第4話 夏休みの補習は地獄である

「和樹君、どこまで終わったの?」

「俺は途中まで。でも、あと少しで終わると思うよ」

「じゃあ、終わったら学校に行かない?」

「そうだね。玲奈さんの方は?」

「私はあと少しなの」

「早いね」

「実はね、夏休み前から少しずつやっていたの」


 夏休み。

 午前中から和樹の部屋で正座をしてシャープペンを握り締めている稲葉玲奈いなば/れながいた。

 折り畳みのテーブルの上に夏休みの課題を広げ、二人は向き合うような姿勢で必死になって取り組んでいたのだ。


 昨日、西園寺さいおんじ家の別荘からいつも通りの環境へと帰還していた。

 帰宅当初はクタクタで、一日中部屋で休んでいたのだが、やはり、課題をやらないといけないと思い立ち、今日から本気を出していたのだ。


 今は窓を開け、外の夏風を取り入れながら、二人で課題と向き合っている最中だった。


 夏休みの課題に関しては、夏休みの三日前から渡されていたのである。


「私の方は終わり!」

「早いな。俺もまだかかりそうだな」


 岸本和樹きしもと/かずきらが通っている学校では、終わった課題を休み中に提出すれば、その分だけ成績をかさ増ししてくれるのだ。

 ただ微妙に上がるだけなので、元から優秀な人は夏休み明けに提出しても問題はない。


 和樹は中ぐらいの成績ゆえ、今後何かあった時用のためにも、早めに行動するようにしていたのだ。

 聞くところによれば玲奈も二期のテストが芳しくなかったようで、和樹同様に、今後のためにも、しっかりと課題を終わらせたと言っていた。




「やったと終わったぁ」


 胡坐をかいて座っていた和樹は、両手を同時にあげていた。


「よかったね!」

「でも、七つあるうちの一個目なんだよね」


 和樹は軽くストレッチをしながら、硬くなった体を解していた。


「私たち、夏休み当日から課題そっちのけで遊んでたものね」

「だからさ。それで、久しぶりの勉強で肩が凝るっていうか」

「しょうがないよね。肩が凝ってしまうのも。でも、たっぷりと遊んだ後は勉強しないとね」

「そうだよな。まあ、にしても、一つでも終わって良かったぁ」

「じゃあ、どうする? 学校に行く?」

「ずっと部屋にいるのも疲れるしな」

「和樹君! 学校帰りにどこかでごはんでも食べてこない? 丁度、お昼頃だし」

「それもいいかもね」


 二人は立ち上がり、和樹は通学用のリュックに課題を入れた。

 玲奈もバッグに課題を入れ、それを肩にかけていたのだ。


 二人は部屋を後に階段を下って行く。


「咲ちゃんは?」


 玄関先に到着し、和樹が靴を履いていると彼女から問われた。


「友達の家に行ったよ。勉強してくるって」

「そっか。じゃあ、和樹君とは二人きりだね。夏休みだし、恋人らしい事もしようよ」

「そ、そうだな」


 和樹は、色々と如何わしい妄想をしてしまう。

 玲奈とは付き合っているのだ。

 奥手にならずに、自分の方からも、もう少し積極的になろうと思った。




 お昼頃。自宅を後にしていた和樹は校舎の前にいる。そして今、玲奈と共に学校の中へ入る。

 課題は校舎一階の職員室にいる担当の先生に提出する事になっていた。


「失礼します――」


 和樹は職員室に入るなり、担当の先生の名前を呼びながら声をかけてみる。

 職員室内を見渡してみるが、そこには担当の先生らしき人はいなかった。


「その先生なら、今、二階の教室の方で補習者の面倒を見てると思うよ」


 別の先生が業務の手を止めて、職員室の出入り口付近に佇んでいる二人に言う。


「そうなんですか。わかりました、ありがとうございます」


 和樹は頭を下げ、玲奈と一緒に目的となる二階へ向かってみる事にした。


 二階に到着すると声がする。

 普段使われている二階の教室には、夏休みの補習者であろう方々が席に座って、頭に手を当てながら悩み込んでいた。

 各々の机には補習者限定の課題が、夏休みの課題とは別に用意されているのだ。


 補習者は皆、一般生徒の二倍もやらないといけないのである。

 その上、夏休みの殆どを学校で過ごさないといけない為、地獄みたいな環境なのだ。


 ん?


 教室前の廊下を歩いている際、その近くの教室内にいた子と視線が重なる。

 その子というのが、前まで中原梨花なかはら/りかとつるんでいた亜優あゆだった。


 和樹は亜優の方から視線を逸らす。

 目線を合わせ続けていると、後々面倒な因縁をつけられそうで怖かったからだ。


「全然、終わらないんだけど!」

「そこ、静かに!」


 補習の時間に騒がしく声を荒らげていたのは、亜優の前の席に座っている三葉みつばだった。

 強制的に補習をやらされている状況であり、恨みのあるような顔つきでシャープペンを握っていたのだ。


「まあ、しょうがないよ。今日の補修が終わったら、どっかのお店によってから帰ろ」


 三葉の右隣席に座っている千沙ちさが、三葉を宥めていたのだ。


「でも、補修が終わるのって夕方の五時でしょ。全然、遊べないじゃん」


 三葉は、不満交じりの口調になっていた。


「静かにしなさい! 騒がしいと他の人に迷惑がかかるでしょ!」


 彼女らを担当している女性教師が、教室の壇上前から厳しく指導していた。


「早くやれば、早く終わるから! 私語厳禁ね!」


 先ほどから厳しく指導している女性教師こそが、和樹と玲奈が探していた先生だった。


 和樹は教室の前の方から、室内にいる、その先生へと声をかけたのだ。


「もしかして、課題を終わらせたの?」


 その先生は、パアァと表情を明るくする。


「これです」

「私のもお願いします」


 先生には廊下の方まで出てきてもらい、廊下にて、二人は課題を手渡したのだ。


「わかったわ。二人分のは受け取っておくわ。でも、来月でも良かったのに。わざわざ」

「早い方がいいと思ったので」


 和樹は先生の顔を見て言った。


 先生は二人分の課題ノートを受け取ると、ペラペラとめくり中身を確認していた。


「二人とも全部出来てるわね。では、受け取っておくわ。二人とも夏休みを楽しんでね」


 先生は笑顔で対応してくれたが教室に入るなり、再び怠けている補習者の人らに厳しいセリフを放っていたのだ。


 和樹と玲奈は事が済んだ事で校舎から立ち去る事にした。

 今から向かう先は、ファミレスである。


 和樹らが街中のファミレスに到着した頃には一時になっており、お昼の繁忙時間から若干ズレていた事もあり、店内は比較的空いていた。


 二人は店員の女性から空いた席を案内され、そこに座る事にしたのだ。

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