第3話 あの恋を幻を夢でもう一度

「あれ、隼斗だよね?」


後ろから肩をたたかれ振り返った。


「学童で一緒だった朱莉だけど、覚えてる?」


それは霹靂というにふさわしい脳天を直撃する再会だった。

ずっと想っていた、あなたが学童を去った後も。

中学でもまた会えると思った矢先、急に転勤という落雷によりその悲願さえも叶わず、あなたへの想いも胸にしまわなければならなくなったことも。

想い続けて9年来。まさかこんな場で朱莉の姿を見るとは夢にも思えたことであろうか。それは運命というにはあまりの都合のよい展開すぎたのだ。


「ええ、もちろん覚えてますとも。」


朱莉先輩は小学生のときよりも小さく見えた。というより、俺の身長が伸びただけなのだけど。そして当時は黒髪ロングヘアだったのが今では茶髪のショートになっている。また化粧での化かし方にも慣れたらしく当時よりもお姉さん風が、というより大人の女性としての魅力が増している。極めつけは舞踏会にでも来たのかというベージュ色のワンピースを着飾っていた。恋に落ちるのは長く一瞬であった。


「こんなところで会えるとは思わなかった!」


朱莉は嬉しそうに声をかけてきた。その声はパーティーで数多の人の雑踏のなかひときわ目立っていた。純粋に朱莉の声が大きいというわけではない。皆がそれぞれ会合の場を楽しんでいる。


「それにしても、よく気づきましたね。」


「そりゃあ、隼斗は全然小学生の時から変わってないもの。」


「それって...全然垢ぬけてないってことですよね…」


「そんなこと言ってないのになーーー。」


小学生のときから変わってない発言は垢ぬけてないことの隠喩に捉えられ少し悲しかったものの、小学生のときと何ら変わらない、軽口を言い合うような俺と朱莉の関係が戻っていた。その点に関して、懐かしみと嬉しさを覚えた。


「本当に隼斗に会えるとは思わなかったし、とても嬉しい!」


朱莉は俺の手を握った。手から温もりが伝わる。9年来の温もりだ。



☆★☆


例のサークルのパーティー会場とところ変わって、今度の俺はなにか、保育園のような、それかちょっと広い家のような空間に1人佇んでいた。外の園庭とも呼べるところを見れば小学生5人くらいがサッカーをしてて、無邪気で高い声を出している。

 

あ、朱莉と出会った学童だ。その景色が広がる。


俺は誰とも馴染めなかった。引っ込み事案だったのだ。


「もし、よかったら、一緒に遊ばない?将棋のルールわかる?」


1人で部屋の中で佇んでいた俺に優しく声をかけてくれた背の高いお姉さんともいえる存在。それが朱莉だった。


「わかるけど.....」


「よし、じゃあやろっか!」


朱莉は学童にある将棋盤を開いた。そしてそれぞれが駒を動かす。気づいたら朱莉の兵士数は増え、俺の王宮が陥落一歩手前まできた。


「はい!私の勝ち!私に勝とうなんて100年早いんだから!」


朱莉が勝ち誇る。将棋のルールが分かるとはいってもせいぜい駒の動かし方が分かる程度だ。小学3年生が自らの兵士を上手く統率できるはずがない。


「.....」


「また遊ぼっか!」


朱莉がほほ笑んだ。この瞬間から俺は朱莉を気にしたのだろう。佇んでた俺に対して無視せず、仲良くしようとしてくれたことが何よりもうれしかった。そんな記憶だ。


「わかった!朱莉姉ちゃん。次は負けないから!」


「よし!その意気だ!」


朱莉は俺の頭をわしわし撫でた。撫でられた頭はくすぐったく、温かかった。



☆★☆


「隼斗君、こんなに歩かせてどこまで行くつもりかな?」


今度はなぜか夜の道を朱莉と歩いている。


「あと少しだから待っててください。」


「でも、小学生の頃はずっと私に誘われて一緒に遊んだ印象があるのに、その隼斗がこの私を夜景デートに誘うとはねぇ。随分、肝っ玉太くなったじゃん。小学生の頃なんて私が将棋で打ち負かすたびに涙浮かべてたのにね。」


朱莉がほほ笑む。過去の黒歴史に近いやつを掘り起こされて、やや恥ずかしい。


「それは言わない約束です」


それ以上にかつてない大きさで心臓が震えて、波打っているのが分かる。

人生で一番緊張している。大学の二次試験の時とは比にならないくらいに。ドクドクと波打ってることで朱莉との会話も100%楽しめない。


気づいたら頂上にいた。眼下から見える神戸の夜景とループ橋。神戸の街は煌めきを失わず、俺の目に輝きと癒しを与えてくれる。写真で見たよりずっと綺麗だった。ただそれよりも、俺の心臓の鼓動は鳴りやむことを知らない。どんどん鼓動が大きくなりむしろ痛く、苦しくなってくる。


「すごいきれいじゃん!たくさん歩いた甲斐があったよ!」


朱莉は目の前の景色に感動して、若干の興奮を覚えている様子だ。

目の前の夜景よりも朱莉の目の方が輝いていた。


俺は覚悟を決めるべく拳を握る。

心臓の揺れがこれまでより一層、激しく、痛みを感じてくる。


それでも俺は、覚悟を決めなければならない…!


「朱莉先輩っ.....!」


朱莉の視線が遠くに煌々と輝くビル群から俺へと移る。


「ん?どうした?」


言うんだ。俺。ここで決めるんだ......。


「小学生の時から、ずっと仲良くしてくれたのは嬉しかったし....、今、こうやって再会できたことはとても嬉しかったです。ずっと好きでした。だから付き合ってほしい。」


今までため込んだ心臓の鼓動が一気に吐き出される。今までの心臓の苦しみはこの一言に集約された。


一瞬時が止まったかのように感じた。目の前の輝くビルたちも動きが止まったかのような感覚がした。そして朱莉は俺に抱き着いた。体全体に柔らかく、温かい触感を感じる。その温かさは唇にまで伝播した。柔らかく、温かい唇。


人生で初めてキスというものをした。


「9年間もずっと私のことを好きでいてくれたんだよね。ありがとう。これからよろしくね。あと、もう私たち恋人なんだし、『朱莉』って読んでいいよ。」


人生が報われたひとときだった。街を彩る光はさきほどよりもずっと鮮やかに、激しく映るようだった。



☆★☆


 これまでの夜景が美しい山とはうってかわって、今度はジャズが流れる喫茶店に朱莉と2人でいる。どこか重苦しい雰囲気だ。


 朱莉がカフェモカを一飲みし終えると、


「あのさ、別れてくれない?」


急に発せられた一言は心臓を大きく揺らした。脳は言葉の処理に追いついていない。


☆★☆


 視界がカフェから、見慣れた6畳の部屋。になった。床にペットボトルは散乱し、ルーズリーフも机の上に散らばってる。きったねえな。正真正銘、俺の部屋だ。

 そしてこれまで見ていたものは夢だったと悟った。

その夢というのも、いわば元カノとの出会いから別れといった一連の流れを辿ったといった悪趣味なものだった。

 夢で見たことが後々現実になる現象はしばしばあることだが、過去の現実が夢になって出てくるというのは中々ない。本命はまだ俺に未練が残っていたこと。9年間恋焦がれて、告ったときにキスまでされたのに、別れは秋台風の如く、急にやってくるうえ、理由も曖昧なものだったからだ。大穴は元カノとの回想シーンをどこで入れるべきか悩んだ作者が夢という体で入れ込めばなんとかなるだろうという舐め腐った考えでこんな、馬鹿げた夢を見たと推測する。


 時計は8時前を指していた。昨日までなら夏休みといって、大学生活とかいう人生の夏休みの中でさらに惰眠を貪る期間だったのだが、今日は10月1日。後期の大学が始まる日だ。大学1回生というのもあって、大学の夏休みの長さに困惑していたのだが、いざ大学が始まってしまうとうっとおしい。そりゃあ、夏休みの期間だったら8時前に目が覚めたら、睡眠の後半戦が始まるだろう。

 だが、今日から大学が通常通り始まり、なんなら1限から授業がある。

世渡りを上手くやってきた者なら1限なんてバックレればええと思うかもしれないが、世の中はそんなに甘くなく、1限が英語・必修・出席とるの三重苦によりいやでも出席しないといけないようになっている。


 クソッタレが。


歯を磨き、洗濯した服の中から幾分かマシなものをチョイスして、家を出る。

10月ってのに、まだ暑かった。本当にこの世はクソったれだ。

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隣の席だった”気になる人”がなぜかコンカフェ嬢でした!? 桜小町 @komachi44

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