第47話 最低の願い
えっと……
とりあえず拾ったのは良いけど……どうしようか、これ?
もしかして取得物になるのか?
……い、いらねぇー!
こんな悪食アールヴ、手に入れても正直言って迷惑でしか無い。
それにボクは一人暮らしだ。
客を呼ぶつもりも無かったから部屋にはベッドが一つしかない。
あとは、少しばかりの研究物と申し訳程度の家財道具があるだけだ。
女とは言えドロまみれの
とは言え、意識も無いのに勝手に服を脱がして洗えば痴漢の冤罪をかけられる可能性もある。
ボクが水球魔術で
こんなことなら洗濯効果のある魔術でも開発しておけば良かった。
だけど、今は悩んでいる場合じゃ無い。
やだけど仕方がない、布団は後から洗えば良いか。
ボクは小汚いアールブを布団に入れると同時に後悔した。
「う、うわぁ……」
思わず出た悲鳴にも似た苦悶。
ドロ汚れが布団に染みていく瞬間なんて初めて見たぞ、おい!
買い換えだな、これは……
あと、この悪食アールヴに与える
ただ、それよりも目下の問題があった。
思わず眺めてしまった台所。
薄らとかぶった埃。
正直、ボクには家事にかまけている暇は無かった。
と言うのはただの言い訳です、はい。
食事という物に興味が無く栄養が取れれば良い、と言うのがボクの基本的な考え方だ。
まあ、先生に出会って食事の大切さも教えられたけど、一人になれば生来の気質で家事らしい家事なんてまるでやっていなかった。
食事は大概、外で襲ってきた魔牛や魔豚を撲殺してその場で焼いて食べた。
ボクとしては後片付けの手間もかからず一石二鳥なんだが……毒草すら食べようとするぐらい飢えた相手に、肉はさすがに胃に悪いだろう。
それぐらいの配慮くらいはボクに出来る。
と、なれば……どうする?
あ、そうだ、確か瓶詰めの燕麦とトウモロコシの粉が台所にあったはずだ。
そうそう、ボクの記憶が確かなら台所の下に……燕麦は……うん、ダメだ。見たことも無い変な虫が湧いている。
この虫は釣り餌にでもしよう。
トウモロコシの粉は未開封だからイケそうだな。
えっと……
オートミールって確か水で茹でれば良いんだっけ?
塩くらいは入れてやるか。
……
…………
「うわぁ……」
我ながらビックリするぐらいマズそうな物体が出来上がった。
「オートミールって言うより嘔吐物だな、これ……人に出して良いんだろうか?」
正直こんなモノ出されても嫌がらせにしか思われなさそうだが……
ま、まあ、匂いだけなら悪くないし、毒草喰おうとするヤツに文句を言われる筋合いは無いよな、うん。
そんな自分への言い訳を考えていると、突然二階が騒がしくなった。
「思ったよりも、早い目覚めだな……さて、とりあえずはこれを持って……と」
寝室に行くとベッドに項垂れた女が居た。
「何だよ、まだ巨乳のままかよ。目が覚めても目が覚めねえのかよ……」
何を言ってるのか正直意味はわからない。
が、まぁいいさ。
どうせメシを喰わせればそれでさよならだ。
「あ、目が覚めたんですね」
とりあえず当たり障りの無い会話から……
「山菜ドロボー!!」
「は?」
山菜ドロボー?
はぁ?
はあぁぁ?
こいつ、まだあの猛毒草を山菜とか言ってるのか?
それとも、すでにあの猛毒草を喰って、脳みそが蕩けてるのか?
女は怒りに満ちた目で突然立ち上がると、ボクに掴みかかるみたいにして……
掴みかかるみたいにして……
『くぎゅ~きゅるるるる~』
盛大に鳴った腹の音と同時に、崩れ落ちるみたいにして床に転がった。
「寝起きで無茶するから」
「うるへ~、哀れむなら飯をくりぇ~……」
はぁ……
何て品性の欠片も無い女だ。
顔立ちは悪くないんだから、もう少し自制ある行動は取れないのか?
まあ自制という意味じゃボクも人のことを言えた義理じゃ無いか。
床に転がる残念な
「こ、この匂いは……」
「しばらく何も食べていなかったみたいだからね。胃に重たいモノは食べない方が良いでしょ。トウモロコシの粉を茹でたお粥を作ってきたよ。美味しくは無いけどとりあえずこれでも食べなよ」
「ぼ、ぼっちゃん……」
「ぼっちゃんって、光速の手の平返しだね」
それにしてもこの女……
その男臭い言動に呆気にとられていたけど、やっぱり異界の言語を話している。
何故?
少し探りを……
って、おい!
人から奪い取った皿見て何引き攣ってんだよ!
くそ!
本当に失礼な女だな!
「見た目の悪さを気にしている状況じゃ無いだろ! いいよ、食べる気がないならもう下げるから!」
このボクが!
自ら作ったご飯を!
他人に差し出しているってのに!
何だその反応はッ!!
「あ、いや、ごめん! 大丈夫、覚悟は決めたから」
「覚悟は決めた?」
コ、コイツ……
「あ、違う違う、言葉のあやです」
慌てて取り繕っているが、言葉の端端に失礼を滲ませやがって。
いっぺん言わしてやろうかこの女……
あ、ダメだダメだ、落ち着けボク。
久しぶりに他人と接したせいかどうにも距離感が掴めないと言うか……
どうしてだ?
この女には自分らしくもない自分をさらけ出している気がする。
落ち着けボク。
冷静に冷静にクールダウンだ……
ガツガツガツガツガツガツガツガツ……
とんでもない食いっぷりだった。
欠食児童かこいつは。
「お姉さん美人なんだからもう少し上品にした方が良いと思うよ」
ガツガツガツガツ……
反応無し。
食事に夢中になりすぎているのか?
「…………ん? あ、お姉さんって俺のことか」
ややしばらくの間があっての反応。
「ふむ……」
ボクの異界語が通じなかったって感じじゃないな。
それなら、彼女自身が異界語に慣れていない?
いやまさか、こんなにも流暢に話せるのにそれはないだろう。
食事に夢中になりすぎているってのもあるだろうが、『お姉さん』って呼ばれ慣れていない感じだな。
もしかしたら、このボロボロな……
よく見たら見慣れない格好だけど、そもそもボクにはファッションセンスは無いし、他国の服装なんて全く興味が無いから知らないけど、奴隷として掴まり逃げて来たのか?
もし奴隷なら異界送りに遭わされた可能性もある。
向こうで壊された、か……
無言で見続けるボクに、彼女は小首をかしげた。
警戒されたか?
「あ、失礼、何でも無いです。ココにはお姉さん以外にお姉さんは居ないよ」
咄嗟に返してしまった言葉は、我ながらおかしな返答だったと思う。
それでも、もし異界送りに遭わされた奴隷だったなら不安にさせるのは可愛そうだ……
癒やす自信は無いけど、ここでしばらく匿ってやるのも良いかもしれない。
そんなふうに考えていると、彼女は食べ終わるとやにわにベッドに座わりボクを直視してきた。
「で、少年よ! 君に聞きたいことがあるんだけど」
「ガキンチョ、ぼっちゃんと来て次は少年か。ボクには……」
一瞬、喉につっかえた言葉。
――アルフレッド――
名乗るべき名はそれのはずで……
だけど、その名を聞かせたらどうなる?
彼女を怯えさせるんじゃないのか?
怯えさせる……本当に?
ボクは……本名を名乗って怯えられるのを、ボクが怖がっているだけじゃないのか?
「ボクにはアルハンブラって名前があるんだ。ちゃんと固有名詞で呼んでよ」
結局ボクは……
本名を名乗ることすら出来なかった。
情けない。
何が過去を受け止めるだ。
そんなことを口にしながら、自分の名前からすら逃げている。
「あ、ごめん。えっとさ……」
困ったみたいに彼女が切り出す。
一瞬口をつぐんでしまったボクに、遠慮したみたいな困った顔をさせてしまった。
はぁ……自分の情けなさに嫌気がさす。
……切り替え無いとな。
「聞きたいことは沢山ありすぎてアレなんだけど、まずは一番に聞きたいのはここがどこか教えて欲しいんだよ」
結局その日は、気が付けば済し崩し的に彼女を匿うことになった。
え?
何でそんなザックリとした説明をするのかだって?
仕方ないんだよ。
だって彼女……
人の枕の匂いを嗅いだり、ボクの頭の臭いを嗅がせろとか言い出すんだもん。
人生で初めてやう゛ぇ変質者を見たことで、思わずボクらしくもない声を出してしまったというか……
情けない悲鳴を上げるハメになったんだよ。
ああ、忘れたい……
そして、もう一つボクは後悔したことがあった。
二階の寝室を彼女に貸したんだけど、さ……
「ステータス!! すてぃた~す!! スッテータス!! すってぃた~す!!
一晩中、訳のわからない奇声を聞くハメになった……
「うるっさい……いい加減に寝ろ!!」
女をグーで殴りたいと思ったのは、人生で初めてだった。
寝不足だ……
一晩中ステータスとか叫んでたけど、そんな謎過ぎる奇習なんかアールヴ族にあったか?
「はぁ……」
思わず出た深いため息。
どうにもボクの生活リズムを崩されている……
研究所に居たどのタイプの女とも違うというか、女臭くないと言えば良いのか……
どうしようも無いくらいに『変な女』、それが彼女に対する印象の全てだった。
「朝飯でも作るか」
ん、二日続けて嘔吐物……じゃなくてオートミールって言うのも芸が無いな。
って言うか、昨日のあの失礼な目はボクに対する挑戦とも言える。
べ、別に料理が不味そうだと言われても痛くも痒くも無い。
ボクは料理人じゃないからね。
だけど、家庭料理も出来ないヤツと思われるのも面白くは無い。
ん~、山豆とジャガ芋があるか。
とりあえず適当に湯がいて、パンでも焼くとしよう。
「鍋鍋鍋……確か鍋でパンが焼けたはずだ。生地って水でこねればいんだっけ? 塩と砂糖、分量は……まぁ、実験じゃ無いんだ爆発する訳でも無いし目分量で良いか……火は……面倒くさいな。要は鍋が溶けなければ良いんだろ。ついでに芋と豆も焼くか。熱量を加えるって意味じゃ、煮るのも焼くのも一緒のはずだ」
古き王の露払いたる種火よ、
その気高き力の一欠片を我に恵み与えたまえ
瞬炎
ゴッ!
燃え上がる暖炉の中の炎。
広がる甘く焦げたような香り。
「……やり、過ぎたか? ま、まあ大丈夫だろう」
カランカラン……
皿に載せると、まるで陶器の欠片が転がるみたいな音がするパン。
あ、あれぇ?
必要な
いや、だ、大丈夫だろう。
とりあえず起こしに行くか。
って言うかもう昼だぞ。
他人の家に転がり込んで夜中中騒いだ挙げ句に起きてこないとか、貴族か金持ちの
はぁ……まあ良いさ。
どうせ今日でお別れだ。
さっさと飯でも食べさせて出て行ってもらおう。
……と、その前に帽子をかぶって、と。
また頭を鷲掴みにされて匂いを嗅がれるとかそんな羞恥プレイはゴメンだ。
それから少しして、やっと起きてきた女アールヴと朝食兼昼食を食べた。
……まぁ、到底食事なんて呼べるような代物じゃ無かったけど、
バリボリと、まるで水牛の頸椎をライオンが噛み砕くみたいな音を立てて
女はこんなモノでも礼を言いながら食べてくれた。
うん、変態な要素ばかりに目が行っていたけど、人間的には悪い奴じゃ無いみたいだった。
まぁ、その変態要素ってのがかなりマイナスなんだけどさ。
彼女の伴侶になる男は苦労しそうだな……
ま、ボクには関係ないしどうでも良いことだけど。
そんな益体もないことを考えながら食事を終えた頃、彼女は意外な……と言うか、ある意味で予想出来た言葉を切り出してきた。
ここに置いて欲しい――
そんな希望。
正直、ここに居るのが得策だなんて欠片も思えない。
ボクに関わらない方が幸せなのは目に見えている。
だけど、見捨てることが出来なかった。
なぜ?
そんなの、わかっている。
この女の名前が、向こうの世界で初めてボクを対等に扱ってくれたアイツと同じだったからだ。
リョウ――
その名前を聞いたとき、一瞬、ボクの心臓が確かに震えた。
人間とエルフの差はあるけど、何となく
ぶっちゃければ、頭の悪い感じとか、うん何となくだけどアイツを思い出させる要素がそこはかとなくあった。
赤の他人のはずなのに……
不思議な情というか親近感みたいなものが湧いた。
だから、だったのかも知れない。
この女を家で匿っても良い。
何て、そんなバカなことを思ってしまったのは。
ただ、それでも確認しなければいけないことがあった。
記憶が無い……
そうであったとしも、名前がわかるなら名字は覚えているかも知れない。
だけど……
リョウは自分の名前以外の記憶は失っていた。
まぁ、失っているからこその奇行の数々だったのかも知れないが。
「わかりました。貴女の記憶がもどるまでここに住むことを許可します」
そんなことを言ってしまったのは、ほんの気の迷いだ。
「ほんと? ありがとう! すっげー助かるよ!!」
ただ……
もし……
もしもだけど、キミが自分の名字を思い出して……
それが、その名字が……
ボクが壁に刻んだ名前の中にその名字があったなら……
どうか、君の手で……
ボクを殺してくれ。
そんな、最低のわがままを――
見たことも信じたことも無い、神様とやらに……
ボクは願っていた。
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