第4話 亀裂
タイピング音が忙しなく重なり合うオフィス内。
今日を乗り切れば明日は瑠璃さんとの今月二度目のデートだ。
月に一度のデートだけれど、時々できる月二回のデートは格別に胸が躍る。
抱き寄せられたぬくもりがまだ新しく、そのうちに会えるというのだから気持ちの安定感が違う。
特に来月移殖手術を控えている私の不安は日ごと増して、私の精神状態はすこぶる悪い。
不安に引きずられながらもまだ対外的には笑顔を保っていられるのは、瑠璃さんとの毎日のLIMEや月に1,2回のデートのおかげと言えるだろうが……やっぱり身体は、しんどい。
「っ……」
ほら、また。
頭痛、めまい、動悸。
頭と身体が重い。
「舞、大丈夫?」
隣の席の同僚、由美がすぐに気づいて私の肩に触れる。
私とは同期で気の合う友人ともいえる彼女はいつも私を気にかけてくれる。
この病気に関して深い事情を知る一人だ。
「ごめんごめん。大丈夫だよ」
私は必死に笑顔を張り付ける。
笑顔を張り付けるのに、同僚の方が泣きそうな顔をするのだから、弱音なんか吐けるわけがない。
結局、私は瑠璃さんにもなにも言えていない。
言っても、困らせるだけだってわかってるから。
「……さて、仕事しよっ。来月から少しの間休職しちゃうし、その分しっかり働かなきゃね」
「無理しないようにね」
「わかってるよ」
そんな同僚との毎日の会話も、私を保たせてくれる一つの杖だ。
私は少しばかり心が軽くなったのを感じながら、明日のデートを楽しみに仕事を片付けていった。
***
「で、今日は何する?」
特にやる事も決めずに会うのはいつものこと。
いつもだいたいマスバーガーのチキンを公園のベンチで食べながらおしゃべりして、一緒にショッピングしたり神社に行ってみたり、カフェで休憩をする。
そのどれも私が言い出したデートプランだ。
「たまにはさ、瑠璃さんに何か提案してほしいな」
いつもデートプランは私が考えていたから、たまには考えてほしかった。
来月、私は移殖手術をする。
この先の保証なんて何もない。
また会えるかもわからない。
だから最後くらいはと思ったのだ。
一緒にいる時間を、一緒に楽しんでもらいたかったから。
なのに────。
「舞ちゃんがしたいことをするために会ってるんだから、舞ちゃんが言ってくれたらいいんだよ」
「っ……」
──私が予約をするから会ってくれている。
その現実を、突きつけられたような気がした。
一緒にデートプランを考える義理も義務もない。
そう言われているようで、胸の小さな亀裂がミシミシと音を立てて広がっていくのが分かった。
所詮私は────嘘の彼女だ。
「……そっか」
ダメだ。
泣いたら、ダメだ。
「私と会う時間はどうでもいいんだね」
口から、ぽろりと出てしまった。
胸にずっと渦巻いていた不安の中のひと欠片が。
「この時間は舞ちゃんの時間で俺が口を出すのは違うんだよって言ってるだけで、そんなこと──」
「言ってるよ。ずっと、言ってたんだよ。その態度が」
「いや待ってよ。そんな卑屈になられたら、俺だってつらいよ」
言葉と言葉が重なり合って、どんどんヒートアップして、次から次へと私の中から溢れてくる。
瑠璃さんが言っているのは正論ではあるのを、わかっているはずなのに。
止めることが、できない。
「卑屈? そんなことないよ。だって……だって、だから、瑠璃さんは……私とは手を繋いでくれない。たとえ今だけの彼女であっても、私とは距離がある。……きっと、他の人には違うんだろうね」
わかってる。
私の都合も、感情も、瑠璃さんには何の関係もないんだってこと。
それなのに責めるのは違うってこと。
だけど────。
「舞──っ」
「苦しめてごめんね。他の人と同じように聞き分けよく出来なくて、ごめん。今日はやっぱり帰るね。時間分の代金はいつも通り先にクレカで払ってるから。……顔、見れてよかった」
「え、ちょ、舞ちゃん……!?」
私はそれだけ言うと私の名を呼ぶ瑠璃さんの声もよそに、逃げるように走り去った。
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