第3話 ダウジング
そういえば、と樹は麻生へ問いかけた。
「どうやって地脈を調査するんですか? やはりアニメやゲームのように力の流れを感覚で掴む的な」
ずっと気になっていたのだ。調査というわりに、麻生は道具の類を何も持ってきていない。
いったいどうするのかと考えて、ポンと浮かんできた方法を口にしてみる。
しかし、彼は首を横に振った。
「無理だよ。私は魔法使いじゃないからな」
バッサリ告げられた否定の言葉に、樹は首を傾げる。
「では、いったいどうするんです?」
「これを使う」
麻生がいつも着ている白衣のポケットに手を突っ込んで、何かを取り出す。
彼が手にしたものを見て、樹は一瞬固まった。
「……これは」
L字の形をした金属の棒が二本。短く折れ曲がった方を手にして、麻生はどこか誇らしげな表情を浮かべていた。しばしの沈黙の後、彼はハッと何かに気づいた表情で、
「あ、もしかしてイマドキの若者はこれ知らないのか」
「貴方だってイマドキの若者ですよね……じゃなくて、一応は知ってます。ダウジングですよね」
ダウジング。探し物などをする際に、L字に曲げた棒を両手に平行に持って、ゆっくり歩く。そしてその探し物の上に来たら棒が開くとかなんとか、そういうものだったはずだ。
樹が思い出しつつ捻り出した言葉に、麻生は「そうだな」と頷くとゆっくり歩き出す。
「このダウジングマシンには特殊なルーン文字が刻んであって、地脈の流れを感知してその方向を指し示してくれる」
「ルーン文字?」
「簡単に言えば、北欧の魔法使いたちが呪術や儀式に使っていたとされる特別な力が込められた文字だ」
そう言われてよく見れば、なるほど、棒の表面になにやら細かく文字が刻まれていた。
しげしげと観察する樹を横目に、麻生はまっすぐ歩いていく。
「魔法が使えないなら、道具を使えばいい。そういうことさ」
「なるほど」
そのまま二人並んで歩く。道中ですれ違った人は棒を二本持った麻生を訝しむ前に、まず彼の美貌に見惚れるかギョッとするかで、特に怪しまれることはなかった。
これがただしイケメン、美女に限るということかと少しズレた思考をしつつ、ふと樹は彼の言葉を思い返す。
「教授は魔法使いではないんですね」
確認の言葉に、麻生は真剣な顔でダウジングの棒を見つめつつ答えた。
「そうだな。私は魔法使いではないよ」
「教授はなぜ魔法を研究しているんですか?」
「……研究の目的か」
ただの興味か、あるいは何か大きな、深い理由があるのか。
麻生の見た目は自分とそう変わらないように見える。だというのに教授という地位を与えられて、実践的な魔法研究をすることを大学から求められている。
いったいそこには、何が存在するのか。
麻生は少し押し黙り、そしてゆっくり口を開いた。
「会いたい人がいるから、だな」
「会いたい人? それはいわゆる、恋愛的感情ですかそれとも憧れ的感情ですか? そもそも男性ですか女性ですか? どっちなんですかどうなんですか」
「目がキマってるね。とりあえず顔を覗き込むんじゃない。落ち着け」
瞳孔を見開きながら矢継ぎ早に投げかけられる問いを、めんどくさそうな表情であしらおうとする。
そんな麻生に、樹は一般人ならば恐怖を感じるであろう重圧を背負って反論した。
「なんですか俺は落ち着いてます」
「そういう人間ほど落ち着けてない、ん……?」
心底めんどくさいとばかりに呟く麻生の顔色が、一瞬で困惑に塗り変わった。
何かあったのだろうか。
樹は湧き上がる不安と疑念と焦りを抑えつけつつ、麻生の視線の先を見る。
ダウジングの棒が右を向いていた。
「どうかしたんですか」
「地脈がおかしい」
本日何回目かわからない樹の問いに、麻生はすかさず答えた。
さすがにどういう意味かわからず首を傾げた樹に、麻生はダウジングの棒が指し示す先を見据えながら早口で応える。
「流れ方が変わってるんだよ。これまで調査した結果は図として残されている。ここで流れが変わるのはおかしい」
「ダウジングの棒が壊れてる可能性は……あ」
樹の言葉を待たずに、スタスタと麻生は進んでいく。その背中を追いかける樹の耳に、麻生の小さくも重々しい呟きが聞こえてきた。
「嫌な予感がするね」
「嫌な予感とは」
「さっきも言っただろう。地脈に異変があるということは災害が起こるかもしれない、と。とにかく、どういう流れ方になっているかを調査し記録していかないといけない」
「なるほど」
「これから進む道を記録しておいてくれ。あとで帰ったらこれまでの記録と照らし合わせるから」
麻生の言葉に、樹は目をぱちぱちと瞬かせた。まさか、彼から自分を頼る言葉が出てくるとは思わなかったからだ。
「……なんだか嬉しいですね」
「嬉しい?」
くすり、と笑みが溢れたことに麻生が訝しげな視線を向けてくる。
「いえ、ようやくあなたのゼミの学生らしいことができて」
樹の言葉に、麻生は僅かながら目を見開く。そして口をもごもごと何か言いたげに動かすと、ふいと前に視線を戻した。
「……何をバカなことを。早く行くぞ」
「わかりました」
二人で町を歩き回り、とにかくダウジングの導きのままに進んでいく。樹は取り出したメモ帳にひたすら進んだ道を記録していく係だ。
そうして歩き続けてしばらく経って。
とある場所で麻生は立ち止まった。
「……ここは」
見上げた先はこの町のど真ん中に立つ大きな山。その奥に続く獣道。
麻生の視線がダウジングの棒と山を見比べる。L字の棒はぐるぐるとその場で回転していた。彼が動かしている様子もないのに。
「ここからは、これの出番か」
棒をポケットに戻して、代わりにチェーンのついたペンダントらしきものを取り出す。チェーンの先には円錐型にカットされた美しい紫の石――アメジストがゆらゆらと揺れていた。
「ペンデュラムだよ。占いによく使われる」
麻生の言葉に樹はアメジストを見つめる。
「振り子で占うんですか」
「そう。このダウジングは2Dで探すときで、3D……つまり上下とかが関わってくる場所を見るときはこっちを使ってる。もちろん、普通のペンデュラムとは違ってこれも特殊な道具としての機能を備えてて――」
彼がそこまで言ったとき、ピシッと嫌な音がした。二人でどちらからともなく顔を見合わせて、音のした方へ視線を向ける。
――美しいアメジストに一本のヒビが入っていた。
「……壊れたな」
「壊れましたね」
肯定すると、すぅと息を吸った麻生が深いため息を吐き「最悪だ」と呟く。
「高かったんですか?」
石の値段はよくわからないが、これだけ大きく綺麗な石で特殊な機能がついているとなれば値が張るのだろうとそう思っての言葉だった。
そんな樹の言葉に、麻生は心底億劫といった様子でゆるゆる首を横に振る。
「そうじゃない。アメジストは魔法魔術的な石でお守りとしても優秀なんだ。それが何もしてないのに割れたってことは……」
そこまで言って再度深いため息。とりあえず慰めとして、樹はまず誰もが最初に考えるであろう選択肢を提示してみることにした。
「ポケットの中に入れていたから壊れた、というのは」
「そうであってほしいね」
教え子の言葉を否定することなく、麻生は山道を見上げる。
日は落ちかけ周囲は赤く染まっていて、確かこういう時間を黄昏時、あるいは逢魔が時と言ったのだったか。
「とにもかくにも、行ってみるしかない」
麻生は言うが早いか否か、ぽっかりと口を開けた獣道へと足を踏み入れた。
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