隣の席だった”気になる人”がなぜかコンカフェ嬢でした!?

桜小町

第1話 うるせえよ

「あのさ、別れてくれない?」


その一言は、穏やかに発せられたが、隼斗はやとの頭には稲妻のような衝撃をもっていた。


「付き合ってても、なんか違うなー。って思ってて。」


次々と発せられる朱莉あかりの言葉に処理が追い付いていない。隼斗の目の前の景色は歪んだ。シックで落ち着き、骨とう品が添えられた喫茶店の趣深い雰囲気は色のないものになりつつある。


「うん」


「もう、私から連絡しないから、隼斗も連絡してくれなければ、嬉しいかな....」


「わかった」


そういって朱莉は自分が飲んだ分のカフェモカの代金をテーブルに置いて喫茶店をあとにした。


 いつの時代かも分からないクラシックが隼斗の耳を蝕む。

ここまでの展開は1分半ほどだったが、ちょうど夏のゲリラ豪雨というか、それくらいの衝撃が隼斗に走った。そのような状況下でまともな反応なんてできるわけもなく、ただ適当に相槌を打ってやり過ごすしかなかった。本当なら足掻きたかった。どうして急にこんなことを言い出したのか。自分の何が不満なのか。だけど、それを落ち着いて問うには展開が早すぎた。


店内のクラシックで音楽で隼斗は我に返る。取返しのつかないことを言われ、自分の心に大きな穴が空いてしまったと。


隼斗の心の中にはまだ朱莉がいる。

それでも隼斗から朱莉は離れてしまった。


傷つかないため、今まであった日常を陥没させないためにも、喫茶店から出ていく朱莉の背中を追いかけるべきだっただろうか。今の隼斗にはそのような問いはよぎったがそれに思索を巡らす余裕はなかった。


「クソッタレが.....」


店内のクラシックにかき消されるような声で隼斗はつぶやいた。




★☆★




「なんでフったんだよ!!」



俺は親友というか悪友の稜真りょうまを誘って居酒屋に来た。

理由はもちろん朱莉にフラれた件の清算。わかりやすく言うとヤケ飲みだ。


「だから言ったろ。そんな謎の交流会・レクレーションのインカレサークルで出会った男女なんて長続きしないって。現に1か月ちょいだよね?その朱莉先輩と付き合えたの?」


「うるせえよ。だって学部の授業は大講義室で教授の自慢話を聞くスタイルが中心、入ってるサークルは活動頻度が低い。そんな状態だったらああいう謎のインカレサークルにでも行って彼女を作るべきだろ」


「あーあーいるよね。大学生になって『絶対彼女作るんだ!』と謎に張り切るやつ。」


「俺だって彼女作って、手をつないで御堂筋のイルミネーションとか、ルミナリエとか見に行きたかったよ。その悲願を達成するためなら怪しげなインカレサークルにだって入るよ。今まで彼女なんていなかったし。」


「んで、今日は何月何日かな?」


「うるせえよ。カレンダー見ろ。9月27日だよ。文句ある?」


御堂筋のイルミネーションは11月から、ルミナリエは1月の終わり。悲願は叶わず。


「お待たせしました。レモンサワーです。」


かなり大きめのジョッキが運ばれてきた。


「お前の年齢は?」


 稜真は訝しげに聞く。


「18だけど何か?」


「未成年者飲酒禁止法って知ってるか?」


「そんなん律儀に守る大学生がどこにいる。」


俺はレモンサワーをぐびぐびと一気に飲んだ。青春の如くさわやかなレモン味とフラれて自暴自棄になりつつあるどろどろした俺。このコントラストもまた一興である。


「お待たせいたしました。唐揚げ3つにガーリックライスとポテトとチーズお好み焼きです」


テーブルに一気に料理が置かれる。稜真は勝手にそんなに頼んだのかよと言いたげだった。やや引いてた。スマホ注文って楽だよね。


「そんなに食べれるのか?」


「食べ飲み放題2時間2500円だぞ。こういうのは元を取る義務がある。」


「でも、それでゲロぶちまけてみろ。清掃代で1万以上請求されるのがオチだ。」


稜真が釘をさす。正論この上ない。


「うるせえよ。朱莉先輩にフラれた悲しみはこれくらいの酒池肉林をもってしかかき消せないんだよ」


「たかが、レクレーションのインカレサークルで出会って1か月ちょいしか続かなかった人でよくもまあこんなにヤケになれるものだ。」



「うるせえよ......」



居酒屋で流れているBGMや、周囲の話声にかき消されるように呟いた。


確かに稜真の言う通り、あのサークル経由で付き合ったのも事実だ。1か月ちょっとしか続かなかったのも事実だ。でも俺の朱莉への思いはそんなものじゃない。俺の朱莉を巡る恋物語を始めるのならば9年くらい時空を巻き戻す必要がある。稜真にも話してないことだから稜真がたかがと鼻で笑うのもうなずける。出会ったのは最近。でも思い続けて9年。9年間かけて朱莉で埋めてきた心が一気に崩れた。そりゃあ居酒屋であんな愚行に出るわけですよ。


「言っとくが、俺は朱莉先輩と同じ小学校だったんだぞ」



稜真の顔が丸くなった。言ってないから仕方ない。稜真からすれば俺と朱莉はただの出会いインカレサークルで出会ったかのような存在。だが実態は違う。


「何それ、初耳なんだけど詳しく聞かせてくれ。」


稜真が食い気味に迫ってきた。


「まあ、いいか。今までの思いを吐き出すかのごとく聞いてくれ。」


「お待たせしました。シーザーサラダと葡萄酒ソーダ割りと唐揚げになります。」


店員さんが一気にテーブルに料理を置いた。いつも思うのだが、居酒屋の店員はよくもまあ一気に料理や酒を運べるものだ。


「まだ、お前頼んでいたのかよ。しかも酒も。」


稜真が引き気味で聞いてくる。食べ飲み放題だから元を取らなきゃ損だ。タッチ一つで注文できるスマホ注文っていいよね。


「稜真もなあ、ちまちまソフトドリンクなんて頼んでも元とれねえぞ。ソフトドリンクなんて原価率はめっちゃ低いからな。」


「未成年者飲酒禁止法って知ってるか?」


「少なくとも酒を出した店側が悪く、俺らは罪には問われない」


「はぁ…。まあいいや。少なくとも朱莉先輩との馴れ初めを聞かせてくれや.....」


稜真がため息をついた。俺は過去を吐露する覚悟を決め、喉元を潤すべく葡萄酒に口をつけた。


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