第49話 夢と約束
……本当に我ながらどうかしていると思う。
何を血迷ったんだろうか?
足踏みミシンで出来上がった服を見て思わず深いため息をついてしまった。
いや、言い訳をさせてほしいんだ。
出来は悪く無い。
ボクは料理は下手だけど、裁縫はこう見えても得意だ。
人との関わりを極力減らした半自給自足みたいな生活を送っていると、どうしても生活に最低限必要な衣類なんかは、自分で修繕したり仕立てたりが必要になる。
ましてや山や森での生活となると、丈夫な革を使った裁縫ぐらい出来無いと靴や革手袋の修繕もままならないのだ。
そう言うわけで、裁縫は得意なんだが……
何故だ……
何故かは分からないけど、リョウのことを考えながら作って出来たのは赤いレザーコート。
自然に溶け込み隠密行動するのとは全く無縁の出来上がりになってしまった。
ついでに言うなら色は発色の良い赤だが女性向きなデザインとも思えない。
まあ、女性の装束に疎いからこれは仕方がないのだが。
「これって……昔、アイツが見せてくれた、漫画とかいう派手な絵本に出てきた『ラブ&ピース』とか叫んでいる賞金稼ぎの衣装みたいだよな?」
派手だ……
「アイツなら喜ぶかも知れないけど、さすがに女性にこれは無いよなぁ? まあ、とりあえず保留にしよう」
若干、テンションがおかしかったみたいだ。
こんな馬鹿みたいに派手な服を作ってしまったのも、全て深夜のテンションが悪いんだ……
とりあえず、これを気に入るかどうかはリョウに聞いて判断してもらえば良いか。
渋い顔されたら仕立て直そう。
後はリョウに使いこなせるかどうか分からないけど、いくつか技を教えて……
技、か。
何を教えるべきだ?
身体強化術と相性が良さそうな技は……
あ、そう言えば、アイツが見せてくれた漫画に小柄な少年が使う技があったな。
あの時、字はまだ読めなかったけど、絵で何となく使い方を覚えたんだっけ。
そうだ、あれなら今のリョウに向くかもしれないな。
確か、こう……
片足と頭に一本の軸を通すイメージを持ち、前足で地面を踏み抜き前進の捻りを掌底で爆発させる。
ドゴン!
「あ……やべ」
壁に出来た風穴。
……何やってんだか。
徹夜で頭がぼけて……
『ソフィー、なんでそんなこと言うんだよ! ボク、ソフィーのこと好きだよ!!』
『母親もそう言って、俺の前から居なくなった。だから……一人で良いんだよ。もう、ここには来ない。ここに来れば、俺はおかしくなるから……』
『んぎぃぃぃぃぃ!! 一人で良いなんて、絶対にない! そんな寂しいこと良いはずない!!』
『奇声上げて、頭を掻き毟っても無駄だよ』
『ソフィーティア!! 君に見せたい物がある!!』
『見せたい、もの?』
『そうだよ!! 見せたい物があるんだ!!』
『何さ、それ?』
『良いから一緒にきて!』
『何するの?』
『あの裏山の木の上からなら、きっと見れるはずだから!』
『やめときなよ、怪我するよ』
『怪我が何だ! ソフィーもおいでよ』
『やだよ、俺、そういうの好きじゃ無い』
『でも、君に見せたいんだ!』
『だから、何をさ?』
『この星が、世界が丸いってことさ!』
『星が丸いことくらい、俺も知ってるよ』
『そうじゃない!! そうだけどそうじゃないよっ!!』
『キミが言ってることは、よく、わからないよ……』
『わかんなくても良いの!! だけど、ソフィーには知ってほしいんだよ! 世界には端っこなんて無いし! ――――――――――――――――――――!!』
「ッ!!」
首がガクッと、落ちた反動で目を覚ます。
首に鉛が巻き付いたみたいにやけに重たい。
「壁を直しながら……いつの間にか寝落ちしてたのか」
作業をやりながら寝落ちする何て研究所の奥で一人籠もっていた頃以来だな。
だけど、近くに人が居る状況では初めてだ。
「はぁ……」
何か、この服を作ってアイツを思い出したせいか、妙に懐かしい夢を見たな。
思い出したくても思い出せなかったくせに、何で今更思い出すんだよ。
アイツ、あの後に何て言ったっけな?
ダメだ……思い出せない……
くそ、何かすごく良いこと言った!
みたいなムカつくぐらいのドヤ顔は思い出せるのに、アイツの肝心な言葉が欠片も思い出せない。
それもこれも全部、あんにゃろうががあのあとすぐにショッキングな大怪我したせいだ。
本当に、無鉄砲でブレーキの壊れた暴走機関車みたいにメチャクチャなヤツだった。
「師匠~昼ご飯出来たよ~!」
隣の部屋から聞こえてきたリョウの声。
いつの間にか目を覚まして食事の準備をしていたらしい。
そんな気配にも気が付かないとは……
「いくら弟子相手とはいえ、油断しすぎだろ」
思わず苦笑いを浮かべてしまった。
ただ、それでもリョウには好感を持っているボクが居るのは確かなんだけど。
………………ああ、そうだな。
そろそろ森に入る頃合いかも知れない。
これ以上行動を共にするのは、正直、情を移しかねない。
……嘘だ、な。
自分には無い明るさを持つリョウに対して、ボクは明確に好感を抱いている。
それは、ダメだ。
それだけは……
うん、そうと決めたなら早いほうが良い。
明日、最後の試練を与えるとしよう……
それが終われば、お別れだ……
リョウの部屋(まあ、ボクの寝室なんだけど)に行くと、鏡の前で何故か床に這いつくばって悶えているリョウが居た。
「何、床に這いつくばってるの?」
「……ほんとアル君てばいつも良いタイミングで入ってくるよね。場面の切り替え役みたいだよ。もしかして口癖がエクスキューズミーな三人組でユニット組んだこと無い?」
「何さそれ? それを言うなら、キミがいつも突拍子も無いことばかりやってるんだよ。それとアル君じゃなくて師匠。キミがアル君って呼ぶときはいつも暴走している時だから、次そう呼んだら問答無用ではじき飛ばすよ」
「うぅ……師匠が冷たい……」
「冷たくて結構。とりあえず服の着丈とか問題ない?」
「うん……」
「口を尖らせないの。ほら、問題ないなら予定通り実戦訓練に行くよ」
これで良い。
これぐらいの距離感で良いんだ。
そう、今までが近すぎたんだ。
振り返ればリョウは口を尖らせていた。
ちょっと、急に冷たくあしらいすぎたかな。
って、だから、こう言うのがダメなんだろ。
「口を尖らせないの。ほら、問題ないなら予定通り実戦訓練に行くよ」
ぶつくさと文句を言っているが、これで良い。
……
…………
………………
「で、どこまで行くんだ?」
「もうちょっとだよ」
「そっか」
……
…………
………………
「ねぇねぇ、どこまで行くの?」
「もうちょっとだよ」
「なんか、そればっかり聞いてる気がする……」
……
…………
………………
「アル君アル君!!」
「師匠」
「アル君師匠!! 俺をこんな森の奥に連れ込んで、まさかえっちぃことしようとしてんじゃないだろうね!?」
「森に捨ててくよ」
「冗談です、はい。忘れて下さい」
生来の堪え性の無さなのか、それとも本気で捨てられると思って不安になっているのか……
たぶん、両方だろうな。
リョウの口数は疲れているはずなのに、不安を紛らわせるみたいにずいぶんと増えていた。
それからややしばらくして、山歩きに慣れていないリョウが無言になった頃に目的地に到着した。
太陽は天頂を少し過ぎたばかりだが、鬱蒼と生い茂る木々で辺りは薄暗い。
「よし、ここで火を熾そう」
「うん、ランチタイムだね♪」
どうにも気の抜ける返し。
だけど、まあ、リョウらしいと言えばらしい反応だ。
変に気負って肩に力が入るよりも良いかもしれない。
リョウが適当に集めてきた枯れ木に火を灯した。
暖かな光が、樹海の中に広がる
枝に刺した干し肉とパン。
軽く炙ったそれに齧り付くと、リョウが辺りを見渡しながら話しかけてきた。
「なあなあ、師匠」
「うん、何?」
「ここら辺って、その……もうさ、魔物の領域なんだろ?」
「そうだよ、ここら辺って言うよりボク達の住んでる家の辺り全域が魔物の領域なんだ」
「え、そうなの? だけど、ここら辺もそうだけど、俺と師匠の家の辺りで魔物の気配を感じたことないけど」
「そりゃそうだよ。そんなしょっちゅう出てこられたら面倒臭いから近づかないようにしてるんだよ」
「近づかないように?」
「ああ、森の周辺にくびり殺した魔物を逆さづりにしてるの。アイツらは馬鹿だけど生きることには長けてるからね、自分より強い者には基本近づかない」
魔獣とは油断ならない獣だ。
普通種(一般的な獣)の突然変異体で、しかも普通種と容易に交配する。
そのくせ体躯も力も普通種を遙かに上回り、その性質は極めて凶暴になる。
特に魔猿……こいつらは通常個体でも知性が高い上に、長命になった個体は凶暴性はそのままに知性だけは人間よりも高くなる。
そんなのにいちいち付き合っていたら、身が持たない。
と言うか、雑魚の相手はそもそもが面倒臭い。
だから、その知性の高さを利用してここら辺には手を出したら危険な存在が居ると知らしめる必要がある。
そのためには逆さ吊りは有効な手段なんだけど……
あれ? あっさりと説明したはずなのに、リョウが引き攣っていた。
まぁ、良いか。
とりあえず、リョウに危険事項を伝えよう。
「それで、ここら辺の魔物の事を説明したいんだけど良いかい?」
「お、おう! 頼む!」
顔は引き攣ったままだ。
まあ、緩みっぱなしよりも多少の緊張感はあった方が良い。
「基本的にここら辺に居る連中は魔物と言っても魔獣、ようは獣の部類だから知性はそんなに高くはないんだ。どちらかと言えば本能寄りで自分よりも強い相手と思えばすぐに逃げだす」
「なるほど、だから逆さづり、ね。じゃあ、確か初めて会った時に言ってた魔牛とか、そこら辺の魔物……魔獣? が出ると考えた方が良いんだね?」
「そうだね。一応こいつらは正面からぶつかれば強いけど、ハッキリ言ってバカだからガチで立ち合わなければどうとでもなる相手だよ。あらかじめ言っておくけど、今回の試練は勝てて当たり前。キミが身に付けなければならないのは、相手を倒す……いや、命を奪う覚悟だ」
リョウの喉がゴクリと鳴った。
「だけど、森には当然危険な個体も居るし危険な場所もある」
「危険……」
「魔猿」
「まえん?」
「猿の魔獣だ」
「ああ、魔猿か。うん、猿って凶暴って聞くもんね」
「そうだね。だけど、ここら辺の魔猿はたぶんキミが想像するレベルじゃ無い」
「え?」
「その膂力は生木の大木さえも引き裂くほどだ」
「ふぁっ!?」
「ハッキリ言って、熟練の兵士や魔術士でさえも容易にボロ雑巾にするような危険なヤツらだよ」
「ヤツらってことは山ほど居るんだよね? お、俺そんなところに入って大丈夫なの?」
「……」
「おいっ!?」
「まあ、ここら辺の魔猿はボクに怯えているから、こんな麓まで降りてくることはまず考えられないよ」
「ほ、ほんと?」
「まぁ、万が一ってのはあるかもだけど」
「おいぃぃぃ!?」
「ただ、ヤツらは強烈な殺気と体臭を放っているから、近付かれればすぐに分かる。今のリョウの身体能力なら距離さえあれば逃走は十分に可能だよ」
「逃走は前提なんだね」
「もちろんだよ、間違っても戦おうなんて思わないで。余計なことを考えて浮かれたり意識を散漫にせず常に周囲に気を配るんだ」
「なんか、具体的な注意事項を言われてる気が……」
「具体的に言っているつもりだよ。狩猟が上手くいったと喜んでいる隙に魔猿が逃げられない間合いに入っているとか、キミ、やらかしそうだからね」
「やめて、そんなフラグ」
「あと、危険な場所だけど……崖がある」
「うお、逃げてる最中とか暗闇で足でも滑らせたら大変だな」
「それもあるんだけど……」
「けど?」
ボクの呼吸が一瞬止まった。
もしかしたら、リョウにとってあの遺跡は向こうに戻る為に必要なんじゃ無いのか?
だけどボク以外が通って、あの世界に行ける保証は……
それにリョウが向こうの世界の住人と決まった訳じゃ無い。
「……崖の下、流れている川の付近に遺跡があるんだ」
「おお! 遺跡!! ビバ・ファンタジーライフ!!」
「何がそんなに嬉しいのか分からないけど、心を壊されたり死にたくなければ絶対に近付くな」
リョウの喉がゴクリと鳴った。
「アル君……じゃなくて、師匠のそんな強い命令口調は初めて、だね。じゃじゃじゃ、そこはそれだけ……」
「異界への門だよ。ただし、どこに飛ばされるかは誰にもわからない。戻って来られた人も居るけど、戻れなかった人も多い」
「あばばばば」
「紛れ込めばボクだって助けてあげることはほぼ不可能だと思っておいて。わかったね」
リョウが猛烈な勢いで頭を縦に何度も振る。
多少驚かしすぎた気もするけど、リョウみたいなのんびりした性格だとこれぐらいの注意でも足りない可能性がある。
生き残る、という道を切り開くためにも、二重三重と幾重にも行動したあとの結果を想定する事が大切なんだ。
だけど……ふむ……
リョウは異界の門を知らないのか?
まさか、それならどうやって向こうの世界の言語を……
……いや、本人が記憶を失っていると言うんだ。
分からないことをあれやこれや考えるだけ無駄だな。
ボクが今できるのは、リョウが無事に戻ってくるようアドバイスするだけだ。
それから程なくして、リョウは自分の頬をパチンと叩いた。
「なあ、アル君……じゃなくて、師匠」
「うん? 何だい?」
「俺、この試練、必ず乗り越えてみせる!」
「うん、期待しているよ」
覚悟は決まったみたいだ。
「そして、乗り越える事が出来たらさ、師匠に聞いて欲しいことがあるんだ」
「聞いて欲しいこと?」
それは、予想外の言葉だった。
「うん、今まで信じてもらえないと思ったから、隠してたんだ……」
それは、もしかしてキミの正体の話かい?
記憶を取り戻したのか、それとも端から記憶があったのか……ま、
「何の話かは分からないけど、それはリョウがどうしてもボクに伝えたいことなんだね?」
「うん、どうしても師匠に聞いて欲しいんだ」
どうしてもボクに聞いて欲しい、か。
キミが自分の秘密をボクに打ち明けると言うのなら……
そうだね……ボクも場合によっては自分の過去をキミに伝えなければダメかも知れないね。
この醜い悪魔のような生き様を……
「了解した。君の告げたい秘密、必ず受け止めて見せるよ」
そう伝えられたリョウは、嬉しそうに満面の笑みを浮かべて頷いた。
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