第2話 元彼VS嘘彼


「もうすぐ一年だねぇ」

「そうだねぇ」

「瑠璃さんはますます大きくなったね」

「舞ちゃんはますます小さくなったね」

「……」

「……」


 こんな軽口をたたき合うくらいには、長い時間を一緒に過ごしてきた。

 あの出会いから一年。

 私達は月に1~2回のペースで会って、毎日LIMEを交わしていた。

 まめな彼氏だ。


 だけど忘れてはいない。

 この人は、嘘の彼氏なんだ。

 そんな嘘彼と、私はデートの真っ最中だ。


「あ、あれ可愛い!!」

 ふと視界に映ったのは、ゲームセンターのクレーンゲームのケースの中でひときわ存在感を放つ、大きなうさぎのぬいぐるみ。


「おぉ、お子様」

「お子様で悪かったですね!! 可愛いものは可愛いんだから仕方ないでしょっ」

 29にもなってうさぎのぬいぐるみを欲しがるなんておかしいだろうさ。

 だけど可愛いに年齢は関係ない。


 もっというと、29歳だって彼氏と手を繋いだりしたい。

 来月で一年だけれども、私は一度もこの人と手を繋いだことが無い。

 言ったらきっと繋いでくれるのかもしれない。

 だけどそもそも苦手なのではないかという変な遠慮で、そんな願望も言えずにいる。


「もしかして今も誕生日に欲しがったり……って、ちょっと待って。舞ちゃんともうすぐ一年だけど‥…俺、誕生日知らない」

「ん? あぁそういえば言ってないね」

「俺先月祝ってもらったけど俺も言った覚えがないよ!?」

「あぁ、会い始めて半年ぐらいにホームページの瑠璃さんのページ読破したら書いてあったからね」


 あまり自分のことをあれこれ聞かれるのが好きではない人も多いだろう。

 特にこの業界の人は秘密も多いし嘘も多いと聞く。

 いつも真面目で誠実な瑠璃さんは聞いたら色々答えてくれるのだろうけれど、もしかしたら嫌かもしれない。

 嫌われるのが怖くて色々と聞けずにいた私は、せめてと思ってサイトの紹介ページだけは読破した。


 そこに書いてあるのが全部本当かはわからないけれど、知ったからにはお祝いをしたくて一緒にケーキを食べたりプレゼントをしたのが先月だ。

 瑠璃さんはあまり大げさに感情が顔に出ないけれど、喜んでくれていた、と思う。


「あー……そういえば俺に会う前も見てなかったって言ってたね。それだけで興味の無さがわかる」

「あはは、ごめんて」

 珍しくふくれっ面の瑠璃さんに苦笑いした、その時だった。


「舞?」

「!!」

 びくりと肩が跳ね上がる。


 もう聞きたくなんてなかったその声に、私はゆっくりと振り返り、声の主を見上げた。

「……勇樹」

「勇樹?」

 首をかしげる瑠璃さんにすぐに説明ができないほどに、今の私には余裕がなくなってしまっている。


「久しぶり。LIMEブロック、電話も拒否られてるから連絡も取れなくて気になってた」

「……ごめん」


 何で私、謝ってるんだろう。

 私を捨てたのは、この人なのに。


 勇樹は、私の元彼だ。

 このまま結婚するのだと思っていた人。

 そして私のあることを理由に、私から去っていった人。


「てか元気そうじゃん。元気なら全然別れなかったのに。アレ以外はほんと、結婚してもいいくらいだったんだからさ」

「っ……」


 勝手だ。

 私だって好きでああなったわけではなかった。


 好きで──病気になったわけじゃない。


 一年前、臓器に病気が見つかり、移殖が必要になると言われた。

 それを打ち明けてすぐ、この男は私から去っていったのだ。

 自分には荷が重い、と。


「久しぶりに会ったんだし、今からどっかで話そう。それで前みたいに──」

「あのー……」

「!? え、何? 連れ?」


 言葉を遮った瑠璃さんの声に、ようやく彼の存在に気づいた勇樹が怪訝そうにそちらに視線を向けた。

 こんなに背の高いキリンさんなのに。


 あぁそうか。

 手を繋ぐわけでもなくすこしばかり距離を空けて傍にいる私たちを、知人だとは思ってなかったということか。


「えっと、瑠璃さ──ひゃ!?」

 刹那、私の手が大きな手によって引き込まれ、私は瑠璃さんの腕の中へと納まることになってしまった。


 温かい。

 それに優しい匂い。

 初めての距離感とぬくもりに、心臓がうるさいくらいに胸を打ち付ける。


「この子、もう俺の彼女だから。ごめんね?」

「っ……」


 落ち着け私。

 今この時間を、瑠璃さんは全うしようとしてくれているんだ。

 私が動揺してどうする。

 私は小さく息をつくと、再び勇樹へと視線を戻した。


「私、この人と付き合ってるの。瑠璃さんは私のことすごく大事にしてくれる。嘘もつかない、真面目で信じられる人だよ。だから勇樹とやり直すことはない。私が幸せになるとしたら、それは瑠璃さんの隣でだけだよ」

「舞ちゃん……」


 嘘じゃない。

 出会ってからずっと、瑠璃さんは正直だった。

 良い意味でも、悪い意味でも。


 自分のことをよく話すし、次の予約を決める時に私が掲示した候補日の都合が悪かったら、その日は予定があるってだけ言えばいいのに、他の人の予約が入ってるんだとか馬鹿正直に理由を伝える。

 それで何度も心えぐられたのは事実。

 だけど、だからこそ、この人は信じられる。


「舞……っ、あっそ。勘違いするなよ? 別にどうしてもお前がいいってわけじゃないからな。じゃ、今度は続くと良いな」

 それだけ吐き捨てるように言い残すと、勇気は私達に背を向け去っていった。






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