第5話 突然の三角関係⁉

 夏休みのお昼時間。

 二人はファミレスにいた。

 窓際のテーブル席に座り、和樹と玲奈は向き合うような形で、テーブルに広げられたメニュー表を見ながらやり取りをしていたのだ。


「和樹君はどうする? 私、このイカの寄せ集め焼きがいいと思ってるんだけど」

「それね、いいね。じゃあ、ついでにフライドポテトも頼む?」

「それも美味しそうね」


 メニュー表の写真を見ているだけでも楽しめる。

 それほどにも魅力的な商品が数多くあり、二人は何にしようかと相談していたところだった。

 お腹が減っているからといって、大量に選んではいけないと思い、和樹は節度を持って注文内容を決める。


「注文はイカの寄せ集めとフライドポテトね。そうだ、和樹君。この際、恋人らしい事をしない?」


 玲奈が甘い声で問いかけてくるのだ。


「恋人らしいこと? い、いいね」


 岸本和樹きしもと/かずきは緊張していたが、こんなところで動揺し、ビクついてはいけないと思った。

 今まさに、彼女から積極的に誘われているのだ。

 このチャンスは出来る限り、利用した方がいいに決まっている。


「それでどういう風な事をするの?」

「それはね――」


 稲葉玲奈いなば/れなは和樹の反応を見て嬉しそうに微笑んでいた。

 それから彼女は、とある事を和樹の耳元で提案し始めたのだ。




「ご注文は全てお揃いでしょうか?」


 注文した料理を運んできた女性店員は、二人の様子を確認した後、テーブルから立ち去って行く。


 二人のテーブル上に置かれた二つの大皿には、イカの寄せ集め焼きや、フライドポテトが盛り付けられている。


 現物を見ると、写真よりも美味しそうに見えるのだ。


 今はお昼の時間だった事もあり、おかずになりそうなメニューを優先的に選んでいた。


 玲奈が恋人として、和樹とやってみたかった事とは、同じコップに入ったジュースをカップルストローで飲むこと。


 玲奈は特大サイズのジュースを注文しており、それに伴いコップも大きい。

 コップにはすでにカップルストローとなるモノが入っていた。


「恋人なら、まずはこれでしょ」

「一緒のストローで飲むってことだよね?」

「もしかして、緊張してる?」

「ま、まさか……玲奈さんの方こそ緊張してるんじゃ?」

「そんなことないわ。和樹君、声が震えてるよ?」


 玲奈は優しい笑みを浮かべ、頬杖をつきながら和樹の事をまじまじと見つめていたのだ。


「緊張するのは最初だけだよ」

「そ、そうだよな」

「そういうって事は、和樹君、緊張してた感じ?」

「そんな事はないって、じゃあ、飲むから」


 テーブルの中央に置かれた大きなコップ。

 和樹の方から積極的に動き、カップルストローの片方を指先で抑え、自身の口を近づける。


 和樹が口元でストローを咥えた時、玲奈もストローを指先で抑えて飲み始めるのだ。


 二人の距離感は物凄く近かった。

 付き合っているから、そこに問題はないのだが、意識すればするほどに和樹の中で緊張感が増してくる。

 数秒間ほどの事だったが、和樹からしたら二分くらい出来事に感じ、ストローから口を離しても玲奈の事ばかりを考えてしまうのだ。


「美味しかった?」

「まあ、普通かな……」


 味とか関係なく、玲奈の存在ばかりを気にしていて、それどころではなかった。


「私は美味しかったよ。それに、恋人らしい事が出来て私は嬉しいんだよね。和樹君もそうでしょ?」


 玲奈は頬杖をつき、優しく問いかけてくる。


「そうだな。こういうこと、初めての経験だったし。俺も嬉しかったかも」


 和樹は照れながら言う。


 もう少し積極的になりたいと心の中では思っているが、意外とそれは難しいもので、正面の席に座っている玲奈の顔を真正面から見れなくなっていたのだ。




 カップルストローでジュースを飲んだ後は、イカの寄せ集め焼きや、フライドポテトなどを食べる。

 玲奈から食べさせてもらったり。

 和樹の方から玲奈へ食べさせたりと、恋人らしいやり取りを重ねていく。


 お昼から少しズレた時間帯に入店した事もあって、今の店内にいるお客の数は少ない。


 そこまで人目を気にすることもなく、和樹も自然な感じに玲奈との時間を楽しく過ごし始めていたのだ。


「和樹君、食後のデザートって食べたくない?」

「俺、結構お腹いっぱいなんだけど」


 和樹は席に座ったまま、お腹を擦っていた。


「えー、もう?」


 玲奈はもう少し食べたいようで、和樹の事を上目遣いで見つめ、その気にさせようとしていたのだ。


「玲奈さんは、まだ食べられるの?」

「私、あと少しならいけるかなって感じ」

「凄いね」

「私、今日の朝はパン一個だけだったから。結構お腹が減っていたの」

「え、じゃあ、殆ど何も食べずに俺の家に来たってこと?」

「そうだよ」

「それを言ってくれれば、食べ物くらいあげたのに」

「別にいいの。お昼は外食するって決めていたし。ある程度お腹は減らした方がいいかなって。それに、この前の智絵理ちえりの別荘でたくさんご飯を食べたからね」


 玲奈はそう言ってテーブルの端に立て掛けられてあったメニュー表を手に、デザートを選び始めていたのだ。


「すいません、注文いいですか!」


 選び終えると、玲奈は別のところで接客をしていた店員に対し、手を挙げ、話しかけていた。

 その店員は事を済ませると二人がいるテーブルへやってくる。


「ご注文は……え?」

「「⁉」」


 この場にやって来た女性店員も、テーブル席に座っている二人も、同時に目を丸くし、声を失っていたのだ。


「り、梨花さん?」

「そ、それはこっちのセリフなんだけど。というか、なんであんたらはここに?」


 玲奈の素っ頓狂な声に反応を返すかのように、ウェイトレス姿の中原梨花なかはら/りかはぎこちない話し方になっていた。

 梨花は席に座っている二人を交互に見ていたのだ。


「もしかして、ここで働き始めたとか?」

「そ、そうよ。夏休みだし、バイトでもしようかなって。夏休み前から面接受けてて、昨日からここで」


 梨花は頬を真っ赤にしたまま、和樹の事を睨んでいたのだ。


「お、俺、不可抗力なんだけど。たまたま、ここで食事をしていただけで」

「そんなことわかってるわ。でも、なんでよりにもよって」


 梨花は大きなため息をはいていた。

 その後で彼女は、二人が一緒のテーブルで食事をしていた事に不満を抱き始め、ムッとした顔を見せるのだ。


「えっと……梨花さん、注文してもいい?」

「……別にいいわ。は、早くしてよね!」


 梨花はムスッとしたまま、玲奈から言われた注文内容をハンディタブレットのようなモノに打ち込んでいた。


 今まさに、雲行きが怪しくなっているのが、和樹にもヒシヒシと伝わってきていたのだった。

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