第42話 朽ちゆく記憶

 ロイは焚き火の明かりも届かない場所までサッカーボールみたいに吹き飛んだ。

 と同時に、マインドイーターが群がるみたいに襲いかかってきた。


「ここまで来てエロ同人みたいな展開になってたまるかよ!!」


 なけなしの力を振り絞る。

 だけど……

 世の中ってのはどこまでも厳しいらしい。

 群れるマインドイーターを前に俺の身体は徐々に動かなくなっていく。

 化け物の触手が俺の額に触れる。


【一度キミにはしっかりと言っておきたいことがある!!】


 走馬灯みたいに走り抜けた記憶。

 でも、そうだった……そうだったね。

 こんな喧嘩、したときもあったね。


 ……あ、れ?


 俺、今、何を……


「……ぐっ……うああああああぁぁあぁあぁぁぁあぁぁぁぁあぁっ!!」


 何を惚けてんだ!

 帰るんだ、帰るんだよッ!

 アル君のとこへ帰るんだ!!


 次から次にマインドイーターの群れが止め処なく押し寄せ、魔術……いや、解き放たれた魔法が力を持って襲いかかってくる。

 どこかが酷く痛かった。


「このイカどもが! 干して炙ったら父さん好みの酒のつまみになりそうだ、なっ!」


 放つ攻撃の合間を縫って伸びた触手。

 バチンッ! と、まるで電流が走ったみたいに脳に痛みが走った。 


【そうか、取り敢えずは一安心かな】


 アル君が初めて俺を抱きしめてくれた記憶が……


 あ……

 何だ……?

 今……何か大切なこと……

 ッ!

忘れるな、今すぐ思い出せ!!

 だけど――

 俺の焦りなどお構いなしに津波のように押し寄せる化け物ども。


「うわあぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁあぁッ!!」


 咆哮にも似た叫びと共に、敵の中に飛び込む。

 

バチッ!

バチンッ!

バチンッ!


 頭の中に飛び散る火花。

 俺の中からこぼれ落ちて行くみたいに消えていく、何か……


「はぁ……はぁ……」


【お姉さん、やめた方が良いよ。その草、魔牛でも――】


 ああ、うん、大丈夫……

 まだ覚えているよ、アル君と初めて会った時にした会話だったよね。

 だけど……


「くそ、ダメだ……もう、指一つ動かせそうにないや……ああ、そっか……ごめん、アルくん。アル君と……一緒に生きたかったな……」


 やだ……

 怖いよ……

 指先が、どこかが、ガタガタと震えだす。

 息が荒い……

 目の前に迫る現実に、身体は恐怖で凍て付く。だけど、頭の奥は、奇妙なほど覚めていく。

 ああ、そっか、もう分かってるんだな。

 絶対にどうにもならないって……

 そっか、うん……

 だったら、ああ、やだなぁ。でも、一つだけ、あんまり嬉しくない願いだけは叶うかな。

 アルくん、俺さ……

 俺、自分で思ってる以上に嫉妬深くてさ、独占欲だってバカみたいに強くて、ホントはずっと前から思ってたことがあるんだ。

 弱すぎる俺じゃ、この世界で長く生きられないんじゃ無いかって。

 だったら、せめてアル君より先に死ねたらなって。

 だって、ア 君に先立たれて泣きたくないし、キミがいない世界で生きる自信もないし、さ……

 でも、さ……もし俺が先に死んだらさ、アル君、俺のことずっと覚えていてくれるよね?

 まあ……こんなに早く死ぬつもりも無かったし、こんなとこで負けるのはすごく悔しいよ。

 でも、もし、それで……キミが俺のこと、ずっと覚えてくれてるなら、キミの中から俺が消えないで居てくれるなら、すげぇ嬉しい、とか思ってる俺もどこかに居て……

 酷いわがままでゴメン。

 でも、どうか……どうか、キミの泣き顔を見て喜ぶヤツの前でだけは、腹立つくらいに強気で上から目線のキミで居てね……

 もう、抱きして……あげられないか、けど……

 

 化け物どもの群れが視界全てを埋め尽くす。


「せめて……せめてもう一匹くらいは! 元男の意地を見せてやる!! アル君が大好きな俺を舐めんな!!」


 それは、突然だった――


 カシャン……


 視界全体がガラスが割れるみたいヒビが入り粉々に砕け散った・・・・・・・・


「一体、何事か!!」

「な、なんや!? 一体何があったんや!!」


 ほんの僅かな時間だったはずなのに、ああ、とても温かくて懐かしい顔ぶれ。

 あのクソカマ野郎を倒せたかどうかなんて分からない。

 それでも、また皆に会えた……

 それだけで、俺の中に安堵が満ち溢れる。


「…………!!」


 それは、俺が今一番会いたかった……

 ……違う。

 だけじゃない、これからも、ずっと……ずっと隣に居て欲しい、男の子……


「ア、ア……君だぁ……やっと――君に会えたよぉ」


 ――君に抱きしめられた瞬間に溢れ出た涙。

 自分が今更ながらに、どれだけ強がっていたのかを思い知らされた気分だった。

 

「――君、ごめんね、こんなボロボロにされちゃって……あ、でも処女はちゃんと守ったよ。ニシシ……ねぇ、嬉しい? 嬉しい? なんちって、さ……ねぇ、血だらけの痣だらけでブスになっても、まだ好きで居てくれる?」

「……………………………………」


 耳の奥が、ゴボゴボ言って何も聞こえない。

 ただ……  君の頬を伝う涙が……俺の頬に触れて……それが温かいのだけは……」


「ア 君……大好き……良かった、また……会えて……」


 グッ、と生暖かい鉄の味が口中に広がる。


「………………………………ッ!!」


 ア 君が泣きながら、叫んでくれている。

 俺、 されてた……んだ、よね……


「ア……ア……君……」


 はぁはぁ……ダメだ……もう、何も、考えられない。

 その時だった。

 俺の頭上、いや、天井にポッカリと穴が空いたのは。


 まるで、その穴に吸い込まれるみたいにして身体が浮き上がる。

 穴が俺たちを飲み込もうとしている。

 落とし穴……上に空いた時は、何て言うんだろ?

 はぁ……


 いいや、もう……


「ねぇ……キミ、俺の手を離して良いから。そうじゃないと、キミも一緒に飲み込まれるよ……」


 なんでだろ、見たこともない・・・・・・・子供が泣きながら必死に俺を助けようとしてくれている。

 優しいヤツだな、お前。

 でも、大丈夫。

 これは、夢だ……

 夢だから。

 化け物なんてリアルに居るわけ無いじゃん。

 目が覚めれば、いつもの毎日が帰ってくるからさ……

 あ、でも……

 夢でも俺のためにこんなに必死になってくれるヤツが居るなんてさ。


 もしお前が本当に居て、リアルで会えたら……友達に……なれる、か……



――――――――――――

次章よりアルフレッドサイドの物語が始まります。

18話ほど続く予定です。

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