第40話 違和感

 蜃気楼の塔、現在66階層 野営地――


 59階での敗戦。

 俺たちはロイの提案で怪物の階層を無視した攻撃を警戒し、多少強行軍ではあるが距離を取ることを優先して進行した。


「さすがに疲れましたね」

「かなり強引やったもんな。でいささか強行軍になりすぎた感はあるけど、これだけ離れれば安心が買えたのも事実やからなぁ」

「野営で多少でも寝ることが出来るのは助かる」


 シゲさんとゼノンさんが地べたに座り込む。


「だけどさ、あれからいくつか宝が見付かったもんね。それだけで気分は少し違うわよ」

「でもさぁ、いくら宝が見付かったからって疲れが溜まるのも事実なのよね。ま、これで宝が一つも無ければ今頃干からびてるとこだったけど」


 シャルとナージャの言うとおりだ。

 そう、俺たちは宝を見つけた。

 宝と言っても、ゲームとかみたいに宝箱とかから発見したとかそんなんじゃない。

 何時の時代の物かも分からないけど、相当にレア物らしい小さな神像と武具が回廊の行き止まりに転がっていたのだ。

 ……ようは、遙か昔にこの塔を攻略しようとして、失敗した探検家か冒険家の遺留品だ。

 まあ遺留品とは言っても死体も何もかも無く持ち主は不明。

 とっくの昔に風化したのか喰われたのか分からないけど。

 ……簡単に言えば死体無き追いはぎだよな。

 にゅむぅ……

 俺の居た世界、いや俺が居た国の感性からするとだいぶアレだけど……

 いや、気にしちゃダメだよな。

 郷に入っては郷に従えってやつだ。


「どうしたのリョウ? 何か難しい顔しているけどまた価値観の差に悩んでる?」

「正解」

「そう言うのは全てが終わったらゆっくりと共有していこう。理解できない物は無理に理解する必要は無いと思うよ。ただ、そういう価値観があるってことを知っても、頭ごなしに否定しちゃ駄目だよ。否定は闘争の始まりだからね」

「そうだよね。うん、さすがアル君」


 不思議だな。

 つい昨日までの頑なだった俺だと一切耳を傾けることが出来無かったのに、今じゃストンと自分の中に落ちるみたいにアル君の言葉を聞ける。

 ふ、これが愛ってヤツか。


「どうしたのリョウたん? ニタニタして不気味よ」

「不気味とか言うなし」


 ま、アルフレッドニウムが不足していてもこうやって妨害されるから補充出来無いんだけどさ。


 ガッデム!!


「リョウ殿!! 野営地の設営に手を貸して下され!!」

「ふぁ~い」


 アル君アル君アル君アル君……

 仲直り出来た途端に俺の中をアル君の名前が呪詛のように駆け巡る。


 う~……

 う~う~……

 うううのう~……


 メッチャ、イチャイチャしてぇっす!!


 でも、流石になぁ……


 シングルだらけのこのパーティーでイチャこらしたらメッチャ嫌味&イジりを受けそうだしなぁ。

 イジられるのは望む所だがアル君照れて逃げるだろうなぁ。

 早くこの塔を攻略して宿屋でしっぽりと……


「リョウたんエロいこと妄想してるでしょ。顔に出てるわよ」

「気のせいです」

「そう? アタシはてっきりアルキュンと脳内で合体祭りになってるのかと思ったんだけど」

「そそ、そんなはずああ、ありませんわ!」

「どもりながらお嬢様言語使うとか……このエロエロエロ娘め」

「やかましゃあ! エロエロ言い過ぎじゃい!」

「ちょっと、そこの二人喋ってないで手伝ってよ! 設営ちゃっちゃと終わらすわよ!」


「「はーい」」


 そんな感じで設営が終わると程なくして夕食になった。


「それにしても今回も敗北か。正直、奴めを倒して上層攻略の弾みとしたかった」

「まあ、手も足も出なかった前回と比べれば一矢報いれただけでもよしと思うべきか」

「その一矢のおかげで、逆に奴の強さを余計に知ってしまった感じだがな」

「確かに……」

「まあまあ、一献どうですか?」


 ふう、と深いため息をつく重戦士二人に、ヒデさんが酒を注ぐ。


「ソウルドレイクを見ていていくつか分かったことがあります」

「ほう?」

「ソウルドレイクの傷を癒やしたあの暗紫色の瘴気。恐らくあれは、我々がこの塔を攻略してから倒した魔物達のソウルだと思います」


 ソウル……


「え? ヒデさん、それって」

「そうです、ソウルドレイクは名の通り、魂のドラゴン……より正確に言うなら、魂を主食として喰らうドラゴンなのでしょう」

「では、奴を倒す術は無いということですかな?」

「現状、ソウルドレイクと戦うまではこの塔で一切の殺生せず、その上で奴が出現したなら奴を倒しきる火力で削り続ける。もしくは喰らい続けるソウルからの回復を上回る火力で押し切り戦い続けること……この二点でしょうね」

「ちょっと~、それって絶望的じゃ無いの? どう考えてもアイツと戦うまで無血で侵攻とか難しすぎ~」

「だが、逆を言えばそれさえやれば倒せる可能性は十分にあると言うことだな」


 さすが脳筋のガイアさん。

 切り替えが早い。


「ソウルドレイクが喰らっていたあのソウル。魔物達の魂という点を差し引いても、ずいぶん禍々しい色をしていた。殺されて深淵に取り込まれた命……そう考えられるね」


 アル君がスープをかき混ぜながら発言する。


「そんな堕ちた魂だからあの気色の悪い怪物が食えるってことかしら?」

「もしくは落ちた魂を喰らい続けたからこそ、あんな薄気味の悪い化け物になった」


 ナージャにアル君が答える。


「てことはアレやな。あの魂を上手く浄化さえ出来れば、回復しない可能性があるんやな」

「あくまで現状手に入れた情報だけですが、おそらくはそれで間違いないかと」

「ねぇねぇそれってさ、もしかしたらだけど……さっき手に入れた神像って倒したモンスター達の魂を浄化する為に使われてたんじゃ無いのかな?」


 俺の発言に皆の視線が集まる。


「な、何?」

「いや、良い着眼点かも知れぬ」

「リョウの言うとおりかも知れない。法術士でも神像を媒介に術を使うのは、大地と海の女神アリシアの神官だけだ。そして、アリシアの法術にだけ魂浄化がある」

「ほんとアルキュンはその年で博識よね」

「なるほど、過去にその事実に気が付いた者達がいた。だけど、残念ながらその情報を確証に変えて持ち帰る前に……と言うことですか」


 ヒデさんの発言に一瞬にして静まりかえるメンバー。

 それもそのはずだ。

 あくまで想像の話でしか無いが、少なくともソウルドレイクの攻略方法に気が付いたパーティが居た。

 しかもそいつらが遺した装備品は、うちらが身に纏っている装備品よりも遙かに優れている。

 だけどそんな彼らはこの塔で命を落としているのだ。

 ソウルドレイクの攻略方法を世に伝えることも出来ずに。


 この塔は……

 蜃気楼の塔の実態とは、


 あの化け物ですら一つの関門に過ぎないということなのだ。


「改めて、この塔が化け物の巣窟だって思い知らされるわね」

「そうですね。しかも後退した時点で落下の罠が発動しますし、すでにお話ししたドゥモウやマインドイーターも出てきます」


 出たよ、アル君をさえも引き攣らせた極上のモンスター名。


「そうは言っても、ワシらが見たのは78階に上るまでの間に両方とも四体程度や。確かに危険は危険なんやけど、そんな大量繁殖が出来るような種でも無いから十分注意しとけば囲まれる心配はあらんへんやろ」


 ジョーさん、それメッチャフラグです。


「そう言やトロルには出遭いましたけど、ヒュドラにも出会わなかったしな。索敵にさえ気を付けていれば遭遇しないですむかもなしれない」


 だからゼノンさんもそこでフラグを強化しない!!


「シャルの索敵がここから先、ますます重要になってくるのは確かだな」

「ドンと任せちゃってよ。あたしがしっかりと索敵してあげるから。敵なんて微塵も近づけさせないわよ」


 こいつらはフラグという言葉を知らんのか!?

 まぁ……余計なことを考えるのはやめよう。これ以上考えすぎると胃に悪い。


「とりあえずソウルドレイクからの強行軍であたしたちもクタクタだから、話はこれぐらいにしてそろそろ休憩にしましょ」

「そうだな。まずは俺とナージャで野営を行う」

「マッシュ様、野営なら私が」

「ガイアよ、お前はソウルドレイクの直撃をモロに受けているだけじゃ無く、リョウ殿のドロップキックも受けてるんだ。ろくに休めなかったのだ今日くらいはしっかりと癒やすが良い」


 マッシュの言葉に、口に含んでいた汁物を思わず吹き出す。


「ゲホ! ゲハッ!!」

「ちょっと! リョウたんきちゃない!!」

「あの蹴りは凄まじかった。今までの人生で受けた中で過去一のダメージだった」

「キレが違ったからな。俺も幾人もの肉体を武器に戦う戦士を見てきたが、あんなキレのある蹴りを放った者は見たことが無い」

 

 くそ、こいつら楽しんでやがる。 

 ただ、まぁ、それも打ち解けた証拠。今は笑えるだけの余裕がある証拠として、聞き流しておくとしよう……


 やがて、しばらく続いていた談笑も、誰からとも無く収まりいつの間にか沈黙が支配した。

 あの口やかましいロイでさえ、穏やかにこくりこくりと船を漕いでいる。

 焚き火がパチリと弾けた。

 焚き火って、どうしてこんなに黙って見ていられるんだろう?

 木の燃える匂いはどこか甘味を感じる優しい香りで落ち着くな……

 思考は蕩けだし身体を動かすのを頑なに拒絶する。

 これは怪物との戦いの疲れか、それとも精神的疲労なのか分からないが、急速に襲われた倦怠感には抗えず床に就く。

 ああぁ、アル君と早くイチャイチャしたい……


 そんな煩悩塗れなことを考えているうちに俺は夢を見た。


 俺がまだ男子力に満ち満ちていた頃の夢。

 公園で幼馴染みたちと遊んでいた頃の夢だ。

 あぁ、幼馴染みと言っても姉貴を除いて女は居ない。

 女……そういや、初恋だった可愛い娘は男だったんだよな……

 ふ……

 俺は幼馴染み好き界における絶望的な負け組、幼馴染み力5のゴミカスだった。

 でも、ま……

 この頃は悩みも無い楽しい毎日だったな。

 毎日騒いで、朝から晩まで公園や裏山で遊んで楽しかったな。

 でも……

 あの頃に戻りたいかって聞かれたら、残念ながら俺は疲れたサラリーマンじゃ無いから欠片も戻りたいとは思わない。

 何せ今の俺がやっている冒険は、ガキの頃の俺が散々やっていた探検ごっこを極上にした世界だ。

 こっちの世界の方が辛いことだらけだけど充実している。

 もし向こうの世界に戻ってやりたいことがあるとしたらなんだろ?

 引き籠もってゲーム三昧か?

 その程度の楽しみくらいしか思い付かない。

 あ、でも……そう言えばこの頃だったっけ?

 俺が男子達と木登りしてる時に滑り落ちて、大怪我したの。

 ……ま、今が元気だから良いんだけどさ。

 どうせ当時のことなんてうろ覚えだし。

 痛かったって聞かれても、さあ? としか答えようが無い。

 その程度の記憶だ。

 まあ、姉貴が過保護になった……とか、ブラコンが末期レベルで重傷化したとか色々あったけど……


 元気にやってるかなぁ……みんな……


 ……

 …………

 ………………


 目を覚ますと、どうやらまだ起きる時間にはほど遠い感じだった。

 ちゃんとした迷宮(?)になってからは、どうにも時間感覚が曖昧だ……


「ふぁ~……うみゃ~……」


 なんか、ずいぶんと取り留めの無い夢を見ていた気がするなぁ……

 ふぅ……ん~……立ちションでもしてスッキリしてくるか……


 ……って、あぶねぇあぶねぇ。

 そういや、オレ立ちション出来無いんだった。

 う~ん、寝ぼけてるなぁ。

 TS野郎のゲロイン仕様からお漏らしヒロインにジェブチェンジとか、ニッチすぎるジャンルからちょっとだけマイナーな路線に変更するとこだった。

 って言うか、ぶっちゃけアル君の家に住んでたとき、それで何回かやらかしたことあるくせに未だに慣れてないとは……

 早くちゃんとした女の子になってアル君の隣に居てあげられるようにならんと。

 そんな自分の思考に思わず頬が緩むのがわかる。

 昨日までの俺があんな夢を見ていたら今頃超ホームシックにかかってたはずなのに、今は少し懐かしいとかそんなぐらいにしか感じない。

 うん、これぞ愛のなせる技。

 男力も郷愁も、愛の前には木っ端みたいだ。


 ……って言うか、暇だ。

 変な時間に目を覚ましたからか、目がどうにも変な冴え方をしている。


 アル君にイタズラしようかな?

 良いですか?


【良いんです! お互い愛し合ってるのが分かったのだから、ヤッちゃっても良いんです! ヘ〇リーゼ!!】


 突然、どこからか聞こえた天の声の幻聴。

 ありがとう、川平さん。

 貴男の後押しは忘れません。

 俺は左右を確認し、辺りに気配が無いのを確認するとアル君ににじり寄……


 ん?

 気配が無い?


 前までの俺なら気配が無いのを良いことに、本能の赴くままにアル君に飛びかかっていたはずだ。

 だが、俺はこの旅で冒険という物を知った。

 そう、俺は成長しているのだ。

 俗な言い方をするならレベルアップというヤツだ。

 そんな強くなった俺が感じた違和感。


 おかしい……


 周りを見れば眠っている仲間達。

 ?

 あれ?

 今の時間の見張りはどこに行った?

 何だ? また頭が朦朧とする。

 眠気が……まさか、これは……


 パチン!


 自分の頬を力任せに叩く。


「皆起きろッ!! 敵だッ!!」


 俺は異変を察し慌てて大喝した。


 レンガ造りの迷宮に俺の大喝が揺れ広がる。

 だけど、どうなってんだよ!!

 アル君の声が、仲間の声がどこからも聞こえない。

 と言うか、さっきまで隣に感じたはずのアル君の気配がどこにも無く、焚き火を囲んでいた仲間達の姿もどこにもない。

 それどころか耳に届くのは、焚き火の明かりも届かない仄暗い闇の向こうから何かが這い寄る音。


「くそっ……何なんだよ!! アル君! アル君!! アル君ッ!!」


 叫んでも叫んでも、返ってくるのは無情にも反響する俺の声と這い寄る不気味な音だけ。


「クソッタレ!!」


 俺は慌てて戦闘態勢に入る。

 本音は今すぐにでも全力で逃げたい所だけど、現状何が起きているのかまるで分からない。

 慌てて背中を向けるような不用心な行動を取るより、防御態勢からの地形把握と敵性確認に神経を使った方が生存確率を上げられるはずだ。

 俺は燃えさかる薪の一つを取り出すと、光の届かない奥に投げ付けた。

 魔術は苦手だけど、そうも言ってられない。

 俺はアル君に最初の頃に習った火の魔術を放つ。


 爆ぜて盛れ、原初の王よ!!


 俺の呪禁と同時に薪の火は通路全体を塞ぐほどに燃えさかる。

 懐かしいぜ。

 初めてやった頃は俺はあれで前髪と鼻先を焦がして、さらに髪色がエロゲカラーになったんだよな。

 痛過ぎる思い出だ。


 って、そんな過去に浸っている場合じゃ無い。

 ドクドクと心臓が早鐘みたいに高鳴っていく。

 通路の奥から出てきたモノ、燃えさかる炎の奥から出てきたモノ……


「イッ!?」


 俺は初めて、それが生き物であるということに嫌悪感を抱いた。


「家族で函館旅行した時はたらふく食うぐらい好物だったんだけどな。もう食えなくなりそう……」


 そう、それはイカだった。

 いや、正確には頭部が毒でも持っていそうな色合いの巨大なイカで、首から下は全裸の人間。

 ゾルゾルと這いずるような音は、頭部のイカゲソが地面にまで届くほど長いせいだ。

 嫌悪感の塊みたいなモンスター。

 正直触れたくも無い。後先考えずに逃げ出したい所だけど……

 だけど……


 その中に――


「ロイッ!!」


 ロイさんが捕らわれていた。

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