第3話 夏休みの合図

 先ほどから梨花の姿が見えない。

 中原梨花なかはら/りかとは、BBQの準備をし始めたところまでは一緒だった。

 鉄板を温めるために、着火ライターで炭に火をつける直前から、梨花は別荘に戻ると言って、海岸から立ち去って行ったはずだ。


 稲葉玲奈いなば/れなの意見によれば、別荘を後にしていたと言う。

 そうなれば、梨花はそれ以外の場所にいるということ。


 岸本和樹きしもと/かずきは海岸で焼き肉を食べている彼女らをおいて一人で海岸沿いを歩いていたのだ。


「私も一緒に探しますよ」


 手短に食事を終えた使用人の男性が、和樹の隣までやってくる。


「いいですよ。もう少し休んでいた方が」

「私は島の事を知っておりますので、岸本さまの足手まといにはならないかと」


 そう言ってくれると本当に心強い。

 和樹は使用人と共に海の景色を左にして、梨花を探し始める。


 気が付けば、和樹が今いる場所からだと、玲奈たちの姿が小さく見えていたのだ。




「おや? 遠くの方に?」


 夕暮れ時の今、辺りは薄暗い。 

 使用人の身長は和樹よりも一回り大きく、一八五センチもあり、目がいいようだ。

 和樹の視点からは全然わからなかったが、使用人曰く遠くの海岸の方に誰かがいるらしい。


 和樹も歩いている内に、誰かが遠くにいる事に気づいた。

 そこにいるのはアウターシャツを羽織った子。


 その一点をよくよく見つめてみると、それは中原梨花で間違いないと思った。

 彼女は特に目的のないまま、海岸の砂浜のところにしゃがんでいたのだ。


 和樹は駆け足になる。


「梨花、こんなところにいたんだね」

「……別にいいでしょ。なんで探しに来たの?」

「だって、もうBBQが始まってるし」

「そう、なんだ」

「一緒に準備してたのに、どうして何も言わずに一人でどっかに行ったんだよ」

「何となく……何となくよ、一人になりたかっただけ」

「でもさ、一人になるなら一言言ってくれればよかったのに。勝手に居なくなると皆だって心配するって」

「……」


 梨花はしゃがみ込んだまま、何も言わなくなったのだ。


「そんなに一人になりたかったって。何か悩み事?」

「……さっき、和樹の事を殴ってしまった事とか……」

「それはもう気にしてないよ」


 殴られた時は少しイラっとしたけど、その原因は自分自身にある。

 今では頬の痛みも引いてきており、和樹は全然気にしてはいなかった。


「では……私はこれで。岸本さまも帰り道はわかると思いますので、私は一旦帰らせてもらいますね。後、念のために、GPS付きのトランシーバーをお持ちください」


 和樹は頷いて、それを受け取る事にした。

 使用人は背を向け立ち去って行く。


 和樹は梨花の左隣にしゃがんでみた。


「あんたは帰らないの?」

「俺はもう少しここにいるよ」

「帰ってもいいのに」

「というか、梨花ってお腹減ってないの?」

「別に減ってないけど……」


 梨花の方から、お腹が減っている音が聞こえてきた。

 その音で、梨花は頬を赤く染め、少々俯きがちになっていたのだ。


「そろそろ日も暮れる頃合いだし、お腹が減ってるなら皆のところに行かないと」

「……そうかもね」


 梨花は悩み込むように唸っていたが、立ち上がろうとはしなかった。


「ねえ、和樹って、あの子と一緒に付き合っていくつもり?」

「そのつもりだけど」

「……私がこんな事を言うのもおかしいかもしれないけど、もう一度考え直してはくれないの?」

「難しいかもな。そもそも、梨花とは友達ってことで話をつけたはずだろ?」

「そうなんだけど、やっぱり、和樹とあの子が一緒にいるところを見てると、何かモヤモヤして。皆がいる場所にいたくなかったの」

「というか、それに関しては梨花が、あんな事をしたから、自業自得みたいなところがあるし」

「そうなんだけど」


 梨花の声が小さくなっていく。

 周囲の景色も、日が沈むにつれて、さらに薄暗くなっていくのだった。


「そろそろ戻らないと」

「そうね」


 海岸の砂浜に座っていた和樹は立ち上がる。

 しかし、梨花はしゃがんだままだった。


「どうしたの?」


 和樹の問いかけに、無言で彼女は手を伸ばしてくる。


「もしかして、立ち上がらせてほしいってこと?」

「そういうこと」

「別にいいんだけど」


 和樹はしゃがんでいる彼女の手を掴む。

 その場に立ち上がらせてあげたのだ。


「私、諦めているとか、そういうではないからね」

「でも、俺の感情は変わらないよ」

「じゃあ、その気にさせたら考え直してくれるってこと?」

「さあ、どうかな」


 和樹が彼女と手を繋いだまま、歩き出そうとした時、梨花の方から手を離してきたのだ。

 次の瞬間、梨花が背後から抱きついてきた。


「ど、どうした?」

「何となく、こうした方がいいかなって」


 急展開に、和樹は頬を真っ赤に染め、動揺していた。


「あの子よりどう?」

「な、なんの事について言ってるの?」

「それ、言わなくてもわかるでしょ。それくらい」


 背後にいる彼女から恥じらいを持った声が聞こえてくる。


「そりゃ、玲奈さんの方が大きい気が」

「そ、そんなのわかってるから。言い方ってものがあるでしょ」

「ごめん」


 背後にいる梨花から背を軽く叩かれる。

 和樹は後ろを振り向かず、謝罪した。


「そろそろ、俺の後ろから離れてほしいんだけど。歩きづらいし」

「もう少し、このままでいさせてよ」

「え」


 和樹はどうしようかと悩みながら立ち止まっていると、遠くの方から大きな音が響く。

 その音はさらに大きく響き、夕暮れ時の闇を照らすように光り輝いていたのだ。


「アレって、花火?」


 梨花はその音に反応するように、和樹の背から離れてくれた。

 再び音を響かせながら島の上空で花火の光は炸裂するのだ。


「そうみたいだね。もしや、委員長が用意してくれていたものかな」


 大胆な事をするなら、智絵理しかいないと思う。


 二人は隣同士で三発目の花火があった瞬間を目撃していた。


「綺麗だね」

「そうだな。まだ、夏休みが始まったばかりなんだけどね。季節的に、ちょっと花火は早くない?」

「別にいいじゃん」


 夏休みの思い出には丁度いいイベントだと思いながらも、和樹は、その花火を見上げていたのだ。


 梨花の方は、その花火に綺麗さを堪能しているようだった。


「梨花。皆も心配してる頃だし、早く戻ろ。焼き肉もあるから」

「うん、今のところはそういう事で」


 梨花は少し諦めがちなため息をはいた後、和樹が伸ばした手を掴む。

 二人はその場所から、花火が打ちあがっている場所へと駆け足で向かって行くのだった。

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