第2話 尾ひれ
葡萄酒で喉元を潤した俺は、稜真に向かって口を開いた。
「俺が小学校3年生の時、朱莉先輩が引っ越してきた。というより出会いは学童だったかな。よくあるじゃん。学校が終わってから共働きの親が迎えに来るまで、預けられる施設みたいなのが。」
「そこに、当時小学校5年生だった朱莉先輩が入ってきた。ただ、小学生の俺は陰気ゆえにいじめられていたんだ。あまり学童でも馴染めなかったんだ。」
「今も完全に陽キャラってわけじゃないだろうけどな」
稜真が首を突っ込む。
「うるせえな。でも朱莉先輩は違った。周りの人たちが俺をやれ病原菌だ、ばっちいだと扱う中、そんな俺に唯一近づいてくれて、一緒に遊んでくれたのが朱莉先輩なんだ。だから朱莉先輩が心のよりどころになってた。姉がいない俺にとっては姉のような存在でもあったんだ。」
「へぇ、それで。」
稜真は適当に相槌を打ってスプライトに口をつける。
「だけど、俺が小学校5年生の時に、朱莉先輩は中学生になって、学童ともおさらばになってしまう。すなわち、朱莉先輩に会えなくなったわけだ。」
「俺が中学に上がると同時に、親の転勤が決まって朱莉先輩とは違う中学に行くことになる。中学・高校になった時も朱莉先輩のことが浮かんでは消えていく。完全に忘れたといえる日はなかったんじゃないかな」
「そして、大学で入った例のサークルで朱莉先輩と再会、そのままゴールイン。だけどあっけなく別れてしまう。隼斗先生の次回作にご期待ください。」
「勝手に物語を完結させようとすな。」
「だって事実だろ」
稜真がまたスプライトに口をつける。俺も葡萄酒に口をつける。
だが、もう葡萄酒は半分も残ってなかった。
「んまあ、大学生になった時にウンスタでその関西最大級(自称)のレクレーションサークルからフォローされて、『彼女作りたいなら入らなければ損!』みたいな謳い文句にノコノコついていったら、朱莉先輩がいたわけ。まあ俺と大学は違うのだけど。」
「俺が要約したのと内容同じじゃねーか。んで、朱莉先輩との運命の再会の後は?」
「そのサークルのパーティーで、朱莉先輩らしき人を見つけたんだけど、ただ、確信が持てなくて。小学生の時出会った朱莉先輩よりも、メイクで美しくなったというか大人になったというか、雰囲気が全く違ったんだ。例えば小学生の時はロングだったけど今は茶髪のショートになってたり。」
「それでも朱莉先輩かもという少しの興奮とかなんとかで、もじもじしていると、朱莉先輩の方から近づいてきて、『隼斗だよね?学童同じだった。、朱莉だけど覚えてる?』って話しかけてきたんだ。」
「そりゃああ、もちろん覚えてますってよ!」
「ちょっ、隼斗、声でかいって」
稜真が諫めに入る。酔いと未練がまわって、叫びだしたのだろう。周囲の視線をチクチク感じてしまう。
「まあ、それから連絡先交換して『思い出語りたいからご飯行こう』と誘って、そのまま何回かデートを重ねてお付き合い。そして急に別れを切り出されると。」
「んで、ディナーの後ホテルに?」
「俺がそんな勇気あると思うか?」
「それは、失礼しました。」
稜真は妙に納得した様子だった。その反応も何かムッとくるものがある。
「まあ、これが超簡単にまとめた朱莉先輩とのことです。」
葡萄酒をまた手に取って、喉を潤した。
しばらくたって稜真が、
「うん。それは、簡単に切り替えろ。だの、たった1か月ちょいでだの言える案件ではないな。」
稜真が同情した。たかが出会いインカレサークルの恋とは言い難い事実がある。
稜真がスプライトを飲み干す。と同時に稜真が頼んだカルピスサワーがテーブルにくる。あいつは、人の飲酒には散々ケチつけといて。
「未成年者飲酒禁止法って知ってるか?」
「カルピスだから四捨五入すればソフトドリンクだ。」
稜真は暴論を振りかざす。20歳未満の飲酒を助長してると苦情が後を絶えないだろう。
「ところで、隼斗。お金はあるか?」
「そりゃあ、皮肉にもデート代とやらを気にしないで済むようになったからね」
俺は葡萄酒を飲み干して窓の景色を見た。高層ビルのネオンが煌々と輝いており、少し遠くに見える駅からは盛んに電車が発着しているのが見えた。
そんな俺には哀愁というものが纏っていたのだろう。
「大体ここから3駅くらいのところに福原という街が」
「却下」
「まだ何も言ってないだろ」
「どうせ2言目は『1時間2~3万円で天国に飛べる』とか言うだろ。」
「そりゃあ、相手はプロだからね」
「最悪な金の使い方だ」
「まあ、福原で慰めてもらえとは言わんけどさあ、何か心の拠り所は早めに見つけた方がいいよ。例えば、競馬とかパチンコとか」
「なんでお前はクズの道に引っ張ろうとするんだ?」
稜真の言う通り、いつまでも朱莉にとらわれず生きていった方がいいのかもしれないな。ただ、単なる「1ケ月やそこらで別れた彼女」の立ち位置に朱莉がいないことが念頭にありすぎるせいで前に踏み出せなくなる。というのはよくあることだがなあ。そんな今でも歓楽街のネオンが自己主張している窓辺の景色に朱莉の笑顔が、デートしたときの光景が映ってるような気しかしてならない。
俺はこれから重すぎる尾ひれを引っ張りながら、
生きていくのかもしれない。
ということを非常に憂いて、遠くに見える電車を眺めた。
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