第39話 攻撃的な敗走

「ぐぅ……うぅぅ……」


 頬に纏わり付くざらついた痛みで目を覚ます。

 どうやら俺は吹き飛ばされ、岩山の上で半身を乗り出す形で気を失っていたらしい。


「ぐ、う……うぅ……けはっ! い、痛たた……」


 無理矢理に身体を起こし、仰向けに転がる。

 薄暗い曇天が視界を支配する。


 頭が朦朧とする。

 何があったっけ?

 ここは……


 ズキリと頭に走る痛み。


「痛っ! え? 俺は、何をやって……」


 そうだ、俺は……

 俺、は……


 え?


 俺は、確か……

 結界が破壊される瞬間にアル君の魔術ではじき飛ばされて……


 あれ、どうしてこんなにも記憶が曖昧なんだ。


「アル、君……」


 気が付けば呟いていた彼の名前。

 そして、彼の姿を求め彷徨う瞳。


「アル君、ど……こ……ッ!」


 不意に視界に飛び込んだ、眼下のクレーター痕。

 それはまるで、隕石でも落ちたみたいな酷い破壊跡。

 あそこだ……

 俺たちが居た場所はあそこだ。

 直感が告げる最悪に心臓がドクドクと脈打ち痛みだす。

 まさか……そんなはず、ない……よね……

 嫌な予想が鎌首をもたげ、俺の思考を支配しようとする。


「そんなはず、あるもんか……」


 VAOOOOOOOOMU!!


 俺の苦悶をあざ笑うみたいに脳髄に響く怪物の咆哮。


「うるせぇっ……邪魔すんな!」


 怪物を睨み付けての大喝。


「はぁ……はぁ……ん? アイツ、どこ見て……ッ! アル君!!」


 その視線の先、そこにはアル君とあの時盾になってくれた二人が倒れていた。

 怪物の咆哮にも、近付く禍々しい気配にさえピクリとも反応しない。


 足が震えた。


 生きている……

 絶対に生きている……

 あの化け物じみた強さのアル君が死んだりするもんか!!


 脳裏を支配するのは、ただ純粋な恐怖。

 正直戦いはもう嫌だ。

 漫画やアニメみたいに、突然チートに目覚めるとかそんな奇跡が起きるはずも無い。

 この世界は俺にチート級の強力な技どころか、ステータスの開示能力だってくれなかった。

 それなのに喧嘩だってろくにやったことも無い俺が、あんな化け物相手に何が出来るってんだ……


 なのに……

 それなのに……


 じゃあ、何で走ってるんだよ?


 何で……

 何で?

 決まってるだろっ!

 好きな子を失いたくないからだ!!

 俺はまだアル君に何一つ……

 何一つ返しちゃいない!

 義理も人情も愛情も、貰ったもん全てかなぐり捨てて平然と生きるような……

 そんなクソみたいな人間に育てられた覚えはない!!

 駆け出す身体は満身創痍で痛みに支配されている。

 でも、あれほど膜がかかったみたいに停滞していた思考は驚くほどクリアだ。

 どうする?

 どうすればいい?

 どうやればアル君と二人を助けられる?

 俺みたいなクソ雑魚が正攻法で何をしようと、あの化け物を足止めするのなんて不可能だ。

 それなら、

 正攻法がダメだってんなら――

 極上の不意打ちをぶちかますだけだ!!


 怪物が鎌首をもたげた。

 地獄の釜底に続くみたいなどす黒い口中を見せ付け、そこからウツボに似た舌をチロつかせガイアを巻き上げた。

 クソッ!

 一刻の猶予も無い。


 何が出来る?

 どうする?


 ろくに魔術も使えず、せいぜいまともに出来るのは身体強化だけ。

 なら悩むまでも無い。

 やれること何かどうせ一つだ!


「砕けろッ!!」


 全速力で飛び込んだ俺は、怪物の顎の真下から身体強化済みの全力の飛び膝蹴りをお見舞いする。


 DOMGOOOOO!!


 鈍い肉を切断する音とともに苦悶の叫びを上げる。

 やや遅れて地面に落ちる舌。


「ごめん、先に謝る!」


 怪物を蹴った反動で宙を舞っていたガイアにドロップキックをお見舞いする。


「ぐおぉぉぉぉっ!」


 突如、立て続けに襲った衝撃にガイアが目を覚まし悶絶する。

 が、とりあえず上層階側に吹き飛ばすことは出来た。

 手荒だけど救出は成功した!!

 地面に降り立った俺は迷わず地面に転がるナージャを拾う。


「うぉおおぉぉぉぉっ!! ジョーさん、受け取めて!!」


 遠心力をたらふく効かせ、ナージャをハンマー投げの要領でジョーさんに向かって放り投げる。


「おわっと!?」

「ナイスキャッチッ!!」

「ナイスキャッチやあらへん! 無茶しすぎやで自分!!」


 あと俺が助けるべきは……

 俺は怪物を睨み付けたままアル君を抱きしめそのままお姫様抱っこする。


「アル君は俺んだ! 俺だけのもんだトカゲ野郎!! だから……アル君は俺が守護まもる!!」


 邪魔された俺に強烈な怒りを向ける怪物。

 ははっ……やう゛ぇ、ちょ~こえぇぇッス、チビリそう。ってか、ちょっと出たかも……

 啖呵を切ったは良いけど、ハッキリ言って勝ち目はゼロ。

 勢いと不意打ちでここまではどうにかなったけど、これ以上はどうにも出来る気がしない。

 コイツがその気になれば、俺なんか蟻みたいにプチッと潰されてお終いだ。

 おそらくは腹の目が弱点だろうけど、あそこを攻める術は残念ながら俺には無い。

 それどころかまともに傷を負わす火力さえも無い。


 どうすればいい?

 どうすれ……ええいッ! どれだけ悩んだってどうせ俺がやれる事なんて一つだ!

 蝶のように舞い、蜂のように刺し……ハエのように逃げる!!


 俺の決意と同時に振り回してきた尻尾をギリギリで避け、反射的にその背に飛び乗り駆け上がる。

 ここからどうすればいい?

 対処プランはまったく思い浮かばない。

 って言うか、何で俺こいつの背中走ってんだよ!?

 気が付けばすでに怪物の顔面が俺の目の前に迫っている。

 気持ち悪ッ! 格好いい要素ゼロの薄気味悪いドラゴン、ちょー気持ちわりぃ!



 天雷よ、我らが敵を纏いて穿て グローム ラ リェーゼ!



 背後から聞こえてきたナージャの術。

 同時に輝きを帯びる俺の右足。


「サンキュー!! ナイスフォローッ!」


 俺は怪物の顔面に向かい跳躍する。


「DEATHりやがれ!!」


 気合いと共にその右目に思い切り蹴りをお見舞いした。

 巻き起こる放電の嵐。

 さらに、蹴った反動を利用して俺は一気に戦線を離脱する。

 

 BAOOOOOO!!


 苦悶と憎しみ、全てが入り交じった咆哮。


「リョウ殿の攻撃で敵の頭は半分吹き飛びました! 脱出するなら今です!!」


 ヒデさんが懐から筒のような物を取り出すと、怪物に投げ付けた。

 間を開けずにボンッ! という小さな破裂音が鳴る。

 振り返ればモウモウと上がる煙の中にキラキラとした光が反射する。


「ガラス片混じりの煙幕です! どうせ復活するなら直接的な攻撃より目つぶしの方が効果はあります!!」

「なるほど」


 それからはどこをどう逃走し合流したのかは分からない。

 ただ、無我夢中で……

 気が付けば敗走したはずの俺たちは階層を切り替える階段を全速力で駆け抜け、


 誰一人欠けること無く上層階に到達していた。



 蜃気楼の塔、現在60階層――


 まさに命がけ、一心不乱の大逃走だった。


「ぶはぁ……ぜぇ、はぁ、ぜぇ……」


 全身の細胞が酸素を欲しっていた。

 酸欠の金魚みたいにあえぐ口に入る空気は、苦みを纏った鉄の味がした。

 疲弊した脳は思考する事を頑なに拒絶していた。

 それでも、今生きていること、何より隣にアル君が居てくれること、それだけでこの上ない満足感が込み上げてきた。


「はぁはぁ……リョウたん、豪快なファインプレーだったわよ」

「せやなぁ、戦いの天秤が敵さんにあと僅かでも傾いていたら、わしらあの世生きだったもんな」

「ぜはぁ、み、ぁあ、みんな、ぶはぁ、ぶ、ぶ、じ、はぁ……で、よが、よか、よか……」

「うん、リョウたんはしゃべらなくて良いから」


 辛うじてだけど、とりあえずは皆も無事みたいで良かった……

 あとはアル君の声が聞きたい。

 アル君お願い、早く目を覚まして……


 クシャリ……


 髪を撫でてくれる優しい感触。

 俺の腕の中で、微笑んでいるアル君……


「ア、アル君……よかった……」

「ぐぇ!」


 抱きしめた瞬間にアル君がヒキガエルを踏み潰したみたいな呻き声をあげた。


「あ、ご、ごめん! 俺、まだ身体強化したままだった」

「……身体が、バラバラになるかと思ったよ」

「ご、ごめんね……」

「冗談だよ。大丈夫」

「違う、そうじゃない……」

「え?」

「俺……ここに来てからずっとさ、アル君に酷い態度取ってた……」

「リョウ……」

「自分でも、何であんなにアル君を拒絶してたのか分からなくて……ごめん……ごめん、なさい……謝っても許してもらえないかも、だけど……」


 ボタボタと涙が溢れて止まらない。

 アル君の温もりを感じれば思い出す。

 俺がこの少年にどれだけ助けられ、どれだけ好きだったのかを……

 言い訳にならない。

 俺は自分勝手に疑い、アル君を拒絶して傷付けて……

 それなのに、自分の命も省みずに助けてくれて……


「ごめん……ごめん、ね……」


 涙で冷たくなった頬を優しく触れるアル君の手の温かさ。


「アル、君……」

「大丈夫だよ。もう、全て済んだことさ。出来てしまった溝はさ、今度はお互い歩み寄って埋めていこうよ……」

「アル君……うん……許して、くれるの?」

「とっくに、許してるよ」

「ん……アル君!!」

「いだだだだだだっ!!」

「ああ、ごめん!! まだ効果が続いてた……」


 うぅ……

 せっかくアル君と仲直りできたのに抱きしめることも出来無いなんて。

 しょんぼりして手を離すと、今度はアル君から抱きしめてくれた。


「ア、アル君!?」

「ま、たまにはこう言うのも良いでしょ……」

「うん……たまにじゃなく、何時もギュッてしてほしい……」

「考えておくよ」

「意地悪……」

「知ってるでしょ?」

「むぅ~……」

「アハハ」


「エンダアアアアアアアアアアアアアアアイヤァアアアアアアアアアアアアアアアアウィルオオオオオルウェイズラアアブユウウウウウウウウアアアアアブルアアアアアアァァアァァァァァァチキショオォォォォォォッ!!!」


「「うわぁっ!!」」


 な、何?

 何か最後、若本さんみたいな絶叫が聞こえたんだけど!?


「ぶるああぁあぁぁぁあ!! あま~い!! お姉さん糖尿病の危機的状況!! 薬物療法確定間近!!」

「せやなぁ、独身貴族には辛いわぁ」

「まぁまぁ、良いじゃない。ギスギスしてるよりさ元サヤに収まってくれた方が空気も良くなるし」

「ああ、旅には色々ある。楽しきことばかりでなく辛きこともな。だが、それを乗り越えられれば、心の繋がりもひとしお強くなるさ」

「イチャ付くなら、俺たち枯れた年寄りの目の毒にならん程度に頼みますぞ」

「まったくですな。ロイの言うように糖尿病を起こしちゃかないませんからな」

「ハイハイ、仲良し仲良し。おばさんはあんたらを生暖かくネットリと見守ってたから、心配しちゃいなかったけどさ。とりあえず……この先はまだまだ続くダンジョンなんだから薄っぺらいテントで合体とかしちゃだめよ」

「やだぁ、その発言おばさん超えておっさん臭~い!」

「うっさいわね! 結構居るのよ、危機を乗り越えたり未知の戦利品とか手に入れたりすると、興奮した勢いでズッコンバッコンおっ始める連中が!!」

「なるほど、興奮という意味においてはどちらも共通という訳ですか」


 俺たちの仲直りを囃し立てる仲間達。

 でも、まあ、これだけ騒がれるってのは、それだけ心配を掛けちゃったんだよね。

 ごめん、皆……


「ねぇ、アル君、俺、もう迷わないから……って、アル君居ねぇし!?」


 俺を抱きしめていたはずのアル君は、気が付けば遙か彼方で他人のふりを決め込んでいた……


 アル君の駄目なとこはそういうとこだと思うなぁ!!

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