ、飲みすぎだな。どうせあの調子だと、朝起きてもこの街を出るのは難しかったろうから、まあいいさ。それより、この街の隣の遺跡見物でもしようぜ?」


 ルイジェンの提案はダーンウェル遺跡の見学ということだろう。

 

 このダーンウェル遺跡が、冒険者たちにとって特別な場所であることはすでに述べた。

 が、もちろん、夕日ユーヒにとっても特別な場所であることに違いはない。


 夕日の物語の中で、この場所は、最終決戦クライマックスの場所なのだ。


 先を急ぐ道中のつもりでいたから、この遺跡をゆっくりと見物している時間はないとそう諦めていた。が、昨晩の暴飲のおかげで、こういう展開が訪れたというわけだ。


 ならここは、これに乗っておくに越したことはないだろう。


「――すいませ~ん。こいつにをお願いします――」

と、ルイジェンがカウンターで作業をしていた宿の女将に告げる。


 女将とルイジェンの間ではその件ですでに打ち合わせが済んでいたようで、女将がすぐに、「あれ」と言われたものを運んできた。


「――ほら、これをぐいと飲め。それで、二日酔いはましになる。でも、さすがに街道を行くのはやめた方がいい。冒険は舐めない方がいいからな?」

「うん、わかった――って、これなに?」


「いいから、鼻をつまんで一気に飲み干せ――ほら、早く!」


 ユーヒはカップに注がれた湯気が立っている液体を覗き見る、緑色というか、土色というか、とにかく普通ではないような色合いの液体だ。


 ルイジェンがうるさいので、カップを手に取って、口元へ運ぶが、そこで、ユーヒの手が止まってしまった。


「うわっ! くっさ――」

「うるさい! ほれ! 潔くいけ――」


 ルイジェンがそのカップを無理やりユーヒの口に押し付ける。


「うぐうぐうぐ――、ぷはぁ!!」

「うげっ!? 俺の方に向かって息を吐くな――!」


「うがあ、あ、にがいぃい――!」

「くせぇ! ったくやりやがったな!」


 と、ルイジェンが叫ぶが、臭いは酷く、味も苦かったが、不思議と後味はすっきりしている。どころか、「ミント」に似た爽やかな感覚が口の中を駆け抜けた。


「ん? あれ? なんだか、爽やか~。それに、頭も少し楽になった気が――」

「だから言ったろ? ましになるって――。くそ、何だって俺がお前の『臭い息攻撃』を受けなけりゃならねぇんだよ?」 

「それはルイが無理に押し付けるからだろ? そういうのを自業自得って言うんだよ」


 報復としてルイジェンがユーヒの頭をぽかりと殴った。

 が、ユーヒは自分のためを思って友人が準備してくれたのだからと、我慢することにする。



 その後、荷物はそのまま預け置いて、二人は街の隣に見えているダーンウェル遺跡へと向かった。


 遺跡の周囲には出店が立ち並んでいて、まさしく観光地という雰囲気を醸し出している。

 夕日ユーヒからすれば、この間書き上げた「魔族侵攻攻防戦の舞台この場所」がこんな状態になっているなどとは全く想像もしていなかったが、『地球』でも、旧所名跡や戦場跡地などはこういう風に観光地になっているところも多いことを思い出し、さもありなんと思い直す。


 ダーンウェル遺跡の中央あたりには3階より上が崩れ去り天井が無くなっている塔がそびえており、その塔の入り口にはルシアスが駆け上がったはずの階段が今もしっかりと残っていた。


 しかしながら、その塔へと突撃をかけたはずの「自走型兵器」の姿や残骸はどこにも見当たらなかった。



「ここが魔族侵攻攻防戦の舞台なんだぜ? 大英雄アルバート・テルドールは、竜族の背に跨って、あの塔の3階に降り立ち、そこに出現した『大魔巣』を破壊したって話だ――」 


 まさしくその通りだ。

 『魔巣』というのは、魔族世界とこの世界を結ぶ通路のようなもので、魔族は巨大な魔巣をこの塔の3階に出現させ、大規模な転移をしてこの地に降り立った。

 それを、当時のアルとケイティたち冒険者ギルドのメンバーや、各国各種族の精鋭たちが迎え撃ち、魔族の統領セ・ルスの軍を押し留め、そのセ・ルスを捕らえることに成功した――。

 これが魔族侵攻攻防戦だ。


(僕が思い描いてた通りの塔が今まさに目の前にある――)


 夕日ユーヒは思わずこみ上げてきたものをとどめることが出来ず、自然とほほを濡らしていた。

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