第3話 胸の高鳴りと痛み

「かっこいー」

「瑠璃さんこそ。なんか彼氏っぽかった」


 可愛くない照れ隠しの言葉。

 こんな時、他の子だったらもっと可愛く返すことができるんだろうか。

 なんて考えてしまうのは、私の悪いところだ。


「だけどよかったの? 元彼、やり直そうって言ってたのに俺出しゃばっちゃったけど。本当はやり直したかったとかなら今からでも誤解を解きに──」

「いいんだよ」


 私が勇樹とやり直しても、瑠璃さんにはなんでもないことなのかもしれない。

 私はただのお客さんだから。

 それでも、今は私の彼氏だ。

 彼氏からそんな提案、されたくはない。


「私の彼氏は、今は瑠璃さんなんだから」

 今は、今だけは。

「さっき、すごく嬉しかった」

 少しだけ、素直に言えただろうか。

 与えられた残りの時間、少しでも自分の思いを伝えていきたい。

 少しでも、勇気を出して。

 少しでも、楽しい記憶を重ねていきたい。


「……俺も、嬉しかったよ」

「え?」

「あんな風に思っていてくれたの、初めて知ったからさ。ありがとね」

 そう言って少し照れくさそうに瑠璃さんが笑顔を見せた。

 少しばかり幼く見えるその笑顔に、彼の素を見たような気がして、私はまた胸を高鳴らせた。


「で、いつなの?」

「へ?」

「誕生日」

「あ、あぁ、来月だよ。来なくてもいいのにねーもうそろそろ」

 あぁ、次で30か。憂鬱だ。


 そういえば去年の誕生日だった。

 勇樹に振られて、絶望の中レンタル彼氏を検索したのは。


「いいじゃん。その身長のおかげでまだ子供でいけるんだから」

「いけんわ!!」

 まったく、すぐ茶化すんだから。

 だけどそれも心地良いのだから、我ながらよく懐いたものだ。


「うそうそ。歳を重ねてもきっと舞ちゃんはそのままだと思うよ。小さくて可愛くて、心が綺麗な舞ちゃんのまま」

「~~~~っ」

 本当、時々出してくるんだもんなぁ、レンタル彼氏感。


「はぁ……皆結構自分からそういう話してくるから、自分から聞く頭してなかったな」

「皆……」


 それは、私ではない彼女。

 そうだ。

 私が瑠璃さんの彼女でいられるのは、今、この時間だけ。


 だけど、だからこそ、今は出してほしくはない。


 きっと瑠璃さんにそのつもりはない。

 何も深く考えているわけではないのだろうけれど……少しだけ、胸が痛む。


「わ、私、そろそろお腹すいたかも!! 何か食べにいこっ」

 私は無理矢理に気持ちを切り替えるように笑顔を向ける。

「いいよ。どこで食べる?」

「んー……マスバーガーかなっ」


 そして私は歩き出す。


 瑠璃さんの一歩後ろをついて。


 本当は手を繋ぎたいだなんて言葉も出せないままに。






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