第41話 アル君
グロテスク。
とでしか表現出来ない奇っ怪な怪物に囲まれたロイ。
俺は思い切り鼻から息を吸うと、
「ずるい!!」
絶叫した。
そして絶叫とほぼ同時であった、怪物達の動きがピタリと止まったのは。
くぅ~、何だよその美味しいシュチュエーション!!
別にあんなエロ同人やそんなエロ同人みたいな変態的で倒錯的な触手プレイに興じたい訳じゃ無い。
「何だよ何だよ!! ロイのその美味しいポジション! 完全にお姫様じゃん!! そこの立ち位置は俺でアル君に颯爽と助けてもらってそのままキャッキャうふふになる美味しい立ち位置じゃん!!」
「リョウたん……貴方、本当に脳内お花畑ね。この状況が分からないの?」
「えっと……あたし捕らわれちゃったの、あ~れ~みたいな……」
「アホッ!」
「ああ、何て雑な突っ込み。じゃじゃじゃじゃ、男日照りなロイが、人外でも良いから欲求不満の解消を……」
「大アホッ!! 何モジモジしながら気色悪いこと言ってるのよ!!」
「え、どっちもちゃうの?」
「違うわよ!!」
ロイがヒステリックに絶叫する。
と同時に辺りに溢れる甘い香り。
……?
これは……
「良い香りでしょ?」
「この匂いロイの体臭だったんだ……」
「ねぇリョウたん……あんたホントは最初から分かってて馬鹿なフリしてない?」
「え~、どうだろ?」
「貴方をずっと見てたけど、勘が凄く良いのよね」
「お褒めいただき光栄ですわね」
「ふふ、目付きが変わった。やっぱり馬鹿なフリしてたんだ」
別に自慢にもならんが馬鹿は標準装備だ。
ただ分からないフリぐらい、そりゃしたくもなるさ。
裏切り謀が人の世の常とは言え、そんなものが突然自分の身に降りかかればさ。
「何時から?」
「最初から」
「何故……嘘をついて俺たちの所に」
「嘘はお互い様でしょ?」
「お互い様?」
「貴女の恋人よ」
「え?」
ゾクリとした。
ロイの瞳に宿る狂気。
「あら、もしかして貴女も知らないで騙されていた口?」
「何、を……」
「アルハンブラなんて中途半端な偽名よね。本名アルフレッド……かつて最年少で帝国魔導機関の最高研究者に上り詰めた人類最高の天才児」
薄く酷薄な笑み。
こいつ端からアル君の正体に気が付いていたのか。
なら、今までの行動は……
「その驚き方は知らなかった……と言うよりも、あたしが知っている事に驚いた……そんな感じね」
「お前の方こそ勘が良いじゃん。何が目的なのさ?」
「目的? バカね~そんなこと決まってるじゃ無い、世界の大罪人アルフレッドがゲトゲトに絶望する様が見たいからよ!!」
「アル君が……絶望する様?」
「そうよ。そのために貴女に近づいたのに……あのクソドラゴン、あたしが時間かけてすり込んだ暗示を遠吠え如きであっさりと解除してくれちゃってさ。ほんと迷惑なヤツ……」
「じゃあ、俺とアル君との間がおかしくなり始めたのは……」
「そうよ。あたしの復讐のために利用させてもらったのよ。恋に盲目になってるオンナを騙すのなんて、子供や年寄りを騙すのと同じぐらい簡単なのよね」
「……てめぇ」
脳の奥は火が着く寸前。
腸は煮えくり返る寸前だった。
だけど、こいつは今言った。
復讐のため、と。
この国に来てからずっと俺の中にあったわだかまり。
まるでアル君を邪神か何かみたいに憎む心。
そこにある根深い拗れ。
たぶん、ロイから今それを聞き出しそれに俺がどれだけ答えた所で、その拗れた感情を解きほぐすのなんか出来やしないだろう。
でも、これからもあちこちで知ることになるだろう、この世界に生きる人間達のアル君に対する負の感情。
それを解きほぐす切っ掛けは見付けられるかも知れない。
俺はアル君と生きる……絶対に!
その為ならどんな負の感情をぶつけられようと、唾を吐きかけられても石を投げつけられたって……
二度と惑わされない、折れてたまるか!
こんな一人の負の感情如きに負けてられるかよ。
「それにしても……」
それまで肩を怒らせていたロイが、ふと緩く微笑んだ。
「悪魔だ破壊神だと恐れられてたあのガキも可愛いモノよね」
「……あん?」
「人間どもから天才と持て囃されても所詮はガキ。恋人に冷たくされたぐらいであの寂しそうな顔」
「チッ……」
「話しかけた所をちょっと妨害されたぐらいで凹むとか、どんだけメンタル貧弱なのかしら」
怒りが込み上げる。
ロイに?
違う、俺が……
俺自身の浅はかさに怒りが込み上げる。
アル君に敵意しか持っていないこんな奴ですらアル君の辛さが分かっていたのに、俺はそれに気が付いていなかった。
俺はこの町に来てから、どれだけアル君を傷付けて来たんだ……
「ねぇ、リョウたん。貴女と私はどうせ同じ穴のムジナだしチャンスを上げるわ」
「チャンス?」
何が言いたいのかなんてすぐに分かった。
「あたしと一緒に来なさい。あんな大罪人なんかじゃ無く、ちゃんとした恋人をあたしと一緒に見付けましょうよ」
ロイは両手を広げて薄く微笑んだ。
大昔からの常套句。
勝ちを確信した者の敗者への救済手段――
勧誘。
ロイには無価値な存在と思われない程度には評価されてるらしい。
どうせ、アル君に対する嫌がらせのためだけだろうけどな。
「ちょっとだけ聞かせてくれる?」
「あによ、ハッテン場がどこにあるのか聞きたいの?」
「ちゃうわい! ただ時間稼ぎしたいだけじゃ!!」
「自分でそれ言っちゃダメじゃ無いの?」
呆れたようなため息。
「ふん、どうせどう言おうと端から時間稼ぎを疑われるのは目に見えてるんだ。だったら隠した所で意味ないだろ」
「ふふふ……変わらないわね」
「変わらない?」
「ふふ、こっちの話しよ。でも、ホント良い度胸してるわリョウたん。好きよ」
「ならその度胸に免じて、ついでに見逃してよ」
「それは、お・こ・と・わ・り♪」
一々指でリズム刻むなムカつく。
「……俺が聞きたいのは他の連中の事だよ。どこにやった? 特にアル君はどこにやった? って言うかアル君どうした? まずアル君返せ! 黙ってアル君返せッ!!」
「アル君アル君うっさいわねぇ!! こっちに連れてきたのは貴女だけよ。他の連中は元の場所に居るわよ」
こっち? 元の場所?
それって、異空間ってことか?
「あと、貴女のアルフレッドには一切手を出してないわ。この塔に来てから改めてあの男の危険性を思い知らされたもの。あれは異常よ。エルヴァロン様が危険視するのも納得よね」
「エルヴァロン?」
「ふふ、記憶がふにゃチンな貴女には関係の無いことよ」
「ふにゃチン言うな。あと、俺のアル君を勝手に呼び捨てにするな」
「俺のアル君、ねぇ……」
噛み絞めるみたいに呟かれた言葉。
「何でよ……」
ぞくりとした。
それは、今までのロイらしくもない声音。
「この世界に厄災をばらまき、あたしの住んでいた場所を何もかも破壊したくせに……何で貴女に愛されて帰れる場所を手に入れてるのよッ!!」
本気の怒りが濁流みたいに俺の頬を叩き付ける。
「ねぇ……幸せを奪われたあたしはこんなにも苦しんでるのに、どうして奪ったアイツが幸せになれるのよ! この世界……不公平すぎない?」
奪う者、奪われる者……
それは何時の時代にもある世の常だ。
だけど、それをされた者の叫びを目の前にして俺はかける言葉失っていた。
それがどれほどの苦しみを纏っているのか、痛いほどに伝わってくるから……
アル君……
キミの罪はほんと根深いよ……
でもさ、それでもさ……俺はアル君を否定しない。絶対に否定しない!
「どうせ、今のロイには何をどう言ったところで俺の言葉は届かないだろうけどさ」
「何? 裏切るなって説得でもする気?」
「出来れば説得したいけどさ、でも俺の言葉は軽いから絶対に届かないのも分かってるんだよね。ただ……」
「ただ?」
「包丁を使って殺人事件が起きても包丁を作った人は悪くないよ。酒に酔って車……馬車で事故を起こしても、馬車や酒を造った人は悪く無い」
「何が言いたいの?」
「別に……理屈が感情を凌駕するのは難しいって話さ。でもさ、奪われたから奪い返す……じゃ、負の連鎖は終わらない」
ギシリ……と、ロイの歯ぎしりが鈍く鳴り響く。
「奪われたことも無い人間がッ! 薄ら寒い説教なんて垂れるんじゃ無いわよッ!」
「奪われたことの無い人間、か」
ロイはたぶん故郷を失っている。
そこに居たという恋人も。
あの目は、きっとそう言うことだろう。
でも、
「それでもさ……」
奪われる辛さも失う辛さも俺だって知っている。
何の因果か分からないまま俺はこの世界に来て全てを失った。
家族も、親友も、それまでの価値観も、そして性別さえ。
だけど、その寂しさも辛さも埋めてくれたのは……
アル君だった。
だから、
「ガキのくだらない絵空事や理想だったとしても……俺は全力で妨害するよ。ロイ、俺は貴女を止めたいんだ」
「そう……なら仕方ないわね」
「っ! これ、は!?」
ロイが酷薄な笑みを浮かべたと同時に、辺りに溢れる濃密な瘴気。
それはまるで59階層の悪魔ソウルドレイクの傷を癒した汚れた暗紫色の魂。
「ソウルドレイクの特性まで知らなかったから、危うくあたしの身体ごと喰い滅ぼされる所だったけど、リョウたんに助けられたわ。その節はありがと♪」
「ッ!?」
ロイがにっこりと微笑んだ瞬間、その姿はブレるみたいにして目の前から掻き消えた。
ゴギィィィ……
「ご……ぷっ!」
鈍い音が耳朶を打ち、やや遅れて力任せに毟り取られたみたいな激痛が腹部を襲った。
再び目の前に現れたロイの拳が俺の腹に深々とめり込んで……
「が……がはぁ……」
痛ぇ……痛ぇってもんじゃねぇ、内臓さえも吹き飛んだんじゃないかと錯覚する痛み。
呼吸さえもままならず、痺れと激痛が全身を押さえ込む。
見えていたのに、まるで反応出来無かった。
これが今まで隠していたロイの実力なら……
ダメだ、俺じゃ足下にも及ばない。
「安心しなさい。無駄な抵抗をしなければ生かしておいてあげるから。あたしが見たいのは、あくまでアルフレッドの絶望した姿……」
アル君の絶望した、姿だと……
冗談じゃ無い。
俺のせいでそんなことになるくらいなら、アル君の中から俺の記憶が無くなった方がいっそマシだ。
「あら、無駄とわかっていて起き上がるの?」
「ホント、自分でも驚きだよ。熱血漢でも愛に殉じるタイプでも無いんだけどさ」
「愛……ね」
自分の髪をクリクリといじりながら吐き捨てるような呟き。
「虫酸が走るわ。良いわ、こっちに来るなら脳みそいじくるぐらいで許してあげようと思ったけど、どうせアルフレッドを絶望させるだけならそんな面倒臭いことも必要ない」
「脳みそいじくるとか何それ、怖い」
酷薄な瞳が、生ある者のそれとは思えないほどに猟奇的な光を宿して俺を射貫く。
「どうせ絶望を与えるなら、マインドイータどもの苗床になるのも素敵よね」
「やっぱそうきたかー! イカ触手プレイとか……俺の好きじゃ無いジャンルのエロ同人みたいなことする気だろ!」
「エロ同人?」
「そうだよ! エロ同人だよ!! ツレの田代んちにあった【俺の縄】とか【八歳児だぉ、全員衆道!!】とか【オールゲイズ 新宿二丁目の夕日】とか……あ、後半の二つは田代じゃ無く悟んちのベッドの下にあったヤツだ」
「エロ同人ってのはよく分からないけど、かなりシビれるタイトルじゃない。悟ってば、悟っちゃったのね……って言うか、人の性癖を居ない所で暴露するのはやめておあげ」
「居る場所でなら良いのかよ?」
「それもやめておあげ。って、無駄な話をしちゃっ――」
「よっしゃあっ! 俺復活!!」
「はぁ!?」
回復魔術は使えないし、仮に使えたとしてもバレバレに使えば阻止されるのは目に見えていた。
だから俺は無駄な会話をしているように見せて、さり気なく体内の魔素を循環させていたのだ。
痛みの軽減……ようは俺が唯一まともに使える身体強化魔術の一種だ。
身体強化が出来るなら細胞の活性化、すなわち回復力だって強化されるはずだ……
と、一種の賭けに出た訳だがとりあえず上手く言ったみたいだ。
「あたしを出し抜くとかやるじゃ無いの」
「賭だったけど、上手くいったよ」
「それはそうと、聞きたいんだけど」
「聞きたいこと?」
「まさかさっきの胸熱なタイトル、口から出任せじゃ無いわよね!」
「それかよ!!」
「それかよとは何よ! 重要なことじゃない!!」
「ああ、あったよ、ありました! 咄嗟に思いつくかそんなタイトル! 中身見てないけど、表紙はガッツリそれ系だったよ!!」
「そう、そうなのね。今度向こうに行ったら探さないと……」
ブレねぇヤツだ。
あ、中を見てないのはホントだからな!
俺はこっちに来るまで好きなのは女だったんだからな!
全ての戦犯は可愛すぎるアル君のせいなんだからな!!
「まあ良いわ。でも、回復した所であたしの足下にも及ばない実力じゃ、ただ苦しむ時間が長引くだけ、よッ!!」
最後の言葉をかけ声に、またロイの姿が掻き消えた。
だけど、今度は油断していない。
身体強化で反射神経も視力も全て向上している。
ギリギリだけど何とか見える!!
俺は辛うじてロイの拳をガードする。
「ぐ……ぅ」
痛ぇ……
ミシミシと鳴った腕には、たぶんヒビの一つも入っただろう。
「へぇ……塔に入った時は明らかに素人だったのにやるじゃない。ますます壊し甲斐があるわ」
そこからは一方的なサンドバッグに近かった。
くそ、経験が圧倒的に違いすぎる。
まるで手も足も出ない。
気絶しないで済んでるのは、ただ魔術の恩恵に過ぎない。
だけど、それだって何時まで保つか……
ゴッ!
ロイの回し蹴りが俺の脇腹に突き刺さる。
「ご……ふッ!」
ダメだ……
勝ち目どころか端から時間稼ぎさえ……
いや、まだっ……手は……ある。
頽れかけた俺の身体。
地面を舐めかけた俺は、だが、髪をギシリと鷲掴みにされて無理矢理に起こされる。
「良い感じにボロボロになったじゃない。綺麗よ、その死に化粧。メスメスした貴女にピッタリ」
「あ、ぐ……」
耳の奥がゴボゴボ言って、何を言っているのか聞き取れない……
「でも、まだ終わりじゃ無い。あたしが見たいのはアルフレッドの泣きっ面よ。執着した自分の女が怪物に陵辱され尽くされ、ゲドゲドに凹むあの男の姿を見せてちょうだい」
「…………っ」
「何、今更命乞い? ダメよ、もう遅いの。命が惜しかったのなら、最初からあたしに従ってれば良かったのよ」
「…………」
「な~に? だから無駄よ。あ、でも最後に何て言ったのか、アルフレッドに聞かせてあげるのも良い余興よね」
ロイの耳が俺の口元に近づく。
「さあ、最後の命乞いをあたしに聞かせてちょうだい」
「……近づいてくれて、ありがと♪ これは俺とアル君からのプレゼントだ」
俺はなけなしの力で地面を踏み抜いた。
そう、アル君が俺に初めて見せてくれた技。
ブツに触りたくなくて蹴りにしちゃったけど、あの魔猿を倒した技だ。
あの時の俺ですらメチャクチャな破壊力を生み出したあの打撃技を俺はロイの横っ面に叩き込んだ。
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